M-141 リバイアサンの礼拝所
4日目の会議は、神殿の代表者との打ち合わせだ。
かつての総本山を持つ王国の危機ということで、神殿の協力は可能な限りということだった。
【複製】魔法の使い手を近々に集めて軍に派遣してくれるということだし、【治療】魔法の使い手や攻撃魔法の使い手までも軍に派遣してくれるらしい。
協力的だから、ちょっと意外な感じがしてしまう。
「リオ殿でしたな。ギジェの神殿から、かつて興味深い情報を得たことがあります。全ての魔石を輝かせることができたとありましたが?」
「荒野で彷徨うことがありました。かなり長く彷徨っていたようで記憶の混乱が今でも残っています。騎士であれば生活魔法を持っていろと先任から言われたこともあり、授けて貰おうとして神殿に行った次第です。
どうやら魔法を使うという記憶を無くしたことがその時に分かりましたが、騎士であれば生活魔法に使用は限定されてます」
「そうでしたか……。騎士を止めたら神殿にお迎えできそうだと考えておった次第です」
「男爵位を陛下が授けたことから、神官にはならんだろうな。将来、子に爵位を譲れば、チャンスがあるやもしれんぞ」
「そうですな。首を長くして待つことにしましょう」
まだ諦めていないってことかな?
俺みたいな人間に神官が務まるとは、到底思えないんだけどね……。
神殿の神官達が会議室を出ていくと、残ったのは俺とフェダーン様と副官の3人になった。
約束の滞在は5日間だから、明日が最終日になる。
どんな会議になるんだろう?
「これで、明日の会議は短時間で終わりそうだ。リオ殿には待機してもらいたい」
「王宮にですか?」
「王宮で待機となれば、貴族達が押し寄せてくるだろう。離宮で良いぞ。何かあればリッツを迎えに出す」
どんな連中がやってくるかわからない、ということなんだろう。
この間の伯爵みたいな連中が来ないとも限らないし、王宮内で刃傷沙汰でも起こせばたとえ正当防衛でも俺に何らかのお咎めが無いとは言い切れないのだろう。
休暇中だからねぇ。おとなしくヒルダ様の庭を見ながら時を過ごそう。
「誰も訪ねて来ないとは言い切れないが、ヒルダが上手く捌いてくれるはずだ」
「ヒルダ様にご迷惑をお掛けするのでは?」
「婿殿の為に善処してくれるはずだ。ヒルダにとっても退屈しのぎになるであろう」
ヒルダ様は内政担当だったはず、その言動は軽くはないということか。
王族に繋がる貴族と言えども、逆らえない存在とは思えないんだけどねぇ。いつも優しい目をして俺達に接してくれるお妃様だ。
「外出することが無いように!」との注意を受けて、離宮へと戻ったんだが、明日で堅苦しい場所ともおさらばできるんだから、もう1日ぐらいは我慢しよう。
昼下がりの離宮のリビングで、3人の女性が談笑していた。
さすがにフレイヤ達はまだ戻らないみたいだ。
今日はどこに行ったんだろう? ローザを案内人に、王宮内ツアー2日目を楽しんでいるようだ。
「あら、戻ったのね。神官達は好意的だったでしょう?」
「好戦的ではないのでしょうが、フェダーン様の要求を上回る資源を提供してくれるようです」
空いている席に座るよう促されて腰を下ろしたものの、見掛けは少し年上のお姉さんにしか見えない3人だからなぁ……。
早めに退散して庭でも散歩してみるか。
「紹介するわ。王妹のユーリル王女よ。ユーリル、こちらが私の娘の夫、リオ男爵よ」
「ユーリルとお呼びください。今は神殿で暮らす身ですから」
「ユーリル様とお呼びいたします。言葉遣いが悪いのはご勘弁を、エメラルダ王女を降嫁頂いたリオと言います」
「騎士団尾騎士でもあり、男爵位。その上、古代帝国の文献を読み解くことができる逸材よ。私が20歳若ければねぇ……」
「それに、あの話が加わるのですね? 魔石を6個体内に取り込んだ……」
「導師も認めているわ。ただ、それがどこにあるのか分からない。分解して体中に分散しているのかもしれないと導師が言っていたんだけれど」
