M-132 レッド・カーペット
リバイアサンを時速15kmほどの速度を保ち、ひたすら東に進む。
1日の踏破距離は400km近くになるから、砂の海を進み始めて1か月が過ぎたことを考えると、そろそろエルトリア王国の機動艦隊と遭遇しそうだ。
昨日は、2つの騎士団の陸上艦と出会ったのだが、全てエルトリア王国に所属していたからね。
ウエリントン王国の東隣のナルビク王国であれば、リバイアサンの話は王国内に良く知られてはいるのだろうが、距離が離れた同盟国であるエルトリア王国にはどこまで知らされているかが分からないところだ。
ウエリントン王国在住のナルビク王国大使には、先の大戦での活躍を含めて知らせてはいるそうだ。
とはいえ、同盟を組む側としては、過ぎたる戦力を持つ王国との付き合いを考えてしまうだろうな。
フェダーン様に確認したところでは、エルトリア王国軍にリバイアサンの存在を見せるだけで十分だということなんだが、ある意味砲艦外交になるように思えてしまうんだよねぇ……。
まあ。その辺りは俺が悩むことではないだろう。
フェダーン様としては、おもちゃを見せたいだけかもしれないからね。
『エルトリア王国の機動艦隊を発見しました。偵察部隊がリバイアサンを見付けたのかもしれません。真直ぐに向かってきます』
「フェダーン様達は制御室にいるんだろう? エミー達に任せておこうよ。奇異な目で見られるかもしれないけど、同盟国だから一戦することにはならないだろうし」
『同盟の絆が深まれば良いのですが……』
「それはフェダーン様が考え得れば良いさ。俺達騎士団の本業ではないからね」
アリスにも心配されるようではねぇ。さて、フェダーン様はどうするんだろう?
互いの距離が30kmほどに近付くと、魔石を使った通信が始まった。
同盟軍との間では、100kmを越える通信も可能だが、さすがに王国直属の機動艦隊ともなれば、そうもいかないようだな。
『どうやら代表者を迎えるようですよ。「詳細は席上で」と連絡を交わしています』
「俺も出ることになりそうだな。作戦中ということで、良いと思うんだけど」
そんな会話をしていると、フレイヤ達が飛び込んできた。
俺の手を掴むと、エミーと一緒になって部屋に運ばれてしまった。どういうことだ?
「連絡艇が2時間後に来るの! とりあえずシャワーを浴びて着替えれば良いわね。服は……、新しいのがあったはずよ」
クローゼットから、真新しい黒のツナギを出してくれた。その上にポイっと下着を乗せてくれたから、とりあえずシャワーを浴びてこよう。
ジャグジールームの片隅にある3つのシャワーは既にフレイヤ達が使っていた。
【クリーネ】で体の汚れを落として軽くシャワーを浴びる。
【クリーネ】だけで十分に思えるんだけど、そんなことを言ったら、倍以上になって言葉が返ってくるんだよなぁ……。
先にジャグジールームを出て衣服を整える。
装備ベルトを腰に巻けば、長剣を背負わずとも良いだろう。リボルバーは強力だ。
タオルで髪を拭き取っていると、今度はカテリナさん達がやってきた。
フェダーン様も一緒だけど、やはり身支度を整えるということになるのだろう。
一体、誰が来るんだ?
機動艦隊の指揮官であれば貴族ということになるんだろうが、ヒルダ様がきた時でもそんなことはしなかったように思えるんだが……。
1時間後にリバイアサンを着底させると、連絡艇の到着を待つことにした。
ドックの装甲板を開き、斜路を下ろしているから、監視室は厳戒態勢で周囲の魔獣を監視しているに違いない。
万が一にもドックに入り込まれたら、現状では追い払うことができない。
念のために連装砲塔の装甲板を開いて、いつでも砲弾で追い払えるよう火器要員を配置には付けているのだが、最悪の場合はアリスを使うことになるかもしれないな。
「リバイアサンの唯一の弱点かもしれんな。今後も、このようなことがあるに違いない。何らかの自衛策を考えねばなるまいぞ」
「一番簡単な手は、戦機をドックに置くことなんでしょうけどね。それは少しもったいないように思えますから考えてみます」
俺達の心配は、エルトニア王国軍の巡洋艦が、ドックの開口部を守るように停止してくれたことで幾分和らいだ。
巡洋艦の外側には駆逐艦までもが半円を作るように停止していると連絡が入って来た。
「向こうも考えてくれたようだな。迎えには?」
「フレイヤとローザが行ってくれました。会議室に案内すると言ってましたから、ドックに入って10分程度でやってくるものと思っています。ところで、誰が来るんですか?」
俺の問いに、フェダーン様が驚いたような表情で俺に顔を向けた。
「聞いておらんのか?」
「そう言えば、伝えていませんでした。申し訳ありません。
表敬訪問とのことですから、顔合わせと思えば良いと思います。やってくるのは、エルトニア王国大機動艦隊の指揮官であるトルギス第二王子と副官、第一艦隊、第二艦隊の指揮官と副官達です」
エミーが俺に深々と頭を下げた。
別に謝ることはない。誰だって忙しい時には、何かを忘れてしまうことはよくあることだ。
「俺が注意することはありますか?」
「何時も通りで十分だ。同盟国の王子であるなら、エメラルダ王女が降嫁していることでほぼ対等で話が出来よう。親の威を借りるようなことがあれば私が注意すれば済むことだ。だが、凡庸であるなら機動艦隊の指揮官は務まらん」
切れる男ということなのかな?
