M-188 王宮からの電文
けたたましい警報音で目が覚めた。
フレイヤが、ベッド近くの壁にあるインターホンで制御室に確認を取る。俺とエミーは急いで衣服を身に付けてフレイヤの確認を待つことにした。
「そう言うことね! 了解よ。ちゃんと伝えるわ」
インターホンのスイッチを切ると、フレイヤが俺達に顔を向けた。
「指揮所から、リオに呼び出しが掛かったらしいの。このインターホンは制御室の直通だから、連絡したと言ってたわ」
「リバイアサンに何かあったわけじゃないんだね。なら俺だけで良いだろう。2人はゆっくり休んでくれ」
2人に手を振ると、部屋を出る。
バングルの時計は4時じゃないか! もう少し眠らせて欲しかったな。
とはいえ、指揮所からだとすると、スコーピオ戦に大きな異変があったということにもなりそうだ。
そう考えた途端に俺は走り出した。
キックボード使わなかったのは失敗だったな。
指揮所の扉を開けると、何時ものメンバーが揃っている。少し士官の数が減っているのは、休憩中なんだろう。なら俺もそのままにしておいて欲しかった気がするんだよなぁ……。
「ようやくやってきた! ここに座って頂戴。私達も先ほど来たばかりなの」
「ウェリントン王宮よりの返事が来た。その内容だが……、やはりリオ殿は知っておくべきだろう。そもそもその存在を推測していたのだからな」
副官に手元の電文を渡すと、副官がそれを俺が座った席に持ってきてくれた。
「拝見します!」
軽くフェダーン様に頭を下げると、中身を読んでみた。
【西に大型魔獣出現、サーゼントス王国を蹂躙中。ハーネスト同盟軍が現在奮戦中。サーゼントス王国より難民多数がウエルバン王国に流入。王族はなおサーゼントス王宮で指揮している模様】
魔獣に裏を書かれた感じだな。
先の戦で多くの艦船失った状態での、ウエリントン王国への侵攻だ。王都を守備する機動艦隊は、通常より遥かに少なかったのかもしれない。
王宮の失策になるんじゃないか? 巻き込まれた民衆は気の毒だが……。
「やはり現れましたか……。ブラウ同盟には影響は無さそうですが、今後の情勢がかなり流動的になってきますね」
「カウンターテロ部隊を展開したそうだ。ここで一番狙われるのは、リオ殿になるのだが?」
「王都で気軽に休暇を過ごせなくなりそうですね。どちらかと言うと、隠匿空間の方が心配なんですが?」
「ドミニクの話では、再びヴィオラが戻らない限り門を固く閉じるそうだ。となると、次の休暇の方が危険だろう。それは王宮で少し考えるとして……、やはりリオ殿のレポートの通りになってしまったな」
「リオ君は、その後の西をどう考えてるの?」
「さすがに、魔獣の姿を見なければ判断しかねます。今から、確認に行ってみますか? アリスならそれが可能です」
「なら、私も一緒に行くわ。画像はアリスに任せられるんでしょう? どんな魔獣なのか興味もあるし」
興味が先に違いない。
「駐機場で待ってます」とカテリナさんに伝えると、直ぐに指揮所を飛び出して行った。
「全く、昔と変わりがないのう。状況によってはブラウ同盟としても動くことになるであろう。じっくり観察してきて欲しい」
「了解です。それでは!」
長居すると、「途中で爆弾を落としてこい」なんて言われそうだ。早々に部屋を出ると、今度は駐機場へと向かった。
アリスの駐機台に向かうと、まだ爆弾は運ばれていないようだ。でも、戻って来た時にはきっとあるに違いない。
駐機場は、離着陸台を開いているから、砲声が聞こえてくる。下の階になるけど、やはり120mm砲の砲声は大きいな。これが軍の大型艦砲になると音を体で感じるようになるんだろう。
新型飛行機に爆弾を装架しているドワーフ族が、砲声に負けないように声を張り上げている。
あんな大声を出していたら、声が枯れてしまわないか心配になるほどだ。
しばらく待っていると、白いツナギ姿のカテリナさんが現れた。腰のベルトにはちゃんと拳銃が下げられている。
「さあ、出掛けましょう! ここからなら数時間は掛かるんじゃなくて?」
『一瞬で移動します。どうぞ、搭乗してください』
首を傾げているカテリナさんを先にコクピットに乗せたところで、シートに座る。
俺の場合はシートが体を包み込むようにしてホールドしてくれるんだが、シートの後ろにいるカテリナさんの場合は、その場で立っているだけだ。
シートの肩をしっかりと握っているようだけど、あまり急激な機動を行わないようにしよう。
『上空5千mで、亜空間移動を行います。サーゼントス王国はウエリントン王国よりどの程度西にあるのでしょう?』
「そうねぇ……。3千ケム(4500km)と言うところかしら。行ったことも無いし、地図もいい加減なところがあるのよねぇ」
親交のある王国同士なら、互いの地図を渡すこともできるだろうけど、敵対している状況だから、詳しい地図は無いってことなんだろう。
