M-163 白兵戦はハルバートで
半年後にスコーピオの孵化が始まる。
リバイアサンがウエリントン王国の東端にある軍の駐屯地に到着すと、資材の半夕作業が始まった。
搬入作業だけで10日は掛かるというんだから、かなりの荷物なんだろう。
フレイヤはエミーを連れて実家に帰ったし、アレク達はベラスコ達と一緒に別荘に行ってしまった。
資材搬入の立会者として俺を残して行ったんだけど、これは俺の仕事なんだろうか?
カテリナさん達も不足している薬品入手に王都に行ってしまったから、プライベート区画はがらんとしている。
マイネさん達もいないから、食事は商会の運営する食堂で食べている。
「まだまだ資材搬入は続くんだろうか?」
『軍船の砲弾の搬入が続いています。同盟軍桟橋の倉庫3つの内、2つまでが今回の搬入で最大保管量に達する予定です』
体育館のような倉庫なんだけどなぁ。本当は5つあるんだけど、1つは工房にしているようだ。1つは予備としてキープしているようだけど、次にやって来る時には、予備も使うことになるんじゃないか?
「ヴィオラ騎士団用の倉庫の方は?」
『今回は1つの倉庫に半分程度です。小規模な工房に発注しているために、まだ入荷できていないと推察します』
他の騎士団も、昔から付き合っている商会の伝手を頼りに、資材を調達しているに違いない。
王国軍も騎士団ように資材調達をしてはいるが、他人任せでは安心できないと思っているに違いない。
「アリスの方は、準備が出来ているのかな?」
『鉄のインゴットをベルッド様から頂きましたから、自分で成形しました。2千発以上ありますが、追加を要求しています。とはいえ、使うのは2回目の脱皮以降で十分かと推察します。頂いた鉄の棒で武器を作りました。ローザ様も使えるでしょうから、帰ってきたらお渡しください。駐機場の駐機台傍に置いてあります』
どんな武器なんだろう?
仮想スクリーンを作って、駐機台を見てみる。
そこにあったのは、ハルバートじゃないか!
突く、斬る、叩くができる武器らしいけど、俺は使ったことも無いぞ。
『マスターなら、古の勇者と同じ動きが出来ますよ。ローザ様にも教えてあげてください』
「自信がないんだけど……。長剣では駄目なのか?」
『1対1であれば長剣が有利ですが、相手が多いのであればこのような武器が有利です』
ローザよりもアレクの方が欲しがりそうだ。
戦鬼がこれを振るったら、かなり迫力があるんじゃないか?
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休暇の半分が終わる頃、フェダーン様が戻ってきた。
休暇と言うよりも、王宮への報告というところなんだろうな。
国王陛下がのんびりとしていられるのは、お妃様達の働きがあるからなんだろう。
「御苦労だったな。明日の積み込みで、一段落するぞ」
「ご苦労様です。ところで王宮の方は?」
誰もいないから、フェダーン様と副官に、カウンターでコーヒーを作って運んできた。2人の前にカップを置くと、副官が恐縮している。
「賑やかだったな。やはり貴族達は西が気になるのだろう。リバイアサンを西に移動すべきだと具申する輩が多いと陛下が憂いていた」
「ガルトス王宮への爆撃計画を知っているのでしょうか?」
「知る者はごくわずかだ。ガルトスと繋がりを持つ貴族やハーネスト同盟の諜報にも知られることは無いだろう。
そもそも飛行船を王都の連中は見たことが無いからな。新型飛行機の話で持ち切りだ」
笑みを浮かべてコーヒーカップに口を付けている。
あまり心配しなくても良さそうだな。
国王陛下も、騒ぎたてる貴族の品定めを楽しんでいるんじゃないか?
「やはり軍の兵站は凄いですね。ヴィオラの積荷の受け取りは1回で済んでしまいました」
「次にやってくるときは、騎士団用の砲弾だ。リオ達で使う分を確保しても構わんぞ」
ちょっと嬉しくなるな。
フェダーン様達にしてみれば、騎士団への供与となるから一緒ということか。
だけど、欲をかくと碌な事にはならないからなぁ。
「リオの方は問題ないのか? アリスの放つ砲弾は他の戦機と共用することはできないであろう?」
「鉄の棒を打ち出すようなものですけど、確認したところでは現在2千発程度用意できています。ですが使うのは2回目の脱皮後ですから、軍の方で鉄のインゴットを用意して頂けたら幸いです」
呆れたような顔をしていたけど、副官にインゴットの手配を要求してくれた。
これで球数を増やせるな。
「白兵戦で挑むということか。我が軍の騎士達にも聞かせてやりたいところだ。リオは長剣が得意だったな」
「得意とは言いませんが、それなりに戦えます。でも、長剣ではなくこれを使うつもりです」
駐機台のハルベートを見せたら、食い入るように眺めている。
似た武器がこの世界にもあるのだろうか?
「どのように使うのか1度見せて欲しいところだ。戦機の魔撃槍の銃弾は3発、確かに白兵戦になるであろうな。騎士達が長剣の訓練をしていたが、この武器なら間合いが取れそうだ」
そう言うことか。相手が多すぎるから長剣を振るっていると押しつぶされかねない。
少しで、間合いが取れる武器ということで、アリスが作ってくれたに違いない。
「かつてはバリスタなる武器まで動員したそうだ。大型の弓のようなものだが、その時代はどれ程多くの若者が散ったのか考えるだけでも、溜息が出てくる」
「使えるものは全て使ったのでしょう。王国の住民を守るために……」
悲惨な歴史が数十年ごとに繰り返されたのだろう。
今回はどうなるのだろうか?
