M-126 メイデンさんがやってきた
隠匿空間から300kmほど南下した地点で、ベルッド爺さん達を乗せた輸送船と会合した。
ドックの斜路を使わずに、昇降台でベルッド爺さん達ドワーフ族10人と荷物を搬入する。
それほど荷物が無いのは、前にやってきた輸送船がたっぷりと荷物を運んできたからなのだろう。
隠匿空間から食料を運び込めるのは、まだまだ先になるだろうからなぁ。
ドックで出迎えた時には、ベルッド爺さんが子供のような笑みを浮かべて俺の手を握ってくれた。
古代帝国の遺産を目の前にして、その技術を目にできるのが嬉しかったんだろう。
「2班に分けて作業をするぞ。一か月後には何とかして見せるわい」
「あまり気負わずにお願いしますよ」
「これだけの代物だからのう……。御伽話で聞いた怪物に実際に乗っていると思うと、そうも言っておられん」
寝食を忘れて作業するようなことは避けて欲しいんだけどなぁ。
苦笑いで、「よろしくお願いします」と言うだけになってしまった。
工房をヴィオラ騎士団専用ドックに隣接した倉庫の1つと、駐機場に隣接した倉庫に設けるとのことだが、駐機場の近くにはカテリナさんの研究所を作っているんだよなぁ。
仲良くできれば良いんだけど……。
やってきた翌日には、工房を立ち上げて2日後には飛行機の組み立てが始まった。
戦闘艦の方も解凍処理を始めたらしいから、早ければ1か月後には試験走行ができるかもしれない。
ベルッド爺さん達がやって来てから20日程経った頃、今度は王都からクリス団長の姉であるメイデンさん一行がリバイアサンにやってきた。
総勢50名ということだから、軍の駆逐艦よりも少ない。
戦闘艦の仕様では、それで十分らしい。
輸送艦から下りたメイデンさんと夫であるアルバさんを解凍が終わった戦闘艦に案内する。
舷側下部にあるはずの大きなタイヤが無くて、その代わりにたくさんの足が付いていることに驚いている。
「ムカデのような感じで動くのかしら? 戦闘艦である以上速さが大事だと思うんだけど……。搭載砲は換装するんでしょう?」
「貴族特権でこのまま使えます。艦橋の前に背負い式で砲塔が2つ、後方に1つで6門の大砲がありますが、全て魔撃槍と似た大砲です。砲弾は戦機の持つ魔撃槍よりも大きいですよ」
「魔撃槍は便利なんだけど、砲声が無いのが物足りないわ」
「そこは我慢して頂きたいところです。リボルバー式装弾装置を使っていますから、1秒間隔で6発を発射できますよ」
うんうんと頷いているけど、ちゃんと聞いているのかな?
艦内に入って、ブリッジに向かう。
戦闘艦の指揮と操船を行う区画だが、従来のブリッジと大きく異なるのはたくさんの仮想スクリーンが並んでいることだ。
中央に舵輪があるけど、舵輪というよりは自走車のハンドルと言った方が良いんじゃないかな?
立って握るのではなく座って握るようだ。いくつかのレバーがハンドルの左右に並んでいる。
「こじんまりしたブリッジね。乗員が少ないから、やることが多いんでしょう。全員が座って戦闘を行うのは斬新ね」
「座らなければならない……、ということになるんでしょうね。巡航速度で30ケム(45km)が出せるようです」
時速30kmに達しない陸上艦であれば、立って舵輪を握っても問題はないだろう。急速回頭をしても足を踏ん張れば耐えられる。
だが、速度が上がるとそんなことはできないからね。体を半ば埋め込むようなシートで横に掛かるGに耐えなければならない。
「典型的な一撃離脱艦のようね。気に入ったわ。それで何時走らせられるのかしら?」
「ベルッド爺さんがこのドックに工房を開いてます。彼と相談してくれませんか? 俺も早くこの戦闘艦の走行する姿が見たい1人ですから」
戦闘艦を下りて、ベルッド爺さんの工房に足を運ぶ。
2人にベルッド爺さんを紹介したところで、プライベート区画に帰ることにした。
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「どうだった? 上官を殴って退役した女傑と聞いたんだけど?」
コーヒーカップを2つ持って、デッキ近くのソファーに腰を下ろした俺に問い掛けてきたのはカテリナさんだった。
ありがたくコーヒーを受け取り、砂糖を2つ入れてスプーンでかき混ぜる。
「確かに威圧感がありますね。フェダーン様は静かな威圧ですけど、メイデンさんの場合は今にも飛び掛かって来る猛獣を前にした感じです」
「おもしろそうなご婦人ね。後で会ってみましょう」
「これでリバイアサンの当座の乗員が確保できたことになります。戦闘艦の試験航行が終わり、飛行機が2機完成したところでリバイアサンの本格的な運用を始めようかと思っています。
とは言っても、当座はヴィオラ艦隊と連動した狩りになるんでしょうけどね」
「騎士団の本業は狩りだから、それで良いとは思うんだけど……。フェダーンの思惑もあるでしょうね」
