M-151 隠匿空間の別荘
少なくとも半年はご無沙汰している気がするな。
ヴィオラのカーゴ区域に具現化したところで、専用のハンガーにアリスを固定すると先ずは外に出てみることにした。
甲板に上がると、桟橋に下りる。
桟橋の長さは200mを越えているようだ。
ヴィオラが船体の半分以上を桟橋の端から飛び出しているのは、とガリナムと戦闘艦を桟橋に横付けするためなんだろう。
少し桟橋を伸ばすことも視野に入れなければいけないかもしれないな。
桟橋の長手方向にレールが2本埋め込まれているのは荷役用のクレーンを使うためだろう。
ずっと橋の方に屋根付きのクレーンが見えたけど、案外さっぱりした桟橋だ。
中央に2階建ての建物が見えるから、下に降りる階段とエレベーターがあるのだろう。
ヴィオラ越しに右手を見てみると、軍の桟橋が2個作られていた。停泊している巡洋艦と比べるとかなり長いのが分かる。あれを2つ作ったらしいから、機動艦隊を丸々停泊することもできるんじゃないかな。
商会ギルドの桟橋は1つだけど長さは十分だ。輸送艦6隻を停泊させることも出来るに違いない。
奥に2つの建物が見えるけど、どちらかは大型の店舗なんだろうな。
それに比べると、ヴィオラ騎士団の区画は緑が溢れている。
小川の一部には行けまで作られているし、その近くまで遊歩道が延びている。小さなログハウスには外にいくつかテーブルが出ている。喫茶店を作ったのかな?
池の畔に作られた大きなログハウスはゲストハウスなんだろうか?
かなりたくさん人がいた気がするんだけど、あまり人影が見えないな。
桟橋中央にある建物に入ると、桟橋の作業員の休憩所がエレベーターホールの隣にあった。
窓越しに中を見てみると、数人がのんびりとお茶を飲んでいた。かつての騎士団の連中なんだろうな。
エレベーターホールのエレベーターは荷物用が2つに、人荷用が3つある。荷物優先なのは仕方のないことかもしれない。
桟橋の中は3階建てで天井高がかなりある。
2、3階が居住階で1階は倉庫や食堂、工房があるようだな。
『レイドラ様から連絡です。湖畔の別荘に来るよう』とのことでした』
「湖畔? あの池の傍のログハウスのことかな?」
『マスターの住居らしいですよ。桟橋の外に木造の2階建てがありますが、それは騎士団専用の住まいのようです。来客用の建物もあるようですが、そちらにガリナム騎士団が入ったようです』
桟橋の中で休むのかと思っていたんだけどね。
どうやら別棟を建てたみたいだな。
1階のエレベーターホールから外に向かう通路に沿っていくつか事務所があるようだ。
エントランスホールに出ると、正面に大きな扉があった。
ホールそのものは案外殺風景だから、その内に何かを飾るのかな?
玄関を抜けると、小さなロータリーがある。
道は居住建屋に向かって1つ延びているけど、もう1つは隠匿空間の制御を行う石造りの建物に向かって伸びている。
ログハウスは何頭に見えたんだが、道はどこから伸びていたんだろう?
とりあえず石造りの建物に向かって道路を歩いていると、前方から自走車が近付いてきた。
俺のすぐ横で急ブレーキを掛けて止まった。
「歩いてたの! 乗って。皆、揃ってるわよ」
「何かあったっけ?」
着いてすぐに確認するようなことは無かったと思うんだけどねぇ。
そんな俺の言葉は、フレイヤには気に入らなかったようだ。乱暴に自走車を発信させると、道の真ん中で方向を変えて走り出した。
「レッド・カーペットの話みたい。フェダーン様が副官を2人も連れてきてるわよ」
「1年も先の話だし、カテリナさんが工程表を作っていたよ。その確認だったら俺達は必要ないと思うんだけどね」
「ドミニクはそうは考えなかったということなんでしょうね。本来なら兄さんでも良いんでしょうけど、『リオで十分』と言ってたわよ」
筆頭なんだから、もう少し考えて欲しいところだ。
ログハウスの玄関先には数台の自走車が止められるようになっていた。
空いていた場所にフレイヤが自走車を止める。
これが見掛けだけの男爵の別邸になるんだろうな。
結構立派だから高かったんじゃないか?
