M-154 王都での休暇
エルトリアの東の国境付近にまで行ったところで南に緯度を変えてウエリントンに引き返す。
狩りを終えたところで、ウエリントン王国領内の同盟艦隊の補給所を使って王都で休養を取るか、星の海の東を北上して隠匿空間での休暇を取るかのどちらかだ。
1回ごとに繰り返しているから、騎士団やリバイアサンの乗員に不満はないらしい。
妻を呼び寄せた者達は、老後は隠匿空間で暮らそうというものまでいる始末だ。
高速輸送艦を使えば数日で王都に着くという交通の利便性もあるのだろう。
かつては軍の駆逐艦が同行してくれたのだが、今では商会の保有する高速輸送船と商会ギルドが契約した傭兵団が輸送船の護衛を務めているようだ。
帰るたびに大きくなっていく気がする。
住民が増えたことから、ヴィオラ騎士団の区画を使って学校と病院を作るまでになっているようだ。
このまま行くと緑が好く悪なってしまいそうだが、少なくとも隠匿空間の三分の一は未だに手付かずだからね。
子供達が先生に引き連れられてピクニックを楽しむぐらいは、騎士団としても文句を言わないようだ。
「商会の桟橋が2つあるけど、何時も賑わってるわね。右手の桟橋はドック兼用みたい。簡単な修理はできるそうよ」
「軍の方も、小さな艦隊なら全艦が一度に入れるからね。星の海方向を警戒しているみたい」
そんな話をフレイヤ達としているけど、今回の休暇は王都へ出掛ける番になる。
今回は陸港でレイバン達を待ってアレクの別荘に厄介になることにした。
休暇が10日ぐらいだから、漁の日々も何とか乗り切れるだろう。ベラスコ達も5日後にはやってくるらしい。
「庶民の別荘だから、あまり期待はしないでね。それに、毎日が釣りになるけど我慢して頂戴」
「魚を釣るんでしょう? 私、楽しみなんです!」
エミーが嬉しそうにフレイヤに言ってるけど、2度と行きたくなくなるんじゃないかな?
ローザが残念そうにしていたけど、客室が少ないからね。
リビングに泊らせるわけにもいかないだろうし……。
軍の補給所から王都にはいつものように貨客船に乗って向かうことになる。
軽巡洋艦2隻の護衛付きだから、海賊の心配もいらないほどだ。
2日間の航海で王都の陸港に到着する。
アレク達は直ぐに別荘に向かったけれど、俺達は陸港のホテルで一泊することになる。
レイバン達が明日の昼前にはやってくるはずだ。
「このホテルの名前は教えてあるんだろう?」
「2回も手紙に書いて送ってあるから、心配しないで。荷物はそれほどないのが良いわね。ワインは1ダースを頼んでおいたわ」
とはいえ、レイバンとソフィーの2人連れだからなぁ……。
いつまでも子供ではないし、王都の治安は良いからあまり心配しないでも良いんだろうけどね。
翌日。ホテルで昼食を終えると、エントランスのソファーに座り、コーヒーを飲みながらレイバン達が来るのを待つことにした。
まだ昼には十分間がある時刻に、ホテルのカウンターに若い2人連れが現れた。
カウンターのお姉さんと何やら話をしていたら、お姉さんの腕が俺達に向けられる。
こちらに顔を見せてくれたのは、レイバンとソフィーだ。
直ぐにフレイヤがカウンターに走っていった。
フレイヤが2人に小言を言っているけど、早くやってきたんだから問題はないと思うんだけどなぁ。
文句を言うのが姉言うことなんだろうか?
