M-133 数の脅威
レッド・カーペットという悪魔がいるのかと思ったら、どうやら魔獣の群れを現す言葉らしい。体表が赤くて百万を超える数が群れるなら、確かにレッド・カーペットと呼ばれてもおかしくない。
魔獣は水棲のサソリのような種らしいが、不思議なことに魔石を持つことがないそうだ。
魔獣とは異なるのかもしれないけど、カテリナさん達はスコーピオと言う名の魔獣に分類している。
「普段は海底にいるようだけど、数十年に1度陸地に上がってくるの。彼等は水中で孵化するのではなく、陸地で産卵し3回の脱皮を終えたところで海に帰るの。
成体のスコーピオの大きさは中型のトリケラ並みだけど、前脚にハサミと尾に強酸を出す毒針を持っているわ。強酸の威力は巡洋艦の装甲板を数分でボロボロにするほどのものよ」
「対応が取らないじゃないですか!」
大声を上げる俺に、王子が困ったような表情を見せる。
ん? それなりに対応が取れるということなのかな。
「『成体は……』と言ったはずよ。産卵は砂の海で行われるし、産卵を終えたスコーピオは直ぐに海に戻るから攻撃は必要ないわ。
問題は孵化したスコーピオなの。1週間ほどの間をおいて3回の脱皮を行うのは教えたわよね。
孵化して間がないスコーピオの大きさはヤギ程度。1回目の脱皮を終えると牛ほどの大きさになるし、3回目の脱皮を終えたなら小型のトリケラ並になるわ。
尾の毒針も、1回目の脱皮なら無視できるけど2回目の脱皮後であれば装甲板を溶かし始めるわ。3回目の脱皮後であるなら装甲の薄い駆逐艦クラスはかなり被害を受けるでしょうね」
短期間ということで王子が納得してたのは、2回目までの間にどれだけ数を減らせるかということなんだろうな。
さすがに2回目の脱皮以降の対応を依頼するのは、依頼側としても問題が出てくるのだろう。
「スコーピオは肉食ですが、3回目の脱皮を終えると地上での食事をせずに、ひたすら海に向かって移動を始めます。この移動も問題ではあります。海に向かって障害物を無視しながら進むのです」
面倒な相手だな。
だけど、結局は数ということになるのだろう。
戦は数だと名言を残したのは、誰だったかな?
「でも変ねぇ。前回のレッド・カーペット出現からまだ30年と少しよ。あまりにも早い気がするけど?」
「はい。我等も気になっているところではありますが、砂の海のサンドワームの大量発生、山麓地帯からの魔獣の移動、草食魔獣の西への移動……。これらはレッド・カーペット発生の予兆でもあります」
王子の話を聞いた、フェダーン様とカテリナさんの顔がだんだんと蒼白になっていく。
それほどの相手なんだろうか?
「王国軍の機動艦隊がこの辺りを遊弋していたのは……」
「移動する魔獣の監視と、場合によってはその牽制ということです。おかげでリバイアサンの姿をこの目で見ることが出来ましたから、王都に戻って自慢が出来ます」
「近々コリント同盟よりブラウ同盟に要請があるだろう。ウエリントン王国も騎士団に義勇軍を要請するのは時間の問題ということか……」
「前回はサンビア王国が痛手を受けました。人口の3割を失って、まだ復興途中です。我等もレッド・カーペットを目にして10日後には、王都防衛を優先することになりそうです」
「エルトニアの長城を越えた群れもあったと聞いた。だが……、西に問題があるのもたしかなのだ」
ブラウ同盟が瓦解しそうな話だな。ハーネスト同盟軍相手に勝ったことは確かだが、それで戦力が半減したとも思えない。
コリント同盟王国への援軍は、ブラウ同盟の経済活動を保つためにも必要だろう。
だが、下手に戦力を裂くと、西の同盟軍が版図を広げかねない。
上手く、戦略を練らないとブラウ同盟の危機に繋がりそうだ。
王子達にも任務があるのだろう。
2時間程の会見を終えると、直ぐに連絡艇で帰っていった。
見送った俺達を重い空気が包む。
プライベート区画に戻ると、ソファーに腰を下ろしてコーヒーを飲む。
甘いコーヒーが、重くなった頭を少し軽くしてくれる。
「どうするの?」
確認するように、カテリナさんがフェダーン様に問い掛けた。
「どうもこうもない。直ぐに反転して先ずは帰ることだ。休暇を取るのは問題あるまいが、リオ殿達は私と一緒に王宮にきてほしい」
「当初の約束ですから問題はありませんが、長引くことも考えた方が良いのでしょうか?」
「王宮滞在は5日で良い。会議は長ければ良いということはないからな。5日で結論が出ないなら10日掛けても結論は出ぬ」
それも極端な話だけど、5日もあれば王宮の動きも見えてくるのだろう。
とんでもない依頼が来そうな気もするけど、とりあえずは休暇を楽しめるはずだ。
「ん? あまり脅威を感じぬか」
「経験がありませんから、実感がないというのが本音です。1度見たら夢に見そうな話なんでしょうけど……」
フェダーン様の問いに答える俺にエミー達が頷いている。ローザは キョトンとした表情だ。やはり実感がないんだろうな。
「2度めの脱皮を終えたスコーピオの群れなら、チラノの群れですら逃げ出すぞ。2度目の脱皮で捕食者の立場が変わるのだ」
