M-147 騎士は正義の味方
「ご苦労様! 皆、揃ってるわよ」
「ご苦労だったな。それでもだいぶ慣れたように見える。問題は、開口している間の防衛になるな」
フレイヤの隣に腰を下ろすと、テーブル越しのソファーに座っていたフェダーン様が感想を伝えてくれた。
それが一番の問題だ。獣機部隊をそれぞれのドックに1個分隊と新型銃を搭載した自走車を2台は考えていたんだが、それでは不足だろう。
やはり人荷用の昇降台と言えるデッキに、飛行機に搭載するガトリング銃を搭載することになりそうだ。
自走車も同じもので良いかもしれない。
ドックの桟橋の開口部側にも設置すれば、そうやすやすと侵入はできないだろう。
「少しは考えてますよ。形になるのはもう少し先になるでしょうけどね」
「ほう! あの後ろに炎を出す砲身を束ねた以外にもあるということか?」
「あれは、数を減らすためですからね。近づく敵についてはやはり銃弾が有効だと思っています」
「あの銃だな。見せて貰ったぞ」
試験機を納入してテストを繰り返しているんだったな。
あれなら弾幕を張れるから、1発ぐらいは当たるかもしれない。
爆弾の方も着々と数を揃えているらしいから、とりあえず西の備えはフェダーン様が不在でも何とかなるんじゃないかな。
「あの銃を自走車に搭載すれば戦機不足も少しはカバーできるだろう。カテリナから製作図を受け取ったが、特許料はリオ殿の口座に振り込んでおくぞ」
「ありがたいお話ですが、軍の方でも作られるのですか?」
「偵察部隊の攻撃力が格段に上がる。獣機に持たせる長銃も量産してコリント同盟軍に供与する予定だ」
さすがにガトリング銃は供与しないみたいだが、獣機部隊の連中には歓迎されるんじゃないかな。
2回目の脱皮を行ったスコーピオには威力不足に思えるけどね。
「兵器を揃えることも必要でしょうが、一番の問題は補給にあると思います。リバイアサンに弾薬を搭載するにしても、スコーピオが3回目の脱皮を終えて海に帰るまでの期間までの物量はさすがに無理があるかと?」
「高速輸送船と武装輸送船をナルビクが出してくれる。ウエリントンは西に備えねばならんし、エルトニアは自国の対応で精一杯だ。兵站基地もナルビクの東端を使うことになろう。スコーピオの襲来はナルビクにまでは及ばない。兵站基地としては理想的だが、距離が長いのが難点だな」
コリント同盟の西を支える俺達との距離は千kmを越えることになる。
高速輸送船の速度は時速20kmほどだから、3日の距離ということになるのかな?
確かに時間が掛かりすぎる。5隻ほどの艦隊を最低でも2つは作らねばなるまい。それでも3日おきの補給になってしまう。
初期にどれだけ持って行けるかだな。弾薬不足でスコーピオが戦列を突破するようでは戦術的な敗北になるんじゃないか?
「我等の軍に輸送艦も同行する手はずだ。リバイアサンだけに前線の兵站を任せるわけにはいかぬだろう。集積所を後方30ケム(45km)地点に設けて小規模騎士団に護衛を任せるつもりだ」
「それなら安心できます。とはいえ完全に阻止することはできないでしょうね……」
「その為に、エルトニアが巡洋艦と数隻の駆逐艦の艦隊をいくつか作って落穂拾いをしてくれる手筈だ。戦艦や重巡の何隻かはこちらに回してくれるだろう。それに風の海までを遊弋すれば十分だ。砂の海なら別の連中が始末をつけてくれるだろう」
魔獣ということになるんだろうな。肉食巨獣が南下しそうだから、赤い絨毯の始末がついても直ぐに魔獣狩りをするのはかなりリスクがありそうだ。
夕食が始まっても、話題はスコーピオとの戦の話になってしまうのは仕方のないことなんだろう。
あまり良い話を聞けないのだが、カテリナさんが1つの朗報を聞かせてくれた。
導師が主体となって作っている飛行船5隻が、軍に引き渡されたらしい。
性能もかなり向上したらしく、高度600スタム(900m)を時速80ケム(120km)で20時間以上航行できるということだから、2千km近い航続距離がある。
爆弾も30トルム(60kg)の炸薬を詰めた60トルム(120kg)爆弾を8発搭載できるとのことだ。
飛行機では到達できない高度ならハーネスト同盟軍に対する戦略爆撃を容易に行えそうだな。
「来年の中頃には、更に3隻が出来上がるわ。既存の飛行船はコリント同盟軍に供与するみたいね」
「ブラウ同盟軍には2隻ずつ渡してある。スコーピオ戦を有利に運ぶには防衛陣に到達する前に叩いて数を減らしたい。既存であっても、巡洋艦の砲弾なら6発は搭載できるし、飛行時間も12時間だから喜ばれるだろうな」
駆逐艦を主体とした斬り込み部隊よりも効果があるんじゃないか?
