M-142 魔気が世界に満ちるのは
5日目は、離宮でのんびりと過ごす。
カテリナさんとローザは朝早くに軍の工房に出掛けて行ったから、残ったのはエミーとフレイヤと俺になる。
さすがに倉庫を荒らすのは止めたみたいだけど、近衛兵達が美術品の梱包に駆り出されているらしい。
倉庫で眠らされるよりは、リビングに飾られた方が美術品としては良いのだろうが、度々だからねぇ。倉庫1つが空になっているんじゃないかと心配してしまう。
「今日の会議は陛下への報告が主体です。反論する者は今までの会議の席上で反論しているはずですから、2時間も掛からずに終了するでしょう」
「俺達が待機している意味があるのでしょうか?」
「どちらかと言うと、陛下の我儘だと思いますよ。会議を終えたならここに来るはずです」
新たな依頼ということになるのだろうか?
それならフェダーン様が何らかの形で俺に伝えたと思うんだが、それらしいことは無かった気がするな。
「明日は、別荘に移動するのよね。どんな場所かしら?」
「あの絵が別荘で描いたものですよ。砂浜がどこまでも続く海際にある小さな別荘です。かつては引退した王族が余生を暮らした場所なのですが、今は別の場所に建てたものですから、別荘としてたまに利用されているだけなんです」
フレイヤとエミーが席を立って絵画を見に出掛けた。
今度こそ何もない平和な場所らしい。
まだ昼には間がある時刻に、リビングに先触れの兵士が訪れた。
席を立って陛下を迎えると、直ぐに俺達に腰を下ろすように言ってくれた。
ヒルダ様とフェダーン様の隣に腰を下ろす陛下の後ろには、数人の貴族が立っている。
俺達3人は小さなテーブル越しに座っているのだが、随行の貴族達は立ったままで良いのだろうか?
そんなことを考えていると、ネコ族のお姉さん達が折り畳みの椅子を持ってきて、座らせてあげている。
ちょっと気の毒な随行人だけど、国王陛下といつも一緒であるなら、それは名誉なことに違いないのだろう。
「おかげで会議は上手く運んだ。感謝するぞ。更にはユーリルの事、よろしくお願いする。神殿の奥にいるよりは気楽に暮らせるに違いない」
「治療院を開いてくださると聞いて、こちらこそありがたく思っています。強いて言うなら、スコルピオが片付いてからの方が陛下のご心配が和らぐかと思っています」
「スコルピオ戦の前の方が役立つだろう。かなりの負傷者は覚悟せねばならん。亡くなった者を生き返らせることはできないが、命のある者への治療は必要だろう。
それでだ……。飛行船に飛行機。1年でどれほど作れそうだ?」
飛行船なら3機、飛行機なら1個中隊は可能だろう。
俺達の飛行機はベルッド爺さん達が頑張っているから2個分隊は何とかなりそうに思える。
「陛下も新型機で野爆撃を有効と考えている。今の言葉は現状での数と考えれば良いな? さらにドワーフ職人の数を増やすことも可能だろう」
「数を増やせば良いとも思えません。熟練した乗員はハーネスト同盟軍を考えて残すべきでしょう。スコーピオ相手なら、上空から落とせば事足ります」
「飛行機はハーネスト同盟軍相手に残すということか……」
「リバイアサンにも2個分隊は作れますし、ナルビク王国軍の飛行船と飛行機も活用できます。
ブラウ同盟艦隊の2個中隊でどこまで相手ができるかは分かりませんが、戦になっても早期に撤退すると考えています」
「リオ殿は都市爆撃はせぬ考えであったな……。王宮を狙うのか!」
「飛行船なら可能かと。王宮が機能停止となれば、勝利目前でも引き返す外にありますまい」
レッド・カーペットに対しては飛行船数隻で頑張るしかないけど、今までは孵化している場所を叩くような対処はしていなかったはずだ。
それができるというだけで、コリント同盟軍の士気は高まるんじゃないか。
「ヴィオラ騎士団は本来であれば第2線を守るはずなのだが、一番の要衝でスコーピオを迎えることになる。
陸戦隊を2個小隊、派遣しよう。リバイアサンの守りとして使うが良い。自走車込みでの派遣だ。指揮はエミーに任せてドックの守りとすれば良い」
「必要な物は、王国の予算で購入させる。リバイアサンの倉庫を砲弾で満載しても構わんぞ」
フェダーン様のことだ。最初からリバイアサンを輸送艦として使うつもりなんだろう。
迅速な資材の積み下ろしが可能な人員を、これからも集めて来るんだろうな。
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「陛下にも困ったものね。かなりリオ君に期待してるんだから」
「なるべく応えようと努力は惜しみませんが、どうも実感がわかないんですよね。スコーピオは魔獣なんでしょう? 昔からそのような習性があったなら、帝国時代に根絶やしになっていたと考えるのは俺だけなんでしょうか?」
夕食後の団欒はワインを飲みながらだ。
フレイヤ達はエミーの昔の部屋でゲームをしているようだから、リビングでワインを楽しんでいるのは御婦人方3人と俺だけになる。
「導師に聞いてみても良さそうね。私達は当たり前だと思っていても、リオ君には特殊な事情に思えるということかしら?」
