M-111 ガリナム騎士団ができそうだ
「次は私からになります。隠匿空間の利用は順調のようですが、艦を下りても工廟の中にいるような感じです。ヴィオラ騎士団の空いている区域を開放して頂くわけにはいきませんか?」
やはりというところだ。あらかじめ想定しておいてよかった。
「我等も新鮮な野菜や果物を提供することで、隠匿空間の経費を押さえたいという計画を持っていますし、男爵邸と来客対応を考慮した館の計画もあります。その計画に沿った形なら、ある程度の区画開放を許容したいと思っております」
「どうでしょう? 王都から優れた造園家を派遣いたします。彼等にヴィオラ騎士団の計画も踏まえて検討させることはできませんか?」
あの土地の全体計画を行ってくれるということだろうか?
願っても無いことだが、王宮がそこまでしてくれることに、何か裏があるように考えてしまいそうだ。
「我にとってはありがたいお話です。一存してもよろしいのでしょうか?」
「王宮の庭で暮らせなかったことへの罪滅ぼし、と陛下がおっしゃっておりました。現状を行かした設計を行うように私からも伝えます」
王宮の庭は立派だったけど、自然の美しさを感じたのは離宮だけだった。それを見る機会がずっと無かったことを哀れに思っているのかな。
それが裏の思いであるなら、問題はないだろう。
「ありがたく、お任せしたいと思います」
ドミニクも同じ思いだったのだろう。了承することを伝えている。
昼食をご馳走になって、フェダーン様達との話し合いは終わったのだが、午後にはヒルダ様が訪ねて来るらしい。
桟橋の外にある休憩所でとエミーが伝えていたけど、どうやら親子3人で散策を楽しむのだろう。
王宮の庭園に用に作られた美ではなく、自然の美があるからね。
ヒルダ様も喜ぶんじゃないかな。
エミーにヒルダ様の対応を任せて、俺達はヴィオラの会議室に集合する。
軽巡洋艦と戦機だからなぁ。どうしようかとドミニクも考えあぐねているようだ。
「……ということになったの。まさか軽巡洋艦を戦機付きで貰えるとは思ってなかったわ。そこで皆に相談なんだけど、クリスに売ろうかと思うの」
騎士団は戦機を持たない零細クラスや2機以内の小規模クラスが多いことも確かだ。
傭兵団で資金を稼ぎ、長期の航海ができるようになれば傭兵団から騎士団へとギルドを変えるのが一般的らしい。
騎士団の初期費用がやたらと多く必要なのも問題の1つらしいが、クリスの傭兵団は父親が当選した宝くじの賞金を基にしたというから世の中は色々だな。
親から引き継いだ傭兵団を騎士団にするのがクリスの夢らしい。今回の褒賞をそのまま与えれば、騎士団と名乗ることが出来るだろう。
「問題は売値だろうな。あまり安くするようでは他の騎士団から文句が出るぞ。とはいえドミニクの友人なんだろう?3割は割り引けるだろう」
「長期支払いもできるんじゃないかな? 一括払いが全てではなさそうだけど」
「間に神殿を挟むなら、取引に文句を言う連中は出てこないと思うわ」
「支払いを終えるまでの同盟という縛りもできそうね」
頭金を入れて、長期ローンを組むってことかな? 利子は支払いが終わるまでの同盟関係で無しとすれば良いのか。
魔石を結構集めてるし、ガリナムだって売れるんじゃないか?
半額にはならないだろうけど、結構な額にはなりそうだ。
「俺達は賛成だ。後はドミニク達で相談してくれ。そうなると、更に戦機が増えるんだな? 群れが大きくて諦めたこともあったが、少しばかり大きな狩りもできそうだ」
アレクの言葉に俺達も頷いた。
悪い話ではない。大型魔獣を数体相手にするのがどうにかだったが、これからは2、3体多くとも狩れるということになる。
高緯度の狩りは魔獣が大型化するし、群れも大きくなるのが厄介だ。
「そうさせてもらうわ。ありがとう」
ドミニクのほっとした表情が印象的だった。
全部金に変えろ! 何て言われないかと思っていたんだろうか?
「報奨金も頂いたけど、半分の金貨50枚は隠匿空間に使って、残りはリバイアサンの維持費に当てるわよ。でも、まだまだ資金が足りないみたいね」
どちらかと言うと維持費にどれだけ掛かるのか分からない。
マリアン達が何度も試算を繰り返してるけど、基本となる乗員規模の変数が大きいようだ。
翌日はリバイアサンに案内して、2人のお妃様にジャングル風呂を満喫して貰った。
変わったお風呂だと感心していたけど、王宮に作るとは思えないな。
「やはりこの区画に合った調度品となると、先に送ったものでは不足ですね」
「下の階は客室とのことだ。同盟王国の客人が来ないとも限らない。それなりの品は必要であろうな」
「俺は男爵位ですから、それほど大事になるとも思えませんが?」
「そうもいくまい。辺境領地を持つ貴族の多くが客室の華美を競っておる。遅れを取るわけにもいかぬであろう」
王女が降嫁しているのだから、と最後に付け加えられてしまった。
「ヒルダ様にお任せします」と答えたら笑みを浮かべて頷いてくれた。あまり下の階に行かないようにしよう。
ヒルダ様達が王都へと帰る前日は、昼から始まる豪華な宴会に参加させられた。
士官候補生達も一緒に帰ることになっていたのだが、ライドが15人の士官候補生を連れて俺に挨拶にやってきた。
「私はここで軍籍を離れ、先遣隊に入ることになります。後ろの15人は軍籍を持ったままリバイアサンへの配属が決まりました。もっとも、先遣隊の指導ですから長期にはなりません。長くて1年ですな」
「「よろしくお願いします!」」
とりあえず片手を上げて応えたけど、しばらくはリバイアサンに乗船できないんじゃないかな?
