M-167 兵士は休暇で指揮官は会議
スコーピオの迎撃地点に到着した翌日。
デッキから、南東から北西に向かって伸びる艦船を眺めることができた。
右舷は50隻ほどらしいが、左舷は100隻を遥かに超える。
リバイアサンの近くには小規模艦隊のようだな。戦艦2隻はこの並びの端に位置しているらしい。
戦艦と言えども、全長は150mを越えることがない。密集して並んでいるとなれば、艦船の作る長城は、右手が5km左手が15km程度になるのだろう。
全長20kmの長城がレッド・カーペットをどれだけ抑えられるか……。
はなはだ心もとないところだが、戦艦の口径24セム(36cm)主砲の最大飛距離は15ケム(22.5km)前後あるらしいから、この長城の影響範囲は、60km近くに達するに違いない。
さらに飛行機の爆撃を考えるならリバイアサンを中心に南北それぞれ100kmに達することになる。
末端ほど阻止力は低下してしまうけど、現状の資源を最大に生かした布陣であることは確かだろう。
「ここにおったのか? 朝食じゃぞ」
「ありがとう。それにしても凄い眺めだよね」
「このような位置で、レッド・カーペットの布陣を眺めたのは飛行機の操縦者ぐらいなものじゃ。アレク達は食堂に向かったが、どうやら営業を始めたようじゃな」
ローザがデッキで一服していた俺を呼びに来てくれた。
俺と一緒に下界を見下ろしていたんだけど、こっちは東側だからなぁ。西の兵站基地を眺められないんだよね。
ローザと共に、部屋に戻りテーブルに着く。
主だった連中がそろっているけど、男性は俺だけなんだよなぁ。
焼き上げたばかりのパンにポトフのようなスープが付いていた。
飲み物はコーヒーしかもマグカップなのが良い感じだ。
静かな朝食が終わり、マグカップのコーヒーを飲んでいるとフェダーン様が口を開いた。
「会議は、1000時より始める。孵化が始まるまでは、同じ時間で状況を伝えることにしたい。奴らが押し寄せてきたなら会議どころではないからな」
「了解です。私とリオ、それにエミ―でよろしいですか?」
「それで十分だ。カテリナも出て欲しいのだが?」
「何時も、と言うことにならないけど」
そんなに忙しいとは思えないんだけどなぁ。昨夜だって「後は結果だけよ!」なんて言ってたぐらいだ。
おもしろくなさそうなら、出ないってことなんだろうけどね。
「導師との連絡は十分なのだろうな?」
「飛行船の兵站基地はエルトニア王国の東にあるわ。無線機の作動試験を毎朝行っているし、偵察用飛行船との連絡も問題なし。爆弾の集積は2割増しと言ってたわ。まだ製造が続いているから、最終的には3割増しになるんじゃないかしら」
少しは希望が持てる数字だな。
爆撃回数がそれだけ多くなるってことだ。
「さすがに主砲の砲弾は定数を搭載してるけど、各艦の副砲は乗せられるだけ乗せているわ。軽巡の砲弾搭載数は2回戦分近いけど、それでも1日で使い切るかもしれない」
「戦機輸送艦は襲来してきたその日の内に、動きだしそうね」
ドック管理部門を強化しといた方が良いのかもしれない。
軍のドック管理部から、制御室に何人か来てもらった方が良いだろう。エミーに後で伝えておこう。
「リバイアサンの乗船手続きはどのように?」
「副官と案内の兵員を数名ドックに派遣するつもりだ。移動デッキで桟橋に来れるだろう?」
「その辺りも伝えておきましょう。デッキを下ろして、自走車に目立つ旗でも付けておきます」
「0900時に指揮所に向かうよう、ロベルに連絡しておきます」
エミーが話しを補足してくれた。ロベルなら本人でなくとも適切な人員を選出してくれるだろう。
話が終わると、会議まで2時間も無い。
フェダーン様が席を離れると、皆が慌ただしく準備を始めた。
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「リオの準備は、出来てるの?」
軽くシャワーを浴びたのだろう。メイクをし直したフレイヤとエミーの姿は何時もより輝いて見える。
「このままで良いと思うんだけどね。このまま出撃できるんだから」
何時ものツナギ姿だけど、これがリバイアサンの制服みたいなものだ。
フレイヤだって色違いだけじゃないか。
そんなところに、ドミニクがやってきた。
さすがに世間体があるのだろう。細かなチェインメイルを着て、帯剣している。レイドラも似た姿だから、騎士団の長としてはあの感じになるんだろうな。
となると……、フェダーン様達も同じ様相になるのかな? ちょっと俺達3人が浮いてしまいかねないけど、これが制服だと言って誤魔化そう。
「そろそろ出掛けましょうか。12騎士団筆頭のヴァルゴ騎士団長も来てるらしいわ」
「あまり遅くなるのも問題でしょう」
ソファーから腰を上げると、下階に下りていく。
プライベート区画に大勢を招くのは久し振りだ。貴族や騎士団の筆頭まで来てるんだけど、下階の飾りつけはフレイヤ達がしてたんだよなぁ。
平民の貴族趣味と思われかねないのが心配だ。
下階の通路を歩いて行くと、会議室の前にフェダーン様の副官が立っていた。
俺達に気が付くと、直ぐに近付いてくる。
「まだ全員が揃いませんが、フェダーン様は既に着座しております。ご案内いたします」
「時間はまだ余裕があるはずだけど?」
「待たせるよりは待つ方が良いとのことです。それも問題はあるのですが……」
苦笑いを浮かべながら、俺達を席に案内してくれた。
ドミニクとレイドラは少し離れた場所だ。隣に同じようなチェインメイル姿の女性がいる。ヴァルゴ騎士団長は男性だったはずだが……。
案内された席はフェダーン様の左手だった。俺の隣にエミーとフレイヤが座る。その隣が空いているのは、カテリナさんの席だろう。まさか初日からエスケープするんじゃないだろうな?