「外骨格のような表皮は、脱皮するごとに硬度を増すわ。最初の脱皮までなら獣機の長銃でも半ステム(75m)先のスコーピオの表皮を貫通できるけど、最初の脱皮後は弾丸を跳ね返すわ。2度めの脱皮後は軽巡洋艦クラスの艦砲か、魔撃槍を至近距離で放つことになるの」
「コリント同盟の依頼であればブラウ同盟としても1個艦隊を派遣することになるだろうし、ナルビクも機動艦隊を出すであろう。エルトニアは、自国の防衛で艦隊の派遣は無理だろうな」
その上に騎士団が加わるってことなんだろう。
だが、かなり難しい戦いになりそうだ。騎士団が役立つのは2度目の脱皮前までに違いない。
それまでに、どれだけ数を減らせるかが作戦の目的になるのだろう。
2度めの脱皮の後は、巡洋艦クラスの長距離射撃でということなんだろうな。
当然、全てを倒せるはずもないから被害続出ということになるのだろう。
「数十年ごとに繰り返される災厄が大陸東端の3王国が発展できぬ理由であり、ブラウ同盟の3王国はそれを逃れるために作られたとも言われている。
『数には数で』が基本ではある。次のレッド・カーペットまでには新たな戦術思想で作られた武器が使えると思っていたのだが……」
ん? 王子の話では兆候で会って近々と言うことではなかったはずだ。
「先ほどの話では、あくまで兆候ということでしたよね。コリント同盟を作る王国であれば過去の事例から、事前の兆候を知ることも可能なんでしょが、残された時間はどれ程あるんでしょうか?」
カテリナさんが俺に顔を向けて溜息を1つ。
俺の知識の無さを憂いているわけでもないんだろうが……。
「早くて1年後、遅くとも2年以内には確実というところかしら。サンドワームの集団発生は7年程度の周期で起きるものだけど、これに高緯度地方の集団発生周期8年が同時期に起きると厄介なことが起きるの」
2つの集団が合流して一斉に東へと移動するらしい。その先にあるのは潮流の激しく変わる海峡だ。
サンドワームは水中で生息できないから溺死することになるのだが、その死体を食べながら陸地に上がる生物がスコーピオと言うことのようだ。
「たっぷりと栄養を付けたスコーピオが、産卵のために上陸してくるの。サンドワームによる過剰な栄養の取得が産卵を促すという学説もあるわ」
「高緯度地方から魔獣の群れが移動しているというのは、サンドワームの大量発生とはリンクしないように思えますが?」
「高緯度地方のサンドワームは、砂の海の個体と比較して5倍以上大きいのだ。10体もいればチラノさえ尻込みするだろう」
魔獣の移動はサンドワームに追い立てられた可能性があるということか……。
「もう1つ。成体のスコーピオを相手にすることは考えていないようですけど?」
「東の海から砂の海に向かって数日の距離で卵を産み、再び海に帰る。攻撃しなければ通り過ぎるだけだから被害も少ない。上陸数は20万低度であろうからな」
巡洋艦クラスの艦砲でなければ倒すこともできないということだった。
少しでも数を減らす努力はするのだろうが、1割も減らすことはできないだろう。
「もしも、サンドワームが合流するようなことがあれば、およそ1年で成体が現れる。その卵が孵化してからの被害なら我等の介入する余地があるということだ」
「派遣期間は現地で1か月程度。軍との連携というよりは、馳せ参じる騎士団の援護が目的になるのかしら」
「ブラウ同盟軍としては機動艦隊に随伴して欲しいところだが、落としどころはその辺りになるだろう。騎士団は補給艦を持たぬが、リバイアサンなら1個機動艦隊への補給が可能な物資を搭載できそうだ」
「各王国から騎士団への参加はどのような依頼になるのでしょう?」
「義勇軍としての参加だ。食料と2回戦分の砲弾を支給し、参加した騎士団員に銀貨10枚が支給される。死亡者についてはその3倍だ」
参加する騎士団がいないんじゃないか?
それなら魔獣狩りをした方が遥かに収入が多いはずだ。
「参加した騎士団の名が、その年に作られる記念碑に刻まれる。それは世界の危機を救ったものとして伝えられるのだ。軍から払い下げられる陸上艦の多くは、それらに名を連ねた騎士団に優先的におこなわれるのだ」
それが一番大きな理由になるんだろう。
3度も参加した騎士団であれば、値段が半減するらしい。
短期的に見ればメリットはないが、長期的に考えればかなりの好待遇だ。
もっとも、それには150年以上騎士団を続ける必要もあるんだよなぁ……。
「少し確認させてください。騎士団が相手にするスコーピオは『孵化が終わって2回目の脱皮をするまで』、ということでよろしいのですね?」
「可能であれば、騎士団がその場を離れるまではスコーピオの相手をして欲しい。リバイアサンの砲弾は特殊なものだが、軍の工廟で2回戦分の枠を超えて準備しよう」
固定砲台としての役目を持たせるということになるんだろう。大きいからリバイアサンの後方は安全地帯になりそうだ。ドックを利用して参加した騎士団への補給もできそうだな。