エミーは、いつもローザに優しく接してるんだけどね。
ちょっと不機嫌そうなフレイヤの後ろで、レイバン達が笑みを浮かべて俺達に頭を下げてくれた。
ちゃんと礼儀だってわきまえてるのは、2人のお母さん達の躾がしっかりとしているんだろう。アレクだってやればできるんだかが、そんな席をいつも辞退してるんだよなぁ。俺に回ってくるんだけど、筆頭はアレクの筈だといつも自分に言い聞かせている。
「馬車を手配して貰ったわ。庶民用だから、そこは我慢してね」
「すでに王宮を離れた身ですから、あまりお気遣いはしないでください」
とは言っても、荷馬車に乗せたなんてことになったら、フェダーン様がカンカンになって怒り出しそうだ。
しばらくして、俺達のところに御者がやってきた。どうやら用意が出来たらしい。
荷物は大型のトランク1つだ。向こうに行けば水着で暮らせるからね。荷物が少ないのが一番だと思うな。
トランク2つを御者に預けて馬車に乗り込む。
対座式のベンチに座ると、結構クッションが良いようだ。板バネがようやく使われ出したところだから、馬車はかなり振動がある。王宮の馬車並ではないけれど、庶民が利用する馬車としてはランクが上なんだろう。
途中で食事をして、3時過ぎにはお茶を飲む。
もちろん御者の分もちゃんと支払うのが、貴族の矜持らしい。
下級貴族が汚職に走ることがあるのは、こんな矜持がつもり積もってしまうんだろうな。ちょっと同情いてしまう。
漁村に到着したところで、雑貨屋の娘さんに自走車の荷台に乗せて貰う。
別荘への道もだいぶ良くなっているけど、これは別荘が増えたのかもしれない。偉い人達が利用するとなれば、道も良くなるのかもしれないな。
「だいぶ整備されたみたい」
「別荘が数軒増えたんです。貴族様ということですから、お金を出し合って道を広げたようですよ」
「兄さん達には、嬉しいでしょうね。でも馬車には少し狭いんじゃないかしら?」
「皆さん自走車を持っているようです。メイドさんが自走車に乗って家に買い物に来ることがあるんですよ」
村にもお金を落としてくれてるんだな。
お金を庶民に落とすのも貴族の役目らしい。
俺にはちょっと難しいことかもしれないけど、「その土地に行ったらその土地の店で買い物をすれば良い」とカテリナさんが教えてくれた。
さっきの雑貨屋で、買い忘れたタバコを大人買いしてきたから、これで良いんだろう。
道が良くなった分、自走車の速度が上がっている。
30分も掛からずに、アレクの別荘に到着できた。
「ありがとう! これ、少ないけど……」
「済みませんね。何かあれば連絡ください。できるだけご用意いたします」
銀貨1枚を手渡して、雑貨屋のお姉さんを見送った。
さて、アレク達は飲んでいるんだろうな……。
フレイヤが玄関の扉を叩くと、シレインが俺達を招き入れてくれた。
すでに水着で寛いでいたようだ。
「早かったわね。もう直ぐ潮が動くの。早く着替えてらっしゃい!」
「早速ですか? まあ、ここでは潮の動きで生活してますからねぇ……」
部屋は何時もの部屋ということだから、1階の突き当りだ。隣がレイバン達の部屋になる。
1部屋客室が空いているのは、ベラスコ達が使うんだろうな。
「水着に着替えて、デッキに行けば兄さん達がいるはずよ。日差しが強いから帽子とサングラスは忘れずにね!」
レイバン達の部屋の扉を開けて、フレイヤが注意している。
口調はきついんだけど、きちんと注意してくれるんだから良い姉さんと言うことかな?
「凄い部屋ですね。ガラス窓で部屋の間仕切りが無いのは斬新なデザインだと思います。きっと高名な建築家の設計ですよ」
「兄貴の思い付きじゃないかしら? 間仕切りが無いのは壁を作る費用が無かったんじゃないかな」
たぶんそんなことなんだろうけど、別荘だからね。
これぐらいの変化を持った方が、日常から離れられるんじゃないかな。
その場で水着に着替えて、Tシャツを羽織る。
エミー達は、俺のシャツを羽織ってるんだけど、それはよそ行きだと思うんだけどなぁ。大きいから膝位にシャツの裾が届いている。
それを羽織っているなら、日焼けはそれほどしないと思うけどね。
洒落た帽子にサングラス姿は、モデルそのものだな。
さて、防水処理をしたバッグにタバコを入れて……、俺達も出掛けよう!
丸いテーブルにパラソルが刺してある。
その下に、アレク達が椅子やベンチを置いて、飲み物を飲んでいた。
さすがにレイバン達にはジュースのようだけど、アレクは氷を入れたグラスでブランディーのような酒を飲んでいた。
俺達が空いている椅子の腰を下ろすと、サンドラがグラスを渡してくれた。
クラッシュアイスに果実酒のリキュールのようだ。薄いレモン色が何となく涼しさを感じさせる。
柑橘系の香がする酒は、ほのかに甘い。
飲み口が良いから、ついつい飲み過ぎてしまいそうだ。これ1杯をしばらく味わうことにしよう。
「招待して頂いてありがとうございます。素敵な部屋で驚きました」
「気に入って貰えたら幸いだ。王家の別荘には見劣りしてしまうが、庶民の別荘はこんなものだ」
王家の別荘、貴族の別荘という感じでランクを付ければ、確かにアレクの別荘は庶民の別荘に入るのだろう。
だけど、多くの庶民は別荘を持てないんだよなぁ。別荘を持つというのは庶民の憧れの1つだ。
それを持っているアレクは夢を掴んだ者達の1人なんだろうけど、個々の利用方法がちょっと問題だと思うんだよなぁ……。
「しばらく来なかったから、かなり魚が寄ってるはずだ。1時間待てば潮が動き出す。準備は出来てるぞ。自分の竿は分かるな?」
「いよいよ始めるんですね! 私にもできるでしょうか?」
「予備が2本ある。準備しておくよ。大勢で釣った方が獲物も多くなるはずだ」
これから10日間の漁師暮らし……。少し何とかならないものかな?
ヴィオラ騎士団の食を支える大事な仕事なんだけどねぇ……。
そう言えば、隠匿空間で魚を養殖しようという話があったけど、どうなったんだろう?
アレクの実家の養殖池のような物を作ったんだろうけど、どこに作ったのかな?
今度隠匿空間に行ったら、それも確認した方が良さそうだ。
海釣りよりは、のんびりと過ごせるんじゃないかな。




