M-137 派遣する艦船が足りない
翌日。いよいよ会議に参加することになる。
何の会議か分からないけど、レッド・カーペットに関わることは間違いなさそうだ。
食事を終えて、庭を眺めながらタバコを楽しんでいると、フレイヤが来客を教えてくれた。
「きちんとした軍の人よ。リオはその格好で良いの?」
「リバイアサンの作戦行動時の服装だ。文句は言われないと思うけどね。武装は長剣は止めておくけど、銃はバッグの後ろにあるから問題はないよ」
そのまま庭を巡って玄関に出る。フレイヤにヒルダ様へ出掛けたことを話して貰おう。
玄関前に自走車が1台止まっている。
自走車の傍に立っていた若い士官が俺に目を止めて、その場で騎士の礼をする。
軽く胸に右腕を当てて礼を返した。
「リオ殿ですね。私がご案内いたします」
「ありがとう。あまりに広いんで、どこに行ったらいいか悩んでたんだ」
「近衛兵第一中隊、第二小隊を率いているリッツと申します。時間はまだ早いのですが、少し話をしたいとフェダーン様の依頼がありましたので、迎えに来た次第です」
俺が自走車の後席に乗り込むと、助手席にリッツさんが乗り込む。運転手は別にいたみたいだ。地図を書いてくれれば、俺一人でも移動できると思うんだけどなぁ……。
少し仰々しいところがあるのが王宮ということになるんだろう。
昨日横切った太い道路に出ると、その道を北上する。直ぐに大きな宮殿が見えてきた。
正面だけでも200m近くありそうだ。大理石の3階建ての建物が宮殿と言うことになるのだろう。
リバイアサンよりは小さいけど、一体いくつ部屋があるんだろう……。
宮殿の正面玄関に自走車が停まる。
車から降りると、もう1度建物を眺める。
やはり大きい。3階建てかと思ってたけど、窓の大きさが半端じゃないから、実際は5階建てぐらいになりそうだ。
玄関の扉までの階段だって、1階分ぐらいありそうに思える。
「ご案内いたします」
リッツさんの言葉に小さく頷くと、リッツさんの後ろを少し開けて付いていく。
玄関の左右に2人ずつ並んだ近衛兵はトラ族のようだ。
剣を下げて、両手には長銃を持っている。
強硬突破するような人物はいないんだろうけど、新参者の俺はちょっと畏怖を感じてしまう。
「フェダーン妃の依頼で、リオ男爵閣下をおつれします」
近衛兵が、無言で銃を下ろす。
同じ近衛兵なんだろうけど、役割分担が異なれば知っていても決まりを守ることになるのだろう。
やはり俺には案内人が必要だな。
宮殿へ入る作法なんて、全く分からないからなぁ……。
「フェダーン様は会場に入っております。今日の会議ではフェダーン様の軍事顧問という肩書で参加すると伺っております」
「色々と話し合ったりしてたからだろうね。軍人ではないからそんな肩書を作ってくれたようだ」
「私も、警備のために会議室の端におります。何かあればご自分の肩を叩いてください。直ぐに駆けつけます」
警備は名目で、雑用係を仰せつかったようだ。
仕事に貴賤の区別はないそうだけど、本音と建前があるような仕事は余り好ましくないと思うんだけどねぇ……。
「第二小隊長リッツ、リオ殿をご案内いたしました」
「御苦労。まだ会議は始まらぬ。コーヒーを運んで、別室で待機して欲しい」
リッツさんが騎士の礼をして会議室を去ると、フェダーン様が俺を手招きしている。
「席は、カテリナの隣になる。参加者はテーブルの椅子の数そのものだ。陛下は来ぬが、もう1人の妃が来るぞ。カテリナの姉だ」
「かなり豪華な会議室ですから、俺がいるのは問題になりませんか? それと会議の目的を教えてください」
少なくとも体育館ほどはありそうだ。
大きな部屋の中央に直径5mを越える円卓があり、12個の椅子が円卓を囲んでいた。
フェダーン様とカテリナさん、それに俺ともう一人のお妃様で4人になる。残りの8人は誰なんだろう?