「特殊ということではないんでしょうけど、1つ気になるのは魔獣は魔石を持っていますけど、スコーピオには存在しないということが最初の疑問です。
ひょっとして、スコーピオは魔獣とは異なる生物なんじゃないでしょうか?」
「あの巨体、攻撃性……、どう考えても魔獣としか思えんが?」
「ですが、魔石を持ちません。魔獣が大陸に現れたことから、彼等も習性を変化させたのではないかと」
「どういうことだ?」
フェダーン様がカテリナさんに顔を向けて問い掛けた。
「新たな学説よ。リオ説ということになるのかしら。魔獣は魔石を作るために人が作ったという説なんだけど、導師がかなり好意的と言うか、その確証を求めて神殿の古い記録を紐解いてるわ。共同執筆として導師が世に出すつもりでいるんだから、困ってしまうのよね」
「カテリナも名を連ねたいんじゃないのか?」
フェダーン様の問いに上を向いて誤魔化しているようだから、野望はあるみたいだな。俺よりカテリナさんの名を連ねるべきだとは思ってるんだけどね。
「そうなると1つ疑問が残る。魔気はどうして作られたか。それは未だに続いているのか……」
「大気中の魔気の濃度は、古代から比べて高い濃度で安定しているようです。そうなるといまだに魔気は作られていると考えるべきでしょうね。
それの答えを知るには、この世界の魔気の濃度分布を調べてみないと何とも言えませんね。
古代の魔気を発生させる機械がいまだに動き続けているとも思えません。俺は、魔気は何らかの生物が作っているように思えてなりません」
「魔気を作る生物! そんなものがいるのか?」
「大陸の高緯度地方の調査は全くされていませんし、星の海の奥もまだまだ秘密が眠っていそうです」
俺の話に、3人が溜息をついている。
壮大な話のようだけど、ロマンがあると思っているのかな?
「平和な世なら、リオ殿に調査隊の指揮を執って貰いたいところだ。同盟諸国の魔道科学が一斉に花開くように思えてならぬ」
「そうよねぇ……、平和ならできることって、たくさんありそうに思えるわ。この際だから、リオ君の手で西方諸国を制圧しても良いんじゃない?」
ハーネスト同盟王国が滅んだ理由が、研究を進めたいからというのは問題がありそうだし、民衆の支持すら受けられないんじゃないかな。
やはり正義は我に有り、と叫ぶだけのことがないとねぇ……。
「西の3王国の建国の理念はそれなりにあったはずですし、民衆もそれに賛同して付いて行ったはずです。
現在の同盟国がそれを忘れたわけでは無いでしょうから、俺が直接動くのは問題があるものと……。
それよりも、リバイアサンの対抗兵器の方が問題でしょう。見付けだして、それが一部でも稼働するとなれば、レッド・カーペットどころの騒ぎではないように思えますが?」
俺の言葉に、今度はフェダーン様にカテリナさん達の視線が動く。
情報戦のエージェントはいるんだろうから、少しは動きが見えてると思うんだけどなぁ。
「ハーネスト同盟の3王国ともに、コリント同盟内で情報収集を進めているらしい。表面上はスコーピオ対策と言う事であれば、王国の図書館や神殿の神官達も協力していると聞いておる。
我等の方は、先ほどのリオ殿の仮説に基づいて資料を集めているのだが、導師の弟子達が主体となれば人力で向こうに分があるだろうな」
「増やせないの?」
「今更スコーピオ対策とは言えんだろう。精々、旧神殿に導師とゆかりのあるものを向かわせるぐらいになるだろう。
とは言っても、コリント同盟の大使館は、ハーネスト同盟の調査隊の動きを監視しているようだ。今のところは大きな動きはないと聞いている」
となれば、今はスコーピオ戦に向けて全力を注いでも問題はないだろう。
アリスがハーネスト同盟内の通信を傍受しているようだから、何かあれば教えてくれるに違いない。
「ロケット弾に爆弾でしょう。それにベルッドが作ったアリス用の銃……、後はないのかしら?」
「強いて言うなら、地雷でしょうか。起爆は……、遠隔で行うか、爆弾で作った時間差を長くしたものが良いんですけど」
「遠隔は魔道通信機を使った物が実用化されているわよ。確か、2ケム(6km)離れて作動させられるわ。魔方陣で起爆時間を遅らせる仕掛けは、魔方陣の一部を変更することで可能だけど、どれほどの時間を考えているのかしら?」
「3時間は欲しいですね。それが可能なら、こんな兵器が出来ますよ」
簡単なメモをテーブルに描いてみた。
自走車の引く台車に、ドラム間程の爆薬を乗せて、周囲を鉄くずで取り巻く。
爆風と鉄くずが周囲に飛び散るはずだから、半径100m以上に被害を及ぼしてくれるはずだ。戦艦の主砲よりも多くのスコーピオを倒せるんじゃないかな。
「おもしろそうね。それに単純だから爆薬と起爆装置以外は民間の工房に発注できそうだわ」
「数発、軍の工房で作らせてみよう。使えそうならコリント同盟軍にも教えれば脱皮2回目以降のスコーピオ戦にも利用可能かもしれん」
カテリナさんが周囲を鉄屑以外に可燃性の樹脂で覆う案を出してきた。
それだと、ナパーム弾そのものになりそうだ。
かなり凶悪な爆弾になるんじゃないかな?