M-174 【ファイヤ・ウオール】の威力
孵化を確認して3日目。
俺達とスコーピオの群れの相対距離は300km近くまで接近している。
今の時刻は13時を過ぎたところだから、やはり明日の夜にはやってくることになるだろう。
軍艦の列では、各艦共に樽のようなサーチライトの数を急遽増やしているようだ。
リバイアサンにもサーチライトがある。昨夜試してみたら3km先まで明るく照らしだしたから、リバイアサンの周囲は昼と変わらない戦が出来るに違いない。
『飛行機による爆撃は、先よりかなり内側で行っているようですね』
「少しでも圧力を弱めたんじゃないかな? 俺達にも先頭から内側10ケム(15km)位置を指定してきてるよ」
コリント同盟軍の飛行船も、繰り返し爆撃をしているようだ。
前回よりもやってくる数が減ることを期待しているんだろうけど、爆撃で空いた空間がたちまち他のスコーピオで埋まってしまうんだよなあ。
『ユーリル様より、上級魔法を授かりましたよね?』
「試してみるかい? これを落としたらスコーピオの先端に移動して試してみよう」
ダメ元だからね。
中級魔法は、生活魔法の強化版と言ったところだが、上級魔法は全く性質が異なる。
範囲攻撃が可能なのだ。
初級の【ファイヤ】は、焚き火を作るのに便利だし、魔気を絞ることでライター代わりにも使える。
中級の【ファイア・ボール】なら、野球のボール並みの火炎弾を30m程遠方に飛ばすことができるし、当たれば大やけどでは済まない代物だ。
上級の【ファイヤ・ウオール】は文字通りの炎の壁だ。使う者の魔気の放出量で、炎の壁の大きさが変わるらしい。
試すなら、【ファイヤ・ウオール】ということになるだろう。
どれぐらいの魔気を俺が持っているのか分からないから、やる価値はあるんじゃないかな?
レッド・カーペットの南西方向に移動して、ナパーム弾をバラ撒き終えると、今度は北西に移動して、スコーピオの津波を迎え撃つべく2kmほど手前に移動した。
地上30mほどに滞空したアリスの手に乗ると、一服しながら津波を待ち構える。
「最初はピンクだったけど、だいぶ赤身が増してきたね」
「成体の色は暗赤色ですから、だんだんと色が濃くなるのでしょう。第1陣に到達するころには真っ赤になるのではないでしょうか」
それで、レッド・カーペットと言うことになるんだろうな。
だんだんと近付いてきた。今では個々に識別ができるまでになってきている。少し大きくなったかな?
ウラーブと呼ばれるオオカミのような獣よりも大きく見える。
体長2mを越えるぐらいになったみたいだ。
『距離500mを切りました。威力の程度が推察できませんから、先頭が通り過ぎてから試してください』
「了解だ。もう直ぐだね。ここまで跳び上がれないんだろうね?」
『どう見ても、跳び上がれる脚力は無さそうです。万が一の事態が発生した場合は空間転移を行います』
一瞬で移動できるからね。
この世界にも似た魔法があるようだけど、魔方陣を作ったり長い詠唱を行う必要があるみたいだ。それでいて予定場所への転移が、たまに失敗してしまうことがあるらしい。
タバコを携帯灰皿に投げ込んで、左手を前に出す。
無詠唱での魔法の行使は、暴発を避けるために予備動作を入れる必要があるらしい。
俺の場合は左腕を伸ばして手を握ることがそれにあたる。
すでにスコーピオの群れが、俺達の真下を土煙を上げながら通り過ぎている。
そろそろ頃合いかな?