ちょっと俺に相手が務まるとも思えないんだが、表敬訪問という名目の顔合わせであるなら、ボロも出ないだろう。
プライベート区域も少しは見られるようになっているし、ワインはマイネさん達に任せておけば問題ないはずだ。
そう言えば、あの会議室を初めて使うんじゃないか?
楕円形のテーブルに12脚の椅子だったけど、壁際にもいくつか椅子を置いてあるから、少し人数が増えてもだいじょうぶだろう。
『制御室から連絡です。機動艦隊旗艦より連絡艇が発進したとのことです』
俺のバングルから、アリスの声が聞こえてきた。
皆にも伝えたくて、バングルを使ったのかな?
フェダーン様に視線を向けると小さく頷いてくれた。まだ腰を上げないのは、ドックに統治約するまでは時間があると考えているのだろう。
10分も経たずに、再びアリスから連絡が届いた。
今度は俺達も席を立って、1つ下のフロアに向かう。
会議室に入ると、奥に座る。俺の右手にカテリナさんが腰を下ろしたから、フェダーン様の副官に見えてしまいそうだ。
俺の隣は3つの椅子が空いている。エミー達と、ローザが座るに違いない。
「一応、立って出迎えるのよ。それぐらいはできるでしょう?」
「ノックがあったら腰を上ます。紹介はこちらが先で良いんですよね?」
この場に及んで段取りを確認するとはなぁ……。
フェダーン様が、今にも噴き出しそうな顔で俺達を見ている。
そんな無駄なことをしていた時だ。
コンコン! と扉が叩かれ、フレイヤを先頭にエルトニア王国軍機動艦隊の重鎮が現れた。
来客は6人ではなく11人だった。軍服を見ると後ろにいる5人は護衛兵ということになるのだろう。武装は拳銃だけらしい。前に並んだ3人がそれだけ身分のある人物達ということなんだろうな。
「ようこそ、ヴィオラ騎士団旗艦リバイアサンへお越しくださいました。生憎と騎士団長は狩りの最中ですので、団長に変わって、私リオが歓迎の御挨拶を致します」
「こちらこそ、私の我儘を聞いていただき感謝いたします」
互いに挨拶を終えたところで、席についてもらった。
簡単に、こちらの顔ぶれを紹介すると、向こうも艦隊の指揮官を紹介してくれる。
互いの名を確認したところで、マイネさん達がワインのグラスを各々の席に置いてくれる。壁際の席に着いた護衛の5人にもちゃんと配っているようだ。
「現在、ブラウ同盟艦隊指揮官であるフェダーン様の依頼により、対海賊作戦を継続中です。できましたらこのまま東進し、マルトーン領の手前で反転し帰路に着きたいと考えておるのですが?」
「大型艦による海賊への示威行為だと、連絡を受けております。単艦で示威行為もないだろうと考えていた自分を恥じ入るばかりです。確かに、リバイアサンであれば十分にその目的が叶うでしょう」
「お許し頂けると?」
「エルトニア王国はブラウ同盟の一員です。何の問題もありません。それにしても……、よくぞ古代帝国の遺産を見付けましたな。しかもそれを動かせるとは」
「運が良かっただけでしょう。まだまだ未知な部分が多々あります」
どうやら興味本位の表敬訪問だったらしい。
第二王子は俺より少し年上に見えるけど、アレクよりは若そうだ。2人の女性指揮官を同行してきたけど、王子に寄り添うように座っているんだよなぁ。まるで嫁さんに見えてしまう。
「リバイアサンは騎士団の旗艦であると言っておられましたが、同盟軍との協力関係はフェダーン様が乗船していることで理解できます。
そこで、1つお聞きしたい。エルトニア王国からの依頼も受けることはできるのでしょうか?」
どういうことだ?
思わず、フェダーン様に顔を向けてしまった。
「ブラウ同盟とヴィオラ騎士団は多岐に渡って協力関係を築いている。エルトニア王国はブラウ同盟を構築する王国の1つであるからして、他の王国に関わらぬのであれば協力できるのではないか?」
「ということだそうです。ヴィオラ騎士団がウエリントン王国に所属しておりますし、私も第3王女を妻に頂く男爵位でもありますから、長期間とならない依頼であれば御引き受けしたいと思います。ですが最終判断は団長が下すことになるでしょう」
「同盟国であるなら、短期間の依頼は可能と頭に入れておきましょう。その確認を得るのが表敬訪問の目的でした」
王子の言葉にフェダーン様が少し首を傾げた。
今の王子の言葉に気になるところがあったのかな?
「もしやレッド・カーペット!」
「はい。兆候が表れています。真に恐れをなしているのはコリント同盟3王国でしょうが、マルトーン領内を抜け出る悪魔は、我が王国民が最も恐れ畏怖するものです」
フェダーン様とカテリナさんが急に真剣な表情に変わった。
それほど恐ろしい悪魔がいるってことなのか?