M-019 農場での暮らし
アレクの実家は農家といっても、俺の思い描く農家とは少し異なる気がするな。
使用人は元騎士団のネコ族の人達らしい。8家族が石作りの裏にあるログハウスで暮らしている。
再就職に悩んでいたから一緒にここで暮らしていると話してくれたけど、ネコ族の人達はあまり力はないんじゃないかな。
それでも、朝早くから3輪自走車を走らせて、畑の手入れや収穫をしてるようだ。
「午前中に出荷しなければいけないの。ネコ族の人達は、収穫物を通りに停めてある農業ギルドの集荷車に詰め込んだら、午後は3時までお昼寝なのよ」
納屋に残った3輪自走車に接続された荷車にフレイヤと俺が乗り込んだ。運転はソフィーがするみたいだ。
少し遅いお手伝いだけど、人手は多い方が良いに決まってる。
フレイヤの話では、朝5時から仕事をしているそうだ。すでに9時を過ぎているから、仕事が残っているか少し心配だな。
「あにゃ? フレイヤさんの彼かにゃ」
「同僚よ、同僚!」
カブを3m四方の小さなプールで洗っていたネコ族のおばさんがフレイヤに声を掛けてきた。
懸命に訂正してるけど、そんなに強く訂正しなくてもいいと思うんだけどなぁ。
「兄さんも一緒に手伝って欲しいにゃ。集荷場所に運ぶのはソフィーさんに任せるにゃ。向こうに2人いるから荷下ろしはだいじょうぶにゃ」
おばさんの言葉で、俺とフレイヤの今日の仕事場はここになってしまった。
ソフィーが荷車を引いてきたのは、こんな仕事があるからなんだろう。
石作りのプールの端に座り込むと、おばさんが渡してくれたヘチマみたいなものでカブの泥を落としていく。
数個洗い終わると、俺の隣にネコ族の娘さんが大きなカゴを持ってきた。どうやらこのカゴに入れて運ぶらしい。
1時間も過ぎるとプールの傍に山になっていたカブがきれいになくなった。ソフィーが何度も集荷場所まで往復して、カブを入れたカゴを運んでいたせいもあるだろう。
これからプールの掃除をするらしいが、その前にお茶を楽しむらしい。俺達にもお茶のカップを渡してくれた。
ありがたく頂いて、労働の区切りをつける。
「今日は、カブとメロンにゃ。夕暮れ前には飼葉を刈るにゃ」
「大変ですね」
「けっこうおもしろいにゃ。それに、ここは安全にゃ」
その言葉に数人いたネコ族のおばさん達が頷いている。確かにここなら海賊も来ないし、魔獣の襲撃に怯えずに暮らせるだろう。
単純労働で苦労も多いのだろうが、仲間と一緒に暮らせるなら幸せなのかもしれない。
お茶を飲み終えるころに、ソフィーが戻って来た。おばさん達にお茶の礼を言って、再び3輪自走車の荷車に乗り込む。
「今度はもっと東に行くわよ。ニンジンを荒らしに野ウサギがやってくるの」
いまいち、理解に苦しむフレイヤの説明だった。
ソフィーが解説してくれたところによると、ニンジン畑を狙う野ウサギを捉えるために罠をいくつも仕掛けてあるらしい。
毎日ではないけど、それなりに獲物が掛かるそうだ。
毛皮もとれるし、肉はスープで美味しく頂けるとなれば、たくさん罠を仕掛けたくなるな。
「罠に掛かった野ウサギを狙って野犬や、オオタカも来るのよ。一応、武装はしてるわよね?」
「持って来たけど、俺達にも襲い掛かるの?」
「銃を撃てば逃げてしまうわ。3輪自走車には必ず銃を置いてあるのよ」
フレイヤの言葉に前を見ると、ソフィーの座っているベンチシートの背中に2連装の猟銃が置いてあった。
銃の傍にある小袋には弾丸が入ってるのだろう。
3輪自走車の速度はそれほど速くはない。走れば追い抜くことができそうだが、広い農場を歩くよりははるかに便利だし、何といっても俺達が乗っている荷台が2m四方ある荷車を引けるのが便利だ。
フレイヤの話では3台あるそうだ。さらに大きな荷台を引く自走車もあるそうだが、普段はこれで事足りるらしい。
2km四方はありそうな農場は、200mほどの区画で自走車が通れる道が作られていた。その区画を元に作物が作られているから、いろんな野菜や果物が収穫できるということだ。
途中で3輪自走車を止めて、トマトやメロンのような野菜をカゴに入れているのはお母さんに頼まれたのかもしれないな。
「あれが農場の境なの。通りから10スタム(15m)の幅で林を作ってあるのよ。焚き木取り用の林なの」
「農場の周囲を囲んでいるとなれば、かなりたくさんの焚き木が取れそうだね。なるほど、それで野ウサギが住み着いているんだ」
そんな連中の目と鼻の先で、好物のニンジンを作るのが俺には理解できないんだけどね。ひょっとして、野ウサギを狙うためにニンジンを作っているのかな?
