M-204 来客が多すぎる
ウエリントン王国の陸港に到着すると、王宮からの使者が俺達を出迎えてくれた。
数台の馬車に乗りこんで陸港を後にしたんだが、このまま休暇に入りたいと思っていたのは俺だけではないはずだ。
「3日ぐらいなら我慢できそうだけど……」
「式典が終わったらさっさとお暇しようよ。式典は明後日らしいから、明日は王都で買い物ができるんじゃないかな」
フレイヤの呟きを耳にして慰めるように答えたんだけど、途端に馬車の中が騒がしくなってしまった。
明日は荷物持ちとして俺も参戦することになりそうな感じがするなぁ。
王宮の大きな鉄製の扉を通り抜けると、石畳の通りをそのまま北に向かって馬車が進む。
左手に見えてきた広葉樹の林の向こう側に大理石の建物が見えてくる。
馬車はその建物に向かって進んでいくところを見ると、あれが迎賓館の1つに違いない。
どう見ても、贅沢そのものだ。
賓客の宿泊とちょっとしたパーティが開けるとローザが教えてくれたけど、俺達なら王都内のホテルでも十分なんだけどなぁ。
「レッド・カーペットの英雄じゃからのう。我の方が活躍したようにも思えるが、世間的にはリオ兄様としておく方が万事うまく収まるとフェダーン様が言っておったぞ」
この待遇も演出ってことなんだろうな。まあ、少しは協力してあげるけど、本心からではないからね。
「私達は特に何もありませんよね?」
ドミニクが恐る恐るローザに確認している。
「エミー姉様とフレイヤ義姉様は何かありそうじゃな。他の連中は、祝勝晩餐会への出席で十分な筈じゃ。
申し訳ないが、ヴィオラ騎士団の席は12騎士団の末席になってしもうた。そこは我慢願いたいとフェダーン様が言うておったぞ」
「それで十分です。私達は12騎士団を越えようという野望は持っておりません。戦力は凌いでしまいましたが、王国への貢献度という観点からなら小さな騎士団のままですからね」
ドミニクが笑みを浮かべてローザに話しているけど、本当にうれしそうだな。
豪華な食事を末席で楽しむつもりが丸見えだ。
「リオ兄様達は上席となる。国王からの叙勲がある以上末席とはいかぬようじゃ。精々3時間。我慢するのも貴族の勤めじゃ!」
がっくりと頭が下がってしまった。
勤めねぇ……。それなら、貴族を止めたいところだけど、リバイアサンの兵器が兵器だからなぁ。貴族枠として許される武装強化を受け入れるしかないんだよなぁ。
白亜の迎賓館のエントランス前で、馬車が停まる。後続の馬車も次々とやってくるようだ。
とりあえず、先に馬車を下りると女性達の手を取って下ろしてあげた。
そんな俺達を、階段の上で見ているのはヒルダ様と専属のメイド達だ。
俺達が階段を上ると、エミーとローザが直ぐに駆けよっていく。
「ご苦労様でしたね。先ずは織部屋にご案内いたしましょう」
「過分な待遇に戸惑ってます。礼儀知らずな連中ばかりですから、待遇は適当で構いません」
「そうもいきませんわ。さすがにテーブルマナーを云々することは致しませんわよ」
だけどなぁ……。アレクも来てるんだよね。
部屋に入るなり飲みだすんじゃないかと心配になってきた。
とりあえず、部屋に案内してもらう。
俺達3日との部屋はリビングに寝室が2つもある。ジャグジーにトイレ付だし、メイド専用の部屋まであるぐらいだ。
「寝室はここで良いんじゃないか?」
「それはメイド用の部屋ですよ。寝室はこっちになります」
ネコ族でないメイドさんは初めて見るな。そんなメイドさんが案内してくれた寝室には横幅だけで俺の身長ほどもあるベッドが置かれていた。
「お茶を用意いたします。もうすぐヒルダ様もいらっしゃるはずですから」
思わず俺達が顔を見合せることになった。
祝勝会となる晩餐は明後日の筈だから、来て早々にヒルダ様が来る理由が分からない。
また、困った話にならなければ良いのだが……。
少年達がトランクを運んでくれたのでチップを渡す。あらかじめ小銭を用意しておいて正解だった。
