M-138 リバイアサンを欲しがる者
貴族からの戦機供出を、俺と交渉させることで上手く約束させてようだ。
使っていない物なら、使って貰った方が良いに決まってるけど、貴族達の家宝の1つでもあるようだ。
それなりの対価を払うことになるのだろうが、中隊規模で戦力を増やせるとフェダーン様が笑みを浮かべていた。
「少しやり過ぎたんじゃないかしら? リオ君と交渉しても使えるのはリオ君だけでしょう?」
「今の地位に座り続けるような貴族では困るからな。かつては国王の呼びかけに戦機に乗って駆けつけたと聞くが、今でも戦機に乗れる騎士貴族に何人いることやら……。陸上艦をそれなりに整備しておれば我等の後方に展開するだけでも役に立ったはずだ。
それすらできないとなると、貴族の矜持を疑いたくなってしまう」
「ブラウ同盟の多くの貴族がそうなのでは? 貴族がつかえるのは交渉能力だけのようですね」
「それだけ長く平穏な世界だったのだろう。ハーネスト同盟軍が野望さえ持たねば、ブラウ同盟の3王国は貴族に取って暮らしやすい王国だったに違いない」
「ブラウ同盟の中では、フェダーンの生家が一番艦船を派遣できるのではなくて?」
「1個機動艦隊は確実だろう。だが、エルトニア王国はウエリントン王国程度にならざるを得ないはずだ。場合によっては3回目の脱皮を終えたスコーピオがやって来ないとも限らないからな」
「合わせて2個機動艦隊、それにリバイアサンを含めればブラウ同盟の救援部隊としては十分だと思うけど?」
「各国で出すのではなく、同盟軍として援軍を送ると!」
互いに連携するなら、最初から1つの艦隊として率いた方が良いんじゃないかな。
これでスコーピオの西への移動を阻止することになるんだろうが、どんな陣形になるんだろう?
それに参加する騎士団だって多いはずだし、兵站基地も整備しないと砲弾を10日以上も撃ち続けるなど不可能な話だ。
「それに一番大事なことを忘れているわ。飛行船と飛行機が使えるのよ。コリント同盟王国には引き渡す計画もないけど、ブラウ同盟に参加する王国には、引き渡しを始めているんでしょう?」
「飛行船1隻と新型飛行機を2機ずつ提供している。まあ、それなりの対価は頂いているが、我が国の飛行船と飛行機はハーネスト同盟軍との戦に備えていたつもりだ」
「それなら飛行船だけでも、使いたいですね。新型飛行機ならハーネスト同盟軍の飛行機を凌駕します。より遠方から爆弾を落とせるのですから」
まだ搭載能力が低いけど2tを運べるなら十分だろう。
スコーピオの動きも監視できるし、1隻で巡洋艦の主砲並の爆弾を10個以上落とせそうだ。
それに、導師のことだ。更に飛行船を作っているに違いない。もう1隻増えるだけでも、戦闘が有利になるはずだ。
「それでカテリナさんの方はどうなりましたか?」
「爆弾の信管は、何とかなったわ。後はテストをするだけよ。もう1つの方はリバイアサンに戻ってからベルッドに頼むところまで来てるわよ。炸薬と信管に装薬だけど、あれは2次複製が出来ないのが難点ね。テスト結果で量産したいけど、その時には王宮から神殿に依頼して欲しいわ」
「是非とも完成して欲しいところだ。巡洋艦数隻の一斉砲撃並みの攻撃が駆逐艦で出来るのだからな。神殿への依頼はコリント同盟王国への援助であることを説明すれば積極的に動いてくれるだろう」
「それよりローレヌ伯爵の方はどうするの? リオ君のところに呼び出しを掛けるんじゃないかしら?」
「貴族であれば肩書は気にせずとも良い。言い負かされることは無いだろうが、正当防衛は可能だぞ」
笑みを浮かべているということは、正当防衛的に攻撃をしても良いってことかな?
現役の騎士を殴ろうなんて考えはないだろうけど、取り巻きに護衛人を連れてくることも考えられるということかもしれない。
「1つ確認したいのですが、国王陛下ならリバイアサンをヴィオラ騎士団から供出させる命令を出せるのでしょうか?」
「それは可能だが、見返りを考えると不可能だろうな。陛下が欲してもタダというわけでは無い。それ相応、評価額に見合った何かと交換ということになる。
リバイアサンを評価することなどできるはずもない。カテリナでさえ理解できぬ動力で動いているのだからな」
「ひょっとして、ローレヌ一派の廃嫡を考えているのかしら?」
「廃嫡が出来れば、少しは王宮の空気が良くなりそうだが、建国時からの貴族でもある。今回の案件で少し大人しくしてくれればそれで十分だろう」
そんな王宮内の闘争に、俺を巻き込まないで欲しいものだ。
昼食を御馳走して貰って、リッツさんにヒルダ様が住む離宮に送って貰った。
まだ、エミー達は戻っていないと、メイドのお姉さんが教えてくれたけど、一体どれだけ強請るつもりなんだろう?
あんまり頂くと、更に王宮に使われそうで怖くなってくる。
「ドミニク様から連絡があったにゃ」
そう言って、俺の座る窓際の席に、コーヒーとメモを置いてくれた。
メモの中身は……。
早速、呼び出してきたか!
