M-164 Ⅱ式狙撃銃は御禁制品らしい
2本目のタバコに火を点けようとしていた時だった。
マイネさんとミイネさんが何かを肩に乗せて運んできた。
「これにゃ! これならスコーピオを倒せるにゃ!」
ドン! と俺達の座るソファー近くに背負っていた荷を下ろして、包んでいた布を開いた。
思わず立ち上がったのは俺だけじゃなかったようだ。
「Ⅱ式狙撃銃! 全て廃棄されたはずだが……」
「我が家の家宝にゃ!」
「でも、少し変わってるわね?」
始めえてみる代物だが、トラ族が使う銃よりも、獣機が使う銃に近い気がする。
新型銃の機構をかなり使っているようだけど、テレスコピックに見える2段になったバレルが印象的だ。
「全て廃棄とは?」
「王族の狙撃だ。命を落とした王族は両手では足りぬ。30年ほど前の措置だから、軍の博物館に残っている1丁だけだと思っていたが」
「これが弾丸にゃ!」
あげないよ! という感じで俺達に見せてくれたんだけど、俺の親指ほどの太さがあるし、薬莢を含めると15cmはあるんじゃないかな?
確かに威力はあるだろう……、だけど?
「マイネさんに撃てるとは思えないんですけど」
「撃てるにゃ。少し改造して貰ったけど、何度か撃ったことがあるにゃ」
「リオ殿。その狙撃銃なら、マイネ達にも撃てるに違いない。大砲と同じように駐退機構が組み込まれ、更に衝撃吸収の魔方陣が付加されている」
狙撃は全て500スタム(750m)以上離れた場所からだったらしい。
バレルの上の小さな望遠鏡が照準器ということになるのだろう。
だけど、マイネさん達2人がかりで運んでいるのがねぇ……。
「確か単発だったと思うけど?」
「アリス様の銃を模したとベルッド爺さんが言ってたにゃ。これに5発入ってるにゃ!」
よいしょ! とテーブルの上にマガジンが乗せられた。
ベルッド爺さんのことだから、数個はマガジンを渡したに違いない。危なくないところで、何発か撃ったら満足してくれるかな?
「形は似ているが、それがかつてのⅡ式狙撃銃だと知る者は少ないだろう。見破る者もいるだろうが、その時は似せた品だと言い張れるだけの違いはありそうだ」
「使っても問題ないの?」
「マイネ達であるなら、王族を狙撃することもなかろう。反対に守ってくれるのだからな」
問題はあるけど、誤魔化せるということかな?
「リバイアサンはもっとも前に出るから、マイネ達の持ち場も考えないといけないわね。ちゃんと撃てるんでしょう?」
「500スタム(750m)先の黒丸に当てたにゃ!」
うんうんと、2人が頷いている。
絶対に、碌なことは考えてないように思えるんだよなぁ。
布に包んで、2人が運んで行った。
丸太を担いでいるように見えるんだけど、かなり凶悪な代物のようだ。
「あの銃弾は新型飛行機の銃弾と同じに見えたのだが?」
「同じ品よ。口径が同じなら銃弾も共有できるでしょう。あれを見た後なら、トラ族に支給する銃が変っていたわ。強化の魔方陣は刻んだけど、衝撃吸収は刻んでいなかったの」
今更刻むことはできないようだ。
かなりの衝撃らしいけど、トラ族なら耐えられるらしい。
イヌ族は自走車に固定した銃を使うから、問題はないんだろうな。
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10日以上の休暇をアレクの実家で過ごす。
珍しくアレク達も一緒だったが、アレク達はアレクの昔の部屋を使い、俺達に客室を譲ってくれた。
「やはり雨が降ったわね。兄さんがたまにしか帰ってこないからよ!」
「そうは言ってもなぁ。クロネルさんに頼まれてるから、直ぐに別荘に向かうよ」
アレクの実家に到着した翌日は朝からの雨だったからね。
だけど、
イゾルデさん達は喜んでいるようだ。しばらく雨が降らなかったらしい。
「雨が欲しい時にはアレクを呼べば良いみたいね」
そんな話をシエラさんと笑いながらしている始末だ。
「そうそう! お母さん、このリストなんだけど……」
フレイヤがメモ用紙を手渡して確認している。どうやら農作物を頼まれたらしい。産地直送なら安いだろうし、何と言っても新鮮に違いない。
「家だけでは無理だけど……、10日後なら、近所にも頼めそうね」
「僕が聞いてくるよ。……ええ~、こんなに必要なの?」
「リバイアサンだけで、千人近いのよ。王都の繁盛している食堂比じゃないわ」
どうやらレイバンが確認して来るらしい。
確かに大勢だし、あまり補給に頼るのも門だとフレイヤ達が考えたんだろう。
余るようなら、商会ギルドの連中が運営する食堂に卸しても喜ばれるんじゃないかな。
「あの変わった槍はリオが考えたと聞いたけど?」
「ハルバートですね。かなり重心が前になりますけど、長剣よりも間合いを取れるようにしたんです」
「ベラスコ達が自分達の体に合わせて作って貰ったらしい。戦機ではあまりできないが、甲板で訓練してるぞ」
