M-020 体の秘密
アレクの実家に厄介になって、すでに20日近くになる。
午前中はネコ族の人達と一緒に畑から収穫物を集めて、午後には養魚場のすぐ下にある農業用水の池で釣りを楽しむ。養魚場で未成熟となった魚がこの池に入れられるらしいのだが、かなり魚はいるようだ。
ネコ族の人達がたまに釣りを楽しんでいるらしいから、俺も釣り竿を借りてやってみたのだが、おもしろいように釣れる。
釣った魚は、様子を見に来るネコ族の人達が持って行ってしまう。おかげで母屋に帰る時に、はいつも手ぶらなんだよなぁ。
「あの池はネコ族の人達の夕食用ですから、リオさんが釣っても獲物はネコ族の人達の物ということになるんです。たまに私達も頂きますけどね」
池での出来事をイゾルデさんに話すと、そんな答えが返って来た。既得権益ということなんだろうか?
となると、俺が釣った魚がネコ族の人達の夕食を賑わすことになるから明日も頑張らないといけないのかもしれない。
「魚籠を2つ持って行けば、ネコ族の人達も片方には手を出さないよ。小さな魚籠を明日は持って行けば、夕食は焼き魚が食べられるんだ」
レイバンが暗黙の取り決めを教えてくれた。
一緒に暮らすんだから、そんな取り決めが色々とあるようだ。午前中に裏の洗い場に運んできた野菜も、俺達で食べきれない分は、この母屋を手伝ってくれるおばさん達で分けているようだしね。
「傍から見れば私達とネコ族の人達の関係は主人と使用人になるんですが、農場で得た収入は平等に分配しています。
元は同じ騎士団の仲間ですからね。子供達にも今の関係を続けるように言っていますから、この関係はいつまでも続くんでしょうね」
「他の農場を経営している連中との付き合いに苦労しますが、それは私達の生活を切り詰めれば何とでもなります」
近所付き合いも大事だということなんだろう。
そんな家族にアレクやフレイヤ達は仕送りをしてるんだろうか? 少し酒の量を減らせばいいと思うんだけど、他人の家族の中にまで干渉するのも気が引けるところだ。
「そうそう、ファルコを見掛けたという話よ。ネコ族の人達にも伝えて頂戴ね」
そう言って席を立ったシエラさんだったが、ファルコってなんだ?
疑問がトリガーになって脳裏にファルコの姿が浮かぶ。注意書きもあるから、あの時サンドラさんが見せてくれた図鑑の記憶だな。
かなり鮮明なのは、アリスが補正してくれているんだろう。
ファルコは一言で言えば大きなワシだ。翼を広げると数m以上にもなるらしい。子牛ほどなら足で掴んで飛び立つこともできるらしい。
「対策はあるの?」
「3輪自走車の下に隠れてやり過ごすことぐらいね。この辺りでは襲われたという話は聞かなかったけど、過去には人を連れ去ったこともあるらしいわよ」
上空からダイブする攻撃をかわせればいいということなんだろうな。3輪自走車はあまり頑丈そうには見えないが、ワシの爪から逃れれば十分ということなんだろう。積んである猟銃も少しは使えるのかもしれない。
「明日も農場の収穫をするんだから、リオは上空を見ていて頂戴ね」
あまり役立ちそうもないけどね。それにしても翼長数mとはね。荒れ地にもいるんだろうか?
信号弾の発射機にしては数が多い上空を向いた小さな大砲があったけど、あれを使うとしたらもっと大きな鳥がいそうだな。
翌日。朝食を終えた俺達はいつものように3輪自走車に乗って農場に向かう。途中すれ違うネコ族の連中に挨拶すると、昔からの知り合いのように答えてくれるからうれしくなる。
晴れた空には雲1つない。帽子を被ってはいるがサングラスは外せないな。
あちこちの畑で車を止め、少しずつ野菜や果物をカゴに入れる。最後は東の野ウサギ用の罠だけど、だいぶニンジン畑が荒らされたみたいで、数日前から畑の中にもいくつか仕掛けている。
「あれだけ荒らしたんだから、数匹は掛かってるんじゃないかしら?」
荷車から身を乗り出して畑を見てるけど、それって獲らぬ狸って奴じゃないのかな?
思わず笑みを浮かべてると、俺の顔を見て表情をきつくした。
「笑うところじゃないわ。母さん達の生活が懸かってるんだから」
「ごめん。ごめん。獲れない内に数を数えるのがおかしかったんだ」
俺の言葉を聞いて、さらにヒートアップしているけど、ソフィーは俺達の会話も気にせずに東の外れに来ると大きく三輪自走車を南に向きを変えた。
急にカーブを切るから、フレイヤが俺の方に倒れてくる。思わず抱き留めてあげたけど、妹の手前か直ぐに俺から離れて畑に目を向けている。
「姉さん!」
そう言って、車を止めるとソフィーが畑に走って行った。
「ほら見なさい! ちゃんと獲れているでしょう」
自慢げに話すフレイヤの顔を見上げた時だ。上空から黒いものが落ちてくる。
慌てて、荷台を飛び降りてソフィーのところに向かう。ソフィーは獲物を罠から外すために下を向いているし、ニンジン畑の中に身を隠す場所など無い。
背中の刀を抜いた時、後ろからフレイヤの悲鳴が聞こえてきた。身体機能を高める魔法をどうにか唱えたのは覚えているのだが……。
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「このままでだいじょうぶだと?」
「だいぶ元に戻っているわ。明日には目が覚めると思うわよ」
俺の傍で誰かが話をしている。
1人はドミニクの声に間違いないが、もう1人は誰なんだ?
