M-014 アリスでの魔獣狩り
ヴィオラが停止すると、アレクが戦機を率いて北東に進んでいく。
アレクの話によれば戦機の稼働時間は4時間程度らしい。往復1時間に狩が1時間、残り1時間は予備という時間配分で活動するようだ。
戦機の速度は30km/h程度で走れるし、1時的なら40km/hにまで上げられるらしいが、燃費が極めて悪くなるらしい。予備時間を長く考えているのは、そんな事態を想定しているのかもしれないな。
「リオの教えてくれた遭遇位置までおよそ30分だ。遭遇して30分を超えるようならすぐに引き返すぞ! たとえ相手が瀕死であってもだ」
「了解よ。でも魔撃槍を1本で良かったの?」
「狩りはリオが行う。俺達はアリバイ作りに徹するからな。カリオン、解体用のナイフは忘れてないだろうな?」
「ちゃんと持ってるぞ。アレクだって持ってるだろうに!」
準備万端というところだろう。
上手くいかない時には、魔獣を埋めればいいだけだ。
彼らの通信を聞きながら、仮想スクリーンに映る獲物の動きを見る。すでに獲物までは数kmにまで接近している。1カム(1.5km)に接近しても、アレク達が目標を見付けられない時には教えることになっているのだが、このまま進めば数分足らずで相手を見ることができるだろう。
「速度を緩めろ! ……いたぞ。あれだな」
先頭を進んでいたアレクがいきなり速度を緩めると戦機を中腰の姿勢にさせた。直ぐに3機がアレクの戦機の近くに戦機を停止させる。
アレクの横にアリスを進めせて、同じように中腰の姿勢をさせると、アレクから通信が入って来た。狩りの最中は、すべてオープチャンネルで会話が行われる。情報共有の点では素晴らしいんだが、内緒話ができないのが問題だとサンドラが話してたっけ。
「チラノタイプではあるが、あれはアウロスだ。チラノほどではないが、かなりの暴れん坊だぞ」
名前はどうでもいいけど、どう見てもチラノザウルスの親戚にしか見えない。
仮想スクリーンが1つ開いて、アウロスの注意書きが表示される。
体高15m、体重20t……、移動速度は戦機を超えるらしい。その上、魔撃槍の有効射程は50m以下と書かれているから、こんな奴を狩ろうとするのは自殺行為になるんじゃないか? 1頭あたり戦機4機以上と書かれているのも問題だな。
「さて、リオの出番だ。倒せないと判断したら東に移動してくれ。俺達の脱出が容易になる」
「了解です。最低でも囮は努めさせていただきます」
アレクの笑い声とともにアレクの乗った戦機の腕がアリスの肩を軽く叩いた。
「行きます!」
アリスをいきなり加速させてアウロスの前に向かわせた。
事前にアリスと弾種と射出速度は打ち合わせ済みだ。アレク達の使う直径50mmの弾丸と同じ効果を持つように設定しているから、アウロスの死骸を調べても弾丸を見付けない限り俺達がやったとは誰も思わないだろう。
滑るように先頭のアウロスの前に出るとレールガンの照準をアウロスの頭に向ける。俺の仕事はここまでだ。アウロスの頭の動きを追ってアリスが自動補正してくれるから、トリガーを引けばアウロスの目に弾丸が吸い込まれていく。
ドサリとアウロスの転倒する音が聞こえる気がする。
すぐにその場を離れると大きく円を描くようにして再び次のアウロスを狙う。
3頭のアウロスを狩るのに要した時間は1分にも満たない。
レールガンを大きく上げると、アレク達が体を起こしてこちらに近づいてくる。
「まったく、とんでもない機体だな。戦機10機に匹敵するというのは誇張どころではないぞ。一個中隊に匹敵するというのが本当のところだろう。
アウロスを50スタム(75m)の距離で適当に1発を放っておくんだ。それでこの獲物を狩ったのが俺達ということになる。
カリオン、頭を割って弾丸を取り出しておくんだぞ。魔撃槍とは弾丸が異なるからな」
そんな事を言いながら、アウロスに弾丸を打ち込んで解体を始めている。
俺は周辺の監視を仰せつかってしまった。さすがに大型魔獣とあって近づく獣はいないんだが、アレクに言わせると後始末は肉食獣がしてくれるらしい。
そんな肉食獣も危険な存在なんだろう。周囲をゆっくりと回りながら動態反応と熱画像を眺める。
作業が終わったところで、信号弾をアレクが打ち上げた。
ヴィオラの待機状態が解除され、俺達の方角に移動してくるのが仮想スクリーンに映し出される。
「魔石が全部で18個だ。中位は10個だが上位が1個あるぞ」
「リオを仲間にできたのは幸いね。今回は狩りの成功報酬が増えるんじゃないかしら?」
はしゃいだ声はサンドラのようだ。だけどいつも同じように狩れるわけではないだろうし、今回はたまたまと考えた方が良さそうだ。
群れていれば、アレク達の方向に逃げ出す魔獣だっていただろう。それにアウロスの目に弾丸を撃ち込もうなんて芸当はアリスあってものだからね。
いつもの待機場所に戻ったところで、祝杯の準備をサンドラ達が始めている。アレクは、魔石をドミニク達に渡しながら報告を行っているようだ。
タバコを楽しみながらアレクの帰りを待っていると、それほど待つこともなく船首の高台に姿を現した。
先ずは乾杯を行う。いつも飲んではいるんだが、やはり一仕事を終えた後の1杯は格別だな。次の航海の時には乾杯用に高めの酒を用意してあげるのも良いかもしれない。
「これが約束の品だ。中位魔石が各自1個ずつになる」
「中位だけあって、濁りがないわね。王都の宝石店で売れば銀貨60枚にはなりそうよ」
確か中位は銀貨50枚だと思ってたけど、中間搾取が無い分高く売れるんだろうか?
