M-184 異端の学説
フレイヤ達と一緒に風呂を楽しんでベッドに入る。
深夜に目が覚めた時には、2人とも夢の中だ。
ベッドから抜け出すとリビングのソファーに移動して、ブランディーを手に一服を楽しむ。
「アリス、ドローンは何か掴んだかな?」
『現在山麓付近にまで移動しているようです。スコーピオが地面を掘っているようですが、赤外線画像でその様子が分かるだけです』
他のスコーピオと異なった行動をとった時にそれに注目することができる電脳らしい。アリスに言わせると初期も良いところらしいけど、『興味を持つ』というのが凄いと思うんだけどなぁ。
「食事だろうか? そうなるとその生物を見てみたいものだね」
『明日中には、判明するかと推察します。可能であれば、その場の上空で魔気の測定をしてみたいですね。スコーピオが食べる生物、魔気を作る生物の可能性が極めて高いと推察します』
休憩時間に出掛けてくるぐらいなら問題はないだろう。カテリナさんからフェダーン様を説得して貰っても良さそうだ。
新たな学説の為なら、かなり協力して貰えるんじゃないかな。
「魔気を作るのは、必ずしも1種類とは限らないんじゃないか?」
『少なくとも数種は必要でしょう。本来の生態系に駆逐されてしまえば、全体が破綻してしまいます。その中の1つを突き止められるなら、DNA構造を調べることも可能です』
DNAで他の生物を類推するってことかな?
アリスにそんなことができるとは思わなかったんだが、亜空間内なら、かなり重い通りにすることができるという事かもしれない。
「たぶん近々に導師が来るはずだ。俺達の推測と、状況をいとど整理してくれないか?
特に、事実と仮説の区分は重視したいし、仮説の実証方法とその容易性についても纏めて欲しい」
『了解です。制御室のプリンターで印刷しますから、あて先をカテリナ様にしておきます』
「コクピット内でも読めるようにして欲しいな。一度読んでおかないと、カテリナさんが先走っても止められそうもないからね」
リビングのデッキは現在収容してあるから、外の光景をガラス越しに眺められるだけだ。
砲撃を相変わらず行っているはずなんだが、分厚い強化ガラス越しでは騒音を聞くこともできない。
遠く近くで、炸裂光が上がるのが見えるだけだ。
そんな光の乱舞を眺めていると、ガラス窓が遮光されてしまった。
ドラゴンブレスの発射を行うのだろう。
高温のプラズマ球体を直視すれば、目をやられてしまうからかもしれない。
監視室の連中は溶接眼鏡のような濃い遮光眼鏡をその都度掛けているようだ。東の駐機台もシャッターを下ろすんじゃないかな?
窓の外が一瞬明るくなる。
ドラゴンブレスが放たれたのだろう。数秒後に再び炸裂光を見ることができるように、遮光状態が解除されたようだ。
ドラゴンブレスの頻度は1時間に2発らしいが、上空からまだ痕跡を見たことがない。
かなり深い溝になってるんじゃないか?
スコーピオとの衝突から4日目の朝が来た。
食事を終えると、エミー達は制御室に向かう。
俺も、席を立とうとした時だ。カテリナさんが俺の腕を握ってそれを止めた。
何だろうと? カテリナさんに顔を向ける。
「導師が昼過ぎにやってくるわ。飛行船の方は弟子に任せると言っていたから、リバイアサンに留まるつもりよ」
「例の話ですか……。場所は、どこで?」
「エミーに下の会議室を使わせてもらう許可を得た。私とユーリル殿も同席するつもりだ」
「忙しい身の上だと思うのですが?」
「何、提督もいるのだ。少しは休めといつも言われておるよ」
「休憩時間を昼にすれば良いですね。それと、カテリナさん。俺の考えを纏めたので指揮所宛てにレポートを送りました。俺が遅れている時は、そのレポートを導師に見せてくれませんか?」
「まるで学院生ね。良いわよ。朱も入れておくし、点数も付けてみようかしら」
おもちゃを貰ったかのように、笑みを浮かべている。
王宮学院の博士の地位を持っているということだから、学院生の論文をたくさん読んでいたのかもしれないな。
あまり出来が悪いと、真っ赤になってしまいそうだが、アリスが纏めたんだから租rほど悪くはない出来だと思うんだけどなぁ。
「爆撃は、第2陣の騎士団の後方を狙ってくれ。最初の脱皮を終えたスコーピオが向かってくるはずだ。騎士団の帰還を掩護して欲しい」
「了解です。ついでに【ファイヤ・ウオール】も使ってきます」
今度は、俺が席を立っても止められなかった。
直ぐに駐機場に向かい、アリスを駆って西へと向かう。
『相変わらずの善戦ですね。士気が低下しないことが何よりです』
「これで終わりだと思っているからじゃないかな。12騎士団は残るだろうけど、それだって一度は西に向かうらしい。 第2陣の後方10kmを東西に爆撃するぞ」
およそ100間隔に地上に爆弾を降らせたところで、地上に降り立ち【ファイヤ・ウオール】を2度放つ。
もう1回ぐらいはできそうだが、あまり多用すると期待されかねない。
地上を滑走しながらハルバートを振り、スコーピオを倒しながら南に下がる。
「あれか!」
思わず声を出してしまった。周囲のスコーピオよりも明らかに2回りは大きそうだ。オオカミと子牛ほどの違いがある。
『最初の脱皮を終えた個体ですね。でも、仲間同士で戦っていますよ』
「脱皮後すぐには、表皮が柔らかいそうだ。孵化後のスコーピオにとっては良い餌ってことなんだろうね」
それでも、数が多ければそれだけ生存するチャンスが生まれる。表皮が固まれば捕食者の立場が逆転するのだ。
