M-183 引き波が始まる
レッド・カーペット状態になって3日目は、忙しいことを除けば何とかやり過ごせた。
休憩するたびに爆弾を持たされるのも、今では当たり前のように感じられる。
それにしても、よくもこんなに数を揃えたものだ。複製魔法のありがたさが実感できる。
『今回は、北側に位置した騎士団の前方ですね?』
「善戦してるようだけど、数が数だからね。少しは減らしてあげたいのは理解できるよ。西を担当する爆撃機の搭載する爆弾は小さいし、飛行機の数も半分ずつだ」
西は8機を1組にして、1時間おきに爆撃に向かっている。
東は2個小隊16機が2時間おきだ。出撃機数を半分にしているから、乗員の疲労度も少ないだろうし、爆装を行う駐機場の連中も少しは休めるに違いない。
爆撃をするために上空に上がると、南西からやってくる船団が見えた。
補給船団かな? 進行方向に砲弾の炸裂が見えるのは、少しでも船団に当たるスコーピオの数を減らしたいのだろう。
『軽巡3隻が横に並んでますね。補給船は5隻ですがその側面を駆逐艦2隻で援護しているようです』
「王都防衛艦隊から出してくれたんだろうね。エルトリア王国に感謝しないといけないね」
軍艦の砲弾の消費量はすさまじいからな。
あの5隻の積荷で、何日砲撃を続けられるんだろう?
3日毎にやってくるけど、軍の駐屯地にどれだけ貯えたのかと考えてしまうな。
『前方に、最北を守る騎士団の陣が見えてきました』
「あれだね。まだロケット弾を使ってるんだ。かなり供与してんだろうね」
騎士団の主砲よりも威力はあるんだが、狙っても当たるものではない。
それでもブリッジ近くから3隻が前方に放っているのは、前に飛ばせばスコーピオに当たる状況だからだ。
陣の前方5km付近にナパーム弾を投下すると、地上に降り立ち滑走しながらリバイアサンへと移動する。
当然、ハルバートを振りまわしながらだから、俺達の通った後には共食いの群れができるんだよなぁ……。
『指揮所より連絡です。「補給船団の進路を確保せよ」以上です』
「そうは言ってもねぇ……。どうやって確保するんだろう? その指示が欲しいところだ」
『適当に間引くことで良いと思います。【ファイヤ・ウオール】を補給船団の数km前で何度か展開すれば良いのではないでしょうか?』
「出来るのはそれぐらいかな。それで行くか!」
【ファイヤ・ウオール】は上級魔法と言うことだから、魔導士でさえ何度も使えるものではないようだ。
俺達が1日に10回ほど使えるのが、魔導士には信じられないようだった。
「導師に限りなく近い人物」とカテリナさんが説明してくれたおかげで、魔導士達の騒ぎが収まったぐらいだ。
それで納得できるのが疑問だけど、あまり考えないことにしよう。
広場に入ってきた輸送艦は、1隻ずつドックへと入っていく。ドックの中なら安心して荷下ろしができるだろう。
ドックに入ろうとするスコーピオを次々に倒していくんだが、後から後からやってくる。
全く嫌気がさしてくるな。ローザのメンタルが心配になってしまう。
「兄様、手柄がおろそかになっておるぞ。ドックには獣機がおるが、数が多ければ彼等にも対応しきれまい」
「そうだな。頑張ることにしよう」
ローザに、逆に心配されてしまった。
ちょっと情けない兄に思えて、苦笑いが浮んでくる。
左右のドックを使って2時間程で荷下ろしが終わる。次の輸送船の対応は休憩から帰ってきたアレク達に頼もう。
ローザがドックの奥に向かうのを見届けて、駐機台に移動する。
直ぐ隣に爆弾が積まれているのを見ると、ちょっとうんざりしてしまう。今度は小型爆弾のようだ。西の騎士団の援護になるのだろう。
さて、指揮所に行ってみるか。
制御室の方は、砲撃だけだから問題はないだろう。
指揮所の扉を開けると、何時もより慌ただしく士官達が動き回っている。
何時もの大きなテーブルに、フェダーン様の姿が見えない。休んでいるのかな? と室内を見渡してみると、部屋の隅に設えたソファーセットで何やら密談中のようだ。
フェダーン様とカテリナさんそれに提督だな。提督の隣にいる若い士官はフェダーン様の副官の1人のはずだ。
俺を見付けたのは、フェダーン様だった。誰かを探すために、たまたま顔を上げたのかな?
