M-190 お土産は荷台3台分
「あの画像に映っていた魔獣が原因だということか!」
「サーゼントス王国の農園地帯がかなりの打撃を受けたみたい。大きい方は巡洋艦以上の艦船が集中砲火を浴びせているけど、撃退にはまだまだ時間が掛かりそうね」
映像が終わったところで、陛下の問いにカテリナさんが答えてくれた。
トリスタンさんとヒルダ様は厳しい表情のまま、視線を国王陛下と俺達に交互に向けている。
「全く驚く限りだ。今まで誰もこの情報を持ち帰れなかったのは情報局の怠慢ではあるまいな?」
「隠蔽が巧妙に行われていたのでしょう。それに、滅多にあるものでもなさそうです」
トリスタンさんの視線は、「そうだろう?」と俺に話をするように向けられているんだよなぁ。
針のムシロじゃないか。
やはりお土産目当てに王宮なんかに来るからだろう。コーヒーは美味しかったけど、精神的に疲労しそうだ。
「あまりリオ君をイジメないで欲しいわ。これはリオ君のまとめたレポートよ。導師が『異端と言われるじゃろうな?』と心配して、著者を自らの名にして発表しようしているものなんだけど、1度読んでみることをお勧めするわ。
この中に『東の脅威と連動した動きが他にもあるのでは……』と記載されているの。
ひょっとしたら、ハーネスト同盟軍が急に侵攻を断念した理由が分かるかもしれないということで、調査しにやってきたんだけど……、大当たりだったわ。
とは言っても、東は私達が少しぐらいいなくとも問題ないほどに上手く行ってるわ。今朝の時点で死者の報告は無かったわよ」
カテリナさんがバッグからレポートを取り出してテーブルに置くと、国王陛下がレポートを手に取りページをめくり始めた。
「『生命樹』に『進化』……、『突然変異』に『淘汰』……。全く分からんな。これをチオが書いたのか?」
「そうなの。導師が名誉教授の推薦をすると言ってたから、レッド・カーペットが終わったなら王宮に顔を出すと思うわ」
カテリナさんの答えに、陛下が頷いている。これって事前了承ってことなのかな?
レポートをヒルダ様に手渡すと「コピーを王宮学院に渡して解説書を書くように託けている。
解説版を読もうというのかな?
果たしてこの世界の頭脳集団に、内容が理解できるかどうかだ。
どうにか理解できたのは、導師とカテリナさんぐらいだからねぇ……。
「本来の任務を放り出して、このような趣味に走ったことを恥じ入るばかりです」
「そうでもあるまい。これだけ善戦しているのは、リオの多大な恩恵によるものだと思っている。だが、これからが本番だぞ」
「最初の脱皮が終わって、引き波が始まりました。数日の後には2回目の脱皮が始まるでしょう。叩けるうちに叩けば、被害も少ないと思っています」
「コリント同盟軍も善戦しているようだ。飛行船の爆撃とロケット弾の効果だと、この時節に使者を送ってくる始末だ。よほどうれしいに違いない」
小型飛行船だけど、駆逐艦の砲弾を改良した様な爆弾なら、数が積めるだろう。艦砲の射程外を昼夜を問わずに爆撃しているのだろうか。
「西は燻っているが、先ほどの映像を見る限り心配は無かろう。既に足の速い艦隊を東に送っているぞ」
「フェダーン様から伺いました。12騎士団と共に後方のスコーピオ狩りをお願いしているそうです」
第2線は無くなったが、数隻の艦隊でスコーピオを狩り続けてくれるというんだから、俺達もそっちの方がやりがいがありそうに思えるんだよなぁ……。
機動要塞は動くことでその真の力を発揮するんだが、ずっと固定したままで補給基地と化している。
まあ作戦ではあるし、かなりの物資を運び入れたからね。このまま最後まで砲撃を続けることで我慢して貰おう。
「ところで、カテリナ殿はアリスに同乗してやってきたのだろうが、我等を乗せることはできないのか?」
トリスタンさんの質問は、リバイアサンへやってこようなんて考えているのだろうか?
思わず、返事に詰まってカテリナさんに顔を向けた。
「限定1人だし、中年はアリスが嫌がりそう。それにやってきても歓待はできないわよ。マイネ達でさえ、大型銃を担いでドックの守備をしてるぐらいなんだから。食事は1日4回で、誰もが食堂で同じものを食べてるわ」
「まさに、全員一丸と言う奴だな。それは、激励に行く必要がありそうに思わんか?」
カテリナさんがやんわり断っているんだけど、国王陛下は目を輝かせてトリスタンさんに同意を取っているようだ。
ヒルダ様が呆れた表情で見ているんだけど、2人には気が付かないのかな?
「今から来るとしても、スコーピオの2回目の脱皮後になりそうだから、巡洋艦を主体とした艦隊になってしまうわ。
それに、先ほどの映像で分かる通り、ハーネスト同盟軍は現状では西に掛かりきりだけど、何時こっちにやってくるかも分からないでしょう?