3段の幅広の階段を上がってログハウスに入る。
入ると左右に延びる廊下と、正面の立派な扉が見える。
扉の横に鎖帷子を着た人形が飾ってあるんだけど、どう見ても女性の姿だ。
かつて王宮に入った女性騎士が着用した品なんだろうけど、こんなの魔で貰ってきてたとはねぇ……。
「廊下を挟んで玄関側が使用人達の住まいよ。扉の奥がリビングで、リビングの左は客室で、右がプライベートルームになってるわ」
「結構、大きいんだね」
「世間体が大事だと、ヒルダ様が図面を監修したと聞いてるけど」
ヒルダ様好みということになるのかな?
それなら貴族を招待したとしても、後ろ指を指されることは無さそうだ。
コンコンと扉をノックして、リビングに入る。
なるほど、良くできている。正面の大きなガラス窓越しに池が見えるんだが、池の端を見通せないように工夫してあるようだ。
これなら、湖畔の別荘そのものかもしれないな。
「リオ君! こっちよ」
カテリナさんの言葉の方角に顔を向けると10人程が座れるテーブルが置かれてあった。
なるほど、主だった連中が揃っているし、アレクの姿も見える。
逃げられなかったのかな? まあ、少しは酒を抜くのも健康に良いかもしれない。
フレイヤに座るように言われた席はドミニクの隣だった。右手にはエミー、その隣はフレイヤだな。
ドミニクの左にレイドラ、そしてアレクが座っている。カテリナさんはフレイヤの隣だ。テーブルを挟んで俺達の前にフェダーン様が2人の若い男女の副官を連れて座っていた。軍からはそれだけかと思っていたのだが、少し離れて導師が弟子を1人連れて同じテーブルに座っている。
そう言えば、導師と最初にあったのは軍の巡洋艦の中だった。
軍との結びつきが深いのかもしれないな。
「最後にリバイアサンを出るのが、リオの役目になってしまったようだな。騎士であり、ウエリントン王国の男爵でもあるリオに、もう1つの役目を陛下はお与えになったぞ。
『ブラウ同盟東方派遣部隊の顧問』だ」
「あまりありがたい役目では無さそうですが、そうなると派遣軍の指揮所はリバイアサンの中に設けることになりそうですね」
「間借りするだけで、運用に口は出さんよ。兵員室を1個小隊分と士官室を10室。更に大きな部屋を1つ借りたいのだが?」
「数十人が使うとなれば、士官室の休息室を転用すれば良いでしょう。通信班も設けるのでしょうから、それなりの大きさが必要になると思います。15スタム(22.5m)四方はありますよ」
「すまんな。間借りの費用は別途提供するぞ。飲食もお願いすることになろうが、それは乗員と同じように食堂で取ることにしたい」
「リオが同意するのであれば、ヴィオラ騎士団は反対することはありません」
フェダーン様の視線がドミニクに向くと、直ぐにドミニクが答えてくれた。
少し収入が増えるのはありがたい話だ。
「さて、それでは本日の会合についてだが、……カテリナが大工程を作ってくれた。おおよその項目とその時期については私も同感するとこであるが、皆に示すことで役割を確認したいと思う。カテリナ始めてくれないか?」
「その前に……。マイネ、飲み物を用意してくれないかしら。ここは映像を出せるのよね」
手元の箱を操作すると、テーブルの横の壁に白い幕が下りてきた。
プロジェクターのような映像再生装置がこの世界にはあるのだが、あまり一般的ではないようだ。
カテリナさんがこの間見せてくれた小箱を取り出して、表面を指でなぞる。何かの文字を描いているのかもしれないな。
部屋の照明がいくつか消えると、白い幕に映像が映し出される。
横長の工程表だが、この間見たものよりもカラフルだ。前期、中期と後期に分けているのだろう。項目も兵器と民生品に大きく区分けして、個別については開発と製造、それに搬送に区別しているようだ。
マイネさんが2人のお姉さんと共に俺達に飲み物を運んでくれた。俺はマグカップに入ったコーヒーを受け取ったけど、アレクは氷の入った蒸留酒を受け取っているぞ。
会議中は禁酒じゃないのかな?
