M-168 監察者だから見えてくる
内輪の話をしたところで、どうにか釈放された感じだ。
明日も会議ということだが、しばらく状況が変化するとは思えない。補給船の状況、不足しているものがあるかどうかが主な議題になりそうだ。
上階に上がって、ソファーに腰を下ろす。
先に上がったフレイヤ達は制御室に向かったのかな?
ここには俺だけのようだ。
「皆は反対側のリビングに向かったにゃ。デッキを広げて広場の様子を見てるにゃ」
「そうなんだ。下は忙しそうだけど、見てる分には面白く見えるんだろうね」
4隻の軍の戦機輸送艦とリバイアサンに搭載している2隻が荷役で活躍してくれるはずだ。広場の安全はアレクが指揮してくれるに違いない。
俺の定位置もアレクと調整しといた方が良いかもしれないな。
「あら? リオ君1人なの」
「どうやら反対側にデッキを展開して広場を見ているみたいです。導師からその後の連絡はありました?」
「『変化無し』と言ってきてわ。これで、最低3日はこの暮らしが続くわよ。待つのは余り好きじゃないけど、始まったら始まったで来ない方が良かったと思うんでしょうね」
思わず、笑いが込み上げてきた。
人間は常に陥った状況の反対を羨ましがるようだ。
魔道科学に魂を売り払ったようなカテリナさんだけど、案外人間味は持っているんだよねぇ。
「あちこちで賭けが始まってるわよ。エミーは黙認しているみたいね。王都と違って胴元が明確だし、儲けは掛け金総額の5%に留めているからなんでしょうけど、孵化が始まったという報告をいつ指揮所が受けるかという賭けみたいね。日付けと午前午後の2つの賭けがあるみたい。
午前と午後なら勝率50パーセントか……。配当は2倍未満というところだな。高額配当は日付になりそうだけど、かなり配当金が高くなりそうだ。
フレイヤ達は参加するに違いないけど、せいぜい銀貨1枚程度にして欲しいところだな。
「いらっしゃい!」
カテリナさんが俺の腕に自分の腕を絡ませて俺を立たせる。
向かった先は、デッキだった。
遥か東をジッと眺めている。
「ここから見える景色が、スコーピオの体色で赤一色に変わるの……。そんなことが想像できる?」
「それで、レッド・カーペットですか……。あまり詩的な表現ではないでしょうし、その恐怖は全く加味されていないと思います」
俺がタバコに火を点けると、ヒョイ! と口元から奪われてしまった。2本目のタバコに火を点けて片手に携帯灰皿を持つ。
「古い時代の悲惨な記録がたくさん残されているわ。リオ君の言葉に導師が興味を持ったらしく、教団の知り合いに調べて貰ったそうよ。
やはり、帝国時代にはレッド・カーペットはなかったみたいね」
生態系の著しい変化が起こったということになるのだろう。
その原因は魔獣にあるのだろうが、魔獣でさえも作られた種に違いない。
魔気を作り出す生物は見たことがない。その魔気を取り入れて魔石として固定する生物は魔獣と言うことになる。
それ以外に、魔石を作らずにその影響を受けた準魔獣とも言うべき存在がスコーピオになるのだろうか?
となると、スコーピオ以外にも、魔獣と言われている種で魔石を持たないものがある程度いるんじゃないか?
「おもしろい学説ね。そんな話なら、ここではないところが良いわね」
カテリナさんに話をしたら、腕を掴まれて部屋の中へと連れ込まれてしまった。
ソファーに腰を下ろすのかと思ったら、更に奥へと向かう。
向かった先は大浴場だった。
ウエリントン王国の倉庫から持ち出した大理石像がいくつも湯船を取り囲んでいるんだよなぁ。
フェダーン様が気に入って、結構な頻度で利用しているようだけど今は誰もいないようだ。
俺の前で白衣を脱ぐと、下は下着だけだった。
俺が裸になるのを待って、一緒に湯船に入る。
「ここなら、良い考えも浮かぶわよ。頭を整理するにも都合が良いの」
それって、長湯をして頭に血が上るだけなんじゃないかな?
まあ、お湯の温度は温めだから、早々湯あたりはしないだろうけどね。
「魔獣と言われる種で、魔石を持たないものはスコーピオ以外にも知られているわ。多くが水棲生物なんだけど、ジラフィンと言われる海獣は、トリケラの数倍以上の大きさよ。淡水では大型のワニや水ヘビが知られているわ」
大きいから魔獣に区別されているってことなんだろう。
分類はかなりいい加減なところがありそうだ。
「それで、どんな考えに至ったの?」
俺に体を寄せてくるのは良いけど、上に乗らないで欲しいな。
それでいて俺の顔を両手で押さえて、顔を寄せながら真剣な表情で聞いてくるんだからね。
「元々は魔獣はいなかった。魔獣は魔石を得るためにかつての帝国の技術で作られた……。ここまでは前にも言いましたよね」
「導師が真剣に思索を巡らしているわ。現在は肯定しているようね」
「そうなると、この世界の生態系は元々ある生態系と魔石を作るシステムのために作られた人工的な生態系の2つが存在することになります」
うんうんと頷きながら俺の上で身を捩っている。
「この生態系は持続するのでしょうか? それとも変化するのでしょうか?」
俺の問いに、カテリナさんの体の動きが一瞬止まった。
俺を抱きかかえるように体を入れ替えると、強く俺を抱きしめてくる。
「2つ考えられるわ。片方の生態系が閉じるか、生態系が1つなるか……」
「魔石を持たない魔獣は、生態系の統合化に動いているからではないのでしょうか? かつてはスコーピオの襲来は無かった。それはスコーピオが危険な生物ではなかったからではないかと。それに類した生物はいたんでしょうが人間にそれほど大きな影響を与えることが無かったのでは?」
俺の顔をしたから覗き込んで笑みを浮かべている。
「その先も考えたわよね?」
「我々もその影響を受けると思っています」
突然体を起こすと、俺の手を引いて大浴場を出る。
慌てなくても良いと思うんだけど、ドミニクとは全く性格が違うんだよなぁ。
着替えを済ませていると、入り口の扉が開いた。
やってきたのはフェダーン様だった。不味いところを見られた感じだ。
「カテリナ、あまりからかわぬようにな」
「スキンシップは大事でしょう。言葉では理解できないこともあるの」
フェダーン様が諦めきった表情で首を振りながら衣服を脱いでいく。
ここは早めに去った方が良さそうだ。
小さく頭を下げると、逃げだすようにその場を後にした。
そのまま手を引かれて、俺の部屋にやってくると俺を押し倒すようにベッドに入った。
カテリナさんは何かに興味を持つと、積極的になるのかな?
