M-129 爆撃照準器が必要だ
エミーが王宮の1室で静かな暮らしをしていた反動なのだろうか? リバイアサンに護衛のリンダと共にやってきたローザは、毎日のようにリンダと共に探検を楽しんでいるようだ。
まだまだ全てを把握していない状況だから、おもしろそうだと思っても、機材には手を触れないように言ってはいるのだが子供の好奇心は猫以上だと聞いたことがあるからなぁ……。
制御室の通信要員が、常にローザ達の居場所を把握しようと頑張ってくれている。
場所が分かれば何かあっても少しはマシな対応ができると、カテリナさんも言ってたからね。
「戦姫を動かせることで自由を手にしているのだ。いずれは王国内の貴族の下に嫁ぐだろうからな」
「同盟国の王族かと思っていたのですが」
俺の言葉に、フェダーン様が笑みを浮かべる。
本来なら、そうなるということになるのだろう。だけど、ローザの姉は俺に降嫁したんだよね。
「軍事バランスが瓦解しかねない。強いては同盟の破綻にも繋がることは陛下も許可を出せんだろう。
似た話は、リオにも言えることだ。王族を上回る軍事力を持っていると私は考えるが、王侯貴族の多くには、過ぎた軍備を持った新興貴族という印象を陛下は与えている。
軍の内部には、いかにリオからリバイアサンを奪おうとする者もいるようだが、行動を起こさぬ限り目をつぶるしかなさそうだ。
先の戦を見た多くの軍人はリオとの共存を望んでいるぞ。その場にいなかった高級仕官達が問題だな」
海賊だけでなく、軍まで敵対することになったら面倒になりそうな気がするんだけどなぁ……。
「現在は東に向かって航海しているが、自分の理解できない事態に反目する連中への示威行為でもあるのだ。
リバイアサンは目立つ存在だ」
ハハハ……、と笑い声を上げている。
お妃様なんだから、王宮でお茶を飲んでいる方が似合うんだけどねぇ。
でも、フェダーン様の鎧姿も眼福なんだよなぁ。槍と盾を持たせたらバルキリーそのものだ。
リバイアサンの中なんだから、重装装備は必要ないんだけどね。
「このまま何も無ければ良いんですけど……」
「精々零細騎士団の救援というところであろう。ブラウ同盟は今のところ問題は表面化していないからな」
プライベート区画にいても、壁の1つに大きな画像を作ることで、半径50kmほどの状況は確認できるし、飛行機による偵察状況に大きな変化がある場合は、通信部局員が連絡してくれる手筈だ。
制御室に在籍せずとも状況が分かるということで、フェダーン様はここで過ごすことが多くなってきた気がする。
「我の副官も、この区画への立ち入りを許可して欲しいのだが?」
「それは構いませんが、ここを軍の指揮所にしようなんて考えてませんよね?」
「そこまでは考えておらぬが、連絡員として傍に置きたい。さすがに指揮所ともなれば、他の士官達も出入りすることになるからな。それはドッグ近くの兵舎に場所を作ってある」
通信機が数台に大きな会議机ぐらいの設備なんだろう。
情報の集約と指示の伝達が出来れば指揮所としての役割は可能だ。
だが、その指揮所を使って指揮するのはウエリントン王国の軽巡洋艦と飛行部隊に限られている。
リバイアサンと戦闘艦はエミーの指揮下だ。
「ところで、導師の方は順調なのか?」
「さあ、さすがに導師と気軽に話はできないもので……」
「順調よ。何度か王都と試験飛行をしているみたいね」
俺の隣にカテリナさんが腰を下ろした。
肌が密着するようにすり寄ってくるんだから、困ったご婦人なんだとなぁ。
ライムさんが俺達の飲んでいた紅茶を下げて、新たにコーヒーを運んでくれた。
たっぷりと砂糖を入れて飲むから、何時もフェダーン様が俺の仕草に笑みを浮かべる。
「それは重畳。陛下も満足しているに違いない」
「重装歩兵を2個分隊だから、リオ君の要求仕様には足りないんだけどね。でも民間人を搭乗させるなら、30人は可能よ」
それぐらい乗せられるなら問題はないかな?
