M-207 西の守りは屯田兵で
来訪予定の軍人が全て到着したのは、14時5分前だったが、その中にマクシミリアンさんがいたので、ちょっと驚いてしまった。
こちらから挨拶行くのが筋のように思えるんだけどなぁ。後で個人的に訪問した方が良さそうだ。
「リオ殿。これで全員が揃いました。西の戦に御骨折り下さり感謝に堪えません」
「それはマクシミリアン殿の功績であって、俺ではありません。貴下の艦隊が対応したことで難を逃れることができたと、俺達東に向かった者達全てが感じ入っている次第です」
貴族だけど、代々に渡って王国を守護してきた一族だからね。
派閥争いに明け暮れる貴族ではないんだよなぁ。本来の貴族の矜持を忘れないということなんだろう。
マクシミリアンさんのような貴族ばかりだと安心できるんだが、現実を見るとねぇ……。
「まだ、東に艦隊を残してはおりますが、これは例の始末のため。教えを聞いた時にはその効果を疑いましたが、あれだけで重巡2隻と駆逐艦を頓挫させることができ、進軍速度を低下することができました。先遣艦隊同士の戦を有利に行えたのもリオ殿の功績あってのことだと感じています」
「まだ艦隊が残っているのは、撤去作業ということですか?」
「さすがに戦が終われば用済みですし、埋設した場所が分かる内に取り除かねば後々荒れ地が広がってしまいます」
お互いに苦笑いを浮かべてしまう。
地雷の利点だけでなく欠点を理解してくれたようだ。それが分かれば次の戦の時にも上手く使うことができるだろう。
「今回の件で、貴族の戦力があまり当てにできないことが分かりました。貴族を武官と文官に区別し、文官枠の貴族の私兵は分隊までに限定するようです。
武官枠では、大型陸上艦の保有を認めるとともに私兵の数が2個中隊にまで拡大し、更に例外を認めるとのことです……」
貴族制度の根幹を揺るがしそうな改革じゃないか!
そんなことをしたら今の貴族がどちらに区分されるかも問題になりそうだ。困惑する連中がかなり出るんじゃないか?
「貴族会議では反対されたに違いないと思うのですが?」
「反対したくてもできないということです。貴族会議は国王陛下への提言をまとめる場であり、政策立案の場ではありません。その裁可をどのように乗り切るかで紛糾したようですが、結論的には黙って受け入れることになった次第です」
貴族会議はアドバイザーとしての集まりってことか。
全ては王宮内の王族の裁可次第ってことだな。その中心となるのはお妃様達なんだろう。
王政を敷いているんだからね。悪い人達ではなさそうだから、それで問題はないのかもしれないな。
「それは俺としても興味はありますけど、ここにこれだけの軍人が来なくても良さそうに思えるのですが?」
「ハハハ……。それは、今の話を知っての上での会談ということですから、本題はこれからです。
この施策に寄って、かなりの貴族の地位に変化が生まれます。もっとも自分達本来の対応ができなかったことが原因ですから、自業自得と言うことになるのですが……」
領地の大幅な改編が行われるらしい。朝やってきた公爵達もそれを知ってやってきたぐらいだ。単なる領地の切り張りということではないらしい。
その多くが、文官貴族だということだから、マクシミリアンさん達には影響が無いとのことだが、降格された貴族から恨まれそうだな。
「武官貴族の男爵の中にも領地を内定されたものが多いのです。ですが、その領地が全て西の国境地帯となると、嬉しい以前に困惑が生じてしまいます」
どうやら、俺にも理解できて来た。
ここにやってきた連中は、俺と同じように西の国境地帯の領地を内定された武官貴族の連中に違いない。
改めて、やってきた軍人達を眺めて見ると、副官を連れて来ている者もいるようだ。実質は10人を上回るぐらいに違いない。
それにしても、艦隊の連中だけでなく近衛兵の部隊長もいるんだよなぁ。
彼にとっては栄転になるんだろうか? その辺りを考えてしまうな。
「実は俺も国境の漁村の内定を頂きました。皆さんのお仲間になりそうです。最初は俺も戸惑いましたけど、マクシミリアン殿が国境近くに訓練所を作るという話を聞いて、安心した次第です」
「訓練所ですが、士官学校は別にありますし、志願兵を訓練する兵学校も既にできています。新たな訓練所は名目で、兵士の休養の場になりそうです」
メイドさんが数人で、コーヒーを運んできてくれた。
コーヒーブレークで少し頭を整理しよう。タバコの火を点けると、俺達の領地経営についても考えを纏めてみる。
やはり、産業を作るしかないだろうな。その為の人材確保と軍備は必ずしも両立しないんだよね。
やはり方法として選択できるのは、1つしかなさそうだ。
「ところで、皆さんの内定された領地はウエリントン王国の西の国境近くということになるんでしょうか?」
「国境近くというよりも、領地の西端が国境そのものです。所領そのものは大きいのですが、千人足らずの村が多くても3つと言うところです」
俺の漁村より多いじゃないか! ちょっと羨やましくなってきた。
「その領地を貰ったとしたら、戸惑いの方が先に立つのは理解できます。その上、ハーネスト同盟軍の侵攻時には王国の防壁の任に付くことになるんですからね」
「御理解いただけましたか? それが我等が今回リオ殿を訪ねた理由です。リオ殿の奥方は王女様ですから、提言を御妃様にすることもできるのではないかと……」
そう言うことか。
ヒルダ様に直訴してくれということだな。
だけど、せっかく頂くんだから、それを自分達の利に変えようとは考えないのだろうか?