だとしたら、かなりの戦略眼ということになるんだけど。
東の林に近づき、今度は南北に走る道沿いに3輪自走車をソフィーが走らせる。途中にある赤い旗で車を止めて罠を確認しながら南へと向かう。
20mほどの間隔で林の際に罠を仕掛けているようだ。道沿いにいくつもの旗が見えている。
「いくつ仕掛けたんだい?」
「そうね。私がいた時には30個は仕掛けたわよ」
それで1、2匹が取れるというから、野ウサギの群れは濃いということになるんだろうな。
10か所近くの罠を確認した時、ソフィーが丸々とした野ウサギをヒョイと荷台に投げ込んだ。今日の収穫はこれだけかな?
農場にはネコ族の人達もいれて数十人が暮らしているそうだから、肉の分配に悩むところだが、毎日1kgでも肉が得られるなら野ウサギ狩りは続けるべきだと思うな。
母屋に帰る時には、俺達の乗った荷台にはいろいろな野菜がカゴに乗せられていた。その日に必要な分を畑で得られるなら、ほとんど自給自足ができそうな気もする。野ウサギは3匹取れたけど、これほど取れるのは年に数回だとソフィーが話してくれた。
「野ウサギのパイが久しぶりに食べられるかも!」
そんなことを言ってフレイヤがはしゃいでいる。
俺達が母屋に帰る時には、農場には誰の姿も見えなかった。ネコ族の人達は一仕事を終えてお昼寝をしているのだろう。
母屋の前に着くと、荷台から収穫物を入れたカゴを下ろし、フレイヤと一緒に母屋の裏手に持って行く。ソフィーは3輪自走車を納屋へと運ぶそうだ。そこで弟のレイバンと簡単な整備をすると言っていた。
母屋の裏手には石畳の洗い場があった。その端にカゴを下ろせば後はネコ族のおばさんが料理をしてくれるらしい。フレイヤの家族だけでは食べきれないほどの量だけど、余った分はおばさん達が引き取ってくれるから無駄にはならないと教えてくれた。
「母屋に入りましょう。少しお腹がすいたんじゃなくて?」
「確かに。でも、騎士団でも昼食は無かったけど?」
「簡単な食事を取ることもあるわ。この辺りの農場ではどこも同じよ」
要するに、それだけ働くということなんだろうか? 陸上艦の上で3食を食べたら運動不足でメタボになりかねないからね。
ここでは外で十分に体を動かすことになるから、ちょっとした食事は必要ということになるのかな。
洗い場の端にある蛇口から流れでる水で手を洗う。この水はどこから来てるのだろうと北の方を眺めると、遠くに3つの風車が見えた。回っているのは2つだから1つは予備ということになるのかな。
この近くに川はなかったはずだから、農場を回った時にいくつか見掛けた小川はあの風車で組み上げた地下水なんだろう。
母屋に入ると、リビングの奥にあったテーブルに果物と簡単な野菜サンドが大皿に乗せられていた。
イゾルデさんの勧めで直ぐに席に着くと、フレイヤが取り皿に数個の野菜サンドを乗せてくれる。
「慣れない仕事で疲れたでしょう。どうぞ召し上がってください」
マグカップに注がれたコーヒーが良い匂いを立てている。この農場でようやくコーヒーに出会えた感じだ。やはりコーヒーはあったんだな。
砂糖をスプーンで2杯入れて、先ずはコーヒーを味わうことにした。
「野ウサギが3匹なら、今夜はパイに決まったようなものね。リオさんが幸運を呼んでくれたのかしら」
ソフィー達が帰ってくると、罠の獲物の数を告げている。その話を聞いて俺に顔を向けて微笑みながら言うんだから思わず顔を赤くしてしまった。
俺の足を蹴らなくても良いと思うんだが、フレイヤは少し気に入らないようだ。
「野ウサギが3匹ですって?」
北の扉から入って来たご婦人がフレイヤ達のもう1人の母親であるシエラさんだ。腰に今でも長剣を下げているのは、御近所の少年達に長剣の使い方を教えているからだと説明してくれた。騎士の時代には名の知れた御仁だったらしい。
「野ウサギのパイは久方ね」
俺達のテーブル越しにイゾルデさんの隣に腰を下ろすと、コーヒーカップを手に持ち俺をジッと見てるんだよね。
「長剣を背負う騎士はたまに見かけたけど、背負った長剣は初めて見るわ。見せて頂いていいかしら?」
「見掛けだけですから、長剣で俺を評価しないでください。まだ、一度も斬り合ったことは無いんですから」
ベルトを緩めて刀を背中からおろしたら、フレイヤが手を出してきたので刀を手渡した。大きなテーブルを回ってシエラさんに渡すと、直ぐに鞘から刀を抜いて眺めている。
「変わった長剣ね。他の王国の騎士達もこんな形の長剣を持った者はいなかったわ」
「でも、似た形の長剣を1度だけ見たことがあるわ。
東のレクトル王国の北に放牧をしている人達がいるでしょう。あの人達の使う長剣はこれと同じで片刃で反りがあるの。でもその長剣とも少し違うのよね」
騎馬で使用する長剣は反りがあると聞いたことがある。たぶんサーベルのような形なんだろうな。
「一度手合わせをお願いしようと思ったんだけど、まだ斬り合ったことないというなら次の機会にするわ」
フレイヤに刀を戻しながら俺に向かって話かけてきた。
「その時には是非ともお願いします」
そう答えたけど、本心からじゃないぞ。要するに、もう来なければ良いだけだからね。
俺の言葉にテーブル越しの2人がほほ笑んでいるところを見ると、俺の考えなどお見通しということなんだろうな。