「丸棒でも良かったんですけどね」
「俺もたまに貸して貰って練習している。確かに長剣より使えるだろうが、あの銃も良い。銃は、魔撃槍に機関砲、それに75mm砲まで用意して貰った。3回目の脱皮後まで十分に戦えそうだ」
「無理は厳禁です。2回目の脱皮後には十分注意してください」
俺の答えに背中をドンと叩かれたけど、ふぇえダーン様に聞いた話では、かなり厄介な相手だと思うんだよなぁ。
だけど、脱皮を繰り返すことで、スコーピオの習性も変わるらしい。2回目の脱皮を終えると群れがばらけるそうだし、3回目の脱皮の後は共食いすることも無くなるとのことだ。ひたすら海を目指すらしいのだが、その進路にあるのはコリント同盟王国とエルトニアになるのだろう。
翌日の朝に、レイバンが近所へ自走車で出掛けたようだ。
俺達葉ソフィーの野菜の収穫の手伝いをする。
とは言っても、大部分の収穫はネコ族の人達がやってしまうんだよなぁ。
アレク達は、収穫した野菜を入れたカゴを自走車で通りまで運んでいる。
昼食時にリビングに戻り、シエラさん特性の野菜サンドを頂くと、のんびりした農場暮らしが羨ましく思えてくる。
だが、こんな暮らしをシエラさん達にいつまでも続けて貰うためにも、レッド・カーペットの脅威は無視できないし、それを幸いにウエリントン王国に攻め入ろうとするハーネスト同盟軍には煮え湯を飲ませなければなるまい。
夕食時にレイバンが報告してくれた内容を聞いて、シエラさん達が顔を曇らせる。
量が量だけに近所だけでは駄目だったみたいだな。
「隣の区画にも声を掛けてくれない? 市場価格の3割増しはかなり魅力だと思うんだけど」
「明日、もう1度近所を回ってみてからにするよ。皆、知り合いに声を掛けてくれると言ってくれたんだ」
近所毎に知り合いが少しずつ異なるってことかな? それなら十分な量が集まりそうだ。
「軍も直接購入をあちこちに打診してるんじゃないか? 備蓄はあるんだろうが、東西の戦だからなぁ」
「フェダーン様の話では、王国西部の農園から購入するとのことでしたよ。蹂躙される可能性が全くないわけではありませんから、その前に避難するための資金作りと言うことなんでしょうね」
貴族達も私兵の募集を始めたようだ。シエラさんにも、優秀な教え子を勧誘したいと話が舞い込んでいるらしい。
まだ少年達だからなぁ。そんな争いごとに巻き込むようでは貴族の矜持が問われるんじゃないかな。
「レイバンに別荘のカギを預けてある。ハーネスト同盟軍が近付いてきたら、ネコ族の連中と共に避難してくれ」
「ありがたく預かっておくけど、本当にやってくるのかしら?」
「戦力差は2倍以上だ。前回の侵攻時はリバイアサンが活躍してが、今回は東に向かうからな。必勝の策はリオ達が考えたらしいが、結果は起こってからのことだ。万全ということはない」
「そこまで……。困ったお隣さんね」
困ったお隣と言うより、関わりたくないお隣と言う感じだな。
王国同士の付き合いは断絶しているようだけど、互いの商会ギルドは交易を続けているようだ。
商売に国境はないという事らしいけど、商魂の逞しさを感じるのは俺だけかな?
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農園を訪れて5日目に、アレク達は帰っていった。
王都のホテルで一泊しながらベラスコ達と合流するのだろう。
ベラスコがあんなに釣り好きだとは思わなかったけど、アレクは同好の士を見付けて喜んでいるようだ。
やたらと酒を勧めなければ、本当に良い人物なんだけどなぁ。
やはりどんなに良い人でも、1つは欠点があるってことなんだろう。
馬車で王都に向かうアレク達を見送って、再び農園の手伝いを行う。
レイバンと古くなってきた柵を直していると、フレイヤ達がお茶を持ってやってきた。
こんな生活も良いんじゃないかな?
騎士を辞めて農園を始めたアレク達の両親の選択は間違っていないようだ。生憎と父親の方は、ここでの暮らしを始める前に亡くなったらしいが、妻と子供達がここで暮らしているんだから満足しているに違いない。
「リオ様は何時までも騎士だと聞いたのですが?」
「戦機は動かせないから、騎士と言うことにはならないんだろうね。でもアリスを動かせるから、名目上の騎士ってことなのかな? そんなわけだから、歳に関係なくアリスを動かせるということになるんだけど」
戦機の母体はゴーレムらしい。色々な金属を混合したものらしいから、人間が長く戦機に搭乗することができないということだ。
実年齢で30歳を超えるとその影響が出てくるということだから、アレク達が戦機を下りる話を以前していたぐらいだ。
だけど、戦機を下りると騎士の資格も無くなるんだよなぁ。
獣機は嫌だと言ってたけど、外に何かあるんだろうか?