M-122 海賊を根絶やしにできない理由
リバイアサンとヴィオラの距離が千kmほどに離れてしまったが、アリスで飛行すればそれほど離れたように感じない。
上空5千mを音速の2倍で飛びながら、左右300kmの魔獣を探れるアリスのセンサーは驚くばかりだ。
『狩りは順調に進んでいるようですね』
「ドミニクは余り冒険をしないし、アレクは慎重派だ。クリス団長のストレスが溜まってるかもしれないね」
ガリナム騎士団は危険に飛び込むところがある。
傭兵団ならそれでも良いのかもしれないけれど、騎士団は確実な狩りをすることが一番だろうな。
「明日は帰投するだろうから、クリスの手伝いがあるよ」
『山分けでしたね。リバイアサンの乗員も増えてますから、10頭以上は狩りたいところです』
高緯度とは言えない場所だが、魔獣の多くは中型以上だ。10頭も狩れば魔石の数は50個以上取れるだろう。半数以上が中位魔石の筈だから16万デル以上にはなるんじゃないかな。金貨8枚の分け前は悪くない金額だ。
『ヴィオラに周辺の魔獣の位置を送信しました。……返信を確認「ご苦労様」以上です』
「了解。それじゃあ、海賊の方に行ってみるか」
南西に向かって飛んでいくと、遠くに煙が上がっている。速度を落として高度を下げる。
『煙の位置を特定しました。あの不審船が停船していた位置です』
「やはりね。問題は、どちらが破壊されたかなんだが……」
高度3千mから千mに下げて、状況を確認する。不審艦の砲塔を見ると、口径が小さいようだ。5隻が大破して乗員の亡骸が周囲に散乱している。
埋葬すらして貰えないのか、それとも死骸はそのままが荒野の掟なのか……。
『生体反応ありません。魔道機関は全て停止を確認。このまま放置すれば、西の魔獣が始末してくれそうです』
周囲の動体センサ―画像には、西から小さな群れが近付いているのが見える。
肉食魔獣なんだろうけど、それほど大きなものではなさそうだ。
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夕食を一緒に取りながら、フェダーン様に例の不審艦の状況をプロジェクターの画像を映しながら説明した。
「昼前に交戦したようだ。上手く撃破できたと伝えてきたが、なるほど一方的な戦になったようだな」
「使える、ってこと?」
カテリナさんの問いにフェダーン様が頷くと、カテリナさんに顔を向けた。
「使えるな。2個艦隊を作って遊弋させてみよう。小規模騎士団の被害が少なくなるに違いない」
「それだけ海賊の被害があるなら、海賊ギルドもろとも潰すことを考えるべきじゃないんですか?」
「それが出来ぬから、困っておる。ギルドの歴史は王国よりも古いのだ。王国創建時には、当時あったギルドの援助が大きかったらしい。ギルド自体が自壊するなら問題は無いが、王国側が壊滅させるとなれば、恩を仇で返すことになる」
道義的な問題ということなんだろうな。
それで徹底した防衛戦を行うわけだな。ギルドへの言い訳も立つということになる。
「大規模な海賊がいなくなっても、直ぐにその穴は埋まるだろう。だが、海賊側も襲うことへの躊躇いが出れば、この作戦は成功と判断できる」
難しい判断だな。俺には到底軍を率いることなどできそうもない。
こういうのを戦略と言うんだろうけど、その場で勝敗がはっきりと見えないと俺には納得できないからなぁ。
「あの仮装巡洋艦のクルーはリバイアサンで活躍した士官達だ。3年も乗船したなら、大型艦の士官として役立ってくれるだろう」
「リバイアサンに残ってくれた元士官候補生が気の毒になるんですが?」
「心配はいらんぞ。彼等の評価は通常勤務の2割増しだ。2年後には皆中尉を拝命できるだろう」
リバイアサンは軍艦じゃないんだけどねぇ……。
フェダーン様が去っていく姿を見ながら、小さく呟いた。
「でも、候補生の人達が残ってくれたから、操船や火砲は新しく来た人も上手くやってくれてるわよ。まだドラゴンブレスは試してないけどね」
「星の海では、上手く島を避けながらリバイアサンを動かしてくれます。やはり長年大型艦を操船していただけのことがあると感じました」
俺達の話を聞いていたフレイヤ達の感想だ。
やはり残ってくれて助かっているんだろう。エミーの元巡洋艦のブリッジクルーの評価にも嬉しくなる。
エミーの指揮でそれだけ出来ているなら、砂の海の航海も容易だろう。
この機動要塞を使った魔獣狩りの方法を考えねばなるまい。
ドックの戦闘艦は少し変わっているけど、あれに獣機を搭載できるのだろうか?