「今夜、会う機会を得ておりますから、皆さんの戸惑いをお伝えしましょう。ですが、俺個人としては、直ぐ北にマクシミリアン殿の領地が出来た事で、十分対応ができると考えています。
領地の経営も既存の漁業に囚われず、野菜と果樹を収穫できるように開発をしていこうと考えていました。
その辺りを説明しますが、出来れば皆さんにも協力して頂けると助かります」
プロジェクターを使って、ウエリントン王国の西端の地図を映し出す。
領地の大きさは分からないから、俺達が頂ける領地の東西を色分けして、その東端から北に緑色の線を引いた。
「たぶんこのような場所を切り取って、武官となる貴族に分配したのだと推測します。
ウエリントンの西の長城とも言える形態ですから、上手く機能すればハーネスト同盟軍をここで停滞させることができるでしょう。2日も停滞させることができたならブラウ同盟艦隊で北から攻撃を加えられます。戦略的には理想的ですね」
「その構想自体は我等も賛意を示したい。だが現実となると、ましてや自分達でとなると考えてしまうのだ」
「物は考えようですよ。ここで重要になるのはマクシミリアン殿の訓練所になります。マクシミリアン殿であるなら、領地経営は2の次で訓練所の運営を考えるでしょう。それだけ既存の領地が潤っていると僭越ながら推測いたします」
マクシミリアンのラベルが付けられたワインは極上だからねぇ。本業はそっちかと思ってしまうところだ。
「私の場合は問題ない。だが他の連中は領地を持たない連中がほとんどだ」
「それなら、俺と同じように農業を始めましょう。辺境での経営ですから利益は余りでないでしょう。ですがそれによって私兵を得ることができます」
兵士に農業をさせると聞いて皆が驚いているけど、兵士は戦が無ければただの無駄飯食いだからね。
「南北に道路を2本作り動線を確保します。もっとも道路の形を作るのは、東側だけで十分です。西は国境より1ケム(1.5km)に阻止線を作れるよう何も設けません。阻止線から東に2ケム(3km)を陸上艦の移動地帯として、万が一に備えます。
訓練所には少なくとも軽巡洋艦、駆逐艦は常備できますから、先遣隊としての機能は持てるでしょうし、各領地の私兵にはロケット弾の操作を練習して貰います。
さらに、訓練所に飛行機、飛行船をそなえれば、敵の侵攻前に、阻止線に地雷を埋設することは可能でしょう」
だんだんと士官達が真剣な表情で俺の話を聞き始めた。
懲罰人事に近いと憂いていたのだろうが、マクシミリアンさんの領地に作る訓練所が単なる訓練所にはならないと知ったからだろう。
マクシミリアンさんが、目を大きく見開いて地図を眺めている。
飛行船と飛行機の能力を、あまり考えていなかったのかもしれないな。
「そこまで国王陛下は考えていたのでしょうか?」
「俺なりの解釈ですけどね。やれと言われればやるしかないでしょうが、やるための条件はこちらから申し出ることができると思っています」
士官達が頷いている。
できないというよりもできるための条件ならば、自分達の矜持も保てると考えているのだろう。
「とはいえ、一大事業になりそうですね。先ずは小隊規模の兵士を募集することからになるでしょう」
「その上での農業です。それなりの知識も必要でしょうし、開拓は簡単ではありませんよ」
「兵士の募集というより退役兵士の再就職ということも考えるべきでしょう。退役兵士には年金が出ますから、副業収入程度でも十分に暮らしていけます。それに……、獣機を使える者を手に入れられますよ」
獣機で開拓をすると言ったら、少し呆れた顔をしているんだよなぁ。購入というよりも訓練所に用意してある獣機を貸し出すことはできるだろう。
「短時間で開拓をしようと! 全く驚くべき計画ですな」
「北の隠匿空間では、戦機を使って耕しましたよ。案外使えるものです」
アレクだから出来たのかな? 俺だったらもっと時間が掛かるだろうし、綺麗な畝を作ることもできなかったに違いない。小さな農園の光景を眺める兵士も多いんだよね。
「どうでしょう? 協力して頂けるでしょうか。今夜の招待時には、出来ればこの計画を提供して協力をお願いしようと思っていたのですが」
マクシミリアンさんが笑みを浮かべて周囲の士官達の表情を眺めている。視線を感じた士官達が次々と頷くのを見てますます笑みが深まっていくようだ。
「今夜は我等一同、安心して眠ることができます。毎晩、この仕打ちに憤慨しながら酒を飲んでいましたからね。
リオ殿の計画で問題はありませんが、結果は教えて頂きたいところです」
「ご協力を感謝いたします。できれば王都を離れる前に、マクシミリアン殿と会談したいと考えておりました。お忙しいとは思いますが、何時お尋ねすればよろしいでしょう?」
「リオ殿がいらっしゃるなら、こちらでいかようにも都合を付けますが、明後日は晩餐会があるでしょうし……、リオ殿は休暇を過ごすということになるのでしょうね。
その翌日にしましょう。午前中に迎えを出しますから、奥方達もご一緒でいらしてください。私の妻達も会いたがっております」
帰ってきたら2人に怒られそうだな。同じドレスとはいかないだろうし……。
やってきた士官達は、訪ねてきた時とはまるで違う顔をして帰って行ったけど、俺の方はどうやって弁明しようかと悩んでしまう。
できれば何着か購入してきて欲しいところだ……。