どうしても……と言うなら、導師の飛行船を使うという手はあるけど、レッド・カーペットの一部始終を見たいようだから、融通して貰えないわよ」
ダメ出しをしてくれた。
残念そうな表情をしているけど、想像すらできない光景がレッド・カーペットの姿だ。
案外、艦船を融通してやってきそうに思えるな。
それは自己責任として行動して貰おう。護衛を仰せつかっても対処できる状態ではなくなりそうだからね。
しばらく歓談をしていると、近衛兵がリビング入ってきた。
ヒルダ様に耳打ちして、扉の傍に戻っていく。
「果物と野菜を用意できたそうですよ。あらかじめ連絡してくださったなら、もう少しマシな物を用意できたでしょうが、大急ぎで買い込んできたそうですから、ご了承くださいな」
「レッド・カーペットが済んだら、再び訪れるが良い。この映像だけで金貨100枚以上の価値があるであろう。王宮の奴等にも見せてやりたいところだ」
「それなら、これをお渡しします。先ほどの映像記録を魔石に記憶させていますから、カテリナさんの作ったプロジェクターで再生できるでしょう。お土産はありがたく頂いていきます」
プロジェクターから魔石を取り出すと、テーブルの上にそっと置いた。
席を立とうとしたら、カテリナさんに裾を引かれて無理やり座らせられてしまった。
どうやら、国王陛下が退出しない間は席についているのが礼儀らしい。
そんなことを俺に求められてもねぇ……。宮廷作法なんて知らないからなぁ。
頭を搔いて小さく頭を下げると、テーブル越しの3人が笑みを浮かべている。
俺の不作法は余り問題にしてないみたいだな。
「我等だけなら不作法は気にせずともよい。宮殿では貴族達の目があるから少しは考えるべきじゃな。まあ、騎士団所属の騎士と言うことで、貴族も苦笑いを浮かべるぐらいであろうが……」
「そんな貴族があの有様でしたからなぁ。リオ殿を謗る資格があるのかと考えてしまいます」
「それが分からぬのが今の貴族だと思うと、嘆かわしくなってくる。状況確認と評価は終えたのであろうな。次に同じことが起こったなら、降格もやぶさかではないと知らしめねばなるまい。
さて、そろそろ次の会議であったな。議題は、まさしく先ほどの状況を情報局から受けることになっておったのだが、どのような報告をしてくるか楽しみになってきたぞ」
笑い声を上げながら国王陛下御一行が部屋を出ていく姿を、俺達は席を立って見送った。再度席に座った俺達に、ヒルダ様が改めてコーヒーを侍女に依頼している。
「本当に困った陛下です。ですが、西の状況を熟慮頂ければ断念して頂けると……」
「水棲生物のようですから、あまり長くは陸上で生息できないでしょう。案外、西の方が早く終わるかもしれません」
俺の言葉に、もう1度深くため息をついている。
ヒルダ様も苦労しているようだ。たまに俺達と休暇を共にするけど、色々と仕事で疲れてるのかもしれないな。
ヒルダ様に暇を告げて、外に出て驚いた。
荷車をけん引した自走車が3台も停めてある。
「とりあえず集めたようですね。運べるだけ運んでください」
「全部頂くわ。アリス、お願い出来て!」
カテリナさんがアリスに頼むから、皆がアリスの顔を眺めている間に、荷車の果物や野菜が全て消えてしまった。
これぐらいは問題なく運べるということだろう。ナパーム弾5発の方が重さ的にはあるだろうからねぇ。
「全部運べるの!」
「空間魔法が使えますから、問題ないようですね。ありがたく頂いていきます」
「またいらっしゃい。次に来る時は連絡して頂戴ね。美味しそうなものをたくさん集めておくわ」
ヒルダさんの申し出に、ありがたく頭を下げる。
ちょっと笑みが浮かんでしまったけど、それは仕方がないよね。
再びアリスに搭乗して、上空に飛び立った。
地上のヒルダ様達が見えなくなったところで、リバイアサンの駐機台へと亜空間移動を行う。
突然現れたアリスに、爆弾を運んできた自走車の連中が驚いている。
彼等の視線を気にせずにコクピットから下りると、彼等に挨拶をしてみた。
どうやら、ナルビク王国からやってきた士官候補生と商会ギルドから派遣された商店員のようだ。
お店は何時ものように開いているらしいけど、店員の数を半分にしているらしい。ドワーフ族の連中が飛行機への爆装を受け持っているから、彼等が爆弾を運んでいるとのことだ。
「大変ですけど、怪我だけはしないでください」
「運ぶだけですから問題はないですよ。荷積みは獣機で行ってくれますからね」
そう言って後ろを指差すと、獣機が1台歩いてきた。
今度は荷下ろしをするんだろう。獣機は汎用性に富んでいるな。
戻ってきたことは連絡されているだろう。そろそろ向かわないと、フェダーン様の機嫌が悪くなりそうだ。
彼等に手を振って、カテリナさんと指揮所へ向かった。