M-193 3回目の脱皮がはじまるらしい
スコーピオの津波に衝突してから11日が経った。
広場で俺達が相手をするスコーピオは、既に1回目の脱皮を終えたものばかりだ。
第2回目の脱皮を終えた大型のものが結構混じっているけど、その比率は10:1よりも少ない気がする。
獣機は既に全機が30mmの銃を使っている。彼等が手負いにしたスコーピオを戦機がハルベートで止めを刺すという連携が広場のあちこちで行われていた。
2回目の脱皮を終えたスコーピオを相手にするのは俺とアレクそれにローザの役目だ。常に広場に2機が展開すべく休憩のローテーションを決めている。
休憩が1時間程だから、2時間暴れたら休める勘定だな。
「休憩を終えたぞ! 今度は兄様の番じゃ」
「了解。少し大きいのが多くなってきてるから、リンダと連携するんだぞ!」
「分かっておる。その為に少し早いがリンダには銃を持たせておるからのう」
リンダが持っているのは40mmの2連装銃だ。獣機が持っているボルトアクションのものではないから、何となく猟銃のようにも見えるんだけど素早く2連射ができる利点がある。
作りが簡単だし、ヘビーバレルだからそのまま棍棒のように振り増している姿を見ることがあるんだよなぁ。案外気に入っているのかもしれない。
とはいえ、さすがに獣機には大きすぎるようだ。同じものを分隊ごとに使っているみたいだが、しっかりと台に固定して射撃を行っている。
『リバイアサンの昇降台ではトラ族が使っているようですね。三脚を昇降台の床にボルト止めしているようです』
「ちょっとした大砲って感じかな? 40mmだからねぇ。爆裂弾頭を作っておけばよかったかもしれないね」
それなりに活躍しているみたいだ。マイネさん達は今でもあの狙撃銃を使っているのかな?
「目と目の間が急所みたいにゃ!」なんて言ってたからね。
上手く当たれば1発で倒れると言ってたし、あの銃弾は薬莢を含めると20cmぐらいの大きさだ。初速もかなりあるんだろうな。
『単純計算では、15mmの鉄板を貫通出来ます。2回目の脱皮を終えたスコーピオさえ近距離なら倒せそうです』
「物騒な銃だね。終わったら部屋に飾っておくのかな?」
『家宝と言ってましたね……』
ベルッド爺さんにきちんとメンテナンスして貰うんだろうな。あの大きさだからねぇ、良い飾りになるんだろうな。
できれば俺も1丁欲しいところだ。
『欲しいのですか?』
「欲しいというか……、対物狙撃銃だろう? この世界には珍しい品だからねぇ」
『それなら、1つ提供しましょう。大型ですからシートの背後にケースで取り出します』
思わず笑みが浮かんでしまうのは、俺がまだ少年の心を持っているからなんだろうな。
ローザに手を振ると、上空に跳び上がり駐機台へと亜空間移動を行った。
アリス専用駐機台の横には、しっかりと爆弾が積まれている。次の出撃に持って行けと言うことだろう。
アリスが、収納してくれるからシートから腰を上げて後ろを見ると、金属ケースがいつの間にか置かれている。
手に持ってみると、とんでもなく重い。50kgは越えてるんじゃないか?
『運搬時や射撃時には、身体を戦闘形態に変えないといけません。2割程度で十分かと推察します』
「了解。だけど、かなりの代物だね?」
『地球での第2次大戦時代に作られた銃のレプリカです。当時の材質より強度を高めていますから、この世界で使用するには問題ないでしょう。銃弾はマガジンに10発収納されています。半自動ですから継続射撃が可能ですよ』
歴史に埋もれた大戦時代のものか。火薬式の銃ならこの世界でもそれほど違和感はないはずだ。
何回か使って、俺の部屋に飾っておこうかな?
俺が入れそうな金属ケースには10cmほどの車輪がついている。
引き手を持って、ゴロゴロとケースを曳きながら指揮所に向かった。
エレベータホールに着いたところで、いくら何でもこの荷物はなぁ……、と考えて、プライベート区画へと向かうことにした。
指揮所には顔を出すだけでも良いだろう。たまにはのんびりとコーヒーを飲みたいところだ。
うん! それが一番だろうとエレベーターを乗り継いでプライベート区画に足を運ぶ。
マイネさん達はいないだろうが、コーヒーぐらいは自分で作れるからね。
何時ものソファーに向かって歩いて行くと、思わず天を仰いでしまった。
何時もなら指揮所に詰めているカテリナさんとフェダーン様が、紅茶を飲みながら歓談している。
「リオ殿も、こちらに来たのか! 丁度良い。我等の茶会に付き合って欲しいぞ」
言われるままにソファーに向かうと、ユーリル様が腰を浮かせて俺に席を開けてくれた。
ゴロゴロと曳いてきた荷物を後ろに置いて腰を下ろした俺に、カテリナさんが傍に置かれたワゴンテーブルでコーヒーを入れて渡してくれる。
「ありがとう」と言って受け取ったけど、なんで今日に限ってこちらにいるんだろう?
