M-011 同業者じゃないのか?
俺がヴィオラの船首に戻って来た時には、すでに酒盛りが始まっていた。
カップのワインを飲みながら、浅瀬を渡るのを見られるんだから、何となくアトラクションの1つに思えてしまう。
河幅500mほどの浅瀬をやや下流に向かって進んでいるのだが、水深は2、3mはあるんじゃないかな。盛大に水しぶきを上げて進んでいる。
「そんなに珍しくもないだろうに?」
「でも、見るのは初めてですよ。やはり大きい船だけありますね」
擁壁から頭を乗り出して見ている姿が、あまりにも素人に見えたのかもしれない。振り返ったら、アレク達が苦笑いを浮かべていた。
この大河の対岸が、いよいよ本格的な狩場になるらしい。そういえば、ここまでの道をアレク達は街道と呼んでいた。それだけ多くの騎士団が行き来しているってことなんだろう。
そんな道筋で魔石を得られたんだから、今回の狩りはツキもあるに違いない。
「リオには教えていなかったな。魔石の数は15個だ。中位魔石が8個あったぞ」
「それじゃあ、最初の狩りよりも儲けがあるじゃありませんか!」
「だから俺達が狩ったんだ。みすみす見逃すことはないからな」
魔石が多く取れれば、ボーナスも期待できるらしい。それを聞いただけでもやる気が出る感じがしてきた。
「ラザール河を渡ればいよいよ本格的な狩が始まる。いつ大型の魔獣が襲ってくるとも限らない。明日は、直ぐに出られる状況で待機するぞ」
アレクの注意は俺に対するものだろう。頷くことで了承を伝える。
どうにか対岸に渡ったところで、進路を北西に取るようだ。前方にはどこまでも続く荒れ野が広がっている。
本当にこんな場所に魔獣が住んでいるのだろうか? なんとなく疑問が生まれて来る。
まだ明るい内に夕食を頂く。
野菜スープに丸いパン。ハムが1切れと杏子のようなドライフルーツだ。甲板の端に集まって食事をとっていると、夕日が俺達を染め上げる。
明日も良い天気なんだろうな。この辺りで雨が降るとも思えない。
翌日は全員が周囲に目を向けている。
いつも酒を飲んでいるアレクだが、今日はいつもよりも酒の量が少ない。やはり、臨戦態勢ということになるんだろう。甲板にいるトラ族の男達も個人装備の長剣を研いでいた。
「下で長剣を研いでいますけど、魔獣を相手にするわけではないんですよね?」
俺の言葉にアレクが甲板を見て頷くと、双眼鏡を下ろしてワインを一口飲んだ。
「いくら勇猛なトラ族でもそれは無理だ。あれは、獣相手を想定しているんだろうな。たまに群れをなして陸上艦を襲う獣がいるぞ」
「そういえば、今年はまだ遭遇していないわね。去年は私達も長剣を振るったのよ」
「でも、おかげでイアリングが買えたから、今年もやってこないかしら」
サンドラ達が恐ろしい話を始めた。襲ってきたのはウラーブというから、大きな狼のような奴だな。
200頭近い群れが一斉にヴィオラを襲ったらしいから、速度の遅い陸上艦では直ぐに取り囲まれてしまうし、何といっても木造船だ。表面を鉄板で覆って入るが、爪を立てて舷側を上って来たらしい。
それでも、騎士団の奮戦で何とかやり過ごせたらしいけど、負傷者が相当数でたそうだ。治癒魔法が品切れになるほどだったらしく、それに凝りて治癒魔法の使い手と傷薬の保有数を増やしたと教えてくれた。
「100頭以上の毛皮が手に入ったからな。彼らの死体を狙ってきた魔獣と合わせれば確かに良い稼ぎになったと思う」
「トラ族の持つショットガンも、数も増やしたらしい。ウラーブ程度ならそれで十分だろう」
アレクの言葉に、カリオンが言葉を重ねる。
2人とも、それなりの対策を評価しているのかもしれないが、そんな数を相手にアレク達も長剣を振るったらしい。
俺にもできるんだろうか? そんな時には後ろに下がって、拳銃を撃ち続けることになりそうな気もするな。
コツコツと俺達のいる選手の高台に誰かが階段を上ってくる。
誰だろう? と船尾を見ると、やって来たのはフレイヤだった。
「リオにレイドラからの伝言よ。自走車が戻ってくるから、偵察に出て欲しいそうよ。補給時間と休憩だから1時間程度なんだけど、ヴィオラの前方4ケム(6km)、左右2ケム(3km)の監視もお願いと言ってたわ」
「了解したと伝えてくれ。直ぐに出た方がいいのかな?」
「そうだな、その方が良い。あの土煙が自走車だろう」
俺の問いに答えてくれたのはカリオンだった。前方を見ると、確かに土埃が2つ見える。
アレクに片手を上げて出発を告げると、フレイヤの後を追うように階段を下りる。
階段脇の扉を開けて艦内に入ると、カーゴ区域に向かって階段を下りて行った。
「動きが良いといいように使われるのう。弾種は炸裂弾じゃ。たっぷりと装薬に鉄粉を混ぜておいたぞ」
「使うことはないでしょうが、こっちの信号弾も持って行きます」
タラップを上ろうとした俺の腰をポンと叩いたのは、カーゴ区域の主であるベレッド爺さんだ。俺の言葉に頷いてるから、2丁の銃を持ち出すことを許可してくれたようだ。
走行状態で舷側の扉が開かれる。真横に開いた時に、アリスを飛び降りさせた。
転倒することもなく直ぐに走りだしたから、舷側から俺達を見ていた連中が腕を上げて歓声を送っているようだ。
「ちょっと目立ちすぎたかな?」
『歓声を上げているようですから、優れた戦機のパイロットなら、ある程度はできるということなんでしょう。本来なら、一気に空に飛び立つところでしたのですが』
そんなことをしたら、彼らはあんぐりと口を開けたままになるんやないかな?
