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M-115 たとえ相手が真剣でも


 午前中のジャガイモの収穫を終えて、母屋に戻る。

 汚れた体をシャワーで落とし一足先に客室に戻ると、リバイアサンで着用していた黒のツナギに着替えた。

 装備ベルトを着けて刀をベルトに差し込む。騎士であれば剣を帯びるのが一般的だけど、結構邪魔になることが多いから、この頃はアリスに頼んで亜空間に仕舞いこんでいるのが実情だ。

 シエラさんの教え子の親が来るというなら、長剣代わりの刀を帯びておいた方が良さそうだ。


 リビングに向かうと、シエラさんが済まなそうな表情で俺に冷たいお茶を出してくれた。


「ごめんなさいね。騎士と聞いて少し見学者が増えてしまったの」

「気にしないでください。でも、相手は増えないですよね」


「4人になるわ。親の1人が是非にと言ってきてるんだけど、さすがにねぇ…」

「困った人達ね。現役騎士がこの近所に来るなんてことが無かったからなんでしょうね」


 イゾルデさんが同情してくれた。

 大きな皿にサンドイッチが山盛りだ。後ろからシエラさんがコーヒーポットとカップを運んでくる。

 フレイヤ達がリビングに現れたところで昼食が始まった。

 

「ねえねえ、どこでやるの?」

「納屋の前の広場よ。ベンチをいくつか運んであるわ」


 フレイヤ達も観戦するつもりなのかな?

 

「早く行かないと、良い場所が取れないかもよ」

「レイバン達が様子を見て来ると言ってたから、ベンチはだいじょうぶだと思うんだけど」


 ある意味、見世物に違いない。

 農業区画だから娯楽だって少ないだろう。

 やり過ぎずに、派手な演出ができれば良いんだけどね。


『可能ですよ。二刀流の動きは転送してありますし、演劇としての刀の使い方も合わせて送りました』

『相手に痛手を与えるだけなんだけど……』

『ある程度の技量が無ければ、軽い傷で済ませることができません』


 上級者でなければ手心も付けられない、という事になるのかな。

 

 昼食を終えて、コーヒーをもう1杯頂いていると、レイバン達がリビングに入ってきた。


「50人程集まってるよ。ネコ族の小父さん達とベンチを運んで追加しといた。小母さん達がお茶を沸かすと言ってたよ」

「そんなに来てるの!」


「娯楽だと思っているんでしょうね。俺の方は問題ありませんよ。いつでもだいじょうぶです」

「ちょっと待って! 大急ぎで食べるから」


 両手にサンドイッチを持って食べ始めた。

 喉につかえたのはお約束みたいだけど、レティに背中を叩かれているのを見ると微笑ましくなってくるな。


 リビングを出て、玄関先で一服を楽しむ。

 フレイヤが木剣を持って玄関先で腰を下ろしている。


「きっと伯父さん達は賭けをしてると思うな。今夜は近くの酒場が賑わうんじゃないかしら」

「高額じゃないんだろう?」

「カップ1杯のお酒程度だと、兄さんが話してくれたわ」


 夜の楽しみもあるってことだな。

 カップを掲げての泣き笑いがあるってことだ。


「そろそろ良いかしら?」


 姿を現したシエラさんは薄い綿の上下を着て、ベルトの剣帯に長剣を下げていた。

 均整がとれた体が服の上からでも良く分かる。


「それが話しに聞いた剣ね。剣帯は付けないの?」

「この方が都合が良いんです。用意してくれました?」


 笑みを浮かべて頷いてくれたから、試し斬りを披露できそうだ。


 シエラさんの後に付いて歩き始めたら、イゾルデさんまで母屋から出てきた。やはり気になるんだろう。

 