しかも上から目線で呼び出してきたと書かれているのは穏やかではないな。
俺達の邪魔をしてくれるんだから、それ相応に動いてもらおう。
メイドのお姉さんに、筆記用具を頼んで返書を書くことにした。
多忙でそちらの舘に行くことができないから、レストランに来て欲しいと書いておく。
場所は、陸港の喫茶店だ。
断るだけだから立ち話でも十分だろうが、コーヒーぐらいは驕ってあげよう。
返書が出来たところで、お姉さんに届けて貰えるようお願いする。
銀貨1枚のチップは切手代より高いけど、間違いなく届けてくれるはずだ。
庭を楽しみながらコーヒーを頂く。
何も心配が無ければ、優雅な休暇になるんだけどねぇ。
「あら、今日は早かったわね」
「結構面倒な会議みたいだ。しばらくはフェダーン様に付き合うことになりそうだよ」
「こっちは、色々と頂いたけど。リオの感性が分からないわ。あの絵を欲しがるんですもの」
「寝室に飾りたいんだ。落ち着く絵だと思うんだけどね」
「絵を見ずにそれが分かるんですか? 確かに心が静まる絵ですけど……」
「それがリオ殿なのですよ。エミーには過ぎた夫かもしれませんね」
どんな美術品を頂いたのかフレイヤが教えてくれたけど、俺に美術が分かるわけはないからなぁ。
「ヌードの大理石像をいくつか貰ったわよ。あれをジャグジーに起きたいわ」
自分の体型と比べてみようなんて野望を持っているんだろうか?
ジャグジーに置くのは、皆の意見を聞いてからだろうな。
ネコ族のお姉さんが、俺のところに来ると封書を渡してくれた。
ひょっとして、あの返書に対する返書なのかな?
その場で封を切ると、中身を確認する。
「明日の12時ですか……。コーヒーを12時に頂くのも良いかもしれませんね。了承と伝てくれないかな?」
「了解にゃ!」
直ぐに出掛けようとしたお姉さんに、銀貨を1枚握らせる。
「伝言ゲームですか?」
「いや、どうやら俺と交渉してリバイアサンを手に入れようとしている伯爵がおりまして……」
「あまり周囲に迷惑をお掛けしないでくださいね」
「向こう次第ですけど、自重するよう努力はしてみます」
騎士団の騎士に喧嘩を売ったなら、言い値で買い取るぞ。
せっかくの休暇を潰してくれるんだからね。
リバイアサンのジャグジーと比べると湯船が三分の一ぐらいだけど、これでも大きいと思うな。
品の良い彫像がいくつか並んでいるから、フレイヤ達はこれを再現するつもりなんだろう。
だけど、これを見たのは初めてじゃないのか?
雑誌か何かで見たことがあるんだろうか?
「ほらほら、いつまでも眺めていない! 洗ったらさっさと出てベッドに入るのよ!」
「でもこんな高級な場所なんて、二度とこれ無いかもしれないよ」
俺の弁明なんて聞いてくれないんだよなぁ……腕を掴まれて無理やり連れ出されてしまった。
ゆったりとしたベッドに3人で横になる。
大きな窓の外から聞こえてくる虫の音が心地良い。
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「今日も会議に向かわれるのですか?」
「いや、ローレヌー伯爵と会談です。12時に陸港の喫茶店ということにしたんですが」
俺の話を聞いて、ヒルダ様が吹き出しそうな表情で笑いを堪えている。
手に持ったカップがプルプルと揺れているのに気が付いて、急いでテーブルに戻している。
「後で他のお妃様に教えてあげましょう。近頃聞いた中で最高のお話ですよ。後で顛末を教えてくださいね」
とうとうハンカチを口に当ててコロコロと笑い始めてしまった。
そんなにおかしいことなのかな?
気分転換に、タバコを取り出して火を点けた。
まだフレイヤ達は夢の中だ。
早起きして庭を眺めていたら、ヒルダ様とお茶をすることになったんだが、俺にはちゃんと大きなマグカップをメイドのお姉さんが運んでくれたんだよね。
「やはり貴族の常識と、リオ殿は少し異なるようですね。その辺りを教えられる人物を傍に置いた方が良いかもしれません」
「男爵を拝命していますが基本は騎士団の騎士ですから、その辺りは大目に見て頂けたらありがたいのですが」
「それなら、王都で貴族を相手にする時には私に連絡してくださいな。内政に力を入れていますから、貴族の扱いは任せてくださいね」
「そんな機会が無いように努力しますが、その時にはよろしくお願いします」
うんうんと笑みを浮かべて頷いている。
貴族相手の良い手駒を持ったように見えるのは、俺の気のせいだと思いたい。
フレイヤ達がリビングに顔を出したのは8時をだいぶ過ぎた頃だった。
その後からローザがやって来て、離宮の朝食が始まる。
「今日は、何をするのじゃ?」
「姉様とフレイヤ様に王宮をご案内しては?」
「そうじゃな。兄様は会議じゃろうから、我が案内するのじゃ!」
あちこち出掛けて邪魔をしないか心配になってしまう。何気なく置いてある花瓶だって超高価な品に違いない。壊さなければ良いんだけど……。