M-202 従軍章は薬莢を鋳潰して
スコーピオと衝突して24日目の正午。
フェダーン様は全艦隊に停止の指示を伝えた。
長かったスコーピオ戦がようやく終わったようだ。
まだ砲撃は続いているようだけど、直ぐに終わるに違いない。
『我が精鋭に告ぐ。我等の戦は1200時を持って終了とする。
逃走するスコーピオはまだまだ多いが、コリント同盟の長城よりスコーピオが引けば、我等の役目は終了する。
我等が再びスコーピオを目にすることはあるまいが、生涯渡って今回の戦の辛さは思い出すことになろう。子供、孫に伝えるが良い。我等はレッド・カーペットをこの目で確認し、戦い、そして勝利したとな!
怪我人は出てしまったが、亡くなったものはいない。これこそ勝利の証であろう!』
フェダーン様の演説はリバイアサンより各艦隊に伝達されている。
俺達の顔にも笑みが戻っているぐらいだから、艦隊の方は大騒ぎじゃないかな。
エミーの話では、食堂でお祝いをするみたいだ。
ワイン3杯までは奢ってあげるようだから、皆も喜んでるんじゃないかな。
停止したリバイアサンのドックに、ヴィオラやガリナム、それに戦闘艦が入ってくるようだ。
久しぶりに、下の会議室で酒宴を開いても良さそうだな。
「俺達も祝いたいね」
「マイネ達が準備をしてますよ。下の会議室に関係者が集まるはずです」
リバイアサンに乗船している、艦長や指揮官達ってことになるのかな?
アレクは食堂に向かうだろうが、ローザはやってくるだろう。メイデンさんはどうかな? 船首の主砲を撃てなかったから残念そうな顔をしてやってくるかもしれないな。
「導師は真直ぐ王都に戻るらしい。リオ殿に、色々と教授されたと言っていたぞ」
「例の話ね。たぶん飛行船を下りたら直ぐに学府に向かうんじゃないかしら。名誉職だからお給料は出ないけど、それなりの権威を持てるわよ」
「あまりからかわないでください。でも、そうなると例の方も調査を進めて貰えそうですね」
「弟子の調査ね。ちゃんと伝えてあるわよ。『盲点じゃった!』と嘆いていたわ」
ゆっくりと回頭が始まったようだ。
10日もすれば、王都に到着できるかもしれないな。
それまでには、弟子の消息もつかめるだろう。
その夜の酒宴は参加者が30名ほどの小さなものだった。
艦長と各部門の責任者が集まり、指揮所からも数人が参加してくれた。
元先任伍長のロベルも砲術班の責任者と言うことで端の方で畏まっている。場違いも甚だしいと感じてるようだけど、20日以上も頑張ってくれたんだからね。
もっと誇っても良いんじゃないかな。
「さて揃ったようだな。それでは乾杯といこう。我等が勝利に!」
「「我等が勝利に!」」
後は無礼講だ。
元々が騎士団組織だから、堅苦しいのは願い下げだ。
遠慮なく料理を取り分けている姿に、軍の連中が少し眉をひそめているけど、気にしたら負けだからね。
これが俺達流ということで納得してもらおう。
「各艦隊と最後の確認をしましたが、やはり戦死者は出ておりません。けが人も軽症で済んでいます」
「何よりだ。やはり兵站が整っていたことと、リバイアサンの賜物であろう。戦機輸送艦は近距離の物資輸送にあれほど使えるとは思わなかったぞ」
「それもありますが、やはり一番はロケット弾でしょうな。できればもう少し距離が欲しいと誰もが思っておることでしょう」
「カテリナの弟子が何とかしてくれよう。ロケット弾発射機を搭載した駆逐艦も中々おもしろい働きをしておったようだ」
「それが、距離が欲しい理由でもあります。素早く敵の艦隊に近付き、あれを発射されたら堪りませんからな。奇襲艦隊として運用が可能かと……」
提督とフェダーン様の頭には、西の戦が既に見えているのかもしれないな。
現在は3km程度だが、飛距離が倍になったら脅威そのものだ。
10隻近く同時運用したら、艦隊の殲滅も可能かもしれない。
とはいえ、脆弱でもある。
何と言っても、元が駆逐艦だ。巡洋艦の副砲で狙い撃たれるだろう。その為には飛距離も大事だけど、駆逐艦の駆動系も改良すべきだろう。
少なくとも時速40kmほどに上げたいところだ。
高速で動く艦に砲弾を当てるのは至難の技が必要だ。
「リバイアサンの大砲は、作りがかなり変わっていましたな。砲弾を押し込むことで自動的に尾栓が閉じます。かなりの速射性能があるように思いました」
「砲術士官に見学させるが良い。リオ殿はその程度は黙って許可してくれるはずだ。だが我等で作るのは難しかろうな」
あれだけ撃っても砲身摩耗が無いとロベルが教えてくれた。冶金技術と言うよりも、何か技術的なものがあるのかもしれない。ひょっとして魔方陣が放心のどこかに描かれているとも考えられるな。
後で、カテリナさんに教えてあげよう。かなり興味を示すんじゃないかな。
「これで士官候補生を戻せますね。良い経験になってくれれば良いのですが……」
「案外、面倒見が良いですな。士官候補生の評価をロベルタがしてくれましたぞ。彼の評価を添えて帰せば、それなりに栄誉を与えてくれるはずです。勲章までは用意できませんが、従軍章を胸に付けられるのですからな。士官学校近くの店で1杯ぐらいは奢って貰えるでしょう」
それも良いな。ヴィオラ騎士団で作ってあげても良さそうだ。
リバイアサンを背景にした記念メダルのようなデザインを考えてみよう。彼等と別れるのは5日程先になるはずだからね。
