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M-136 エミーの実家に里帰り


 アリスで手紙を届けてから8日目に、ブラウ同盟軍の拠点の1つにリバイアサンは停泊した。

 高い城壁に囲まれた拠点の中には入れずに、拠点の北門よりの動線から外れた位置に着底する。

 主動力をアイドリング状態にして、乗員を全て下ろす。

 アリスが残っているから、何か狩れば連絡してくれるだろう。


 すでに到着していた2隻の貨客船に乗員を乗せて、俺達はヴィオラの士官室で厄介になることにした。

 フェダーン様達も軽巡洋艦に乗って俺達と同行するようだが、軍人達は半減上陸で休暇を過ごすらしい。


「休暇の長さは同じなんでしょう? 実家にも帰れないんじゃない」

「俺達より長いと聞いたよ。リバイアサンに後から合流するらしい」


 俺達と同じなら、半減上陸なんてことにはならないからね。

 軍もブラック企業にならないように勤めているんじゃないかな。


「問題は王宮で過ごした後になるんだけど……。ローザからお誘いを受けてるの。

海沿いの別荘らしいわ」


 王族の別荘と言うことになるんだろうな。エミーと一緒に遊びたいということなんだろう。


「俺は構わないよ。でも、プライベートアイランドのような施設じゃないことを期待したいけどね」

「小さな別荘らしいから、私達3人だけよ。ドミニク達は自宅で過ごすみたいだし、別荘の前が砂浜だから兄さん達は自分達の別荘に行くみたい」


 ドミニク達は危機管理能力を上手く働かせたみたいだし、アレクは魚が釣れない場所は行く気も無いらしい。クロネルさんとの約束もあるみたいだから、ベラスコ達を連れて行くのかな?

 ベラスコ達がいつまで付き合えるか、少し楽しみだ。


「今度こそ、のんびり過ごしたいね」

「それじゃあ、つまらないでしょう?」


 休暇なんだからのんびりしたいという連中と、休暇は思い切り遊びたいという連中が世の中にいるということがこの頃ようやく分かってきた。

 俺は前者だしフレイヤは後者になるんだが、ヴィオラ騎士団のほとんどが後者に思えてしまう。

 

 アレク達の集まるデッキに向かう。

 フレイヤはエミーを連れて、かつての同僚達とゲームをするらしい。

 デッキに出ると、いつものようにグラス片手にアレク達がくつろいでいた。


「シレイン、リオにグラスだ。同じ騎士団員だが、あまり顔を見ることが無いからな。元気そうで何よりだ」

「お久しぶりです。皆さんも元気そうで何よりです」


 グラスを掲げて乾杯をする。昔と違って飲む場所も広くなったし、ベンチに素あることができるからなぁ。ベラスコ達は最初からこんな感じだったけど、アレク達が騎士団に参加したころはもっとひどかったのかもしれない。


「ところで、レッド・カーペットの話は本当なの? 私達の、次の次の世代辺りになると思ってたんだけど……」

「確定は未だですが、マルトーン王国軍の機動艦隊を指揮していた王子の話ではその可能性が高いようでした」

「昔から、煮え湯を飲まされ続けているからだろうな。かなり信ぴょう性が高いということになる。だが、産卵で上がってくるスコーピオには騎士団はなすすべがない。産卵が終わって1年後が俺達の戦になる」


 孵化するのに1年は掛かるということになるのだろうか?

 それなら、準備する時間が持てそうだ。


「リバイアサンを破壊するとは思えませんから、リバイアサンの近くで戦えばかなり有利になると思っています」

「あの大きさだからなぁ……。他の騎士団もそう思っているはずだ」


 その辺りの調整も上手くやらないといけないだろう。それにメイデンさんの乗る戦闘艦もかなりの性能だからな。阻止線を通り抜けたスコーピオ狩りに活躍してくれるに違いない。


 飲んで食べて寝る……。これも立派な休暇の過ごし方なんだろうな。

 そんな暮らしが5日続いて、俺達を乗せたヴィオラは王都の陸港に到着した。

 荷物を詰め込んだトランク2個を俺が引いて、ヴィオラを下りる。

 フレイヤ達は小さなショルダーバックを下げて俺の前を歩いている。

 一応、男爵なんだけどね。

 マイネさん達も、トランクを押しながら俺達を追い抜いていく。

 実家に帰るのかな? 嬉しそうな顔を見せて片手を振ってくれた。


「待っておったぞ! 我等はこれから王宮じゃ」

「本当に、厄介になっても良いんですか? 王宮ですよ」


「いくつも離宮があるからのう。母様の暮らす離宮の客間になるはずじゃ。我の部屋もあるし、姉様のかつての部屋もあるのじゃ」


 エミーの実家でお世話になるという感じかな?