ユーリル様がありえない! という顔を俺に向けた。
その辺りは、俺にも自覚が無いからどうしようもないんだけど、生活魔法が使えるんだから特に問題はないと思うな。
「導師は直接体に埋め込んで、今ではあの体になってしまったわ。身体能力はトラ族を越えているし、食事はほとんど必要ない。
リオ君。ユーリルは、その2例目なの。水と風の魔石を粉末まで砕き、全身にナイフで刻んだ魔方陣に刷り込んだ……」
どんな拷問なんだと言いたいところだが、改めて見るユーリル様のドレス風の衣装から見える肌にはそんな痕跡が見当たらない。
「成功したということですか?」
俺の問いに、カテリナさんとヒルダ様が首を振る。
「失敗なのでしょうね。ユーリルは子孫を残せなくなったわ。まるで私達と変わらないように見えるんだけど……」
「興奮したり長く入浴すると、体中に魔方陣が浮かびあがります。そんな体ですから、神殿の奥で暮らしているのです」
地位も問題だったのかもしれない。
エミーのように降嫁した場合にはその秘密が明らかになって、国王陛下への忠誠が揺らぐ恐れもあるのだろう。
神殿に隠遁する外に、世間が納得する身の引き方が無かったんだろうな。
「それでね、私達から提案があるんだけど」
「すでに2人を頂いていますし、これ以上は……」
思わず、声に出してしまった。さすがに3人は多すぎだろうし、国王陛下の妹ではねぇ。後が怖いとしか言いようがない。
「それも良いわね……。でも、それは後でも良いわ。リバイアサンの部屋を調べていたら……」
部屋数が半端じゃないからなぁ。大まかには階層ごとで区分されてはいるようだが、まだまだ秘密がたくさんありそうだ。
「リバイアサンには礼拝所があるのよ。軍人は案外宗教心が高いの。死と隣合わせの仕事をしているからでしょうね。騎士団にもそんな人は多いのよ。
それで、礼拝所を生かそうと思うんだけど、そうなると神官が必要でしょう?」
なるほど、ユーリル様を神官として招くということか。
それぐらいならドミニクの一存でどうにでもなるだろうけど……。
「信仰の対象となる礼拝所の運営をお任せできるなら、問題はないと思います。でもドミニクの了承を得て下さいよ。それと、さすがにユーリル様1人ということにはならないと思いますが?」
「私の弟子2人を同行したいと考えております。できれば礼拝所近くに部屋を3つ提供して頂けると、治療院も合わせて開くことで、お役に立ちたいと考えているのですが」
治療院とは病院の小さい奴だろう。非常時の治療が可能なように救急要員を2班作ろうと考えていたんだが、定常的な治療施設ができるなら心強い限りだ。
「そこまでして頂けると、その対価に迷いますね」
「対価は陛下からリオ君に渡されるわ。リオ男爵家の礼拝所なんですもの」
思わず、首を傾げてしまった。
ネコ族のお姉さんが運んでくれたコーヒーを一口飲んで頭を整理してみても、意味が理解できないんだよなぁ。
「礼拝所の多くは貴族の領地内というか、敷地内と言った方が良いのかもしれないわね。
舘の中に作られる場合もあるのよ。
だから、礼拝所は貴族の財産の1つでもあるの。その礼拝所に招かれる神官は、当然その礼拝所の持ち主である貴族の庇護下にあるということになるんだけど」
降嫁を行えない時のもう1つの方法ということになる。
神殿で隠遁生活を送るよりは、遥かに人間らしい生活ができるのかもしれないな。
とはいえ全くの素人では無理だろうから、神殿で修道女としての生活をある程度行ってからということになる。
エミーも神殿に行く話があったのは、将来そのような身の振り方をヒルダ様が考えていたのだろう。
「さすがに還俗させることはできないでしょうし、かつての失敗が体にある以上貴族への降嫁は無理。
となると有望な貴族の礼拝所に向かわせるということになるんだけど、ウエリントン王国で一番有望な貴族はリオ君になるのよねぇ……」
一度網に掛ると、どこまでも抜け出せないということだろうか?