しばらく厄介になることになりそうだから、フレイヤ達が出掛けた時に少し両替を頼んでおこう。
絵画がいくつも飾ってある豪華なリビングの西側には、床から天井までガラスが入った壁が作られている。
ガラス越しに林が広がっているから、別荘にでも北雰囲気なんだけど、やたら豪華な家具なんだよなぁ。
俺達が座っているソファーだって、お茶をこぼしたなら弁償金がどれだけになるか想像すらできない。
テーブルに灰皿が置かれているけど、さすがに一服する気にはなれないのが問題だ。
エントランスホールの端に木製の椅子とテーブルがあったから、ちょっと出掛けて来るか。
ソファーに腰を下ろした2人に、ちょっと出掛けて来ると言って部屋を出た。
廊下にも分厚い絨毯が敷かれている。絶対に咥えたばこは止めておこう。アレク達がだんだん心配になってきたけど、それなりの分別はあるに違いないし、サンドラ達にも期待できそうだ。
階段を下りて、エントランスホールに出ると、壁際にあった椅子に腰を下ろした。
携帯灰皿を取り出して、タバコに火を点ける。
早いところ、この場所から逃げたくなってきたけど、ローザの言う通り我慢するしかなさそうだ。
2本目のタバコを楽しんでいると、パタパタと足音が近付いてきた。結構毛足の長い絨毯を敷いた通路なんだけど、足音はするもんだな。
「ここにいたにゃ! リオ殿にゃ? もう直ぐヒルダ様がやってくるにゃ。……そのままで良いかにゃ? こっちに来るにゃ!」
タバコを携帯灰皿に放り込んで立ち上がった俺の全身をしたからじっくりと眺めているんだよな。
身だしなみってことかな?
とりあえず、新しいツナギに装備ベルトを巻いてるだけなんだけどね。リバイアサンの制服を繋ぎにしたからそのままの格好だ。着替えの前に先ずは一服のつもりだったんだけどなぁ。
ネコ族のお姉さんに手を取られて、そのまま引き摺られていく。
俺の歩みを気にしないんだから、困った人だ。
「ここにゃ。エントランスから奥に向かって最初の左手の扉にゃ。こっちの扉は、ホールになってるにゃ。ちょっとした宴会もできるにゃ」
扉を開けてくれたから、とりあえず中に入ってみた。
結構大きな部屋だけど、応接セットは1つだけだ。来客との面談にでも使うんだろう。
レースのカーテン越しに林が見える。結構窓は大きいんだな。1面だけに窓があって他の壁には飾り棚が1つと、いくつもの絵画だ。
ウエリントン王国の風景を描いたものなんだろう。写実主義という感じだな。
「お茶とコーヒーどちらにするにゃ?」
「ならコーヒーで! 少し薄い方が良いな。大きいカップがあるとありがたいんだけど?」
「マグカップを用意してるにゃ。好みはヒルダ様が教えてくれたにゃ」
テーブルに乗せられたマグカップから良い香りが漂う。
少し冷ましてから頂こう。あまりに熱いと噴き出しそうだし、床の絨毯が高級そうに見えるんだよなぁ。
「灰皿はこれにゃ。ゆっくり待っててほしいにゃ」
コトンと灰皿をテーブルに置いて部屋を出て行った。
まだ来ないんだttら、慌てて俺を個々に連れてくる必要は無かったんじゃないかな?
小さくノックの音に、扉に顔を向けるとエミーとフレイヤが入ってきた。俺と同じツナギ姿だけど、まあ、統一されているから制服だと言って誤魔化せそうだな。
「まだ来てないんですね。母様がやってくると聞いて、2人で来たのですが?」
「それなりの準備ってことなんだろうけど、出来ればもっと前に知らせて欲しかったね。俺はともかく、2人は着替えたかったんじゃないか?」
「ドレスってことでしょう? 一応持っては来たけど、あまり着たくはないのよね。動きが取れなくなるし、踵の高い靴だから転ぶんじゃないかと気が気じゃないもの」
フレイヤも俺と一緒で庶民だかねぇ。
郷に入っては郷に従えという言葉もあるくらいだから、明日はドレスの方が良いんじゃないかな。
そんな話をしていると、扉が再びノックされた。
入ってきたのは、ヒルダ様にもう1人はカテリナさんの姉さんじゃないか!
