M-199 優秀な指揮官は嫌われるらしい
数kmほど進んだところで、リバイアサンは再び降下を始めたようだ。
どうやらこれを延々と繰り返すことになるんだろうな。
1時間程経ったところで後ろを見ると、まるでスタンプのように四角く大地が整地されていた。
「工事にも使えそうね。リバイアサンの重量が掛かるんだから、1回で平らになるわよ」
「そんな工事があれば請け負いますよ。維持費がかかりますからね」
「工兵部隊に知り合いがいる。一度話してやろう。案外、ニーズがあるかもしれんな」
フェダーン様が笑みを浮かべているのは、相手の驚く様子を思い浮かべているに違いない。
副官のバングルに、たまに着信が入る。
その都度、俺達に頭を下げて、後ろに下がって報告を聞いているんだが、フェダーン様に上げないところを見ると、定時報告ということなんだろうな。
今のところは順調に推移しているに違いない。
「ところで、ハーネスト同盟のその後だが……」
フェダーン様のところに届いた書状によると、同盟が瓦解し始めたらしい。
サーゼントス王国の穀倉地帯が全滅に近い打撃を受けたことから、サーゼントス王国の切り取りがウエルバン王国とガルトス王国によって行われているとのことだ。
王侯貴族はどうなっても構わないが、土地の切り取りが略奪になってしまうと、国民の反発による内乱に発展しかねない。
ガルトス王国内に一揆でも起きたなら、ウエリントン王国へ難民が流れてくる可能性だってあるだろう。
難民たちの亡命を阻止しようとガルトス軍も動くだろうから、ブラウ同盟の大型艦船はウエリントン国境でしばらくは西を睨むことになりそうだな。
「全く、碌でもない同盟だったようですね」
「覇王を気取るような連中だからだろう。国民と乖離した国政をするなら、あまり長続きはしないだろう。
国王陛下も、取り巻きの貴族の言動には注意しているようだ。地位を望むぐらいなら問題はないが、その為に他者を貶めるような貴族は、しっかりと影の者達に見張らせている。
国民をないがしろにした時には、その廃嫡を考えているのだろうな」
「俺にも付いてることは無いですよね? マイネさん辺りだと寝首をかかれそうで怖いんですが」
「マイネ達は、リオ度には隙が無いと言っていたぞ。とはいえ、安心するが良い。リオ殿は国王陛下のお気に入りだ。私の言動でさえ、国王陛下は気にする始末だからな」
そう言って笑い声を上げてるけど、内心冷や汗ものだ。
これからは、もう少し考えて行動しなければなるまい。特に休暇中の言動は注意しよう。
「兄君は、悩んでいるようでしたよ。リオ殿への褒美をどうしたらよいものかと。ヒルダが内々に私に要望を聞いて欲しいと頼んできたぐらいです」
「王宮の倉庫から美術品を色々と頂きましたし、マイネさんの形見を黙って見逃してくださるならそれで十分です。今回は荷物持ちに近い形の協力でしたし、いまだに死者が出ていないのはフェダーン様達の作戦が良かったからでしょう」
「全く欲がないわね。向こうの立場で考えないといけないの! これだけの成果をフェダーンと同盟軍としたなら、次のレッド・カーペットの時の指揮官は任命された途端首を吊るかもしれないわよ。
リオ君をスケープ・ゴートにすることで、たまたま上手く行ったということにしたいということなんだけど……。理解できた?」
名指揮官はいらないということか……。
同じように指揮を執れと言われると、責任が重く圧し掛かるということなんだろうな。
俺がいたから上手く行った……。それはヴィオラ騎士団の全面協力があったことによるものだとすれば、軍の働きの重さが変るということになるんじゃないかな。
「それなら、地位が欲しいということで良いんじゃないですか? ちょっとした協力で男爵の上を頂けるなら、国王陛下も安心できると思いますよ」
「ほう! 男爵の上となると……、伯爵と言うことになるな。今回の貴族の動員で色々と問題のあった貴族が降格されるだろう。その領地を一部貰うことで、辺境伯を名乗ることができそうだな。ユーリル殿、その線で国王陛下の耳に入れて貰えないだろうか?」
「あの2人が一番喜びそうですね。それに、貴族達も安心できると思いますよ。あの男爵は欲深いと……」
今度は女性達3人が笑いだした。
王宮内の勢力争いに巻き込まれそうだけど、辺境伯なら王都で暮らす必要は無いからね。
「たぶん許可されるに違いない。だがリオ殿がそれを欲しがる理由も分かるつもりだ。辺境伯なら、艦隊を作れるぞ。さすがに戦艦は無理だが巡洋艦数隻程度なら許可されるだろう。リバイアサンに丁度良い」
「またよからぬことを考えてませんよね? 現在でもヴィオラ騎士団には3隻いるんですよ。リバイアサンだけで作戦行動が取れますよ」
「それも良かろう。できれば星の海の北を遊弋して欲しいところだ。リバイアサンの対抗兵器、さすがにそれをガルトス王国に渡すわけにはいかぬからな」
ちょっと忘れていたけど相変わらずガルドス王国は探しているのかもしれないな。7で斬れば朽ちていて欲しいところだが、リバイアサンでさえ稼働したぐらいだから、案外残っているのかもしれない。
「それは、休暇が終わってからにしなさいな。だいぶリバイアサンに部外者が乗り込んでいるけど、その人達の労いも行うのよ。男爵なんだから、貴族の矜持があるでしょう?」
「そうなんですか! それはちょっと問題ですよ。何と言っても資金がないんですから」
思わず大声を上げてしまった。
一体どれぐらいの出費になるんだろう? 無駄遣いはしてないん筈なんだけど、俺の貯金で賄えるんだろうか?