飛行船まで使うとなればますます兵站の役割が重要になりそうだ。
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軍の基地で1日過ごして、2日目の早朝にリバイアサンは砂の海に向かって北上を始めた。
出発までに1日掛かったのは、各自が買い込んだ荷物の整理が必要だったようだ。
俺達もいろいろと買い込んだから文句も言えないんだよなぁ。
ベルッド爺さん達も、木箱に詰めた酒をたくさん自分達の工房の倉庫に運んでいたようだ。
カテリナさん達は、怪しげな機材を運んでいたとフレイヤが教えてくれたけど、爆発しなければ無視していても良いだろう。
商会の連中は、火器部署の連中に手伝って貰って荷を運んでいた。
自走車が大活躍していたけど、もっと欲しいという注文は無かったようだ。普段はあまり使わないからだろうな。
出発はしたのだが、まだまだ梱包が解かれていない荷物があちこちに置かれている。
食料と弾薬以外なら邪魔にならないように置いてあるなら問題はないだろう。
船内の様子を確認しながら駐機場の離着陸台に向かうと、アレク達がベンチやテーブルを持ち出していつものように酒を飲んでいた。
「やってきたな。ここで待機ということだが、この高さから戦機を地上に下ろせるというんだから驚きだな」
アレクの手招きに応じて、シレインの隣に腰を下ろす。
直ぐにグラスが渡されてワインが注がれたけど、一気に飲むと直ぐに注いでくれるから、少しずつ飲んでいよう。
「開口の脇に、『アレク用』と書かれた木箱を見付けたんですが?」
「一応、ベルッド爺さんに断ってあるぞ。あれだけワインがあれば当座は問題ないだろう」
やはり酒が入っているのか。まあ、アレクだからねぇ……。
「眺めは良いし、空から襲われる心配もないんだから安心よねぇ」
「でも、真ん中で飲むことが出来なくなったんです。飛行機による周辺監視がありますからね」
ベラスコはちょっと残念そうな顔をしている。
この場所は飛行機や戦機の離着陸台であって、宴会場所じゃないんだよなぁ。
「まだ風の海だからなぁ……。砂の海に入れば本格的な狩りが始まるだろう」
「設備の維持費が半端じゃありませんからね。俺も頑張るつもりです」
砂の海に達したところで、ヴィオラとガリナムが共同で狩りを行い、俺と戦闘艦他の魔獣を狩ることになる。
「大型のチラノがいたなら、積極的に狩ってくれよ。それだけ俺達が安心して狩りが出来る」
「その辺りの作戦はドミニク達に任せますよ。少なくとも俺が判断するよりは安心でしょう?」
「そうでもないのよねぇ。この間は、チラノを2頭を倒したのよ。昔なら逃げ出していたんけれど……」
サンドラが笑みを浮かべて、グラスを掲げている。
それだけ戦力が充実したのだろう。戦機だけでも9機あるし、アレクの駆る戦鬼は強武装だ。
陸上艦も、以前のような舷側砲のみでなく、甲板に2連装の6セム(90mm)砲塔を2基持っているからね。後部の単砲塔に、ガリナムの単砲塔3基と合わせれば6門になる。
舷側砲は左右に6門に減ったらしいけど、旧来の前装式だからあまり威力に期待できないんだよなぁ……。
「リオの役割は理解しているつもりだ。赤い絨毯の被害は、話に聞くだけでも恐ろしくなる。コリント同盟の王国住民の被害をなるべく軽減してくれ。……騎士は正義の味方だからな」
正義の味方ねぇ……。
思わず皆の視線がアレクに向かう。何人かは苦笑いを浮かべているんだが、ベラスコは目を輝かせているんだよなぁ。アレクは至って真面目な表情を崩していないし。
「本気……、見たいね」
「御伽話をこの歳まで引き摺っているんだから可愛いわよね」
「アレクさんもそうなんですね! 俺だって、ずっと騎士になりたかったんですから」
隣のジョンもうんうんと頷いているから、ベラスコと同じように感動してるんだろうな。全くいつまでも子供なんだから困った連中だ。
とはいえ、アレクの言動を考えると案外それを実践しようとしているところもあるようだ。
ここは皆にも頑張って貰うしかないようだな。
「巨獣でも孵化後から10日は、獣機の銃でも倒せるようです。皆さんの魔撃槍は温存して、別の武器を使えるようにしていますから、期待していてください」
「おいおい、俺達にも獣機の銃を使わせるのか?」
「いや、どちらかというと俺達が使っていた奴です。口径は2セム半(37mm)より少し大きいですが、5連発出来ますしマガジンの交換で迅速に装弾できますよ」
「魔獣に向かって撃つと、怒って追ってくるんでしょう?」
確かにそんな感じだったけど、今度のはかなり違うぞ。
「100スタム先の駆逐艦クラスの装甲板を貫きますよ。魔撃槍の装弾は3発ですから、容易に次の弾丸を使えるなら、十分だと思いますけど?」
「孵化直後は獣サイズらしいからな。だが、後で試射をさせてくれよ」
こっちから頼みたいぐらいだ。
そうなると、かなりの銃の弾丸を標準化できそうだな。
アレク用のガトリングも早めに作っておいた方が良いのかもしれない。
ドワーフ族の若者がやって来て、飛行機を飛ばすと教えてくれた。
急いでテーブルやベンチを片付けると、自走車が引いてくる飛行機を眺める。
ひし形の1辺を伸ばしたような特徴を持つ飛行機の短い翼の付け根に重心が1つずつ取り付けてある。
ハシゴを付けた自走車がやってくると、2人が乗り込んでいく。
魔道タービンの甲高い音が周囲に響く中、飛行機が離着陸台からゆっくりと上昇していった。