さすがは王族。とことん俺達を利用するつもりのようだ。
「カテリナさん、ちょっと疑問があるんですが?」
3人が「何かしら?」という感じで俺に顔を向ける。首をちょこんと傾けたカテリナさんは歳を考えて欲しいところだ。
「礼拝所があることに驚きましたけど、その礼拝所は現在信仰されている6つの神殿とかかわりがあるのでしょうか?
魔石の種類が6つあることから、6つの神殿が出来たようにも思えます。となると、古代帝国時代には魔石は登場して間がありませんよね?」
「盲点だったわ! 礼拝所であれば神殿に結び付くと思っていたんだけど、リオ君の言う通りね。リバイアサンが建造された時代に6つの神殿は無かったはずよ」
「それなら、何を祭っていたのでしょう?」
案外、古の神々なんてことになるんじゃないかな?
「そうだ! リオ君なら読めるはずよね。礼拝所の壁面に描かれた文字を写真に残してあるの」
俺の持つ端末に似た筐体をテーブルに乗せると、筐体の上面に描かれた魔方陣を起動させる。
俺達の横に1m四方の映像が現れると、カテリナさん達の姿が映し出された。
どうやら、リバイアサンのあちこちを探検しているみたいだな。
そんな画像に、突然立派な扉が現れた。
扉を開いて中に入っていくと、かなり広い空間がある。正面にステンドグラスが背面からの光で部屋を不思議な空間に変えている。
「礼拝所と言うより、教会に見えるわ。リバイアサンに暮らす人の数が数千人だったからなんでしょうね。奥に見えるのが神像なのかしら?」
「近付いていくから、もっとよく見えるようになるわ」
ゆっくりと歩いているようだ。
この場所なら数十人が祈りを捧げられるだろう。
やがて部屋の奥に到達したようだ。ステンドグラスの光を背景に大理石の壇上に据えられた神像の姿は、祈りをささげる少女だった。
「この神像なら、どのようにでもなるでしょう? 神に祈る少女を象ったものなら、どの神殿からも文句が来ないと思うけど」
「そうですね。宗教上の対立は国を乱す元です」
「リオ君に読んでもらいたいのは、この神像の裏にある碑文なの。たぶん、いわれが書かれてると思うのだけど……」
画面が変わって、台座の碑文が大写しになった。
なるほど、びっしりと大理石に刻まれているな。
「アリス。解読してくれないか?」
『了解しました。……解読を終了。マスターの端末を使って仮想スクリーンを開いてください』
一瞬だな。俺だと単語の意味を考えながら進めることになりそうだから、1日では終わらないだろう。
仮想スクリーンに訳文が現れた。
戦が戦でなくなったのは何時からだろう。
都市を破壊し焼き尽くすことが戦と言えるのだろうか。
焼かれた廃墟で、少女が1人祈る姿を見た。
少女は誰のために、誰に、何を祈るのだろう。
涙で曇る少女の目には、まだ数刻前の都市の姿が見えるのだろうか。
涙の数だけ友人を見ることができるのだろうか。
戦は更に続くだろう。
私はこれから何人の少女を見なければならないのだろう。
「神に祈ることを止めたのでしょうか?」
「帝国を廃墟に変えていったんだから、神の加護は期待できないと誰もが感じたに違いない。だけど、信仰心は失われなかったということなんだろうね」
「名もない少女が祈る神が本当の神ということでしょうか?」」
それは誰にも分からない。
だけど、戦に絶望してただ祈ることにすがった者達がいたんだろうな。
その信仰心が後の6つの神殿を作ったに違いない。