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M-139 正当防衛


 ヒルダ様にお願いして、メイドのお姉さんに陸港に送って貰うことにした。

 馬車を使えと勧められたけど、お姉さん達が使っている自走三輪車に乗せて貰う。

 やはり庶民根性が身についているんだろうな。煌びやかな馬車はどうも苦手だ。


「騎士団の服を着ていくのですか?」

「騎士と貴族は同格ということですから、これで十分でしょう。長剣も邪魔になりますから、銃だけを持って行くつもりです」


「くれぐれも注意はしてくださいね。同格ということは、争うこともできるということですから」

「十分に注意します。そう言えばフェダーン様から今日の予定を聞いていないのですが、15時には戻ると伝えてくれませんか」


 ヒルダ様に軽く頭を下げてメイドのお姉さんに付いていく。

 玄関先に自走三輪車が停車するのは初めてらしい。俺の我儘に付き合って貰った感じだからヒルダ様には感謝しなければいけないな。


「30分は掛からないにゃ。帰りは馬車を拾うのかにゃ? 何なら隣にいても良いにゃ」

「さすがに、そこまでして頂くのは問題です。場合によってはちょっと荒事になりかねませんのでヒルダ様に迷惑を掛けてしまいそうですからね」


 俺の隣のお姉さんが、運転しているお姉さんの肩を叩いて顔を見合わせている。笑みを浮かべて頷いているのがちょっと怖いんだけど……。


「おもしろそうにゃ! 本当に1人でだいじょうぶなのかにゃ?」

「何とかなると思いますよ。結構強いと自分でも思ってますから」


 首を傾げて俺をまじまじと見ているんだけど、お姉さん達もそれなりに強いんだろうか? ちょっと気になるところだ。


 陸港のエントランス付近で自走三輪車から下ろして貰い、後は歩いて喫茶店へと向かう。

 11時過ぎだから、結構人で賑わっている。

 陸上艦の乗員だけでなく、近隣の一般市民も買い物に来るみたいだな。

 専門店がたくさんあるし、品ぞろえも良いということなんだろう。


 約束した喫茶店は広場に面していくつものテーブルを出している。

 その一角を周囲のテーブルごとに貸し切ることにした。

 時間的には銀貨3枚で良いらしい。コーヒー1杯が5~10ビーナということだからそれほど高くないからなのかな?

 とりあえず、マグカップに薄いコーヒーと灰皿を用意して貰った。


「待ち合わせですか?」

「そんなところ。ローレンヌという男が来たら、ここに通してくれ。遅くとも14時過ぎには退散するよ」


 コーヒーを運んでくれたイヌ族の男性は、洒落たシャツ姿だ。客商売だから、ちょっとしたところにも気を付けているんだろうな。

 こんな装いをフレイヤが俺に求めているところではあるんだが、似合う人と似合わない人がいるのを知らないんだろうか?

 銀貨1枚をチップにして、広場を眺める。

 30cmほど広場の床よりも、テーブル席は高く作られているようだ。

 テーブル席を囲むプランターも季節の花が咲いている。小さな花だけど、かえってこの方が店を引き立てている感じがするな。


 2本目のタバコを味わっていると、イヌ族の店員が数名の男達を連れてこちらにやってくる。間違いない、あの場にいたメタボな男性だ。

 貴族なんだから、もう少し運動をすれば良いのだろうに……。


「こんな場所に呼び出すとは……」

「まあ、お座りください。コーヒーぐらいは驕りましょう」


 最初から怒っているようだけど、その理由は何だろう? 

 喫茶店でなく、レストランにすればよかったんだろうか。


「フン!」と息を吐きながらも、テーブル越しに腰を下ろす。一緒に来たのは、同じような体形をした若者と、どうやら護衛のようだな。シャツを通しても屈強な体を知ることができる。


「俺を探していたようですが?」

「そうだ! 王都内の貴族舘にはリオ男爵の舘がどこにも無いようだ。まあ、新興貴族ではよくあることだが、ホテルにもいないとなれば問題だ。貴族でありながら、野宿していたわけではあるまいな!」


 それで怒っているのか。

 王宮に訊ねるということはしなかったのかな?