あまり目立たないようにしてはいるんだが、やはり性能の違いはいかんともしがたいということなんだろう。
すぐに、ヴィオラに帰投する自走車とすれ違う。互いに片腕を上げて挨拶をしたところで、少しずつ速度を上げる。
『指示されたポジションに付きました。このまま左右に地表を滑空して探索を行います』
「任せたよ。ところで、この状態での探索範囲はどれぐらいあるんだ?」
『半径30kmです。ヴィオラの後方まで探知できますから、この位置で問題はありませんが、銃を一時格納します』
アリスも両手に1丁ずつ持った銃を持て余していたようだ。亜空間とアリスが呼ぶ空間に一時保存しておくそうだが、そんな場所に置いておいてもすぐに取り出せるというのが不思議に思える。
手ぶらにはなったけど、アリスの機動は魔獣を遥かに凌ぐ。追い付けるはずもないから、安心して良さそうだ。
ヴィオラの進行に合わせて少しずつ移動はしているんだが、だんだんと飽きてきたことも確かだ。
予定通り1時間ほど経過したところで、自走車が近づいてきた。これで俺の役目は終わりということなんだろう。
「オォォイ、役目ご苦労さん。後は任せてくれ!」
彼らの速度に合わせてスピードを緩めた俺達のところに、1台の自走車がやってきて大声上げた。
アリスが片手をヒョイと小さく上げて了承を伝えている。
「さて、引き上げるか」
前方に離れていく探索車を見ながら呟いた。
『それでしたら、ここを確かめてみませんか? 探索範囲ギリギリにいるのですが』
動態探知センサーの境界付近に確かに動きがあるが、魔獣なんだろうか?
「何だろう? 場合によっては俺達の獲物ってことかもしれないな。一応、確認だけはしておくか」
どうせ、ヴィオラに帰還するだけだ。少し遠回りにはなるんだが、アリスの機動性能ならばさほどの道草にはならないだろう。
探索車が見えなくなったところで、問題の場所に向かうことにした。
少し北東だな。俺達とは方向がまるで違うし、魔獣であってもヴィオラに到達するまで数時間はかかりそうだ。
今までの騎士団の狩りを見ると、魔獣から10km以内の場所で狩をしている。
罠の準備と魔獣を囮で釣りだす距離を考えてのことだろう。
いくら魅力的な魔獣でも、距離が開きすぎると他の危険性が増すと考えているのかもしれない。それはそれで大事な危機管理能力ということになるのだが……。
『同業者でしょうか?』
陸上艦が2隻とそれを取り巻くたくさんの獣機と探索車。不思議と戦機がどこにもいないようだ。
だが、周囲には魔獣はおろか獣すらいないんだよな……。
「あの落とし穴だと、かなり大型の罠になるんだろうが、魔獣がどこにもいないのもおかしな話だ」
『ひょっとして、海賊団かもしれませんね。特徴を調べてみます』
まさかの話だ。
アレクの話では、大河を超えた先にはあまり海賊団がいないようにも思えたんだが、どうもそうではないらしい。
襲うのであれば相手が油断したところとなるんだろう。だとすれば、大河を渡って3日も経っていないこの辺りは、狙い所ということになるんだろうか。
あまり長く様子を見るのも問題かもしれない。アリスが相手の特定を終えたようなので、俺達はヴィオラに戻ることにした。
アリスの調べた結果では、海賊団とも異なるらしい。西の隣国であるガルドス王国の貴族が何人か乗り込んでいるようだ。
それにしても、魔石を利用した通信距離は10kmほどの範囲内だ。見通し距離に他の陸上艦が見えないのなら、誰かに聞かれているとは思っていないのだろう。
ヴィオラに戻り、アリスをカーゴ区域に置いていつもの場所に向かう。
俺がやって来たのを見て、シレインがワインのカップを渡してくれた。ありがたく受け取って、前方の様子を報告する。
最後に、北東の陸上船の話をすると、いきなりアレクが立ち上がって俺の腕を掴んだ。
「すぐに報告に向かうぞ! そいつらは私掠船団だ」
「海賊じゃないんですか?」
腕を引かれるままに甲板を船尾に向かって歩いてるんだが、アレクが歩みを止めずに顔を俺に向ける。
「海賊よりも質が悪い。対応を誤ると、俺達も巻き添えを食いそうだ」
どんな連中なんだ?
俺には海賊と私掠船団の区別が分からないんだが……。