「長くなりそうだから、飲むのもタバコも自由で良いわよ。それじゃあ、始めるわね。
すでにスコーピオの成体は上陸して砂の海に向かっているわ。数の推定は数十万と連絡を受けた。当然産卵場所に辿り着くまでに力尽きるスコーピオもいるけど、それほど多くは無いでしょうね。数十万に対する数千体は無視できる数字になる……」
同じように、産卵した卵が全て孵化するわけでは無いが、スコーピオ1体の産卵数は数百を超えるということだから驚く限りだ。
全ての卵が孵化すると、2千万を超えることになってしまう。
ところが世の中は上手くできているようだ。半数近くは孵化することが無いらしい。その上、スコーピオの卵を食べる連中もいるらしい。
「そんなわけだから、スコーピオの産卵後に孵化して地上に現れるのは多くて300から500万程度になるでしょうね。
更に孵化後に四方に向かって動き出すから、孵化した数の四分の一が西に向かうことになるわ」
「結局、100万前後になるってことか!」
アレクが呆れたような口調で声を上げた。
総計はかなり多いってことだな。全てがこっちに来るわけでは無いんだ。
カテリナさんが笑みを浮かべて、アレクに顔を向けた。
「話は最後まで聞くものよ。
これまでは、この数のスコーピオが艦砲の有効射程に入るまでは何もできなかった。
でも、今回は違うわ」
カテリナさんがスクリーンの画像を変えた。
これは大まかな迎撃陣ってことなのかな?
コリント同盟軍の艦隊とエルトニア王国軍の艦隊、それに俺達の西の艦隊が描かれている。
「これは大まかな軍の配置と、スコーピオの産卵地点を示した概略図よ。4つの同心円はスコーピオの1日の踏破距離を示してあるわ。
孵化後およそ4日目に我々の前に姿を現すことになるのでしょうけど、私達の戦は4日目ではなく孵化が始まった翌日に始まるの」
「かつてはコリント同盟軍の憂国の士が駆逐艦に乗り込んで最初の同心円付近で戦っておる。少しでも数を減らそうとする意志は立派ではあるが、半数も戻らぬのではのう」
導師も知っているということか。いや、その姿を見たことがあるのかもしれない。
「でも、ブラウ同盟軍は、安全に攻撃を行うことができる。導師の製作した飛行船を使ってね。巡洋艦の砲弾並みの爆弾を一隻当り12発を落とすことができるわ。飛行船は4隻使えそうだから、反復して攻撃を繰り返せる。
1日に2回としても、姿を現すまでに5回以上落とせるから、都合240発を落とせることになるわね。更に、我々の陣から100ケム(150km)程度であれば、20機の新型飛行機が少し小型の爆弾を投下できるわ。
もちろん我々が迎撃している最中も、スコーピオの後ろを爆撃できるから、従来よりはかなりマシな戦になるはずよ」
カテリナさんが冷えたコーヒーを飲み込みながら、次の画像に切替える。
今度は多連装ロケットを搭載した駆逐艦の姿だ。
どうやら、少しずつ開発が終わった兵器を紹介してくれるらしい。
それなら、タバコを楽しみながらのんびりと聞いていよう。