M-013 私掠船の末路
秒速6kmというのは、どうも俺の想像の領域を超えているような感じがする。射出されて100mも飛ばないうちに空気の圧縮熱で表面温度は鉄さえ溶ける温度になるらしい。弾丸を飛ばすというよりも、溶けた鉄の塊が飛んでいく感じなのかな?
その弾丸の周囲を衝撃波が取り囲むというから、直径40mmほどの弾丸でも、直径1mほどの範囲は衝撃波の刃で斬り割かれてしまうらしい。
そんな物騒な代物が衝突するとなれば、弾速に重量を掛けたエネルギーが伝わるんだろうけど……、かなりすごい値になりそうだ。
アリスが初弾で周囲の土が吹き飛ぶと話してくれたのは、そう言うことなんだろう。
ゆっくりと彼らの陸上艦に近づいていく。屈んで進むから少し遅すぎるかもしれないが、なるべく近づいて撃たねばなるまい。秒速6kmでは数kmほどの射程になるらしいが、その原因が弾丸の蒸発というんだから、距離が近ければそれだけ弾丸の重量が減らずに済むはずだ。
『北東方向から近づきましたから、武装自走車の警戒範囲にそろそろ入ります』
「奴らの母船までは?」
『約2000m。攻撃位置的には最良と推察します』
なら、ここでやるか。
俺が指示するまでもなく、球体スクリーンの画像が暗視画像と熱画像に切り替わる。
地中に潜った船体位置が、白く表示されているのはアリスの画像処理のたまものだろう。
すでにアリスは亜空間からライフルタイプのレールガンを取り出して、膝撃ちの構えを取っている。
後はトリガーを引くだけだ。
白く表示された陸上艦のど真ん中にゆっくりとターゲットリングを移動させて、T字の交点が重なるのを待つ。一瞬、ターゲットマークが点滅したのは、ロック状態になったというシグナルだ。
トリガーを引くと、レールガンの先端から白い光が目標に向かって伸びて行った。
着弾を待たずにトリガーを引き続ける。
数条の光が後を追っていったが……、前方に大きな土煙が上がったのを確認したところで、急いで北に向かって滑空した。
数km離れた場所でアリスを止めると、後方の様子をスクリーンに映し出された動態センサーと熱画像を重ねて確認する。
「火事になってるぞ。あれだと1隻は放棄しないといけないようだ」
『これはどうしましょうか?』
仮想スクリーンの画像に矢印が現れて、画像の一角を示すとブリンキングする。火事を起こした船を目指して進んでいるようにも思えるが、獣は本来火を恐れるんじゃなかったか?
「数と移動速度からすると、他の騎士団とは思えないな」
『魔獣だと推察します』
俺の目の前にもう1つの仮想スクリーンが現れて、アレクの彼女が貸してくれた図鑑の画像が現れた。
1冊買い込もうかと思っていたが、俺の目を通して全ての頁をスキャンしたみたいだ。俺は生身だが、俺の思考を読み解くぐらいの性能だからね。それぐらいは容易なことなんだろう。この世界の連中なら、テレパシーと言えば納得するかもしれない。
仮想スクリーンに映しだされた魔獣は獣というよりも、昆虫のようだ。大きなクワガタに見えなくもない。
小さければ子供が喜びそうだけど、大きさが3スタム(4.5m)となれば脅威以外の何ものでもない。振り返らずにひたすら逃げるべきだろう。
夜間の肉食に特化した生物らしいから、頭部に数個付いた目に見えるような器官が熱を感じるのかもしれないな。
「世の中、広いということなんだろうな。こいつの目は熱を見れるんじゃないか?」
『火事を起こした船に真っ直ぐ向かってますね。ランクBと分類されているんですが、このランクは危険度とも推測できます。モノリーズ、デールはCでしたし、サベナスはBでした』
サベナスはアレク達が戦機だけで狩ったんだよな。となると単に危険度ともいえないように思える。