「まだ狩りは続くんだ。今後も増えるかもしれんな」
「まったくリオの腕には頭が下がる。3頭を相手に3発だからな」
「機体の性能差に助けられてます。個人の腕は皆さんの足元にも及びません」
「それでもだ。あの機体を扱えるのがリオだけなら、やはりリオの功績になると俺には思えるぞ」
アレクが冗談のような口調で俺にいってくれたが、少しは感謝の念が入っているに違いない、素直に頭を下げてアレクにワインを注いであげた。
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俺達の狩りが終わりに近づいているようだ。
1日に2回も狩をする日があったかと思うと、丸2日程獲物を見付けられない時もある。
一体どれぐらい魔石を手に入れたかはわからないが、かなりの数を手に入れたことは確かだろう。それでも上位魔石は2個だけだったらしい。アウロスのような大型の肉食魔獣を狩れるようにならなければ、さらなる魔石の収入は望むべくもなさそうだ。
「ギジェを出てすでに20日は超えている。だいぶ西に来ているようだから、そろそろ帰還ということになりそうだ」
「そうなると、ラザール河を渡ってからが問題になりそうね。歓迎されるかもよ」
誰が歓迎してくれるのかと聞いてみたら、海賊だとカリオンが教えてくれた。
長期にわたって狩りをすればそれだけ魔石を持ち帰るということなんだろう。道理で出掛ける時には何もなかったはずだ。
「ギジェにも海賊ギルドの支店はあるはずだからな。海賊達も物資の調達だけをしているわけではない」
「入港と出港、それに次の寄港予定は彼らに知られているはずよ。もっとも、その帰りを狙う海賊が情報を得ればの話だけどね」
そんな情報もギルドでの売買対象になるらしい。
どう考えても違法に思えるんだけど、工房都市の歓楽街辺りがその情報を欲しがっているというのもおもしろいな。
お店の売り上げ計画でも作るんだろうか?
「となると、一番相手が襲いやすい場所になるのは?」
「ラザール川とギジェの中間地帯だろうな。王都周辺にはいくつかの工房都市がある。工房都市から100カム(150km)は、王国軍が遊弋しているから、海賊も手を出し難いはずだ」
翌日、ヴィオラの進行方向が変わる。
反転したところを見ると、帰還するということになりそうだ。それでも、魔獣が出れば狩ることを考えているようで自走車を交互に出している。大きな違いは偵察範囲を狭めていることだろう。狩りをする間は4台出していたが、2台に減らしている。
おかげで俺の出番がなくなってしまった。先行偵察は意外とおもしろいんだよな。いろんな獣がいて、アリスと図鑑で参照するのが楽しみだったんだけどね。
それでもラザール河に着くまでに2度ほど狩りをして魔石を増やした。浅瀬を確認して川の対岸に広がる緑地帯を抜けたところで夜を明かす。
翌日は、朝早くに起こされた。すでにヴィオラは南に向かって進んでいる。朝食を手早く済ませると、いつものように船首の高台に向かう。
階段を上って驚いてしまった。そこにいた4人はすでに臨戦態勢だ。
「早く船室に行って着替えてこい。いつ海賊が襲ってくるかわからんぞ!」
アレクの言葉に慌てて船室に戻り、背中に長剣を背負う。まだ俺の長剣が出来上がらないようだから、女性用の長剣だ。
アレクに言わせると持ってるだけでも形になると言ってくれたんだが、それって白兵戦は無理だと戦力外通知をされた感じに思えてしまう。
改めて俺達のたまり場に向かう。いつもの席に座るなり、シレインが俺の上着のボタンを締めてくれた。
「体にぴったりしていないと、かえって邪魔に感じるの。これでいいわ。少しは動きやすくなったでしょう?」
「ありがとうございます。いつもはアリスの中でしたから……」
狩りとなればアリスのコクピットの中に入るからね。少し上着が緩くたって問題はなかった。
だが、甲板を動き回りながらとなれば、シレインのいう通りなんだろう。
「よし、似合ってるぞ。まだまだ出番はないが、今日と明日はいつ襲ってくるかわからん状態だ。明後日になれば少しは気も楽なんだが」
そんなことを言いながらワインを飲んでいるんだから、説得力はまるでない。
だけど、いつもは甲板で長剣を振るっているトラ族の連中も、今日は練習をせずに舷側から周囲を眺めている。
ヴィオラ全体が厳戒態勢を取ったということなんだろうな。