軽く俺達に頭を下げてくれたから、慌てて席を立って深々と頭を下げる。
2人が腰を下ろしたところで、俺達も座り直した。
「申し訳ありませんね。お疲れでしょうから用件を早めに済ませましょう」
「何か、急いでしなければならないことがあるのでしょうか?」
俺の言葉に2人が顔を見合わせて笑みを浮かべている。
おかしなことを言ったかな?
「リオ殿が王宮に来ると知って、友好を深めようとする者があまりに多く国王陛下が困ってしまいましたの。
けっこよく私達が厳選することにしたのですが、明日と言うより今夜からリオ殿は面会を行うことになりますよ。
エミー達は、明後日の午前中にリオ殿と一緒であれば問題はありません」
地位で区分けをしたのかな?
正式な面会ともなれば夫人同伴というのが、常識らしい。とすると、今夜と明日の面会は非公式と言うことになるんだろう。
一体誰が来るんだ?
「今夜は学府長と導師、それに学府の教授が2人になります。新たな学科が学府にできたそうですよ。たぶんその件だと思います」
「導師との個人的な話が大きくなってしまいました。以後は発言に気を付けます」
さっきのお姉さんがお茶を運んできてくれた。
俺が飲んでいたマグカップを回収して、薄い陶磁器のカップに入ったお茶を出してくれる。
「王立学府に新たな学科ができるのは、ここ百年以上無かったことです。それだけでもリオ殿をウエリントンの宝と言えるでしょう。カテリナとも少し話してみましたが、その価値はあると言っておりましたよ」
「ますます国王陛下が気に入るわけですね。王宮に私室を設けてやろうと言っていましたわ」
「いくら何でも、そこまでは必要ありません。貴族の人達も持ってはいないでしょう?」
「あら。大なり小なりの部屋を持ってますよ。貴族同士の話しもあるでしょうから、個人専用の談話室と言うところでしょうか」
こんな部屋を持っているってことなんだろう。
とはいえ、王宮にあまりいることが無いんだから必要ないんじゃないか?
「維持費は個人持ちと言うことなんでしょう? そうなると貧しい俺達には他からの持ち腐れになりかねません」
「内装は個人持ちですが、維持費は専用メイドを含めて王宮が面倒を見ています。心配ありませんから頂いておきなさい。丁度品は倉庫から持ち出せば十分です」
それって名品じゃないのか?
またフレイヤ達が倉庫を家探ししそうだな。
「気になるのは、明日の午前にリオ殿を訪問する貴族達です。たぶん自分達の陣営に組み込もうと考えているのでしょうが、3代めの公爵達ですから、上手く立ち回って自分達の地位を守ろうとしているのでしょう。能力は平均なのですが気位が高いのが問題なのです」
公爵を名乗れるのは3代までだと聞いたな。確かに後がない。領地も無いだろうし、能力が平均となれば、地位に見合った仕事というのもねぇ……。
と言うか、仕事をまともにしたことが無いんじゃないか?
俺を出しにしようとしても、俺の仕事は騎士団の騎士が本業だからねぇ。
「貴族に騎士団の仕事ができるとは思えませんが?」
「彼等は男爵が本業と思ってるんじゃないかしら? 田舎での男爵の後見人になろうとしてるのでしょうね。しかも辺境伯が内定しているとなれば、彼等としては動きたくなると国王陛下も頭を抱えてましたわ」
それなら、上手く断ることにしよう。安易な気持ちで騎士団に来られてもねぇ。それに、そんな話をするなら俺よりもドミニクのところに行くべきじゃないかな。
その後の面会者は軍や商会の関係者のようだ。最後の訪問が神殿からだと聞いて驚いてしまった。
神殿の話はユーリル様から聞かされたけど、いよいよ動き出したということなんだろうか。