 フレイヤの実家にも行ったんだから、エミーの実家に行っても問題はないんだろうけど……、王宮なんだよなぁ。


 豪華な馬車を先導する馬車があるのも、元王女を含めて2人の王女がいるからなんだろう。

 ふかふかのクッションに腰が沈み込むから、振動をほとんど感じない。

 たぶん、色々と魔方陣を床下に描いているに違いない。


 そんなことを考えていると、馬車が止まった。

 何だろうと窓から顔を出した先に見えたものは、横幅が50mを越えていそうな門だった。

 10人ほどの警備兵が、門番をしているようだ。先の馬車に乗ったリンダが馬車を下りて警備兵の1人に用件を伝えると、直ぐに門が開かれた。

 門から東に向かって石畳の道が続いているんだけど、周囲は森のようだ。

 前に泊った高級ホテルからも森が見えたんだけど、どうやら王宮は広大な公園のような場所に作られているようだ。


 庭園の周囲を200スタム(300m)の森で囲んでおる。もう直ぐ森が尽きるからいくつか建物が見えてくるはずじゃ」


 エミーも自分が暮らしていた場所を興味深く眺めている。

 一度丁度品を集めに来たんだろうけど、直ぐに帰ってきてしまったからゆっくりと眺めることが出来なかったに違いない。


 森が尽きると、一面の芝生に変わる。

 花壇がいくつも作られて季節の花が咲き誇っているようだ。

 そんな花壇の傍には数本の広葉樹と東屋が作られていた。御妃様達があの中で午後のお茶を楽しむのかもしれないな。

 

 南北に続く大きな通りを横切って、馬車は直も東に向かって進む。

 小さな丘を回り込んだ先にあったのは、ギリシャ風の神殿が建っていた。


 円柱の立ち並ぶ玄関先のロータリーに馬車が止まる。

 どうやら、ここがヒルダ様の暮らす離宮らしい。


 先に馬車を下りると、エミー達の手を取って下ろしてあげる。

 3人のネコ族の男性が、馬車からトランクを下ろして離宮内に運んで行った。


「ようこそいらっしゃいにゃ。御妃様が待っているにゃ」


 大きな扉の前で出迎えてくれたのはネコ族のお姉さんだった。

 左右に少し年下のネコ族の娘さんを従えているところをみると、メイドの中でも上になる人物なんだろう。


「我は後で顔を出す。リオ達は先に母様に挨拶するが良い」


「そうさせてください。それにしても立派な建物ですね」

「母様のお気に入りなのじゃ」


 自分の住んでいる離宮を褒められたのが嬉しかったのかな? 笑みを浮かべて先に進んでいった。


「付いてきて欲しいにゃ」

 

 案内してくれるのだろう。ネコ族のお姉さんが俺達の前に立って歩き出した。2人のメイドは俺達に頭を下げている。

 玄関を閉めるのが役目なのかな?


 かなり奥行きが長い建物だ。半分ほど歩いたところで、右側の扉を軽く叩く。


「お連れしたにゃ!」


 そう言って両扉を開くと、一歩足を踏み入れてお辞儀をして横にずれた。

 俺達の向かって小さく頷いてくれたのは、『ここからは自分達で』と言うことになるのだろう。

 奥に向かって歩くと、ソファーセットに腰を下ろしたヒルダ様と目があった。

 直ぐに腰を上げると俺達のところに走り寄ってくる。


「ようこそいらっしゃいました。エミーの実家でもあるんですから、いつでもいらっしゃってくださいね」

 

 そう言って軽くハグしてくれた。

 次はエミーをハグして、最後はフレイヤの番だ。

 まるで自分の子供の用に、俺達と変わらずにエミーをハグしている。


「フェダーン様の言い付けで、王宮に5日滞在することになってます。申し訳ありませんが、その間御厄介をお掛けすることをお許しください」

「何時もの口調で良いですよ。厄介も何も、私はいつでも歓迎します。

 会議は明日からになるでしょう。今日はごゆっくりお過ごしくださいな」


 メイドさんが運んできたのは、紅茶とコーヒーだった。俺がコーヒー党だと知ってたのかな?