俺を抱きしめるようにのしかかると、顔を近づけて囁いた。
「どんな影響を考えたのかしら?」
「すでに2つの兆候が表れているじゃありませんか。1つは魔石への拒否反応。もう1つは魔石との融合……」
こんなシチエーションなら、フレイヤ達はとろんとした官能的な眼差しを向けて来るんだけど、カテリナさんは違っている。
どこまでも澄んだ眼差しだ。叡智がその後ろに見えるような錯覚を覚える。と同時に獲物に目を付けた猛禽類の目にも見える。
どんな些細なことも見逃さないという感じだな。
俺という人間の思いを、全ての感覚器官を動員して自分に取り込もうとしているのだろうか?
「前例は騎士であって、後例は導師と言う事かしら?」
「アレク達は、魔石は毒だと俺に教えてくれました。だとしたら導師はなぜ魔石を取り込もうとしたのでしょう?
俺の体内に魔石が6個あると知って驚いていましたが、単純に狂った教え子を非難したとも思え得ません。
カテリナさんはどこまで知っているか分かりませんが、魔石と人間との融合を図ろうとしている組織がかつてあったのではありませんか?」
俺の言葉にらんらんと目を輝かせていたカテリナさんだったが、突然俺に体を投げだした。
結構重いんだよね。よいしょ! と横に体を置くと俺にしがみ付いてくる。
「そこまで個人が洞察できたのはリオ君が初めてよ。教団として活動していた時代があったらしいわ。会員だけが総本山を知ることができるという秘密結社みたいなものだったのかもしれないわね。
人権を無視した行動があまりにも多かったことから、当時の連合王国より弾圧を受けたらしいけど、壊滅には至らなかったらしいわ。
導師が、パルケラスを誹謗していたのを覚えているでしょう?
パルケラスはシンパだったのよ。
導師の助手として活動している間に、取り込まれたのかもしれないわね」
俺を抱く腕を緩めると、ベッドを抜け出しデッキへ歩いて行く。
裸なんだけどね。
ベッドから体を起こして、衣服を整えるとカテリナさんの白衣を持ってデッキへと向かう。
10m四方の小さなデッキだが、テーブルセットが自動的に出てくる仕掛けがしてある。
カテリナさんはベンチに腰を下ろしてタバコを靴に咥えていた。
「冷えますよ」
カテリナさんの肩に白衣を掛けてあげた。
隣に座って、テーブルの下の小さなトレイからタバコを取り出して俺もタバコに火を点けた。
灰皿も出しておこう。吸い殻なんてデッキにあったら、マイネさんが激怒しないとも限らない。
「観察者……。そんな感じがするわ。いえ、手を出す時もあるから助言者になるのかな?」
「俺の事ですか?」
「リオ君とアリスの2人の事よ。リオ君だけなら、助言者にならないのかも……。アリスが加わると、リオ君の思いが体系化されて理論に昇華されるわ。
アリスなら最高学府の魔道科学院の講師も務まるんじゃないかしら。導師が新たな学説を執筆しているらしいけど、完成したらアリスに監修を頼みたいと言ってたわよ。
そうそう、もう1つ。リオ君とはあまり会いたくないそうよ。
合うと、新たな思索が出て来るらしいの。1日合うだけで1年の思索が出来ると喜んでたわ」
確かに、積極的な介入は余りしてこなかった。
それがカテリナさんとしては観察者として映ったに違いない。
だが、その根本的なところには魔道科学と自然科学の大きな違いがあるからだと俺は思っている。
アリスにはパラケラスの知識やこの世界の魔導書を通じて、かなり魔道科学に詳しくなっているが、カテリナさん達に自然科学の体型とその応用は理解できないに違いない。
強いて言うなら、錬金術士なら少しは理解できるのかもしれない。自然科学の1つである化学は錬金術によって発展したらしいからね。
「レッド・カーペットが収まったら、少し互いの知識を交換したいですね」
「お願いするわ。導師も興味を持っているということは、学府に新たな学科を作ることも視野にあるはずよ」
魔道科学とは対極しそうな学問だけど、アリスなら上手くこの世界に広げられるかもしれないな。
かつて、カテリナさんは魔道科学が行き詰っているような話をしていた。
そもそもが疑似科学なんだから、魔法が使えるということがおかしい世界なのかもしれない。
帝国時代に、魔法は無かったんじゃないか?
帝国の黄昏に起こった大規模な内乱の原因も関係しそうに思えてくる。