M-186 2つの生命樹が示すところ
東からのスコーピオの津波を受けて5日後。
ついに西からのスコーピオからの襲撃を受ける事態に陥った。
最初の脱皮を終えたスコーピオはかなり凶悪だ。手当たり次第にまだ小さなスコーピオを貪りながら進んでくる。
進行速度が遅いのがせめてもの救いだ。
獣機の持つ魔獣解体用の薙刀を何度か跳ね返しているぐらいだから、獣機は2機でペア組みながらスコーピオと格闘をしている。
戦機の方は未だ、1対1で何とかなっているが、2度目の脱皮後になると、現状の獣機と同じになってしまうだろう。
騎士団の第2陣は解体して、現在南西方向に向かって移動をしているらしい。
ナルビク王国の機動艦隊と合流して補給を受けるとのことだ。
ナルビクの方は問題なさそうだが、エルトニア王国の方は、王都を囲む長城での戦闘が継続しているとカテリナさんが教えてくれた。
コリント同盟の3王国も長城を守ろうとして頑張っているに違いない。
機動力のある軽巡以下を長城の内側に残して、艦隊を北に配置したらしいが、補給が無ければ戦艦だって砲弾を撃ち続けることはできないからなぁ……。
堅固な補給用の砦を、軍艦で囲んでの防衛陣地としたらしいが、上手く機能していることを祈るばかりだ。
「それにしても、これがまた2回りほど大きくなるってことなんだよなぁ」
『さらに大きくなりますよ。2回目の脱皮で危険度は魔獣並でしょうし、3回目となれば、駆逐艦の主砲でさえ200スタム(300m)以上ならば跳ね返すと言われているそうです』
半セム(1.5cm)を越える鉄板並みの表皮になるらしい。
そのまま軍艦の装甲板としても使えるんじゃないか?
かなり倒しているんだから、利用価値も考えた方が良いと思うんだけどね。
『生きていれば問題ないそうですが、スコーピオの亡骸は、かなり速い速度で分解が進むそうです。軽くて同じ厚さの鉄板の強度を越えますから利用価値はありそうですが』
要するに、『使えない!』ということだな。
もっとも、魔獣だって魔石は利用してるけど肉や骨を使おうとは誰もしないようだ。
姿が恐竜みたいだから、食べられないのかな? 誰も試してみないなら、1度はやってみても良さそうだけど……。
『食料としてですか? 斬新な考えだと推察します』
アリスの声は、少し呆れているようにも聞こえるな。
カテリナさんに提案してみようか。上手く行けば王国の食料事情がかなり改善されるんじゃないか?
「こっちはそろそろ休憩に入るぞ。リオも無理はせずに早めに休憩に入れ!」
「了解です!」
獣機が達も休憩を終えた連中と交代を始めている。
ローザ達に後を任せて、何時ものように指揮所に顔を出す。
導師がフェダーン様の近くで映像を見守っていた。
ここにいてくれるなら、フェダーン様も安心して休めるだろう。
「あら! 休憩なの? ここが空いてるわよ」
カテリナさんが隣の椅子の背をポンポンと叩いている。
とりあえず腰を下ろして、一服を楽しむことにした。
「やはり脱皮後は手強いか?」
「攻撃しない限り襲ってこない感じですね。どちらかと言うと俺達が倒したスコーピオの残骸に目が行っているように思います」
フェダーン様の問いに答えると、老師が小さく頷いている。
「やはり、次の脱皮に備えての事であろう。都合が良いが、そうなると次が問題じゃな」
「大量の食料は、やはり脱皮を速めると?」
カテリナさんの問いに、同じように導師が頷いている。
お姉さんのような女性士官がコーヒーを届けてくれた。他の人達に配っているようだから、ちょっとしたコーヒーブレークと言う感じだな。
それでも忙しそうな士官は、画像を見ながら指示を大声で出しているようだ。
「やはり、リオ殿の生態系と言う新たな学問を養うだけの価値はあるじゃろう。その学説を使えば、説明は簡単になりそうじゃ。となると、その先も想像しておるのじゃろう?」
「現状なら、俺とアリスであれば対処可能でしょう。将来的には戦鬼用の新たな銃を作るか、戦闘艦を作るかしなければならないと推察します」
「新たな学説と言うよりは、すでに完成された学問に思えるのう。じゃがあえてリオ殿に教鞭を取らせることはせぬつもりじゃ。我等の始める学問の方向修正は頼みたいが……」
バングルから、乾いた笑い声が聞こえてきた。
導師の洞察力も中々だな。やはり考えていたようだ。
「私にはちっともわからないんだけど?」
カテリナさんがプンとした感じで俺に問い掛けてきたけど、それは導師に問い掛けるのが筋じゃないのかな?