 何時ものように砂糖を2杯。やはり良い豆を使っているのが香りで分かるんだよなぁ。


「楽しく暮らしていますか?」

「楽しいというか……、何も起きない日が無いように思えます。いつも走り回ってるんで、キックボードを購入したぐらいです」


「キックボードができる屋敷を持つ貴族はそれほどいないであろう。我も1つ手にいれたのじゃ」

「私もです。慣れると面白いんですよね」


 エミーもお転婆の素質はあったみたいだ。

 そんな娘達の話に笑みを浮かべてヒルダ様が頷いている。


「私は主に政務を担当していますが、レッド・カーペットの話は聞き及んでいます。たぶん私の活動にも何らかの影響が出て来るでしょう。

 とはいえ、どのように忙しくとも、ここは安全です。どうか、娘達を……」

「必ずお守りします。ご安心ください」


 俺の言葉に笑みを浮かべてくれた。

 たぶんそれを聞きたかったんだろうな。レッド・カーペットの恐ろしさは王宮の中にも知られているらしい。

 俺には実感がないんだが、かなり恐ろしい光景に違いない。エミーよりもローザが心配になってくる。

 不思議と今ではベラスコよりも戦姫の動きが良いから、恐怖に駆られて飛び出さないか心配だ。

 一目散に逃げてくれればありがたいんだが、そんな光景は想像できない。しっかりとリンダに頼んでおこう。

 いや、それよりも落穂ひろいを頼んだ方が良いのかもしれない。

 落穂の数は多いだろうが、補給のためにドック入りする陸上艦の援護を頼んでおけば少しはマシな状況下で活躍してくれるんじゃないかな。


「そうそう、明日はエミー達とリバイアサンの美術品を宝物庫で探すつもりです。何か、ご希望はありませんか?」

「そうですねぇ……。離宮の庭を描いた絵があれば頂きたいです。すばらしい庭だと思って見てるんですが、寂寥感が半端じゃないですね。あの池に映った満月を眺めながら虫の音を聞きたいところです」


 ヒルダ様の笑みが更に深まった。

 庭を褒めたからだろうか? 

 この庭に美を見出す人はそれほど多くはないだろう。石組と何本かの低木。うねるような池の際は直線部分が一カ所もない。


 多くの人は、途中で見た花壇の美しさに心を打たれるだろうが、俺はこの庭の方が落ち着いて見ていられる。

 心に安寧を与えるように、微妙なデザインが施されているに違いない。


「理解できる者は多くはありません。この庭の美しさは目だけで感じられるものではないそうです。風や、リオ殿のお話のように虫の奏でる音楽さえ、庭の美しさの1つなのでしょう」


「我は花を植えた方が良いといつも言っているのじゃ。この庭には色どりがないからのう」

「そうね。緑と灰色だけでしょう? 池に映る青空も入れて3種類ですもの」


 ローザとフレイヤは似た者同士ということなんだろうな。

 思わず、ヒルダ様と顔を見合わせて笑みを浮かべてしまった。

 まさしく、分かる者にだけ分かる美しさということになるのだろう。


「ローデンヌと言う気鋭の画家が、どうしてもこの庭を描きたいと王宮に願い出たことがあるのです。

 何度も何度も描いてはキャンバス破り続けて、やっと完成させた絵を彼は王宮に寄付してくれました。

 キャンバスに黒の絵の具だけで描いた作品で下から、貴族達の趣味には合わなかったのでしょうね。ですが陛下はいたく気に入って、執務室に長く飾っておりましたの。

 リオ殿も気に入ると思いますよ。是非ともお持ちくださいな」


 これを黒一色の色で表現したのか……。

 たぶん濃淡を微妙に変えて描いたに違いない。俺の自室に飾っておこう。


 リバイアサンの暮らしの様子をローザとエミーがヒルダ様に披露している。たまにフレイヤがどうしてそうなったのかをフォローしているようだけど、毎日がお祭り騒ぎに思えてしまうんじゃないかな。


 夕食を頂き、舘の明かりに浮ぶ庭を眺めながらワインのグラスを傾ける。

 静かな時の流れに乗って、虫の奏出る音楽が聞こえてきた。

 やはり良い庭だ。思わず虫たちにグラスを捧げる。


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