4機搭載できれば、リバイアサンだけでの魔獣狩りも容易だろう。あれの解凍も早くして欲しいところだ。
「カテリナさん。戦闘艦の方は、まだ先になるんですか?」
「飛行機が先よ。その後になるし、肝心のベルッドがまだ来ないでしょう」
戦闘艦ともなると、ベルッド爺さんの経験が必要ってことなんだろうな。だけど、飛行機作りにはベルッド爺さんが必要な筈だ。案外早くリバイアサンにくるかもしれないな。
「ところで、エミーはどこに向かってるのかしら?」
「このまま星の海を南西方向に向かい、3日目に東進して10日後にラゼール川の北で補給艦隊と会合する予定です」
「次の乗員が決まったから、出迎えて欲しいとフェダーン様が言ってたの。風の海を進んでも良いんでしょけど、魔獣がいると狩りたくなってしまうでしょう?」
フレイヤの言葉いエミーも頷いている。だいぶ染まった感じがするな。
カタリナさんと顔を身わせて、やれやれと首を振る。
たくさん島があるから、適当な目標を見付けてドラゴンブレスも試してみるのだろう。なぜ多用しないのかを、自分の目で見ない限り分からないだろうし、万が一撃つことが会った時に迷わずに準備が出来るに違いない。
フレイヤが席を立ち、俺の腕を引く。
一緒に行こうというんだろう。俺が立ち上がると、エミーも席を立って俺に腕を絡めてくる。
後ろを振り返って「おやすみなさいと」挨拶したんだが、カテリナさんは笑みを浮かべて手を振っているだけだ。
今夜も寝ないで飛行機の魔方陣を解析するんだろうか?
完全にコピーできなくとも、飛行時間が1時間以上になれば色々と使えると思うんだけどねぇ……。
下階に下りて風呂の扉を開けたら、フェダーン様が入ろうとしているところだった。
さすがに不味いと思ったんだが……。
「リオ達も一緒か。たまには良かろう。ヒルダが羨ましがりそうだ」
「いや、そこは遠慮すべきだと思うんですが?」
「構わんぞ。リオと2人となれば少しは問題かもしれんが、妻が2人もいるのであれば我を気にせずとも良い」
「ほらほら、早く脱ぐ! 子供じゃないんだから自分で脱げるでしょう?」
フレイヤ達は全く気にした様子もない。俺の倫理感が問題ってことかな?
さっさとフェダーン様が先に歩いて行く。
個々の風呂は石畳が円を描くように作られているから、湯船までは遠いんだよなぁ。
2人に張り付かれて、小道を進んでいく。
途中にいろんなギミックが置いてあるんだが、枝にいるカメレオンは見る度に体色が違って見える。
どうにか湯船に到着したんだが、この湯船は奥に行くにしたがって深くなる構造だ。
一番奥は中に石の椅子があるから座ることもできるし、テーブル代わりの平たい岩の張り出しや、石の裏に隠された保冷庫まで作られている。
湯船の奥に向かって歩いて行くと、深さが胸に達してくる。
「遅かったな。全くおもしろいものを作ったものだ。王宮にも作らせようとしているのだが、ここまでの物が作れるか難しかろうな」
俺を手招きしてるのだが、風呂の中の椅子に座るのではなく、テーブル代わりの平たい岩に座っている。
羞恥心がないんだろうか? というぐらい無防備な姿を俺の前に晒して、ワインを飲んでいた。
「フェダーン様、王妃なのですから、少しは……」
「我か? 別に構わんぞ。リオにそこまでの甲斐性は無さそうだし、美妃を2人も連れておるのだ。それに……」
フェダーン様が湯船の入り口の方に目を向けると、バシャバシャという音が聞こえてきた。
「ダメよ、フェダーン」
勢いよく俺の肩を掴んで抱き着いてきたのは、やはりカテリナさんだった。
「でも、今夜はエミー達に譲ってあげるわね」
俺を強く抱きしめてキスすると、ポイッとフレイヤに渡してくれた。
おもちゃを姉さんから奪い返したような表情で俺を抱きしめると、エミーと一緒になって2人から隠してくれる。
「カテリナもあまりからかわない方が良いぞ。それで……」
2人が少し離れた場所で密談を始めた。
ここは速く退散した方が良いんじゃないかな?
3人で顔を見合わせて小さく頷くと、ゆっくりと入り口の方へと移動する。
急いでバスタオルを羽織って上階へと向かう俺達の後ろから、フェダーン様達の笑い声が聞こえてきた。
全く俺達で遊ばないで欲しいな。
寝室に入り、改めて湯船に浸かる。
今度は3人だけだから、のんびりと体を伸ばすことにした。
「リオ様は、このリバイアサンをどのようにお使いに?」
「そうだね。風の海を移動しながら狩りをしようと思うんだ。ヴィオラと合流することもあるだろうけど、ドックにある戦闘艦が動きだせば、狩りは可能だ。
それに遊弋していれば、他の騎士団も安心できるんじゃないかな?」
「修理も、補給もできるってことね。商会の品揃えも増えるでしょうから私は賛成よ」
「遠くからでもリバイアサンを視認できます。それに昨日の魔石通信機の通信距離が300ケム(450km)以上あることが分かったのですから、魔石通信機を使って現在位置を知らせることもできるように思えます」
強力な魔石通信機を作る、という計画があっても良さそうだ。
隠匿空間付近とナルビク国境付近の砂の海に設ければ、天測による経度と基地局の方向で現在地をかなり正確に測定できるんじゃないか?
ヴィオラで航海していた頃は、六分儀と時計で現在地をレイドラが計測していたからね。たぶん今でもそうだろうが、かなりの誤差を持ってるんじゃないかな。
ゆっくり温まったところで、デッキを開いてワインを頂く。
明日もヴィオラの周辺確認をしなければならないが、アレク達のことだから安全な狩りを心掛けてくれるに違いない。