「カテリナ、そんなに怒らずとも良いではないか。簡単に言うと、3回目の脱皮を終えても海に帰らぬスコーピオと言うことじゃ。リオ殿の学説の先に、その存在が見えてくる」
「でも3回目の脱皮は、陸上生活から海底生活に備えての筈よ。早めに海に戻らないと自滅してしまうのでは?」
進化論は未だこの世界に定着していないようだ。
フェダーン様もカテリナさんの言葉に頷きながらコーヒーを飲んでいる。視線は導師に向かっているから、次の言葉を待っているのだろう。
「リオ殿のレポートにあった生命樹をどのように見たのじゃ? あれはどこまでも枝を伸ばす生命の樹そのものじゃ。現在の生物もやがて姿を変えて新たな枝を伸ばしていく。見事な考えだとワシは思うぞ。この世界の全ての生物をあの樹に当てはめられる。
唯一異なるのは魔気を作る、あるいは貯める生物じゃな。
突然現れたように思えるぞ。となれば、元々の樹とは樹が異なるというリオ殿の学説に頷く限りじゃな」
「スコーピオは魔獣ではない。よって本来の生命樹の枝の1つとなる。ならば、新たな生物としての進化が起こると考えられると?」
「たぶん進化には2種類があるのじゃろう。穏やかな進化と、突然に起こる進化じゃな。
リオ殿は突然変異としてそれを示しておる」
フェダーン様が自分に言い聞かせるように問い掛けると、それにしっかりした学説を添えて導師が答えているけど、そこまであのレポートにあったんだろうか?
アリスが作ったから、進化論の概要位は添付してあったのかもしれないな。
「倒せるの?」
「身体構成がどのようになっているか分かりませんが、サソリの大きなものだと考えれば可能かと。とはいえ、陸上耐性を待った初期になるでしょうから、少しは表皮の強度が高まるかもしれませんが駆逐艦の主砲で撃ち抜けぬことは無いかと」
俺の答えにちょっと安心した表情に戻ったけど、俺の体を抱いて「そう言うことはあらかじめ教えなさい」と耳打ちされてしまった。
「まあ、当座は考えに入れなくとも良かろう。それほど多勢にはならぬようだ。
となれば、情勢の変化について、リオ殿の耳にも入れておくべき話がある。
西の戦が突然終わってしまったから、半個艦隊をこちらに送るそうだ。足の速い艦船だけでやってくるであろうが、距離が距離だ。早くとも6日は掛かるであろうな」
それは朗報ということになるんだろう。
少なくとも2回目の脱皮を終えたスコーピオの相手をして貰えそうだし。引き波の流れに乗って西から掃討戦をして貰えそうだ。
「ありがたい話ですけど、ハーネスト同盟の状況が見えませんね。情報取集はどうなっているのでしょう?」
「王宮の方でも問題視しているそうだ。再度飛行船で爆撃跡を確認したそうだが、建物の被弾は無かったとのことだ。停戦交渉も無く引き上げた同盟艦隊はガルドス王国ではなく更に西に向かったらしい」
スコーピオの襲来と同じようなことが、西にも起こっているのだろうか?
「1つ確認したいのですが、レッド・カーペットの発生時に西の同盟軍が侵攻してきた例はあるんでしょうか?」
「ワシの知る限りでは、それはない。さすがにそのような事は人道的ではないという事かもしれんが、現在の国王達は違うようじゃな……。まさか!」
「たぶん、その『まさか』ではないかと。レッド・カーペットと同じとは思えませんが、海底のスコーピオの動きが他の生物に影響を及ぼさないとは考えられません」
「何時もよりは速いレッド・カーペットを戦機と勘違いしたのかもしれんな。全く物事の全体を見ておらぬ輩じゃ」
俺達の会話に視線を左右に走らせていたカテリナさんが、とうとう痺れを切らしたようだ。
またもや俺に厳しい顔を向けてくる。
「興味のある話なんだけど、簡単に言うとどういうことなのかしら?」
「西にもレッド・カーペットと同じような脅威が同時期にあるということじゃよ。その周期が同じであったことから、今回は絶好な戦機と思えたようじゃが、向こうの危機も同じように早まったということじゃな。
王都爆撃など問題にならないほどの脅威に違いないぞ」
フェダーン様が通信室の扉で待機していた兵士を手招きして呼び寄せると、急いで通信文を書き始めた。
「これで良いわ。大至急、ウエリントン王宮に伝えて頂戴」
通信兵が頷いて隣室に走っていく姿を見ると、今度は俺に視線を向けてきた。
「全く貴重な存在ね。こんなに遠くに離れていても全体を見ていられるんだから」
「第3者的な存在だからですよ。それに大軍を相手にはしていますが、アリスのコクピット内なら安全ですし」
おかげで色々と感がることができる。
もっと真剣にスコーピオを狩り続ければ良いのだろうけど、アリスの自律電脳は、アリスとういう人間が存在していると思えるほどだからなぁ。俺が寝ていても狩りを続けられそうに思えるぐらいだ。
「それなら、これも1度見て来てくれないかしら。ついでに爆撃もしてくるのよ。さすがに孵化地点は数が減っているけど、周辺に向かうスコーピオがたくさんいるんだから」
カテリナさんの話の最後は聞き取れなかった。
新たに映し出された映像のインパクトがあり過ぎる。
「これは? 孵化地点の北部に現れたの。直径100スタム(150m)はありそうだけど、やはり生物の活動に思えて仕方がないの」
見た感じは窪地に見えるが丸いから自然にできたとも思えない。たまたま自然的に作られたならいくつもあるはずもない。
見た感じはアリジゴクのようにも思えるけど、それならもっと深い穴になるはずだ。
「了解です。広場で戦う前に見てきます」
「頼んだわよ!」
そう言ってキスしてくれたんだけど、慌ててナイフでルージュの跡を確認する俺を見て、周囲から笑い声が起きる。
ちょっとした緊張緩和をカテリナさんは意図したんだろうか?
あまり長くいると、色々とからかわれそうだから、最後の一服を楽しんだところで、席を離れることにした。