「ほう! リオ殿がデザインをするのか。彼等も喜ぶに違いない。とはいえ、従軍章は軍からの支給が望ましい。我等からヴィオラ騎士団に依頼したということにしたいものだが」
「確かに、俺達は騎士団ですからね。俺の爵位を考えると貴族連中に揚げ足取りの材料にもなりかねません。申し訳ありませんが、手続きをよろしくお願いします」
面倒だな。でも、騎士団が従軍章を仕官候補生に送るのも確かに問題になりかねない。
ここはフェダーン様の言い付けを守ることにしよう。
酒の席に長居は禁物だ。
適当に挨拶をして、酒を飲んだところで早々に引き上げることにした。
リビングに戻って濃いコーヒーを飲みながら酔いを醒ます。
さて、従軍章のデザインを決めるか。
仮想スクリーンを立ち上げて、タバコを咥えながら色々と図案を組み合わせてみた。
『その図案が良いと思います。裏に年号と「リバイアサンで奮戦する」ぐらいは刻印したいですね』
「ピラミッドにサソリだよ。サソリも星座の記号だけど、この世界の人達に分かるんだろうか?」
『一見して分からない方が有難味があるように思えます。帝国時代の図案に似ていますから、カテリナさんならそれがサソリを意味するものだと判別できると推察します』
そうかなぁ? 疑問ではあるけど、かなりシンプルな図案だ。
これを従軍章にするには……、薬莢がたくさんあったはずだ。あれを鋳潰して作ればいいか。
大きさはベルッド爺さんにお任せしよう。
入れ物は木製の小箱ということになるんだが、商会の連中に頼んでみるか。場合によっては王都で買い込んできても良さそうだ。
俺達だけなら、簡単に移動できるからね。
図案をプリントして貰ったところで、コーヒーの残りを持ってデッキへと向かう。
西に向かって進むリバイアサンの前には荒れ地が広がるだけだ。
よく見ると、あちこちにスコーピオの残骸が残っているんだが、1か月もすれば荒野の掃除人たちが始末をしてくれるとカテリナさんが言ってたな。
それも一つの生態系の姿に違いない。
導師がこれからどんな学科を学府に作るのか楽しみだな。
「こんなところにいたのね! いつの間にかいなくなるんだから……」
「だいぶ冷えてきましたよ。今度は中で、ワインを楽しみましょう」
二日酔いが嫌だから逃げてきたんだけどなぁ……。エミーに腕を取られて、リビングに戻ると、皆が集まっている。
酒宴はお開きになったのかな?
「ご苦労様。こうして元気に皆が揃ったのを見ると、あれほど恐ろしかった戦が夢に思えるわ」
「怪我人は出たんですか?」
「怪我と言っても、2日程度のものよ。重量物を動かしていたらしいから、どうしても起こってしまうみたいね。その中でも、一番の大怪我が母さんだったとはねぇ……」
「あれは、リオ君が持ち込んだ銃のせいよ。あんなに反動があるなんて思わなかったもの」
「まるで獣機の使う銃みたいね。弾丸もほとんど同じだもの」
カテリナさんの失敗を見たから、誰も撃とうとしなくなったのは良いことだと思う。
でもたまにマイネさんがジッと見てる時がある。撃ってみようなんて考えてるのかな?
カテリナさんの射撃を傍で見ていたらしいから、その威力は知ってると思うんだけどねぇ……。
「確かに獣機に使わせたいわ。あの銃は半自動で撃てるのよ。機構は調べてあるから、ベルッドに試作してもらうつもり」
「戦機用にも欲しいですね。さすがにアレクさんのような銃は持てませんが、半自動ならば、魔獣相手に魔撃槍以上の働きをすると思います」
懲りてはいるようだが、その性能は評価しているみたいだ。
だけど、この世界の冶金技術で作れるのだろうか? カートリッジの炸薬量もかなり多いようだから銃身が持つかどうか心配になってきたぞ。
「問題はこれからよ。王都に向かっているけど、リバイアサンを長城に中に入れることはできないから、何時もの駐屯地から王都に向かうことになるわ。
ドミニク、休暇はどれぐらいを考えてるの?」
「2週間で良いかしら? あまり長いと、魔獣狩りを忘れてしまうわ」
「3週間にしなさい。少なくとも王宮の宴会には出席しないといけないだろうし、リオ君の叙勲もあるわ。新たな領地はここになるんだけど、視察にもいかないといけないでしょう? それに、レクトル王国からのクルーザーも受け取らないとね」
新たな領地と言うことで、早速仮想スクリーンで場所を確認している。
王国の外れも良いところだし、漁村が1つだけということに少しがっかりしているようだ。
「子の沖に浮かぶ島も領地になるのよ。私達だけの島だから、のんびり過ごせそうね。
アレクが喜ぶんじゃないかしら」
「兄さんは釣りができるだけで大喜びするわよ。でもど田舎ねぇ……」
「ど田舎だから貰っても、他の貴族から苦情は来ないはずだ。領地経営なんて出来ないから、村長に一任しようと思ってる。税金も入るけど、俺達で使うよりは漁村に還元したいところだね」
「それで良いわ。でも魚が安く手に入りそうね。それだけでも助かるんじゃない」
「ところがそうでもないんだ……」
領地の位置と、現在の隣国情勢の話をする。
この領地の意味するところは、ガルトス王国からの防衛の一端を担うことになる。
ただでさえ、ヴィオラ騎士団の人員不足に悩んでいる時期だから、ある意味困った話でもあるんだよなぁ。