テーブルの上にはクッキーを乗せた皿だけが置かれているから、密談していたわけではなさそうだ。
「導師と提督に追い出されたのよ。たまにはゆっくりと休憩しなさいってね」
「それだけ、作戦通りに進んでいるんでしょう。自分に褒美を与えるつもりで導師達に甘えるのも良いと思いますよ」
「まあ、それも一理はあるのだが……。外を眺めてもおもしろくない景色だ」
「やはり大きくなっているようですねぇ。最初のころとはだいぶ違いますし、赤色が濃くなっているようです」
フェダーン様の呟きに、ユーリル様が追従している。
デッキ越しに見える光景は、スコーピオばかりだからねぇ。面白味に全く欠けている。
「ところで、何を運んできたの? だいぶ大きな荷物だけど」
「後ろの箱ですか? あれは狙撃銃なんです。マイネさん達の狙撃銃の話をアリスとしていたら、俺が羨まし気に見えたんでしょうね。俺に使える狙撃銃を取り出してくれました」
「見せて貰っても良いかしら?」
おもちゃを見付けた子供のような表情で俺に問い掛けてきたけど、腰が既に浮いてるんだよなぁ。ダメと言ったらどうするんだろう?
「良いですよ。でもここで撃たないでくださいね」
一応、注意だけはしておこう。
うんうんと頷いて俺の後ろに向かったけど、ちゃんと聞いているんだろうか?
「わぁ! 大きいわねぇ……。へぇ~、ソリが付いてるのね! ここをこうして……」
カテリナさんの声に思わず後ろを振り向いてしまった。
そこで目にしたのは床に寝そべってラティを構えるカテリナさんの姿だった。
説明書も無く組み立てたのか! さすがは魔導師だと感心してしまうけど、トリガーには手を触れないで欲しいな。
「さすがに私ではボルトを操作できないわ。トラ族なら何とかなりそうね」
「カテリナ、リオ殿の私物だぞ!」
「分かってるわ。でもなかなか良くでき来てるわよ。照準器が付いてるから、精密射撃ができるようだけど……。どれぐらいの威力があるのかしら?」
『300スタム(600m)先の、標準装甲板半スタムの厚さなら貫通出来ます』
ほう! とフェダーン様が感嘆の溜息をもらす。
席を立って、狙撃銃の傍に向かったのは、もっとよく見ようということなんだろう。
「アリス様が提供したということは、パルケルスの発掘品でしょうか?」
「たぶんそうでしょうね。この狙撃銃のどこにも魔方陣が描かれていないわ。帝国内戦の初期に使われた品なんでしょうね。組み立て時の記録を後でベルッドに見せて上がるわ。きっと目を見張るんじゃないかしら?」
「その理由は?」
「極めて精巧な造りなの。今のドワーフの技術で再現することができないかもしれないわ。かと言って、複製にどこまで対応できるかも問題ねぇ……」
フェダーン様の問いに、カテリナさんが説明しているけど、難しいところがあるんだろうか?
少し改良したことをアリスが言ってたけど、その辺りかもしれないな。
兵器は量産できて、兵器となりえる。
いくら高性能でも、少数では数に飲み込まれてしまうからね。
「ところで、この戦いはまだまだ続くんでしょうか?」
俺の問いにフェダーン様が、カテリナさんを呼び寄せた。
前をポンポンと叩きながらカテリナさんが席に着くと、仮想スクリーンを立ち上げる。
リバイアサン内での仮想スクリーンの作り方は、アリスに頼まなくてもできるようになったみたいだ。
「現状のスコーピオの状況を、導師が分かり易い図にしてくれた。黄色が1回目の脱皮を終えたスコーピオ、赤が2回目の脱皮を終えた連中だ。
スコーピオの孵化が始まって18日が過ぎている。最初の孵化が行われてから8日目に全ての孵化が終わっているから、内側の白いベルトがまだ脱皮をしていない連中になる。だが、明日には白は消えるだろう。
それ位、どん欲に共喰いがおこなわれている。
現在は引き波が第一陣の戦列を越えている。この辺りだな。
1回目の脱皮の群れとの間に潮目を作っているが、この潮目がだんだんと薄らいでいるようだ……」
「第3回目の脱皮が始まるわよ。既に兆候が表れているわ。集団を作らなくなっているの。周囲は1回目の脱皮後のスコーピオで溢れているけど、間違いなく集団を作らなくなり始めたわ」
3回目の脱皮を終えると海を目指すらしい。
ということは、この戦いは10後には終わることになるのかな?
「終盤戦になっているということですか?」
「そうなるな。戦列を第3回目の脱皮を終えたスコーピオが越えたら、機動戦を開始する。現在は砲弾の補給に大忙しだ」
「騎士団の方は、明日から機動戦を行うらしいわよ。ブラウ同盟軍が改めて派遣した艦隊は騎士団を追い越せるかしら?」
「そうでないと困るな。指揮官は昼夜兼行で艦隊を進めているのだろうが、いかんせん距離がある」
軽巡と駆逐艦だけの艦隊らしい。それでも時速25km程度ではねぇ……。
魔道機関の出力と駆動系統を根本的に改良しないといけないかもしれないな。