前回よりは対策が向上しているのだろうが、どれだけ効果があるのかは、やってみないと分からないからなぁ。
「獣機の中にも白兵戦に臨んだ部隊もあったようだが、孤立すれば飲み込まれてしまう。その点、戦機はちからがある。最初の脱皮を終えぬ内は長剣を振るうのだが、リオの用意した武器を装備させてもおもしろそうだな」
「振り回せば何とかなると思って鉄の棒を用意して貰ったんですが、アリスが少し改造したようです」
「我の祖父は、まさしくその通りの活躍をしたと聞いたことがある。なるほど、別に斬り結ぶ必要も無いということだな」
作る気だな?
長剣よりは安心して戦えるかもしれないな。
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資材をたっぷりと詰め込んでリバイアサンが東に向かって進んでいく。
ヴィオラを初めとした3艦は、リバイアサンと並行して進みながら魔獣を狩っている。
少し遠くで見つけた魔獣は、アリスとメイデンさんで狩るのは何時ものことだ。
もっとも、そんな機会はあまり無いから、カテリナさん達と状況の確認で時を過ごしている。
「ベルッドが戦機用に作るみたいね。アレクが気に入っていたわ」
「軍の方も、簡易型を作っているぞ。何本か、エルトニアとコリント同盟軍に進呈することになるだろう。少しは戦機の消耗を減らすことが出来るに違いない」
材料さえあれば、複写ができるのも都合が良い。
機械部品はまるでないし、複写後に魔方陣を刻んで強化するようだ。
「5か月後に再度資材を搬入する。その後は、予定位置に向かうことになるが、新型飛行機はやはり2個中隊は無理か?」
「西が優先でしょう? 1個中隊でも十分じゃないかしら? 既存の飛行機だって小さいけど爆弾を積めるのよ」
既存と言っても改良型だから、性能は2割ほど上がっている。
軍艦に搭載してあった飛行機は合計すると20機近い。飛行時間が40分という制約はあるが、駆逐艦の榴弾を流用した爆弾だからそれなりに使えるんじゃないかな。
「前方の駐機台を新型に使って後方を既存型とするのだな?」
「区分けした方が便利でしょう。弾薬補給も容易です。それに、既存型は後方支援として使った方が良いでしょう。前面は、砲弾の雨ですよ。同士討ちになりかねません」
騎士団だって、前方で爆弾を投下する飛行機を見れば士気も上がるだろう。
「第2陣の方は、従来と変わらぬからな。とはいえ、兵站拠点の輸送船にはロケット弾の簡易発射機をいくつか取り付ける予定だ。炸薬量は騎士団の大砲を上回る。少しは役立つに違いない」
レッド・カーペットまで残り半年だ。
使えそうなものはどんどん取り入れるということなんだろう。
「ところで、孵化を知る手立てはあるんですか?」
「従来ならコリント同盟軍が調査艦隊を派遣して調べるのだが、今回は飛行船を使う予定だ。爆装せずに上空に留まるなら、かなり滞空時間を延ばせると導師が言っておったぞ。上空600スタム(900m)からの監視なら、かなり広範囲に状況を確認できるであろう」
なるほどね。
そんな用途にも使えるんだ。
「レッド・カーペットの話をしたら、母さんが吃驚してたにゃ!」
マイネさんが俺達にワインを運んできてくれた。
まだ昼なんだけど、良いワインを手に入れたのかな?
「マイネの家は昔から王宮のメイドをしていたはずだが?」
「伯父さんが教えてくれたにゃ。伯父さんは伯父さんの父さんから聞いたと言ってたにゃ」
かなり尾ひれがついた話を、マイネさんのお母さんは聞かされたんだろうな。
マイネさんの話を聞きながら、フェダーン様まで笑みが浮かんでいる。
「お爺さんの銃を持って行ったと言ったら、頭を撫でてくれたにゃ」
ん? そう言えば、そんな話をしていたな。
ネコ族のお姉さんが使うんだから、俺達の拳銃のバレルを長くしたカービン銃かもしれないな。
だけど、ベルッド爺さんが改造しているような話もしていた。
「一度見せてくれると言ってたけど、まだ見てないんだよね。見せてくれくれないかな?」
「持って来るにゃ! その前にミイネを探さないといけないにゃ」
トコトコと小走りに歩いて行ったけど、どんな銃なのか楽しみだな。
「王宮のメイドは銃を所持しているの?」
「そんなことは無い。ほとんどが暗器だな。ナイフコンバットは私に迫るぞ」
カテリナさんの問いに、フェダーン様が恐ろしいことを答えてくれた。
結構、ヒルダ様のところに行くことがあるから気を付けておこう。失敬な客だと思われて、グサリとやられたら大変だからな。
「そう心配しるな。王族に害をなさぬ限り、手を出すことは無い。とはいえ、私も興味が出てきた。ネコ族は余り銃を使わんからな」
タバコに火を点けて、のんびりと待つことにした。
さっきまでの真剣な表情が変わっているのは、ちょっとした気分転換ということになるんだろう。