M-176 レッド・カーペットの激突
体を揺すられてベッドから起き上がる。
仮眠をとったつもりが、すっかり寝ってしまったようだ。
「かなり近付いているって飛行機から連絡があったわ」
寝ぼけた頭で周囲を見ると、直ぐ隣にカテリナさんの姿があった。
とりあえずカテリナさん達は仕事がないんだろう。俺を起こすと無理やり浴室のシャワーの下に連れて行ってくれたんだが、水はちょっときついんじゃないか?
まぁ、すっかり目が覚めたけど、ちょっと体が冷えてしまった。
衣服を整えてリビングに向かうと、カテリナさんはここで様子を見ていたのだろう。コーヒーカップと、テーブル際に仮想スクリーンが接近するスコーピオの位置を図上に表示していた。
「50スタム(75km)を切ったわ。エミーが最初の攻撃を先ほど指示したけど、ドラゴンブレスでなぎ倒すみたいね」
「20スタム(30km)辺りで発射するんでしょう。ドラゴンブレスの最大射程は30スタム(45km)はありますよ」
直径数十mのプラズマの塊だからねぇ。連射できれば良いのだが、エネルギーのチャージや加速用電磁コイルの冷却も必要だ。連射するなら発射間隔を1時間ぐらい取ることになるんだろうな。
「飛行機による爆撃は継続してるんでしょう?」
「先ほど、改造型の飛行機が爆撃に向かったわ。30個近く落とせば、戦果も広がるし、味方の士気も高まるはずよ」
「そうなると、ここにいて良いんですか?」
「1時間半はすることがないわよ。その間に軽く食べておきなさい。今運んであげる」
とりあえず待機ってことだな。スコーピオと接触する前に、下に降りて行けば良いだろう。
カテリナさんがテーブルに並べてくれたサンドイッチと濃いコーヒーで腹ごしらえを済ませると、アリスに新たな仮想数リーンを作って貰い、エミー達のいる制御室のスクリーンを映し出して貰った。
真っ暗な荒野の遥か彼方に、ナパーム弾の炎が空を焦がす小さな明かりが見えるだけだ。
『現在40ケム(60km)前後と推測します。新型飛行機部隊は現在休息中。改造型の飛行機が反復爆撃を実施中です』
「飛行機の連中は忙しそうだからね。大型飛行船の方は?」
『500ケム(750km)ほど先を爆撃しています。3時間程前に本日2回目の爆撃を終了しています。深夜にもう1度出掛けるのではないかと。小型飛行船はコリント同盟軍の前方200ケム(300km)を爆撃中。ナルビクとエルトニア王国に貸与した小型飛行船はエルトニア軍の前方100ケム(150km)を爆撃しています』
旧型の飛行機も爆弾の懸架措置得尾取り付けたらしいが、小型の爆弾を落とせるだけだろう。飛行時間が30分では、あまり期待できそうにない。
「30分前になると、艦の西側に獣機と戦機が出て来るわよ。既にロケット弾の発射装置にはロケット弾を乗せてあるらしいから、一斉攻撃が楽しみね」
「接触する前に3発ぐらい放って欲しいところです。同時に500発以上が放たれるんじゃないですか?」
「千発を越えるわ。2発目を放ったところで、陸戦隊は艦に避難して、艦内から攻撃するそうよ」
それに砲弾が加わるんだからなぁ……。
1時間で消費される砲弾が1万発を軽く超えることになる。
それが途切れないようにすることが大事なんだが、艦内に無理やり搭載した砲弾がどれだけ持つのか、はなはだ心もとない限りだ。
「戦機輸送艦には、既に補給用の砲弾を積み込んだんですか?」
「昨日までに終えているわ。後は運ぶだけ。一昨日の補給船に随行して、砲艦が数隻やってきたから、護衛は砲艦が行うみたい。当初予定していた護衛用駆逐艦は北に向かったわ。第1陣の北の端は戦艦と重巡だけど、側面の強化ということになるのかしら」
砲艦で大丈夫なんだろうか? ちょっと心配になってくるけど、これもフェダーン様の采配なんだろう。
元はナルビクの王女様だったはずだから、フェダーン様の援助を惜しむようなことはしないんだろうな。
仮装スクリーンを見ながら、タバコを楽しむ。
しばらくは、そんな暇もなさそうだからね。今の内に楽しんでおこう。
「カテリナさんはどこに?」
「フェダーンの傍にいるわ。現場はガネーシャ達に任せてあるけど、簡易な飛行機の点検ぐらいはできるはずよ。戦機の方はドックにベルッド達が一どうしているから、問題なし。補給品の入出庫は軍に任せてるわ」
さすがに、全ての準備は終えているようだ。
後は接触を待つばかり……。
『相対距離20ケム(30km)です。リバイアサンの探照灯の光では不明瞭ですが、飛行機の落とす照明弾でスコーピオの群れが視認できます』
スクリーンの画像は、監視所からの画像に違いない。
爆弾の炸裂がはっきりと見えるし、小さな炎まで上がっている。
「小型のナパーム弾も作ってみたの。あまり広範囲には広がらないけど、夜間の照明弾代わりに使えそうね」
「落とす数が16機で32発ですからねぇ。ですが、そろそろドラゴンブレスでの攻撃が始まるんじゃないですか?」
「砲撃は8ケム(12km)で一斉に始まるわ。その前の士気高揚にはなるでしょうね」
『ドラゴンブレスの発射シーケンスが起動しました。約0分後に発射可能となります』
突然にアリスの報告があった。
カテリナさんと思わず笑みを交わす。フレイヤ達が制御室で成り行きを見守っているに違いない。
ちょっと時間が掛かるのが問題だけど、威力はあるからなぁ。
・
・
・
ドラゴンブレスのカウントダウンが始まった。