「サベナスの群れと考えればいいのかもしれないな。数は20を超えてるようだけど」
『38匹になります。あの船には戦機はいませんでしたから、蹂躙されるでしょうね。大破で十分とは、後の始末を魔獣に任せるつもりだったのでしょう』
荒野だからなぁ。それが狙いかもしれない。他の勢力よって壊滅されたとなれば王国間に不要な緊張を生む可能性もあるわけだ。
ここは非情になってヴィオラに戻ることにするか。
「アリス、ヴィオラに戻るぞ。帰還コースはヴィオラに南東から接近するようにしてくれ。正午の信号弾を確認してから帰還する」
『了解です。ヴィオラから10kmほど後方で合図を待つことにします』
1時間も掛からずにヴィオラの後方に位置した。いつもより進行速度を遅くしているのは、俺達からあまり距離を取りたくないとの配慮だろう。
それでも前方に4台の自走車を配置してのことだから、魔獣発見と同時に狩をするつもりのようだ。
「魔獣はいないようだな。アレクの話では川を渡れば大型がいるようなことを言ってたんだが」
「この先に湖沼地帯があります。そこで狩るつもりなんでしょう」
上空から撮影した画像を見てみると、確かにこの先に小さな沼地が点在している地域がある。
緑が点在しているようにも見えるから、大型の草食獣、それを狙う肉食獣、さらには魔獣と続くんだろう。
だがこの場所となると、さらに2日は進まなくてはなるまい。
そろそろ昼になろうとした時だった。
アリスが話しかけてくる。
『ヴィオラ前方に、大型の動態反応があります。数は3頭、約3時間後に視認距離まで近づきます』
「時計を表示できないか?」
『ブレスレットに時計を表示させます。コクピット内限定ですから、工房都市等に向かわれた際に時計を購入することをお勧めします』
アリスから離れた場所でアリスの機能を使うこともできないだろうな。確かに戦機を動かず科学が発展した世界だ。俺の知っている科学とはかなり違うだろうが、時間の観念があるのならそれを知る物もあるに違いない。
右腕のブレスレットを見ると、金属プレートのすぐ上に仮想スクリーンで時計が作られていた。正午までの時間はおよそ1時間とちょっとというところだから、魔獣の接近はヴィオラに戻ってからで十分だろう。
ところで、この時計の基準はどこになるんだろう?
アリスによれば、ギジェの時計に合わせてあるそうだ。ヴィオラの船内活動と比較しても同じ時間を使用しているらしいから、この時計の正午が、ヴィオラの艦内時刻の正午と同じになるはずだ。
デジタル時計が正午を知らせると同時に全周スクリーンで正面を見据える。
見通し距離にヴィオラは見えないが、北の上空に信号弾が輝いた。赤と白だから、危険と安全を同時に示していることになる。相反する信号弾をあえて上げたんだろう。あれなら他の騎士団が救援に駆けつけることもない。
アリスを反時計回りに移動させながら、地上を自走車の速度を上回るぐらいの速度でヴィオラに接近させる。
ヴィオラを視認したところで、魔石を使った通信回線を開き任務完了を告げると、船室で報告を待つとの返事が返って来た。
右側の舷側扉が開かれたところで、ヴィオラのカーゴ区域にアリスを飛び込ませると、いつもの駐機台にアリスを固定する。タラップを降りてベルッド爺さんに帰還を告げると、ニコリと笑みを返してくれた。
そのままカーゴ区域を船尾に歩き出し、指定された部屋に向かうのだが、この船がだんだん小さく思えてきたな。まともな船室が無いのが問題だろう。
俺達だって共同部屋だからなぁ。小さくともいいから個室が欲しいところだ。
部屋の扉をノックして開けると、中にはドミニク達とアレクが俺を待っていた。