確かめようと、目を開けて顔の向きを変えようとしたのだが、体が全く動かない。
確か、ソフィーに向かってダイブする大鷲に向かって行った筈だ。
ソフィーは無事なんだろうか……。
突然睡魔に襲われ、再び俺の意識は闇の中に落ちてしまった。
『マスター……。マスター……』
「アリスか。ここは? そして俺はどうなってるんだ?」
『アレク様の実家の2階です。たぶんアレク様のお部屋かと。
心配しましたよ。通常状態で亜空間跳躍を行いましたから、体の組織が一部戦闘形態に変化してしまいました。
ゆっくりと通常状態に戻っていますから、明日には体を起こせるはずです』
今度は睡魔が襲ってこないようだ。相変わらず体が動かないけど、アリスと会話ができるなら退屈することはないだろう。
「ソフィーはどうなった?」
『無事です。マスターがファルコの片方の翼を斬り取り、返す刀で首を両断しましたから。ファルコの肉は売れるようですね。ネコ族の人達が喜んでましたよ』
少しは自分達で食べたのかもしれないな。俺も食べたかったぞ。少し残してあるんだろうか?
魔法の袋の中は時間が止まってるらしいから、肉の長期保存もできるに違いない。それに魔法で作った氷を使う初歩的な保冷庫までこの世界にはあるぐらいだ。
「1つ聞かせてくれ。俺は人間ではないのか?」
『人間です。私のように作られた存在ではなく、母親からマスターは生まれました。
ですが、星間戦争に参加したことから、負傷するごとに組織を移植しています。最後の負傷で、私と同じような構造に変化しましたが、マスターが人間であることに変わりはありません』
サイボーグとも異なるようだ。それ以上に無機質の構造を取っているんだろう。だが、今まで俺でさえ気が付かなかったんだよな。
確かに怪我は治りやすかったが、切り傷を負えば血も流れていたぞ。
『普段のマスターならば、人間とまったく変わりません。体組織を構成するナノマシン、ピコマシンが人体に擬態します。食事もとれますし、呼吸も自然に行えるはずです。
ですが、一端事ある場合は戦闘形態に変化します。プレートアーマーよりも強靭な皮膚組織になりますし、いろんなことができますよ』
例えばどんなことと聞いてみたら、とんでもない情報量が俺の頭に流れこんできた。
危うく気を失いかけたが、大きくは2つに区分されるみたいだ。
身体機能の増強はこの世界の魔法を超えるし、力は直径30cmほどの立木ならへし折ることさえできるらしい。
もう1つは、アリスの持つ時空間への干渉だ。アリス並とはいかないけど、100mほどなら亜空間跳躍を使って瞬時に移動できるらしい。
ソフィーが助かったのも、咄嗟に俺がそんな力を使ったためだろう。
『この世界の魔導士の実験でマスターを失いかけたことがありました。その時の実験でマスターには6つの上位魔石が埋め込まれたのですが、今では分解されてどこにあるのかもわかりません。
ですが、魔石の働きは埋め込まれてから今でも継続しています。どんな影響をマスターの体にもたらすかは不明ですから、無理をなさらないでください』
俺達は他の恒星系に船出した植民船の後を追って恒星間を飛んでいたらしい。不幸な事故でアリスと俺は体を2つに分断されたようだ。
本来ならそれで死んでしまいそうだが、俺達はそうではなかったということになる。
俺達はしばらく亜空間にいたらしいが、アリスのコクピットから俺は離れてしまったらしい。体を構成するナノマシンの分量が足りず、幼児にまで退行して体を復元した時、俺達をこの世界の魔導士が見つけたということだ。
『亜空間への出入りが物理科学以外の方法で実施することに驚きましたが、その魔導士はマスターを実験体とみなしたようです』
泣き叫ぶ俺に対して様々な実験を試みたらしい。アリスは自分の体を繭のようなコクーンに閉じ込めて、少しずつ体を復元していたためその魔導士の実験に干渉することができなかったと辛そうな声で話してくれた。
『魔導士の実験は延々続きました。どうにか左手が動けるまでに回復したところで、魔導士共々、魔導士の住処を破壊しました。マスターのその後の生活は、住処に合った鉱物資源を使って私共々ナノマシンの増殖に努めたのです』
どうにか元に戻るまでに10年以上の時間が過ぎたらしい。この世界でどうやって暮らすかを相談するために、あの時アリスは俺に情報を一気に送り込んだんだろう。
おぼろげ他の世界の記憶が出てくるのはそんな理由だからか、そうなるともう片方の体が心配になってくるな。
この世界で巡り合えるとは思えないが、アリスと一緒ならそれなりに暮らしているのかもしれない。