 大きな納屋の前はちょっとした広場になっている。アリスを具現化しても狭さを感じないほどなんだが、今日は少し狭い気もするな。

 20m程の円形を作っているところを見ると、あの中で試合をすれば良いのだろう。

 納屋の反対側にある柵の近くに、3本の藁束が丸太を芯にして立っている。

 先ずはデモンストレーションから始めれば良いだろう。

 

 一番前にベンチが2つ空いている。

 シエラさん達とフレイヤ達が座ったところで、広場の中心に立った。


「ヴィオラ騎士団の騎士、リオと言います。練習に付き合ってくれるという若者がいると聞き、相手をお願いすることにしました。

 とはいえ、俺は相手の技量を知りません。あそこに丸太を芯にした藁束が3つあります。真剣で切って貰えませんか?」


 直ぐに4人が広場に現れた。

 剣帯に長剣を下げているのを見ると、それなりの腕を親達も認めているのだろう。

 少年達が輪を作って相談を始めたのは、順番を決めているのかな?

 どうやら纏まったらしく、最初の少年が剣を抜くと走り込んで袈裟懸けに斬り込んだ。

 

 藁に跳ね返されているな。力づくで叩いても案外藁は切れないものだ。

 2番手、3番手が試してみるけど、やはり似たり寄ったりだ。

 最後の少年が気合の籠った声と共に振り下ろした長剣はガチン! と音を立てて丸太に食い込んだ。

 中々の使い手だと思うな。

 シエラさんがここまで鍛えてあげたことを、あの少年は自分の才能だと思っているのだろうか?


「中々筋が良い。俺の長剣はこれなんだ。剣帯で下げることはしない。なぜなら……」


 3人が斬り込んだ丸太に向かって素早く一閃する。帰す刀で次の丸太を下から斬り上げ、最後の丸太は斬り下げて、斬り上げる。

 俺の剣筋を見ることができた観客はいるだろうか?

 丸太近くを、ただ歩くかのように見えたんじゃないかな。

 中央に戻って、力強く足を踏み込んだ。

 

 途端に観客が呆けたように口を開く。


「こんな感じで相手を斬るから、あえて剣帯は使わないんだ。さて、試合だったね。4人同時でも良いよ」

 

 エミーに刀を渡して、フレイヤから木剣を受け取った。


「戦いは1対1になることがあまり無いんだ。練習なら1対1でも良いんだろうけど、騎士団の騎士ともなればそうもいかない。相手が多いことの方度々だからね。だから、今回も4人同時で構わないよ」


 木剣を両手に1本ずつ握ると、下段に構えて少年達に目を向けた。

 その場に真剣を置くのかと思っていたが、真剣をそのままに構えてくる。

 相手も木剣と聞いてたんだけどなぁ。

 ちらりとシエラさんを見ると首を振っている。

 なるほど、ここは少し痛い目ということになるのだろう。


「ヤァ!」と言って撃ちこんできた少年は先ほどよりも剣速が上がっている。身体機能を向上させる魔法を使っているようだ。

 なら、遠慮はいらない。


 軽くステップを踏むようにして相手の剣筋から身をかわす。

 肩に一撃を与えようとしたところに次の相手が斬り込んできた。横なぎだから一歩後ろに体を移して仰け反るよう剣を交わした。連携の初歩はマスターしている感じだな。

 次の2人はどう来るんだろう?


 俺を左右から斬り込んできた。微妙に剣筋が俺の前後を捉えている。

 その場でジャンプすると、体を捻って少年の後方に降り立った。

 ブン! と空気を斬り裂く音を立てた斬撃を木剣で防ぐ。


 ガシン!