「次の便で先遣隊が1個中隊やってきますぞ。さすがにもう1個中隊は同盟国からの移動ですから、少し遅れるようです」
「それまでは?」
「隠匿空間で雑用ですな。1か月は掛かりますまい。先遣隊が到着したら改めてご連絡いたします」
嬉しそうな顔をして帰って行ったけど、栄転とは言えない環境だと思うんだけどねぇ。
ライドはともかく、士官候補生達の将来はだいじょうぶなんだろうか?
気になってフェダーン様に聞いてみたら、笑みを浮かべて教えてくれた。
「あの戦で班長を務めていた者達だ。先遣隊に教えるには適任だろう? それに、リバイアサンで長く勤務を行えば、配属先でも優遇されるだろう。リバイアサンを去る時には教導隊のバッチを与えるつもりだ。最下級と言えども、教導隊の資格は中々取れないぞ」
ライドにもっとしごかれそうだな。
それだけ優秀な軍人になれるなら、本人達が喜んでいるのも理解できるんだけど……。
ヒルダ様には何度もお礼を言われたけど、エミーが見たいという潜在意識が無ければそもそも起こらなかったんじゃないかな。
俺に降嫁したことも要因の一つではあるのだろうけどね。
「あの広さでは、マイネ達だけでは確かに不足でしょう。陛下と相談しますから先遣隊を心待ちにしてくださいね」
「お世話になります」
礼は言っておこう。だけど、どんな人が来るんだろう?
マイネさん達と上手く暮らせる人なら良いんだけど。
翌日。痛む頭を押さえながら、石の家の前で、艦隊の出発を見送った。
明日はヴィオラ艦隊も狩りに出発するそうだ。
再び、1日1回の偵察業務が始まる。
その日の夕食後に、ドミニクから招集が掛かった。
俺だけで良いとのことなので、桟橋に停泊したヴィオラの会議室へと出向く。
会議室にいたのは、ドミニクとレイドラ、それにクリスと副官の4人だった。
「例の話をしたの。基本合意できたんだけど……」
「総額金貨220万枚。友達価格で3割引いた額が154万枚。ガリナムをオークションに掛けるなら、40万枚にはなるでしょう。今までの貯えが25万5千枚というところだから……。88万5千枚の不足になるの」
「戦機を1機下ろせば20万枚近く減るでしょうけど、戦機はたまにオークションに出るだけでしょう? 軍が使っていた品なら垂涎ものだわ」
やはり足りないってことか。
となれば、長期ローンになるし、同盟関係の維持費として、ある程度計上しても良いんじゃないか?
「騎士団同士の同盟契約は金銭も絡めるんだろう? それに残金は長期に払って貰えば良いんじゃないかな?
今まで以上に魔石は取れるだろうし、アリスとクリスの船で今まで通りに小さな群れを狙えそうだ」
「かなり長期になりそうね。私とクリスのどちらかが亡くなるまででどうかしら?」
「一生ってこと? それで傭兵団から騎士団に名前が変わるなら嬉しいわ」
それでも、年間に500個を超える魔石をドミニクに渡すことになる。
まあ、ドミニクのことだから、周囲のほとぼりが冷めたなら契約書を破るんじゃないかな。
ここ数年間の世間体を、いかに取り繕うかが問題だったに違いない。
「それで、騎士の当てはあるの?」
「新興騎士団も良いところだから、姉さんに紹介してもらうわ。未だに軍に顔が効くみたい」
騎士の絶対数が少ないと言っても、変な連中が入るようでは困るからね。その辺りは注意しておくべきだろう。
話が済んだところで桟橋の宿舎に戻る。
フレイヤ達に内容を話したら、やはり残金はいらないんじゃないかと言っていた。
元々貰ったものだからなぁ。あまり欲を出すのも問題だろう。
もっともドミニクのことだから、頂いた魔石を換金してクリスの名前で貯金するんじゃないかな。
「結局皆が得をしたということになるんでしょうか?」
「ブラウ同盟は大勝利したし、リバイアサンの制御も上手く行ったよね。ライド達が残ってくれたし、報奨金はドミニクと分配したんだけど50枚は残ったんだ。クリスも念願の騎士団を率いることができたんだから、結果としては皆が得をしたんじゃないかな」
エミーの問いに答えたけど、確かに損をした者は誰もいない。強いて言うならハーネスト同盟軍になりそうだな。
この痛手を回復するには長く掛かるぞ。
飛行機は良いアイデアだったけど、次の戦が起こる前までにはブラウ同盟軍も飛行機部隊を整えられそうだ。




