M-189 大きなナマコ?
1時間程過ぎた頃だった。下界の煙に気が付いた。
高度を3千mほどにさげて、速度も時速500kmとかなり落として観察する。
「どうやら交戦しているみたい。相手は……、ちょっと分からないわね」
『確認しました。仮想スクリーンに拡大画像を映します』
映し出されたのは、ムカデのような代物だった。
獣機の大きさと比較すると体長は5m程度だが、かなりの数だな。
「西のレッド・カーペットと言うことになるんでしょうか?」
「でも、あの数ならそれほど脅威ではないわよ。ほら……、獣機が1個小隊ほどで刈り取っているでしょう?」
よく見つと、対応してるのは軽巡洋艦と駆逐艦、それに獣機の輸送艦だけのようだ。大型艦と戦機はどこに行ったんだ?
「先に行った方が良さそうね。あのムカデは海底の掃除屋なんだけど、あれほど上陸している意味が分からないわ」
「陸に上がる理由は2つ考えられますね。何かを求めて、もしくは何かに追われて……」
『西に砲煙が見えます。上空変お移動を開始します!』
何だろう? 遥か西に確かに煙るような光景が見えるが、あれが砲煙なんだろうか。
やがて、大型艦を主体とする機動艦隊の姿が見えてきた。上空にいる俺達には、飛行機でさえ気が付かないだろう。
何を狙ってるんだ?
拡大された画像で、弾着地点をジッと眺める。
「今、動いたわ! 砂礫と似た体色の生物ね……。ほら! 分かった?」
「あれって、ナマコの親戚に見えるんですが?」
どう見てもナマコのような形なんだが、ナマコはあんなに触手があっただろうか?
アメフラシの大きい奴かな?
色がアメフラシらしくないんだが……、どちらにしても陸上生物ではないんじゃないか?
「ナマコよりもアメフラシに近い生物のようね。かなり大きいわよ。アリス、推定でも良いから全長を教えて頂戴」
『全長30スタム(45m)。最大幅11スタム(16.5m)、体高9スタム(13.5m)です。推定重量は3千トワ(6千t)と推測しました』
駆逐艦より重そうだ。
かなり砲撃を受けても、あまり答えていないように見えるんだが……、どんな表皮を持ってるんだろう?
「アリス、あのアメフラシを拡大してくれない?」
拡大された画像を眺めていると、砲弾が効かない理由が少し分かってきた。
体内に貫通して炸裂しているわけではなく、表皮で炸裂している。
炸裂時に少しは痛手を受けるみたいだが、直ぐに体液が染み出て新たな表皮を作っているようだ。
「これは時間が掛かりますね。大きなナマコを少しずつナイフで削っているようなものですよ。表皮は固いというよりも弾力性に富んでいるみたいですね。内部で炸裂させることができれば、あれほどの砲撃を浴びせずとも良さそうですけど」
「徹甲弾が効かない相手と言う事かしら? それはフェダーンも対策に困りそうね」
とりあえず困っているのはハーネスト同盟の方だから、問題はないんだろうな。
ブラウ同盟としては、「放っておけ!」と言うことで、会議が一致しそうだ。
『ここから確認できるだけで、7体の大型アメフラシが存在します。やはり、あの大ムカデは大型アメフラシから逃げたものと推察します』
「少し西に向かってくれないか? さらに陸上に上がってくる連中がいないことを確認したい」
第2陣のお出まし、なんてことになったら洒落にもならない。
500kmほど移動して、後続が無いことが分かったところで、ホッと溜息が出てしまった。
「サーゼントスの西の長城が破壊されてたわ。あの体で押されたら、石積みの長城なんて直ぐに崩れてしまうでしょうね」
「ムカデの方は、破らずにそのまま長城を越えたんでしょうね。それにしても荒らされた農園は多いみたいですよ」
ムカデを停めるために、農園を焼いたみたいだな。
その上畑でムカデ狩りをしてるんだから、再び元の農園に戻すためにはかなりの時間が掛かりそうだ。
ちゃんと補償をして貰えるんだろうか?
王国の都合で危機を招いたようなものだから、農園主だって王宮に抗議しないとも限らない。
対応方策を間違えると、内乱が起こらないとも限らない。
同盟国間の協力で、東への侵攻はしばらくは困難になるんじゃないか。
「生物的な知見から言えば、ウエリントンまで来ることは無さそうね」
「ムカデの痕跡が消えたら引き返すと思いますよ。そもそもが水棲生物ですからね。陸上での長期的な活動はできないでしょう」
これで調査は十分だろう。
帰りは少し高度を上げて、海岸を眺めながら飛行する。
アリスは、地図に海岸線を描きたかったのかな?
リバイアサンを探すために、散々星の海の上空を飛行したから、その地図と合体すればかなりの範囲で西の地図が描けそうだ。
「地図はできそうかい?」
『かなり空白ができそうです。少しずつ空白を埋めることにしましょう』
今回の情報だけで地図を作ろうというのもねぇ……。
空白地帯が明確なら、リバイアサンから亜空間移動でその上空から記録を撮れば良い。
「せっかく来たんだから、お土産が欲しいわね」
「王都で買い物ですか? それもちょっと……」
「第3離宮に寄れない? ヒルダに頼めば果物カゴ1つぐらいは手に入りそうよ。義理の母親になるんだから、おねだりは親孝行の1つよ」
そんな親孝行があるのだろうか?