外部の監視カメラにはシャッターが下ろされたようだ。監視所の連中は遮光ゴーグルを付けているのだろうが、かなり強力な光なんだよなぁ。目をやられないと良いんだけどね。
デッキのガラス窓は、遮光モードになっている。偏向ガラスを2重に設けることで透過光量を百分の一に減光できるらしいが、発射前に目を閉じておこう。
フレイヤが、淡々とした口調でカウントダウンが行われ、「発射」の直前に目を閉じた。
突然明るい光を感じたから、やはり百分の一の減光では眩しかったに違いない。
『冷却モードに移行。火器管制員は自己診断シーケンスを起動して以上の有無を確認せよ。動力部門は次の発射に備えてエネルギーチャージを開始せよ!』
フレイヤも大変だな。
何となく、手元の原稿を読んでいるようにも思えるけど、きちんと指示が出せるなら問題はない。
『夜間ですので状況確認はできませんが大きな溝が左右にできたと推察します』
「溝の面積と、それに見合うスコーピオの数を推測できないか?」
『およそ3万体と推測します』
「結構な数ね。飛行船4隻分を越えてるんじゃなくて?」
「夜間ですからねぇ。周囲が明るくなって観測機を飛ばせばもう少し状況が分かるでしょう」
カテリナさんは機嫌が良さそうだな。
さて、もう1本タバコを楽しんだところで、俺も出掛けてみるか。
ソファーから腰を上げると、カテリナさんが軽くハグをしてくれた。頬に軽くキスをしてくれたけど、後でルージュを拭きとっておかないと……。
「連絡は密にね。こっちも不利な場所を教えるわ」
「あまり激戦区は嫌ですよ。たまになら良いですけど……」
釘は差しておこう。とはいうものの、フェダーン様と相談しながら激戦区を転戦するような感じもするんだよなぁ。
やはり返事はしてくれないみたいだ。笑みを浮かべて俺に手を振ってくれた。
先ずはアリスに乗って、上空に位置していれば良いだろう。
駐機場は飛行機の爆装で、ドワーフ族が忙しく動いている。その一角にテーブルを出して、地図を広げている連中がいる。たぶん飛行機の操縦者たちに違いない。
指揮所と連絡しながら、集まった連中に指示を出しているようだ。
がらんとした戦機の駐機台にアリスだけがいる。
傍にナパーム弾が積まれているから、これは持って行けば良いな。
誰も俺を見ていないようだから、胸部装甲板を開いてもらい、コクピットにジャンプして乗り込んだ。
10m以上の高さだけど、身体能力が半端じゃないからね。
コクピットに納まると、胸部装甲板が閉じて全周スクリーンに周囲の光景が映し出された。
「ナパーム弾を収容してくれないか? たぶん激戦区に落とすためだと思うからね」
『先ほど、一斉射撃が行われました。スコーピオとの距離はもう直ぐ7kmほどになります』
「それなら、一端上空3千mに上昇してくれないか? 状況を見ながら、援助に向かおう」
『了解です。ハルバートは収容してありますから、先ずは白兵戦で行きましょう』
スコーピオの大きさは3mにも満たないからね。
野犬を相手にする感じかな。
ジョイスティックを前に倒して歩き出そうとしたら、いきなり上空に景色が変わった。
亜空間移動で上空に移動したようだ。
下界を見ると、壮観な眺めだ。
まだ接触までには、間があるようだが10分もせずに軍艦の列にぶつかりそうだな。
『指揮所の指示を傍受しました。1分後にロケット弾の一斉発射が行われるようです』
「改造駆逐艦も一緒なんだろうか?」
『どうやら、あの3隻は別行動のようです。現在は北に移動しています』
北の守りを補完するつもりなんだろう。戦艦だから内部に侵入されるようなことは無いんだろうが、主砲の発射間隔は長いだろうし、連続射撃ができるかどうかだな。連続射撃が出来ても1時間に数発がいいところじゃないのか?
『ロケット弾の一斉発射カウントダウンが始まりました。飛距離が短いのが難点でしたね』
「そんなもんだろう。群れの奥は大砲が使えるからね。ロケット弾の装填を考えると、短砲身の速射砲の方が使えそうだよ」
迫撃砲を教えておくんだったな。
あれなら、ブリッジの見張り台からでも撃てそうだ。
『始まりますよ!』の声に下を見ると、流星群が出現したかのように炎を引いてロケット弾が前方に飛んでいく。
さすがに一斉とはいかなかったようだ、3秒ほどの時間差が出来てしまったのは点火が不揃いだったのかもしれない。
とりあえず前に飛んでいけば十分だ。
津波のように押し寄せてくる壁の、後方500mほどの地点に着弾したようだ。
爆炎がまるで炎の壁のように南北に走っている。
『効果判定に悩むところです。……5万から10万というところでしょうか』
「赤外線モードに変えたとしても、元々体温が周囲と同じだからねぇ……。暗視映像では、爆炎が邪魔をするだろうね。まあ、それなりの効果を与えたことは確かだろう。初戦が少しは楽になるよ」
『次弾が発射されたようです。簡易発射台による次弾発射まで、4分以内です。案外短いですね』
「接触までに、もう1発撃てるんじゃないかな?」
いよいよぶつかる。
昼間なら地平線まで続くスコーピオの群れが見えるに違いない。
夜だから、爆炎で浮き上がる群れの姿を見るばかりだ。
艦船からの銃撃が始まった。
次の瞬間。軍艦をよじ登るスコーピオの姿が見えた。
全員艦内に避難したんだろうか? さすがにブリッジに上ろうとするスコーピオはいないようだが、露天監視台にいるのは自殺行為に思えてしまう。