握った手をスコーピオの群れを見据えて開いた時……。
前方50mほどのところに半円状になって炎の壁が出現した。
『炎の温度1500度を超えていますが、こちらへの輻射熱は検知できません。壁の出現はマスターを起点として、60mの円弧状。範囲はマスターの視点の左右45度の範囲です』
「攻撃的にはどうだろう?」
『200体以上を灰にしました。現在も進行中です……、だんだん炎が消えていきますね。持続時間は72秒です』
1分を越えているのか……。だけど、もう少し距離を伸ばして、時間を長くすることもできそうだ。俺の体調に全く変化がないんだよね。
「少し間をおいて、2撃目を試してみる。今度は魔気を増やしてみるつもりだ」
『了解です。記録は保存してありますから、カテリナ様の見解を確認すべきでしょう』
2回目は100mほどの距離に炎の壁を作ることができた。持続時間は3分間を越えている。
終わったところで、何となく体に疲れを感じる。
これを数回やったら、この場で寝込んでしまいそうだ。
さて、帰るとするか。
まだまだ爆弾を落とさないといけないからね。
日中に5回の爆撃を行って、数時間の休憩をとる。
とりあえずジャグジーに入って疲れをとることにした。
やはり、風呂は良いな。命の選択という話も聞くけど、まったりとした心持はまさに天国と思えるんだよねぇ。
バシャン! という水音がしたかと思ったら俺の上に誰かが乗ってきた。
目を開けると、金色の世界だ。
ということは……。
「リオと一緒に入るのは久し振りな気がするわ」
「昨夜も一緒じゃなかったか?」
「みんなと一緒だったでしょう?」
そう言うことか。確かにフレイヤと一緒にのんびりするのは久しぶりだ。
改めてフレイヤを抱き寄せる。
笑みを浮かべて俺に顏を向けているけど、明後日にはとんでもない戦が始まる。
何としても、フレイヤ達を守ることにしよう。
第一陣を形成する3王国の機動艦隊や、第2陣の騎士団達にまで守る範囲を広げたいが、戦場の範囲が広すぎる。
どれほどの犠牲が出るのか想像すらできない。フェダーン様は2割ほどを覚悟しているようだけど、その2割の人達にも家族がいるはずだ。
技術供与で少しはマシになるかと思ったけど、スコーピオの数があまりにも多すぎる。
だけど、今は……。フレイヤと楽しもう。
ジャグジーを抜けてベッドルームにフレイヤを運ぶ。
・
・
・
ふと、ベッドから体を起こす。
隣にはフレイヤがいたけど、もう片方にはエミーが寝息を立てていた。
2人はこのまま眠らせてあげよう。きっと気を張って仕事をしていたに違いない。
衣服を身に付けて、リビングのソファーに向かうと、カテリナさん達3人が寛いでお茶を飲んでいた。
通り過ぎようとした俺の裾を、グイ! と引いたのはカテリナさんだ。強制的に隣に座らせられてしまった。
「だいぶお楽しみだったわね。エミーの声が聞こえたわよ」
そんなことを言うから、俺は真っ赤になってしまったし、フェダーン様達も下を向いて笑いを堪えている。
防音装置があるはずなんだけどなぁ……。壊れてしまったんだろうか?
「やはり、そうなのね。まあ、若いんだからしょうがないんでしょうけど」
引っ掛かってしまった。全く俺で遊んでるんだからなぁ。
マイネさんが持って来てくれたマグカップにコーヒーを慌てて飲もうとしたら、かなり熱かった。
思わず飲み込んだけど、口の中が火傷したんじゃないかな?
「夕食前に、爆撃をして欲しい。就寝前にもう1度で今日は終了だ。リオの後を、飛行機が引き継いでくれる」
「すでに爆弾は100発以上、ナパーム弾も50発近く落としてくれたんだからありがたい話よね。推定殺傷数は20万をこえているわ」
「とはいえ、あの数です。全く損傷を与えた実感がありませんね。そうそう、ユーリル様に教えて頂いた魔法を試してみましたよ」
アリスに仮想スクリーンを作って貰って、【ファイヤ・ウオール】の放った映像を見せた途端、3人から笑みが消えた。
唖然としているけど、教えてくれたユーリル様も同じ表情なのは問題だよなぁ。
「これが【ファイヤ・ウオール】だと!」
「威力も凄いけど……、魔法はこんなに大きくはできない筈よ」
「発動距離も段違いです。少なくとも3倍の距離はありそうです」
【ファイヤ・ウオール】だよな? そう念じた無詠唱魔法の筈だ。ユーリルさんから教えられたとおりの手順を踏んで放ったんだが、本来はもう少し小さいってことかな?
「ユーリル殿、このような魔法は記録に残されているのだろうか?」
「調査する必要がありそうです。少なくとも、私の読んだ魔導書、古代文献、教会の記録にはありません」
「リオ君が10人いたら助かりそうだけど、1人なのよねぇ……。とりあえずは、使える、と私達が知っていれば十分でしょう。威力はナパーム弾1発分ほどになりそうだけどね。ところで、リオ君。何回できそうなの?」
「放った後の疲労感がかなりありました。戦闘継続を考えるなら間を開けて2回。後を考えないなら5回は行けそうです」
「それで、帰ったところで一眠りってこと? 疲れが取れたか、更に深まったか微妙なところね」
また、その話に戻るにか?
とりあえず、冷めてきたコーヒーを一口飲んで、タバコに火を点けた。
「驚くべきことですが、それだけの魔気を体に貯えているということになります。魔法戦で敵なしとなるのではないでしょうか?」
「でもリオ君は、魔法は余り使わないの。力技だけでも、十分に戦えるわ」
「まさに、魔道剣士だな。陛下の傍にいてくれるなら護衛は他に必要なさそうだ」
色々と話しているけど、俺は自由気ままに暮らせる騎士団暮らしが性に合っている。
この暮らしがずっと続くと良いんだけどなぁ。
「使うタイミングがあるとは思えないけど、いざという時に切り札にはなるわ。他の魔法もたぶん知られているより威力はあるんでしょうけど、多用はしないでね」
「他の手段がない時に使います。とりあえずどれぐらいの威力があるのかを知ることが出来ましたから、それで十分です」
うんうんとフェダーン様達も頷いている。
使えることは確かだが、あれぐらいの威力であるなら、カテリナさんの言う通り、ナパーム弾を使った方が都合が良い。
魔道科学は自然科学の上を行くことは無さそうに思えるな。