「まだまだ、準備に手間取るようだ。それも仕方あるまい」
「どのように進行を?」
「副官が心得ておる。優秀な男じゃからな」
1000時の5分前に、全ての席が埋まったようだ。
各指揮官の副官達が後ろの席で筆記用具を準備している。
「定刻前であるが、全員の出席を確認できたことで会議を始める。
この会議は、明日以降、この時刻で継続する。ここでの議題は状況の周知と課題点の有無を確認する場としたい。先ずは状況を説明する……」
導師達の飛行船が孵化予想地区に向かっていること。第1陣、第2陣の布陣状況、コリント同盟軍の布陣状況が、大型スクリーンを使って表示され、副官が説明を行っている。
全て綺麗に並んでいるように見える。準備はできたってことかな?
「兵站については、第2陣用として後方10ケム(15km)地点に2カ所設置が出来ており、集積地の防衛は各集積地とも5つの騎士団が担当する。
第1陣は、本リバイアサンに後方で行う。各艦船には専用の武装輸送艦4隻で輸送する……」
ここまでは、画像を見るだけで分かる話だ。
問題は、現状の課題だな。
状況説明が終わり、各艦隊の準備状況が報告され始めた。
「準備完了しておりますが、何分艦内に荷物が山済みです。艦の西側で兵士達を休息させてよろしいでしょうか?」
「ストレスは内なる敵とも言えるだろう。船の西側2スタム(300m)程度なら問題はあるまい。監視兵達は、孵化が始まるまでは西を重視するように注意しておいた方が良いだろう。リバイアサンでも監視はしているが、兵士達を外に出すのであれば各艦とも監視を怠らぬようにせよ」
外で長剣を振るう連中がたくさん出るんだろうな。
テーブルを並べてお茶をする連中も出てくるかもしれない。周囲は砂交じりの荒れ地なんだけど、開放感が味わえるだけでも兵士達には贅沢に感じるに違いない。
「明後日には、各砲の試射を行いたい。それと、指揮所の士官を変えるのであれば今日中に行って欲しい。始まってからでは動かせぬ」
「よろしいですか?」
「ん? ヴァルゴ騎士団の代表者だな。何か問題でも?」
「第2陣側からも、指揮所に代表者を送りたいのですが、許可願えないでしょうか?」
「……状況は知る必要があるであろう。許可するが、2名でよいか? 通信スタッフは自由に使って貰って構わんが」
「十分です。このまま私達が残ります」
あらかじめ連絡をしておいたのだろう。フェダーン様はこの場で追認したかっただけのようだ。
1時間程の会議は顔見世と言う感じだったな。
会議室を出ようとしたところで、フェダーン様に掴まってしまった。フレイヤ達は俺に構わずに帰っていくんだから困ったものだ。
「そう、急がずとも良かろう。こちらに来るが良い」
フェダーン様の言葉に従って、再び先ほどの席に着くと副官がコーギーを運んできてくれた。
残った顔ぶれは……、ん? どこかで見た感じがするな。
それに、先ほど発言したヴァルゴ騎士団の女性も一緒だ。
「グライナー提督は知っておるな。隣は、ナルビク王国より馳せ参じてくれたブラッドレイ殿だ。ナルビク王国では2番手だったな……」
「スライデン殿は、ナルビク王国の大艦隊を指揮する身なれば、私に役目が回ってきてしまいました。フェダーン殿と再び会えたこと、光栄に存じます」
笑みを浮かべているところをみると、同郷だから昔の知り合いってことかな?
「小母上がやってくると思っておったのだが……」
「来ております。まだまだ準備が整わないので、顔を見せるのも恥かしいとのことで私は代役です」
「そう言うことか……。ならば安心できそうだ」
ひょっとして、もう1人のフェダーン様ってことか?
ナルビク王国の王族の女性は武闘派なのかもしれない。注意しておこう。
「本来ならリオ殿を西に向かわせたかったが、リバイアサンはリオ殿無くては本来の働きが出来ぬ。リバイアサンの各面に、2連装砲塔が18基備えられている。ナルビク王国の士官候補生の増援で左右の12基を使用できるまでにしてあるが、口径は80セム(120mm)射程はおよそ8ケム(12km)というところだ」
「ドラゴンブレスは使用せぬと?」
「そうではない。使いたいからこそ、この向きで対峙する。とは言っても射角が狭いのが難点っだ。左右に15度程度ではのう……」
「そんなことはありませんぞ! 少なくとも、その射線上のスコーピオを葬れます」
グライナーさんは、あの戦いに参加していたからなぁ。リバイアサンの主砲? の威力を知っているのだろう。