荷役量は3tというところだろう。生鮮食料の輸送には少し心許ないが王都と隠匿空間を2日で結べるのが何よりだ。
「改造を始めたんでしょうか?」
「軍の要求があったみたい。出したのはフェダーンじゃなくて?」
「巡洋艦クラスの砲弾を20発以上搭載したものを作るように依頼した。数は5隻。ウエリントン王国に3隻、同盟王国に1隻ずつになる」
「示威のためですよね?」
「もちろんだ。だが、3隻が艦隊を組んで行動するなら、敵の兵站を破壊することも可能だろう」
兵站どころか、都市爆撃さえできそうだ。
それを防ぐ手段が相手にあるとも思えない。一方的な攻撃になるんじゃないかな。
「ならカテリナさん、これを作ってくれませんか?」
プロジェクターを取り出して壁に図面を表示させた。
初期の汎用小型無誘導爆弾の概略図だ。重量は約100kg、炸薬量は30kgに満たない。
上空からの落下で破損しないように先端部は肉厚の鋼鉄製だ。
「砲弾では無さそうね。小さな羽が付いてるし、風車まで付ける意味が分からないわ」
「どうにか生体電脳の記憶槽から再現できた図面です。飛行機から落とす専用の砲弾ですよ。大砲で発射するわけではありませんから、『爆弾』と呼びたいですね」
「これを搭載するのか? 砲弾を使っても良さそうに思えるのだが」
「榴弾と考えれば似たところがあります。フェダーン様は巡洋艦の砲弾を転用しようと考えているのでしょうが、上空からそのまま落下させることを考えると不都合が色々と出てきます……」
砲弾をそのまま落としただけでは、上手く爆発しないだろう。
どのような形で落下するかがまるで分からない。砲弾には先端に信管が付けられているから、上手く砲弾の頭を下にして落とさねばならない。
その為に、どんな形で飛行機に搭載するかが問題になりそうだ。
「それで、ハーネスト同盟軍との戦いに使った爆弾には砲弾の後ろに羽を付けたのね?
それなら、砲弾の頭が下になるわ。でもそれで良いんじゃないの?」
「比較的低空ならそれでも良いでしょう。ですが、新たな飛行機は現用の飛行機よりも速い速度で飛び、高度もかなり上回っています。
となれば、敵国の飛行機が上昇できない高さで爆撃を行う方が味方の被害を低減できるでしょう。
高度600スタム(900m)以上の高さを、時速300カム(450km)で飛行して落とすとなれば、砲弾の改良型では対処できないと考えています。
それに、落下までの時間に爆弾が空中を動く距離も考える必要が出てきます。およそ1ケム(1.5km)ほど投下点と落下点が開いてしまいますよ」
「爆撃用の照準器と高度計に速度計が必要になるのか……。単純に投下すればよいというわけでは無いことは理解したつもりだ」
「この図は投下後の姿勢を保ちつつ、着弾時の衝撃で壊れないということになるのね。なるほどねぇ……。奥が深いわ」
「感心しているところ悪いのだが、カテリナに頼むことは可能なのか?」
「私か導師になるでしょうね。できればリバイアサンの軍の工廟の力も借りたいところだけど」
「それぐらいは何とでもできる。試作費用は私に請求して欲しい。それで期間だが?」
「試作だけなら、2か月もあれば十分よ。10個で良いでしょう?」
水平爆撃だけでなく急降下爆撃もできるんだけど、今は話さない方が良いかもしれないな。
ある程度の目途が立ったところで、応用編として提示してみよう。
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リバイアサンは北緯35度を東に向かって進んでいる。
速度は陸上艦並だが、安全性は極めて高い。
最上階の監視所も、魔獣や海賊を探すことよりは、進路上の陸上艦を避けるための早期発見を主眼としているようだ。
「魔獣は呆れたように、その場を動かなくなってしまうし、海賊は全く姿を見せないわ。帰投する時には緯度を下げた方が良さそうね」
「ある意味示威行為ですからねぇ。海賊に見て貰うべきなんでしょうけど……」
「おかげで、魔獣狩りは順調だよ。戦闘艦の2連装砲塔2基とローザ達がいるかね。一応、少し離れて待機してはいるんだけど、俺達の出番はないみたいだ」
「我等がいればリオ兄様に頼らずとも狩りはできるぞ。じゃが、せっかくの群れをみすみす逃すことは多いのう……」
それは仕方のないことだ。
同盟国からの依頼でリバイアサンを動かしている以上、あまり大きく進路を変えることができないし、一カ所に長時間留まることもできない。
現在の巡航速度は、時速15km程度だろう。夜間は速度を落として時速10kmほどだ。
リバイアサンの進路から南北20km程度であれば、リンダの駆る戦機であっても、追い付くことはできるんだが、それ以上離れたり時間を要する場合は見逃すことになる。
ヒコウキがリバイアサンを中心に100kmほどの範囲を索敵しているから、魔獣の群れが確認できない日はないんだが、戦機の稼働時間の制約を考えると、致し方のないことではあるんだよなぁ。
それに対する手立ては……。
戦機を運ぶ専用の船ということになるんだろうか?
戦機を数機乗せるだけだから武装は必要ないし、数時間の航行時間があればじゅうぶんだ。航行時間よりも速度を優先したいな。
騎士の休息所をつくれば、少しは滞在時間も伸ばせそうだが、宿泊や食堂は考えなくとも良いだろう。
「あら! 何か良い案が浮かんだの?」
「まだ漠然としたものですけど、ローザの悩みを少しは解決できそうです」
カテリナさんが怪しい微笑みを作り、ローザは目を輝かせている。
上手く行けばリバイアサンからの戦機の展開を大きく広げることもできるだろう。
そうなれば、ヴィオラをリバイアサンと共に行動させることも可能だし、本当にヴィオラ騎士団の旗艦になるんじゃないかな。