それでも、商人達が磁石と足で記録した地図があるようだ。
交易の為なら、正確さは必要ないんだろうな。
『ウェリントン王国より、西に向かって地図を作りましょうか?』
「出来るの?」
『航空より地上を写した映像を元に作ります。地図そのものは、リバイアサンに戻って出力することになりますが』
「十分だわ。フェダーンが喜ぶわよ」
戦に地図は必要だからなぁ。もっとも、ウエリントン王国を含めたブラウ同盟は、他国を侵略してまで領土を広げようという野望は持っていないようだけどね。
離着陸台から、一気に上空に飛翔して、高度5千m位置で停止する。アリスを地上から視認するのは難しいに違いない。
下界を見下ろすと、西の方でスコーピオがぶつかっているのが分かる。
東西の波がぶつかったかのように、複雑な線が名mm僕に延びていた。
「引き波がぶつかってるのね。少しずつリバイアサンに近付いていると爆撃機の報告が入っているわ」
「既に広場でも脱皮後の個体を確認してますが、まだ本格的ではなかったんですね」
既に、スコーピオと衝突してから6日目になっている。孵化地点付近は大きな穴が開いているように見えるらしい。
数日後には、東からの襲撃がなくなるかもしれないな。
『亜空間移動を開始します!』
アリスの言葉に、カテリナさんがシートを強く握りしめた。
周囲の光景がグニャリとひずんだかと思ったら、俺達はウエリントン王国の王宮の上空に位置していた。
「あれが第3離宮ね。一瞬で2千ケル(3千km)を移動したみたいね。ここからは飛行するの?」
『音速で飛行します。1時間で800ケム(1200km)を移動できますよ』
たぶん、驚いているんだろうな。
音速を越える飛行体は、この世界では銃砲弾ぐらいなものだ。だけど、アリスは更に速度を上げられる。
あまり高性能と思われないようにとのことなんだろうが、亜空間移動が可能であることで、そんな気遣いはいらないはずだ。
眼下の光景がゆっくりと移り変わる。
10分もしない内に、王都の西の長城が過ぎ去った。
その西に陣取っていた艦隊は貴族連合ということになるんだろうな。とりあえずは形だけでも並べておかないと国王の叱責を受けるかもしれないということで急遽編成したに違いない。
騎士団の方が統制がとれるんじゃないかな? あまりよく見えなかったけど、商会の輸送船まで混じっていたようだ。
「世も末ねぇ……。あれが貴族の船だというんだから」
「それだけ平和だということなんじゃないですか? それにイザと言う時には少しは遅延して貰えそうです」
逃げ足だって遅いんじゃないかな。敵艦隊の前で右往左往するだけで、敵の統制射撃が難しくなりそうだ。
その次に見えたのは、重巡と輸送船と言う変な組み合わせだった。
拡大して見ると、獣機が一列になって何かをしている。
『地雷の撤去ではありませんか? 必要がなくなれば早めに撤去しなければなりません』
「例の砲弾ね! 全く上手い手を考えたわね。でも砲弾を使わなくても良さそうね……、特許料は半々よ」
「既に教えた作戦ですけど、特許を取得できるんですか?」
「もう少し使い易くしないといけないでしょう? あんな感じで事後処理をするのも面倒なんじゃないかしら」
費用対効果が高くて使い易いのが地雷なんだが、その後の処理は確かに面倒だ。ましてや砲弾の着発時の衝撃を信管にするような品だからなぁ。
改造の余地は色々とありそうだな。
「ほら、荒野が終わって牧草地帯が見えてきたでしょう? あれがハーネスト同盟王国のガルドス王国領よ」
「25分掛かってますね。アリス、少し速度を増せないか?」
『了解です。2割ほど増速します!』
下の光景が流れる速さは余り変わらないように見えるんだよなぁ。
ハーネスト同盟王国の西端であるサーゼントス王国までの到達が、少しは早まるのだろうか?
アリスが少し高度を上げて、進路を変えたようだ。
その理由が、直ぐに分かった。眼下に爆撃を受けた王宮が見える。
直ぐに後方に過ぎ去ったけど、大きな穴は未だ塞がれていないようだ。
「あれなら、驚いたでしょうね。でも、直ぐには艦隊を引き上げなかった。ハーネスト同盟軍を牛耳っているのがガルドス王国だと思っていたけど、違ったのかしら?」
「連絡に時間が掛かったのかもしれません。それと西の異変で混乱が起きていたのかも……。いずれにせよ、俺達にはあまり関わらないでしょうが、フェダーン様は知りたがるでしょうね」
それぐらいの情報を手に入れていないなら、ウエリントン王国の諜報部隊の資質が問われそうだ。
それとも、ハーネスト同盟艦隊の東進に合わせて国境を警備を厳重にしたのだろうか?
戦は仕掛ける上で、色々情報操作もしているのかな?
それに、諜報員が全員掴まったとも考えられないんだけどね。