「コリント同盟からの救援要請に対するウエリントン王国の関与をどこまで行うかを決めるのが目的だ。
コリント同盟とブラウ同盟間の盟約で支援を要請された場合には応えねばならない。だが、支援中身は決められていないのだ。国家の状況が緊迫しているならば、要請に応えられる援軍の数はおのずと低下するからな」
西のハーネスト同盟と陸戦をして勝利は得たものの、現状では停戦協定を結んだだけらしい。
その協定さえも、あの時の戦の停戦を記載しただけらしいから、実質的にはハーネスト同盟とブラウ同盟は互いに戦を手控えているだけのようだ。
「ブラウ同盟の機動艦隊を維持しなければなるまい。更にだいぶ海賊を駆逐したとはいえ、撲滅したわけでは無い。王国軍が手薄となれば再び活発な活動を始めるだろう。
それらを加味すると、ウエリントン王国からの援軍は1個機動艦隊止まりだろう。その起動艦隊さえ、ある程度軍船を減らすことになるだろうな」
「減らす艦船の種別は?」
「巡洋艦だろう。さすがに旗艦となる戦艦を出さぬわけにはいかないだろう。巡洋艦2隻に駆逐艦5隻は諦めざるをえないだろうな。
そこでリオ殿に依頼したい。貴族の務めとして、我が王国軍の派遣艦隊に同行して欲しいのだ」
貴族の勤めを要求したことが100年は無かった、とこの間聞いたけど今回もそうなってしまうのか……。
やはりリバイアサンを見付けたのは不味かったに違いない。
「ヴィオラ騎士団の騎士でもありますから、ドミニクの了承が必要でしょう。とはいえ、今回の事案には、王国としても騎士団に義勇軍としての参加を要請するはずです。
その要求には答えることになっていますが、軍に加わるとなれば騎士団に不利益となることがあるのでしょうか?」
「騎士団であれば、2回目の脱皮を確認したところで後退することは可能だ。だが、軍ともなれば3回目の脱皮まではその場に留まらねばならん。2回目の脱皮後は駆逐艦の主砲でどうにか倒せる。戦機も30スタム(45m)の距離でなら魔撃槍で倒せるはずだ」
思わず、頭を抱えてしまった。
かなり無茶な戦をしなければならなくなる。
となると……。
「リバイアサンとアリスだけが軍に協力ということではいけませんか? さすがにヴィオラとガリナムを残すのは騎士団の存続に関わりそうに思えます」
「そうしてくれるとありがたい。その対価だが……」
「今頃、エミー達が宝物庫を漁っているはずです。ヒルダ様が同行してくれるはずですから、相応の物が頂けるでしょう」
「裏ではそれで良いが、表立って公表できぬな。陛下と相談するか」
美術品が裏取引ってことか? それなりの価値があると思うんだけど。
そんなことを考えながら温くなったコーヒーを飲んでいると、会議室に人が集まってきた。
立派な軍服にたくさんの勲章を下げている壮年が3人。それぞれ女性の副官を連れている。メタボな壮年が3人の次に現れたのは、カテリナさんのお姉さんだった。連れの女性は副官と言うことなんだろう。これで席が埋まった感じだな。
「本会議は3日後に行われる。その前に、同盟国としての対応をある程度まとめておきたい。
西のハーネスト同盟との戦は現在休戦状態だ。いつ再戦が始まるか予断が出来ぬ。海賊の脅威は、減ってきたとはいえ、いまだに小規模騎士団への攻撃が頻発している。
そのような状況下でのコリント同盟からの救援要請が来ている。
ウエリントン王国として、条約を違えることはできぬが、条約書には救援の規模が書かれておらぬ。
その時点で可能な限りということになるのであろうが、派遣軍の規模と救援物資量をある程度決めておきたい」
「レッド・カーペットでしたか……。通常よりも20年近く早まっているとか。何かの間違いということもあるのでは?」
メタボな人物は誰なんだろう?