「私の特許の一部をリオ君に回しているはずだから、それで賄いなさい。金貨10枚ぐらいの大盤振る舞いは可能な筈よ。エミー達と相談すれば任せられるんじゃないかしら」
「ありがたく頂きますが、それって例の薬の特許ですか?」
「そうよ。そう言えば、そろそろ切れてるんじゃなくて? 新たな薬を作ったから、今度はそっちにしましょう。……そんな顔をしなくてもだいじょうぶよ。ちゃんとアリスの確認は取ってあるわ」
俺に不足する元素を吸収するためなんだろうけど、それに新薬を混ぜてるんだよなぁ。アリスが確認しているなら、俺を害することは無いのだろうけどね。
これまでに媚薬が2種類試されてるからなぁ。アリスの考えでは媚薬は毒ではないということなんだろうけど、精神的なダメージも毒の一種と思うんだけどねぇ。
カテリナさんにとっては、使い易い実験対象として俺をみてるのかもしれないな。笑顔に誤魔化されないようにしないと……。
「軍の労いもあるし、騎士団も行うだろう。リオ殿の出席を依頼する者達が多数出てくるだろう。少なくとも、リバイアサンと騎士団の席に出ることだ。軍の方は忙しいということで構わんだろうが、ウエリントン王宮で行う宴は出ねばならんぞ」
ドミニクに任せたいところだな。
アレクは美味しい酒に喜びそうだけど、礼儀を要するような席は毛嫌いするからなぁ。
夕暮れが辺りを包むまで、俺達はデッキで歓談を楽しむことになったけど、本当は状況をここで確認しようとしてたんじゃないかな?
とりあえずは、予定通りと言うことなんだろう。
副官が何度も通信を受けていたけど、フェダーン様へ報告をしていなかったからね。
状況に変化なしと告げるだけなら必要ないと言われているのかもしれない。
リビングに戻り、ソファーに腰を下ろすとフェダーン様が何時もの依頼をしてきた。
「北で良いんですよね? アリスの傍に積まれた爆弾を落としてきます」
「位置だが、最北を進む艦隊の北東方向を爆撃して欲しい。予定ではリバイアサンの北東90ケム(135km)付近を進んでいるはずだ」
「夜間の攻撃に余裕を持ちたいということなんでしょうけど、さすがに12発では……」
「落とさぬよりは、落とした方が良さそうだ。士気も保てるからな」
要するに、艦隊からギリギリ見える位置を爆撃すれば良いってことらしい。
そう言ってくれれば考えなくても良いんだけど、フェダーン様だからなぁ……。それぐらいは考えろという事なんだろうね。
どれ。夕食前に、さっさと落としてくるか!
夜半にもう1度落としに行けば、フェダーン様の考え通りになるはずだ。
200kmほど先の爆撃など、アリスにとっては簡単すぎる仕事だ。
さっさと終わりにしたところで、エネルギー切れで、上空に待機しているドローンを回収することにした。
「結局ドローンで確認できた山麓の魔獣は、あれだけだったのかい?」
『11種類を確認しました。生態は不明です。確認個体数が少ないので脅威の程度を推測できません』
「とりあえず、こんな連中がいるということが分かっただけでも十分じゃないかな。導師が興味を引くだろうから、魔石に記録しておいてくれないかな?」
『2つ作りました。たぶんカテリナ様も欲しがるでしょう』
確かにね。
やはり簡単な博物学というか、生態学を作った方が良いと思うんだよなぁ。
導師が乗り気になっていたけど、担当する教授がいるんだろうか?
自然科学の入門編のような学問が始まるかと思うと、ちょっと興味が湧いてくる。
ある程度役に立つと考えた者が出てくるまでにどれぐらい掛かるのかな?
その中の何人かは、魔道科学と自然科学の融合を考えるかもしれない。
リバイアサンはそんな学問の集大成でもある。魔道科学と自然科学がかなり融合しているんだよなぁ。