「所領は遥か北にありますし、俺の舘は風の海の近くにありますが、2階建てで客室だけで10室以上ありますよ。王都の貴族舘よりも立派だと招いた客人は言っておられましたが」


「その上で、大型艦を持っているのだから騎士団は儲かるのだろうな。その大型艦を譲ってくれまいか? 金貨200枚を直ぐに支払えるぞ」


 話の流れからすれば、ヴィオラってことにはならないだろうな。

 リバイアサンを金貨200枚とはねぇ……。


「お断りします。俺の舘も艦の中に作られている以上、暮らしに困りますからね。更に魔獣狩りが出来なければ騎士団員が路頭に迷うことになりかねません」

「なら250枚でどうだ。それなら旧式巡洋艦よりもマシな陸上艦が手に入るのではないか?」


 下品な笑いを浮かべながら俺を見てるけど、隣の男は子供なんだろうか? 顔は余り似てないけど、横幅は同じぐらいありそうだ。

 ゆっくりとした動作でタバコを取り出して火を点ける。

 一瞬、俺を睨んだのは、許しも無く! という思いがよぎったのかな?

 俺の右腕のバングルを見れば騎士だということが分かるはずだ。騎士と貴族は同格。遠慮することは無い。


「不足ですねぇ。最低でも10万枚から始めるべきでは? 金貨数百枚では話を聞くのも無駄に思います」

「艦隊を作るつもりか! 騎士の分際でよくもそんな口が利けるものだ」

「まあまあ……。ヘイダル男爵のお気持ちも分かりますが、我等は交渉に来たのですからな。我等との交渉がとん挫したなら、国王陛下より供出命令を出して貰えば済むことです。……どうですかな? そちらの気骨に敬意を表して金貨300枚ということでは。新型の軽巡クラスなら購入できますよ」


 気のせいか、後ろの護衛が少し近寄ってきた気がする。

 交渉決裂となれば力ずくでサインをさせるつもりなのだろうか?

 それにしても隣の男爵も気に食わない笑みを浮かべている。視線を向けると、更に笑みが深まった。

 小さなバッグを取り出して、書状を俺の前に向ける。ペンを取り出したところをみると、早くこんな場所から去りたいということなんだろうな。

 

 書状を眺めると、譲渡契約書のようだ。

 中身は……。

 これだと、リバイアサンを王国軍に譲渡するのではなく、目の前の伯爵に渡すことになっている。しかも、譲渡金額が金貨50枚とはねぇ……。

 言ってることと全く違うんじゃないか?


「契約書は正確に書かれた方が良いですよ。何カ所か訂正しますがよろしいですか?」

「どこを直すのだ? その通りで問題はないはずだが」


「譲渡先は、フェダーン様の所属するブラウ同盟軍とすべきでしょうね。それと、譲渡金の単位が異なります。桁を4つほど上げるべきですね」

「いや、どこも直す必要はない。ここでサインをしてくれれば怪我もせずに陸港を出られるだろうが、そうでなければ……」


『マスターの体を戦闘形態に変更します!』


 相手の話が終わらない内に、脳内にアリスの言葉が聞こえてきた。

 どうなるんだ? と考える間もなく、護衛の2人が俺の後ろに回り両肩を抑え込む。


「どうするね? 周囲にはあまり人もいないようだ。穏やかに交渉を終わらせたいんだがねぇ」

「修正に応じなければサインはしませんよ。それに、お二人のサインが無ければこの契約書は無効ですよねぇ」


 男爵が俺の前から契約書を奪い取って素早くサインをする。それが終わると伯爵の前に契約書を置くと、笑みを浮かべながら丁寧にサインを終えた。


「これで、そちらのサインだけになる。金貨50枚は中規模騎士団には過ぎた金額だと思っているんだが」


「なら、そちらで魔獣狩りを始めたらよろしいかと。これではいつまでたってもサインはしませんよ」

「サインに固執する必要もない。そのバングルがサインを兼ねるらしいからね」


 男爵が取り出したのは、スタンプ台のような代物だ。

 それでバングルの紋章と俺の団員番号を映し取ろうということなんだろうな。

 男爵が腰を上げて俺の右手に歩いてくると、俺の腕を取ってスタンプに持って行こうとしてるけど、力を込めても俺の腕を動かすことができないようだ。


「ほう! 力づくですか? なら、俺もそうしましょう」

 

 両腕に力を籠めて護衛のトラ族の男を後ろに投げ飛ばす。

 ポカンと口を開けた男爵の顔に左のストレートを浴びせた。隣のテーブルまで吹き飛んだ男爵は口と鼻から血を流している。どんどん顔が腫れ始めたから直すのは面倒なんじゃないかな?