カテリナさんがアリスに頼んで、王宮に通信を送っている。
まもなく「待っている」との返事が返ってきたけど、手ぶらと言うのもねぇ……。
アリスにお願いして、サーゼントス王国の西で起こっている映像を編集して貰った。
魔石に情報を記録できるということに驚いたけど、それができるのは白の魔石と呼ばれるものだけらしい。
魔石の色というか種類ごとに、出来ることが決まっているのかもしれないな。
王宮の第3離宮の玄関先に着地すると、直ぐに近衛兵が駆けつけて来る。
離宮の侍女のお姉さん達が近衛兵に事情を説明している間に、アリスの手を使って地上に降り立った。
「リオ男爵とカテリナ博士ですか! 事前に連絡が欲しかったですな」
「ヒルダには連絡したわよ。作戦途中での休憩だから直ぐに出発するわ」
「了解しました。戦姫は我等で見張りますから、ごゆっくりお過ごしください」
近衛兵の隊長に、頭を下げる。
全く、カテリナさんの気まぐれにも困ったものだ。
「ヒルダ様が待ってるにゃ! 案内するにゃ」
ネコ族のお姉さんの案内で離宮内のリビングに向かう。
扉を開けて驚いた。
ヒルダ様だけでなく、国王陛下とトリスタンさんまで揃っている。扉近くで立っている兵士は警備兵なんだろう。
「急にやってくると聞いたものでな。レッド・カーペットの状況を教えて貰おうとやってきたのだ」
「フェダーン様と提督が頑張ってますし、リバイアサンの指揮はエミーがおこなっていますから、俺は使い走りをさせられてます」
笑みを浮かべた国王陛下が、俺達に座るように促してくれた。
軽く頭を下げてソファーに腰を下ろす。
「西が気になったので、リオ君に乗せて貰ったの。ヒルダ、悪いんだけど荷馬車2台分の果物を調達できないかしら。生鮮食品が少ないからお土産にしたいのよ」
「それぐらいは容易いことだ」
国王陛下が扉近くにいた近衛兵を呼びよせて指示を与えている。
これでお土産は陛下から、ということになりそうだな。
「それで、状況は? 長旅をしてきたのだろう。コーヒーを飲みながらでよいぞ。それと喫煙は自由だ」
「頂きます」と言ってコーヒーカップに口を付ける。
相変わらず良い豆を使ってるな。ずっとコクピットの中だから体に染み入るようだ。
「東の方は先程の言葉通り、士気が低下することも無く皆が頑張っています。映像をお見せしますから、それを見ながら……、と言うことで」
バッグからプロジェクターを取り出して、テーブルの端に大きな仮想スクリーンを作り出す。
映像はアリスが監修してくれているから、変な画像は無いはずだ。
爆弾の投下映像や、ドラゴンブレスの発射シーンに国王陛下達が目を見開いて眺めている。
西の広場の補給場所の映像には、ローザの駆る戦姫の活躍が映っている。目を細めて眺めているから、王族の活躍が嬉しいに違いない。
「変わった武器だな。リオ殿が教えたのか?」
「長剣よりも間を開けられます。あの通りの数ですからね。得物は長い方が良かろうと思ってドワーフ族に作って貰いました」
「斬る、突く、払うができるのか……。あれを王宮の近衛兵に持たせるのもおもしろそうです」
「トリスタンもそう思うか! ワシも槍を持たせるよりも良かろうと思っていたところだ。リンダも使っておるようだぞ。休暇時にやってきた時に近衛兵に教授させることにするか」
可哀そうに、これでリンダさんの休暇は潰れてしまいそうだ。
しばらくは、映像の説明をしながら一服を楽しむことにした。
「おおよその想像ができた。やはり電文で聞くよりも、見た方が確実だな。だが、そうなるとリオ達がここに来た理由が分からん。2人だけで休暇を取ろうなどと言うことではなかろうからな」
そう言って、美味そうにワインを飲んでいる。
コーヒーカップが、いつの間にかワイングラスに変わってるんだよなぁ……。
「レッド・カーペットの現場に、導師とリオ君がいたのが原因になるのかしら?
レッド・カーペットが苗起きるのかという疑問を、2人が色々と展開してるの。新たな学説や、王立学院に新たな学科ができるかもしれないわ。それ位に2人の議論が深まった時、ウエリントン王国に侵攻したハーネスト同盟軍が撤退したという知らせが来たの。当然爆撃は行ったでしょうけど、最初の爆撃は警告だったはず。
王宮に何度もフェダーンが問い合わせをしたんだけど、何の連絡も無いからそれを確認するためにやってきたの」
「それは我等にも分からんのだ。フェダーン殿以上に我等も気になっている。だがハーネスト同盟国に忍ばせた諜報員からの連絡が皆無になった。バレて殺されたともおもえんし、全ての諜報員を同時に殺すことは不可能だろう」
トリスタンさんが残念そうな表情で教えてくれた。
やはり王宮も分かっていなかったようだな。
「その理由を教えてあげるわ。今までそれを見てきたの。このままリバイアサンに帰るより、王宮に寄ってヒルダに託そうと思っていたけど、陛下が同席しているなら、この場で見せた方が良いわよね」
「何だと! それで、その原因は……、見てきたのだな? 記録があるということか」
驚いている国王陛下に、笑みを浮かべて頷いたカテリナさんが俺に顏を向けた。
アリスの編集は終わってるのかな?
スイッチを入れると、先ほどの映像が現れた……。