「今度はあれが西からやってくるのか……。広場は、さぞかし賑やかになるぞ」
「それにしても、スコーピオの西への最大到達点はどこまでになるんでしょうね? 千kmは確実だと思うのですが」
「その辺りは導師が調べているはずだ。昼にはやってくるそうだから、俺のフォローをよろしく頼むよ」
「了解です。あのレポートは読んでくれるんでしょうか?」
「カテリナさん次第だけど、読んでくれるんじゃないかな」
自分の体を使って実験するような人物だ。異端の学説と言って切り捨てることは無いだろう。
案外、自分の見識と今回の調査結果を、レポートに当てはめて比較するぐらいのことはしてくれるんじゃないかな。
『これ以上進むと、ナルビクの艦隊に遭遇しそうです。再度北を目指しますか?』
「いや、このままリバイアサン向かおう。スコーピオを倒しながら進めば、少しは褒めて貰えそうだ」
褒めてはくれないだろうけどね。
他の連中だって頑張って戦っている。褒めるべきは舷側砲の隙間から銃を撃ち続けているトラ族の兵士達だろうな。
さすがに東に向かってそんなことはしていないが、艦隊の直ぐ西側で倒れているスコーピオのほとんどが彼等の成果に違いない。
『前方に駆逐艦隊。間引き目的でしょうか、盛んに発砲しているようです』
ジョイスティックを操作して、艦隊の後方を通るように進路を変える。
駆逐艦に舷側砲はないんだが、あの艦隊は左右に1門ずつ搭載しているようだ。
よく見ると、近場のスコーピオをまとめて倒している。
葡萄弾を使っているのかな? 短砲身のようだから、既存の銃座を撤去して急遽搭載したのだろう。
それなりに効果はあるようだな。
改造型の飛行機だけでなく、駆逐艦隊も使って、第2陣への圧力を減らしているのだろう。
再び進路をリバイアサンに戻す。
地図が無くとも、荒野にそびえる黒いピラミッドだから道に迷うことは無い。
今回参加した艦船の誰もが、その存在を頼もしく思ってくれているはずだ。
リバイアサンに近付いたところで、一気に高度を上げる。
盛んに砲撃しているから、流れ弾に当たるなんて無様なところは見せたくないところだ。
リバイアサンに向かった真っ直ぐに垂直に下りて行けば西の砲撃に当たることは無い。
広場に降り立つと、何時ものように南側に並んだ艦の甲板を越えてくるスコーピオを葬り始めた。
「だいぶ遅かったな」
「西を砲撃した後で、北から南へスコーピオを狩ってきました。初めて最初の脱皮を終えたスコーピオを見ましたよ。仲間に食べられてましたが、早ければ午後にはやってきそうです」
「大きかったろう?」
「少なくとも2倍以上はありました。ハルバートはまだ使えそうですが、獣機の方は取り付かれたらちょっと問題ですね」
アレクとの通信が終わった。
今頃は仲間の戦機や獣機に、俺の話を聞かせているに違いない。
ひとしきりスコーピオを切り伏せていると、ローザやベラスコ達がドックの奥から出てくるのが見えた。
後を任せて、アレクと休憩に入る。
駐機台の傍にある爆弾を見て、ちょっと気が滅入ってしまう。
完全に爆撃機だと思われているに違いない。
まあ、今更だから諦めることにしよう。
『カテリナ様から連絡です「戻ったら、プライベート区画の小会議室に来るように」とのことでした』
「導師が来てるんだろうね。広場に来てからは飛行船は見えなかったんだけど、俺達が爆撃をしている間に来たのかな」
俺達が暮らす階の真下にある会議室だ。
小会議室と言っても、かなり大きいんだよなぁ。テーブルに10人は座れるんだけど、その部屋にあるソファーセットで行うのかな? あれなら数人で話し合えるからね。
小会議室の扉を開けると、案の定ソファーセットに4人が座っていた。
フェダーン様とユーリル様に挟まれた導師は、プレートメイル姿に神官のガウンを羽織っている。
神官としても、有名なのかもしれないな。
「待ってたのよ。隣に掛けて頂戴。マイネ達はドックに行ってるみたいだから、私がサービスしてあげる」
カテリナさんが、テーブルの上に乗せてあったコーヒーセットでコーヒーを入れてくれた。
ありがたく頂いたけど、変な薬を混ぜてないだろうな?
「久しいのう。元気そうで何よりじゃ。リオ殿のレポートを読ませていただいた。王都の学士院の連中よりもよくまとめられているし、今後の課題も見えている。
ワシの権限で、名誉学士の称号を授けても良さそうじゃ。もっとも、名誉だけで実は伴わんがのう、ハハハ……」
「良く書けているわ。ガネーシャでもここまで書くことは無理でしょうね。
でも、この学説はかなり衝撃的だわ。できれば間違いであると自分に言い聞かせたいのだけど、反論の余地がないのに困っているの」
「異端と烙印を押されておるカテリナでさえ驚くのも無理はない。ワシも驚いて何度も読み返す限りじゃったが……。リオ殿は、生物を1つの学問として捉えておるようじゃな。我等は有りのままを受け入れることで、それがどのような影響を個々にもたらすかなど考えもしなかった。
学院に風が吹くどころか、暴風雨になりそうじゃわい」
その割には、導師のブレスレットから聞こえる声が嬉しそうに感じるんだよなぁ。
カテリナさんも笑みを浮かべたままだが、フェダーン様とユーリル様の表情はちょっと曇っているのが気にかかる。
やはりレポートの末尾の言葉が気になるのだろう。
【このまま滅びを迎えるか、それとも魔法の無い世界を目指すか】
あえて、結論を書いていない。
それを選ぶのは、この世界で暮らす人達だからだ。