「何をしておる! 男爵を傷つけたのだぞ」

 

 伯爵の大声の後から、2発の銃声が聞こえ、背中に衝撃を受ける。

 後ろを振り返ると、投げ飛ばされた護衛が上半身を起こした状態で拳銃を持っていた。

 あれで撃たれたのか……。

 フレイヤの持っていた拳銃に似ているから、もう1発は撃てるはずだな。

 

 驚愕の表情で俺を見ていた2人だが、直ぐに残りの銃弾を放ってきた。

 腹と右胸下だから、普通なら即死になるんだろう。

 だが、俺は衝撃を感じただけだ。


急いでポケットから銃弾を取り出してリロードをしようとしていたので、それぞれの右肩をリボルバーで打ち抜いた。

 セミ・ジェケッテッド・ホロー・ポイント(SJHP)、リボルバーで使える凶悪な銃弾だ。弾着と同時に先端が潰れ、肉を切り裂いていく。


 男達が肩を押さえて呻き始めたところで、男爵と伯爵の脚に銃弾を撃ち込んだ。

 銃声を聞いて遠巻きに野次馬が集まってきた。

 そろそろ、こいつらを治療してやらないと出血多量で死んでしまうかもしれないな。


「警備員はいるか!」

 

 大声で野次馬の中に呼びかけると、数人の男女が銃を手に恐る恐る近寄って来る。


「貴族同士の争いだ。急いで治療をすれば全員助かるだろう。それと警備隊長を呼んでくれ。顛末を報告したい」

「直ぐに!」


 俺が冷静だと判断したんだろう。3人の男性警備員を残して女性警備員が走っていった。


「それにしても、1人で4人ですか……。しかもトラ族の護衛まで」

「騎士だからね。魔獣と比べれば容易く感じるよ。ところで、コーヒーをどうだい?」


 しばらくは待たされそうだし、俺が逃げることがないと知って同じテーブルに着いてコーヒーを飲み始めた。

 話の分かる警備隊長なら良いんだけどなぁ……。

 

 警備隊長一行がやってきたのは、伯爵達が担架で運ばれてしばらくしてからだった。

 一緒にフェダーン様までやってきたのはどういうことだ?


 隊長がやってきたことで、警備兵が俺の前から立ち去って、まだ遠巻きに眺めている野次馬の整理を始めたようだ。

 椅子が足りないようで、他のテーブルから運ぶと4人が俺の前に腰を下ろした。それぞれ副官を連れてきたようだ。


「ヒルダから聞かされて、陸港の警備本部で待機していたのだ。おかげで今日の会議は夜になったぞ」

「その原因を作ったのはフェダーン様だと思ってるんですが、これが争いの原因です。無理やりバングルで印を押されそうになったので振りほどいたら、いきなり発砲されました。背中に4発、腹と胸に1発ずつです。彼等にも1発ずつ放ちましたから、互いに放った弾丸の数は同じですよ」


「それで、リオ殿は無事なのか?」

「後でカテリナさんに摘出してもらいます。めり込んでいるだけですから致命傷ではありません」


「その体が兵士に欲しいものだ……」なんて呟いているから、呆れているんだろうな。


「これが契約書か……。これでは、話にもならぬではないか!」

「それで断ると、無理やりですからね。力づくでの強制に対する防衛、銃を使われたことに対する正当防衛が俺の主張になります」


 右肩を撃たれている状態で左手に銃弾を握っているのは、リロードしようとしての行為だから、銃を放ったのは相手が先だという証拠だし、俺のシャツに4つ穴が開いているからね。


「……ということのようだ。調書はそれで作れるか?」

「十分ですが、その契約書を頂くわけにはいきませんか?」

「陛下にご覧に入れるつもりだ。今後このような暴挙に出る連中がいないとも限らない」


 やはり、フェダーン様の書いた筋書き通りになった気がするんだよなぁ……。

 恨めし気にフェダーン様に顔を向けると、笑みを浮かべて頷いてくれた。

 それなら、作戦を教えてくれても良かったと思うんだけどねぇ。


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