 あの少年だ。木剣の半ばまで長剣が食い込んでいる。

 残った木剣で腹を薙ぐと、その場で崩れ落ちる。

 どうにか1人。長剣が食い込んだ木剣を近くに放り投げたから、残り3人はは木剣1本で相手をしなければならなくなってしまった。


「このぉ!」

 剣筋が見えるんだから、まだまだだな。先ほどの少年とは技量の差が段違いだ。

 体を捻って斬撃を避け、剣を握る両手に木剣を振り下ろす。剣を落として倒れ込む背中に木剣の腹を叩きこんだ。


 残った2人が左右からじわじわと近付いてくる。

 木剣を左手に持って、片方の少年の喉元に狙いを付ける。右腕は抱き込むような形で軽く拳を握った甲を相手に向けた。


 不利ではあるが、予想はできる。

 左手の剣に打ち込み、俺が応えたところをもう片方が背中から斬り込むんじゃないかな?

 技量が似た者同士なら、案外うまく行くはずなんだが……。


「いやぁ!」

 気合の籠った剣が俺の持つ木剣に振り下ろされる。

 木剣を離して体を反転させると、もう片方が振り下ろした剣を避けながら腕を掴んだ。

 腕を捻り込むようにして下に下ろせば、少年の体が宙を舞う。

 

 ドン! ともう1人の少年にぶつかって両者が倒れてくれた。

 これで、終わりかな?


 観客に向かって軽く一礼をする。

 シーンとした観客席から、慌ててシエラさんが席を立ちあがると少年達に駆け寄った。

 弟子の容態を確認しているのかな?


「怪我は大したことは無いようですね。これなら治療魔法を掛ければ、明日は駆けまわれるでしょう」


 シエラさんの言葉に、ホッとした空気が観客から流れてくる。

 どうにか今の試合を現実として捉えられたのだろう。

 アリスが色々と便宜を図ってくれたけど、相手が真剣だったからねぇ。身体機能が他人より優れていることで助かった感じだ。


「お前さん、元は騎士だと言ってたが、現役はあれだけの実力があるってことかい?」

「ありゃあ、特別だ。だが、海賊相手に長剣を振るったことはあったぞ。確かに1人で2、3人を相手にしたんだよなぁ。この傷がその時のだ。数日床に着くような傷だから今でも残ってる」


「あの4人を1人で? しかも木剣でですよ」

「少しはおとなしくなるんじゃないか? 真剣を使ってあの様だからなぁ」


 観客席の話し声が聞こえてくる。

 本人達は小声のつもりなんだろうけどね。


「警邏に訴えるぞ! 我が子に傷を着けたんだ。賠償は覚悟しておくんだな」


 前席に座っていた男が立ち上がって俺に指先を向けて大声を上げた。

 息子がそれだけ可愛いのだろうか? だとしたら育て方を間違えてると思うんだけどねぇ。


「訴訟はウエリントン王国の領民の権利ですから、ご自由にどうぞ。俺の名は先に名乗りましたが、再度言っておきましょう。ウエリントン王国所属のヴィオラ騎士団の騎士リオです」

「覚えておく。逃げることはあるまいが、ワシはこの区画を預かるドーリアンだ。貴族にも話ができる身だ」


 地方に行けば、こんな連中もいるんだろう。

 権威主義の負の典型に思えてきた。

 さて、捕り手はやって来るんだろうか? フェダーン様が知ったら大笑いしそうだ。


「試合はこれで終わりです。私の道場のアトラクションですから、あまりことを荒立てないようお願いします」

「荒立てないでだと! この区画にいられぬようにしてやるぞ」


 声を荒げた男が、取り巻きの男達を引き連れて帰っていく。

 息子達をそれでも、担いで行ってくれたのが唯一の救いだな。


「済みません。とんだことになってしまいました」

「気にしないでください。訴訟は言葉の綾だと思いますよ」

「たぶん今日中に訴え出るはずです。夕刻には、この農場にやって来ると思うのですが」


 退屈凌ぎに丁度良さそうだ。

 話の分かる連中だと良いんだけどね。


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― 新着の感想 ―
[一言] 貴族で嫁が王族。 しかも練習試合だと言う事を周りが全て知っている。 其の上木剣対真剣・・・訴えるって?・_・;
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