それなりの地位があるみたいだけどね。
「貴族筆頭であるローレヌ卿の言葉とも思えませんね。条約は依頼に応えるとあります。たとえその事案が誤報であっても、派遣せぬわけにはいきません」
「私も、お妃のお話の通りだと思いますが、王国軍の3個機動艦隊の内、1個は西に向けられておりますし、1個艦隊は王都防衛を任務としています。
残りの1個艦隊を2つに分けてブラウ同盟軍と砂の海の哨戒に当たらせていることを考えれば、出せる艦隊を王都防衛艦隊から選ぶことになりますぞ」
「半個艦隊ということか? 1・3・6では他国の笑い者になりそうだが?」
「恐れながら、隠匿空間への物資輸送艦隊及び仮想巡洋艦を組み込めばそれなりの艦隊規模になるかと……」
「軽巡洋艦が2隻に駆逐艦が4隻、それに輸送艦が4隻と言うとこか……。見掛けだけなら、1・5・10になるであろうが、魔石の入手がかなり減りそうだ。それに、万が一にも星の海を時計回りで迂回されたなら、隠匿空間が孤立するぞ。結果は星の海の領有に繋がりかねないが?」
制服組は黙ってしまった。
次の戦がどんな結果になるかは予想できかねるところだが、王都防衛艦隊をあまり削減するのは俺だって考えてしまう。
やはり、防衛艦隊の半分というところが落としどころに思えるのだが……。
「ウエリントン王国の上位個族は陸上艦の保有が認められておりましたね。良い機会ですから、貴族を軍に参集させても良いのでは?」
お妃様の言に、メタボの3人組が顔を青くしている。
それだけで状況が分かるのだが、どんな反対理由を言い出すのか楽しみだ。
「陛下の命であれば、我の所有する軽巡洋艦で参集しましょう。訓練の頻度が高くありませんから邪魔にならないかと心配です」
「グラーツ卿の船歴は100年を超えているのでは? 動くだけでは戦はできませんぞ!」
制服組から内輪が明るみに出されている。
貴族の勤めが長くなかった以上、避けられない事態だったのかもしれないが、軍の中古を払い下げて貰うぐらいのことをしておいた方が良かったんじゃないかな。
「となると、戦機も同じなのか?」
「ここは貴族筆頭である私から現状をお伝えいたします。
貴族であれば口径に制限を加えず陸上艦を持てる。建国時の貴族と王族との間で交わされた規約の1つです。
されど、長きにわたる平穏で、貴族のほとんどがほとんど動かぬ陸上艦を持っているのが現状です。
戦機も多くが埃を被っておりますし、動かせる騎士を配下に持つ者は、騎士団を作っている貴族だけにすぎません」
「力にならぬか……」
「どうでしょう? 動かぬ戦機を持つなら、それを王家が買い取るということはできませんか」
「買い取って……、新たな戦機部隊を作ることは考慮に値する。場合によっては騎士団との交渉にも使えそうだ」
「売ることになるのでしょうか? 我等の家宝ですぞ」
「家宝が大事か、今の地位が大事かを見極めることだ。万が一にもハーネスト同盟軍に敗れるような事態となれば、王国そのものが無くなってしまう。王族、貴族はハーネスト同盟の王国に取って代わられるのだ。だが、卿達の立場もあるであろう。貴族内で協議して頂けるとありがたい」
「それなら、良い手がありますぞ。確かリバイアサンと呼ばれる大型艦を持つ新興貴族がいたはずです。彼の艦には戦機まであるのですから、それを召し上げてもよろしいのでは?」
「買うのではなく、召し上げると?」
「それぐらいならどうにでも出来ると思います。何なら私が交渉に参りましょう」
おもしろくなってきた。
交渉で取り上げることができると思っているようだけど、取り上げても動かせないのなら意味がないと思うんだけどね。
「おもしろい。やってくれるか? その代わり、取り上げた後の措置は責任を持って欲しい。また、交渉には王家は関わらぬことをここで明言しておく。それで良いか?」
「任されましたぞ。私の持つ船はかつての重巡洋艦。今でも動かすための乗員に碌を与えておりますからな」
嬉しそうな表情を浮かべているけど、リバイアサンについてどれ程知っているのか考えてしまうな。
戦艦ぐらいに思っているのかもしれないけど、動かそうとしても動かせるものではないんだけどねぇ。