「それは軍からの依頼ということで、リバイアサンを運用できるのではないかと。また、定期的に位置情報を近くにいる騎士団に知らせることで、リバイアサンを動く兵站基地としての利用が可能になります」
補給と整備、それに騎士団員の休養が砂の海のど真ん中で可能になるのだ。その恩恵は大きなものになるんじゃないかな。
「フェダーンは悪質な海賊狩りをしたいのかもしれないわね」
海賊は元々悪質だと思うんだけど、どうやらそうでもないらしい。
元々が傭兵団と海賊の明確な線引きが出来ないのが現状だ。傭兵団は単独で魔獣狩りをすることはほとんど無く、多くが騎士団と行動を共にする。
そんな護衛職にあぶれた傭兵団の収入として、強制的な護衛を強いるのが海賊ギルドの構成員らしい。
相場は魔石50個から100個の間らしいから、騎士団の収入の半分近くになるようだ。
騎士団にとっては泣き寝入りになるのだろうが、同じ騎士団を狙うことは稀らしいから、荒野の必要税として小規模の騎士団は諦めているらしい。
そんな連中が所属するのが海賊ギルドだ。
カテリナさんが「悪質な海賊」という連中は、海賊ギルドに所属せずに徒党を組んで活動している連中になる。
それこそ、問答無用で攻撃して来るし陸上艦の乗員は皆殺し、使えそうなものは根こそぎ持ち去ってしまうらしい。
「海賊ギルドの連中も問題ではあるけど、押しかけ警備に法外な値を着けるだけで、人的損害はほとんど無いの。でも、そうでない連中もあるのよね」
「活動地域が分かれば、巡回する機動艦隊が撃破できそうに思えますが?」
「軍の駆逐艦と同じぐらいの速度だし、襲撃は大砲得尾搭載した自走車で行うらしいの。小物は捕まえられても、母艦はねぇ……」
それで、フェダーン様が飛行機に拘ってるんだな。
少し理解できた。だけど、大きな問題が無くはない。軽巡洋艦への飛行機の搭載数は2機が限度だろう。数機を搭載できる軽空母見たなものがあれば役立つんじゃないか?
単独で運用することは無いだろうから、軽空母の武装は獣機の持つ級で十分だろう。飛行機用の連発が可能な銃をアリスが設計したらしいから、それを両舷に数丁も持てば空からの脅威も少しは軽減できそうだ。
「ところで、軍艦への飛行機の搭載は問題がないんですか? 少し大型化した話を聞きましたけど」
「そこが悩ましかったんだけど、アリスが左右の翼を折りたためる構造にしてくれたから、既存の飛行機より小さく収容ができるわ。たぶん似た物を知ってるのかもね。
さて、私も駐機場に行かないと……。ベルッドが独自の解釈をしかねないわ」
俺に手を振って階段の方向に歩いて行った。
カテリナさんのちょっとした休憩だったんだろうな。仲がいいような悪いようなベルッド爺さんとカテリナさんだけど、結果はきちんと出してくれるんだから問題はないだろう。
タバコに火を点けてアリスに問い掛ける。
「フェダーン様の乗艦する軽巡洋艦を軽空母に改造することはできそうかな?」
『上部の装甲板をフラットにして艦橋を左右どちらかに寄せれば可能です。搭載砲と砲弾庫、それに獣機用のカーゴ区域も潰せば10機以内の収容ができそうです。
とは言っても、爆弾と飛行機用の魔道タービンエンジンの燃料庫が必要になりますね。飛行機の出撃回数を3回として、概念図を作ってみましょうか?』
「お願いするよ。それと、可能であれば空母の速度を上がられないかな?」
『合わせて、検討します』
タバコを吸い終わる前に、目の前に仮想スクリーンが現れた。
アリスの能力だから出来るのだろう。
2つの仮想スクリーンに概要図と簡単な仕様表が表示されている。
2本目のタバコに火を点けて、とりあえず形を眺めてみた。
横幅25m長さ100mのフラットな上部甲板と左に寄った艦橋が特徴的だな。
船首の甲板が若干上向きなのは、滑走しての離陸を考えたのかな?
甲板の左右にある切り欠きは船内駐機場から甲板へ飛行機を移動するための物なんだろう。
飛行機の搭載数は、戦闘攻撃機が8機に偵察機が2機のようだ。上部甲板にも搭載したいところだが、砂の海の砂嵐はかなり酷いものだからねぇ。全て船内に収容する以上、搭載数が少なくなるのは仕方のないことだ。
「アリス。本当に時速30kmが巡航で出せるの?」
『艦隊重量をかなり削減しています。装甲板は駆逐艦並ですし、砲塔を搭載するための頑丈な架台も必要ありません。砲弾庫の撤去により空いた区画を動力室に統合して、巡洋艦用の魔道タービンエンジンを搭載しています。駆動車輪も1組増やしましたから、最大船速は時速35kmになります』
砲撃戦を考慮しなければ、かなりの余裕があるってことか……。
そうなると、大型空母は大型輸送艦を改造しても良いんじゃないかな? 30機以上の飛行機を運用することも可能だろう。
とはいえ、軍艦と言えば大砲だからなぁ。敵国よりも大きな大砲を搭載したくなるのが軍人の性かもしれないな。