「リオ殿! こっちに来ぬか」
見つかってしまった以上、部屋を出るわけにもいかないな。
軽く手を上げて了承を伝えると、部屋の片隅に歩いて行った。
「ここが空いてるわよ」
そいう言って、カテリナさんが少し席を開けてくれたけど、ほとんどカテリナさんに密着する状況だ。
もう少し大きな去ファーにすれば良いのにと思ってしまう。
「どうしたんですか、こんなところで密談して?」
「密談というわけではないんだけど……、導師から2つの情報が入ってきたの。『孵化の終了』それと『最初の脱皮の始まり』この2つね」
最初の情報は、良い知らせだと思うな。これで総数が決まったということに外ならない。これからはスコーピオを倒すだけ数が減っていくのだ。
2つ目の情報は、引き波の始まりとも取れる。孵化地点からスコーピオが遠ざかるのは互いの共喰いから逃れるためだとも言われているようだ。
脱皮をして一回り大きくなったスコーピオは、まだ脱皮を行っていないスコーピオを餌とするために、今度は逆走するらしい。
その逆走速度はかなり遅いらしいから、前後から挟撃されるのがこれまでの状況のようだ。
「挟み撃ちですか……。では、これで騎士団は役目を終えたということになるんでしょうか?」
「契約ではそうなるわ。12騎士団、それにっ同盟する騎士団は最西端で狩りを続けるでしょうけど、総数は3割を切るでしょうね。およそ100隻ぐらいになるんじゃないかしら」
一旦レッド・カーペットの外に出てから、逆走する群れに向かって進むということらしい。
「それも10日続くかどうか。2回目の脱皮後は、さすがに騎士団も手を出しかねるほどの大きさになってしまう。数が少なければ魔獣狩りと同じだけど、まだまだ数は多いはずよ」
「そうなると、補給が難しくなりますね」
俺の言葉に、4人が小さく頷いた。声を出さないのは全員が同じ思いだからだろう。
「仮装巡洋艦による補給しかなさそうだ。戦機輸送艦では2回目の脱皮後には耐えられんだろう」
「次の補給に同行してくるはずです。海賊対策が思わぬところで役立ちますな」
第2甲板に舷側砲を多数搭載している輸送艦と砲塔を撤去した巡洋艦の2種類があるらしいが、このような状況下での輸送なら護衛艦は必要ないのかもしれない。
「積み荷が半分になるのが痛いところだ……」
「今のところは善戦しておりますが、さすがに砲弾が無くなれば色々と問題が出て来るかと……」
砲弾不足ってことか。そう言えば、リバイアサンにたっぷりと運んでいるはずなんだが、すでに撃ち尽くしているんだろうか?
「だいじょうぶ。リバイアサンには大型輸送船10隻分の砲弾を運んでいるんだから。まだそれほど使っていないわよ。2つの倉庫に手を付けていないそうだから」
それなら、深刻になる必要もなさそうだけどねぇ。
フェダーン様の心配は補給が途切れることにあるのだろう。それは、第1線に陣取る軍艦の砲撃に上限ができてしまうことに繋がる。
現状のように、一方的な砲撃ができなくなるのが一番怖いということになるのだろう。
とはいえ、贅沢な悩みにも思える。
とりあえずは、何とかなるってことらしい。
女性士官が俺達にコーヒーを運んできてくれた。
話題を変えて、これからの対応を聞いてみると、基本は同じということらしいが、リバイアサンの場合は少し異なるらしい。
「仮装巡洋艦を呼び寄せるのは、西への備えを強化するためだ。3隻あればメイデンも少しは休養が取れるだろう」
「リバイアサンの西の砲塔は5基が稼働していますが、その数はそのままで良いと?」
「仮装巡洋艦の指揮官たちは、かつてリバイアサンで活躍した士官候補生達だ。彼等に砲塔操作を任せれば、更に使える砲塔を増やせるぞ」
そこまで考えていたのか。ちょっとフェダーン様を見直してしまった。
灰皿が用意されているから、フェダーン様にタバコを見せて一服を始めた。
カテリナさんが俺のタバコから1本引き抜いて火を点ける。
「3隻じゃなくて5隻作ってあればねぇ……。西の守りも、軍艦への補給時には少なくなってしまうの。戦機輸送艦をもう少し武装強化しておくべきだったわ」
「あくまで機動艦隊導師の戦いを目的にしたものですからねぇ。スコーピオ戦に使おうなんて考えませんでしたよ。でも、少しは強化したんでしょう?」
主砲が新型銃で副砲がガトリング銃なんだよなぁ。ヴィオラ騎士団で使う戦機輸送艦は新型銃だけなんだけど、ガトリング銃が使えるのは、2回目の脱皮前までだろう。
新型銃の方はその後も使えるだろうが、さすがに3回目の脱皮後に使えるかどうか疑わしいところだ。
「その時には、少し早いかもしれませんが、新型銃で獣機に助けて貰いましょう」
「2回目の脱皮後に使いたかったんだけど、背に腹は代えられないわねぇ……」
だが、リバイアサンの西の砲塔が増えるなら、十分に西の広場を守れるような気がする。
「そうそう、導師がリオ君と話をしたがっていたわ。リオ君の考えに興味を持った感じね」
「導師には、全体を見てもらいたかったんですが」
「それは弟子達が継続してくれるわよ。画像もいろいろと残してあるみたい」
スコーピオの生態は、あまり分かっていないらしいからな。
産卵する周期と、その後の災厄だけが記録に残っているだけのようだ。
そう言えば、ドローンはどうなっているんだろう?
今夜、アリスに状況を教えて貰おう。