レイドラに指示されるままにアレクの隣に腰を下ろすと、直ぐにネコ族のお姉さんがワインを運んでくれた。
ここのワインはいつも飲んでいるワインよりも上物だから俺にとっては嬉しいんだけど、アレクは質より量を求めるらしい。グラスを見る目がなんとなく寂しく思える。
「それで?」
「一応、任務は完了です。上部甲板まで砂に潜った陸上艦に6発の弾丸を打ち込みました。結果は炎上というところですが、1隻はそのままです」
俺の報告を聞いて3人の表情に笑みが浮かぶのが問題だな。あの攻撃でどれだけの人的被害が出たのかはわからないが無傷であるわけがない。死傷者多数ということになるんだろうけどね。
「私掠船なら全滅させても問題はあるまい。奴らの非人道的なやり方は海賊以下だからな。1隻をそのままということなら急いで自分達の王国に戻ることになるだろう。ガルトス王国の貴族勢力が少し変わるかもしれん」
「この航海が終われば王国に帰るからその時に報告すればいいわね。その他には?」
「2つあります。1つは、私掠船の火災に向かって魔獣が移動していきました。真っ直ぐに向かっているところを見ると昆虫種のシザースと考えられます。もう1つは、ヴィオラに接近する前に3頭の大型魔獣を確認しました。およそ1時間半後にマストからも視認できるでしょう」
俺の話が終わる前に、レイドラが小さな金属製の箱を取り出して、それに指を這わせる。文字を描いているのかもしれない。
すぐにドラの音が2回聞こえてきた。確かあのドラの音で、アレクが俺達のたまり場から飛び出して行ったんだよな。
「警戒態勢を発動しました。自走車の移動も始まっています」
箱に文字が浮かんでくるようだ。あれも魔導科学が生んだ代物に違いないだろう。
「確認次第ということになりそうね。私掠船については魔獣が後を引き継いでくれるなら何も問題はなさそうね。王国への報告で済みそうだわ」
「問題は、狩りか逃走かの選択だな。移動速度が速いとなればチラノタイプを考える必要がある。まして3頭ともなればチラノそのものでも不思議はないぞ」
「同型艦がチラノ5頭に蹂躙されているわ。戦機は3機だったらしいけど」
3人が沈黙を始めた。
大型魔獣とは、それほど恐ろしいということになるんだろうか?
「アリスなら容易いでしょうね……」
ドミニクが重い口を開く。2人がその言葉に頷いているということは、アリスで狩るという選択を選んだということになりそうだな。
「だが……、戦姫の存在が世に知られるぞ。かと言って、魔撃槍でチラノを倒すのはほとんど不可能だ。1頭ならできなくもなさそうだが」
「できなくもないというなら、それで行けばいいんじゃないですか?」
思わずアレクの言葉に疑問を投げたが、その答えがチラノの目に魔撃槍の弾丸を打ち込むというものだった。
聞いた俺が絶句するほどだから、ドミニク達が溜息をついたのも無理はない。
だが、それで倒せるならその方法を取ったと思わせればいいだけだ。
「やってみますか? アリスのレールガンを相手の目に撃ち込みます。上手く行けば戦機が倒したと思ってくれるでしょうし、失敗したなら埋めてしまえばいいだけです」
「埋めるだと?」
「その手があったわね。どう、アレクできそうかしら」
「出撃して適当に魔撃槍の弾丸を打ち込むか。それをマストの監視台の連中がギリギリ見える距離で行えば完璧ということになる」
アレクが俺に体を向けると、右手で俺の肩をがっちりと掴んで頷く。彼の表情は真剣だ。
「後はアレクに任せるわ。上手く狩れたら中位魔石を1個ずつ進呈するわよ」
「チラノなら1頭で数個は魔石が取れる。了解だ」
ドミニクの言葉に返事を返したところで、俺達は仲間のところに速足で向かう。色々と段取りを決めなくてはならないし、時間もそれほどない。