M-106 舌戦が始まった
リバイアサンがブラウ同盟艦隊から北北西30ケム(45km)の湖に着底してから3日目の昼過ぎ。
正確には1410時に、ハーネスト同盟艦隊の偵察機とブラウ同盟艦隊の偵察機による空戦が行われた。
空戦自体は想定した通り、すれ違いざまに口径30mmの長銃を数発ずつお互いの飛行機が放っただけだが、この世界では間違いのない航空戦だ。
『あれでは当たるわけがありません』
「一応、互いに頑張ってるんだと思うよ。カテリナさんが新しい飛行機を作るようだから、それにはもう少し当たるようにしてあげたいね」
飛行時間の関係から、ブラウ同盟軍の偵察機は大きく旋回して東に向ったのだが、ハーネスト同盟軍の飛行機はそのまま直進して、しばらくして西に去って行った。
量艦隊の距離は120kmほどだ。いよいよ明日には始まるだろう。舌戦は今日にも始まるのだろうか?
できれば昼間が良いんだけど、夜戦ということも考えられそうだ。
少し作戦を変えることも必要かもしれないな。
昨日よりも広範囲に艦隊の後ろを探る。
やはり、輸送艦隊はいないようだ。
ブラウ同盟軍の艦隊に向かい、何時ものように会議室に入ると、今日は十数人がテーブルを囲んでいる。
「いつもより遅かったな。あまり無理はせぬ方が良いぞ」
報告をしようとしたら、フェダーン様が小声で話しかけてきた。
思わずドキリとしてフェダーン様に顔を向けたら、笑みを浮かべて何度も頷いている。絶対、よからぬ想像をしているに違いない。
「ちょっと遅くなりました。
先ず、本日「1410時に両軍の偵察機が交戦したことを確認しました。ハーネスト同盟軍の偵察機は交戦後も東進を継続。約10分後に帰投しました。ブラウ同盟艦隊の位置はハーネスト同盟軍に知られたと推測します。
ハーネスト同盟軍はブラウ同盟軍の船首方向より左11度、距離約80ケム(120km)を進行中。速度は毎時10ケム(15km)を維持しています。
昨日同様、少し距離を広げて敵艦隊の後方を確認。300ケム(450km)に輸送艦隊は発見できませんでした。以上です」
「御苦労。偵察艦隊を使っても、これまでの情報は得られぬ。重ねて礼を言うぞ。
現在の時刻は1540時だ。さらに接近しておろう。
夜戦が無いとは限らぬ。今夜は厳戒態勢とするぞ。更に灯火管制を行う。艦同士の光る通信はもちろん、甲板での喫煙も禁止だ」
「やはり夜戦を考えるのですか?」
「距離を考えるとそうなるであろうな。だが200ステム(300m)上空で艦隊を視認できるであろうか? 今夜は新月の4日目。月明かりは期待できぬ」
「それなら、南に焚き火をいくつか作られてはどうですか? 欺瞞できそうに思えます」
「おもしろそうだ。私の艦で対応しましょう。獣機4機を搭載いています。輸送船より梱包材を運び広い範囲に焚き火を作ればよろしいですな?」
フェダーン様が頷くのを見て、直ぐに1人の軍人が席を立った。
「引っ掛かるようでは先が思いやられるな。とはいえ、偵察機はやって来るであろう。敵を混乱させるのもおもしろいな。
やはり敵の夜襲は考慮せねばならんが、攻撃は日中になるであろう。
夜明けより夕刻まで……、向こうは短期決戦を考えているとなれば、早朝ということになりそうだ。
今夜は通信機で舌戦じゃな。のんびり楽しもうぞ。リオ殿は薄明時より待機して欲しい。手順は前の通りで良かろう」
「リバイアサンの霧を止めるタイミングが問題ですね」
「我が交渉決裂と判断した時、直ぐに連絡する。霧の中から照準を合わせることはできぬからな」
話がまとまったところでリバイアサンに戻る。
夕食には間に合ったな。プライべート区画に戻る前に制御室に立ち寄り、エミーとライド達に状況を説明した。
「早ければ今夜ですか! 当直を増やしましょう。2班を付ければ伝令にも使えます。リオ閣下への連絡はどのように?」
「通信区画でプライベート1のスイッチを入れれば俺達に通信ができるようだ。20時頃に試験してくれ」
「了解です。いよいよですな」
嬉しそうだけど、戦争なんだよねぇ。
出番ができたことが嬉しいのかな? ずっと練習艦で候補生達の訓練をしていたと言っていたからね。
プライベート区画に戻ると、マイネさんが直ぐにコーヒーを運んでくれた。デッキに出て霧の中でコーヒーを飲む。
この霧が晴れたらさぞや驚くだろうな。
「帰ってきたのね?」
「80ケムというところです。始まりますよ」
「制御室で確認したわ。不思議な仕掛けで私には理解できないけど、霧を通して遠くまで見えるのね。あれなら霧の中からでも射撃ができるわ」
「撃つのはフェダーン様からの連絡があってからですよ。戦うのはヴィオラ騎士団ではなく、ブラウ同盟軍なんですから」
俺のバッグを開けてタバコを取り出してるくらいだから、あまり気にしてなさそうだ。
リバイアサンの威力を見せ付けたいだけなんだろうけどね。
カテリナさんが咥えたタバコを先にライターで火を点けてあげたところで、ベンチに腰を下ろし俺もタバコを取り出した。
今夜は眠れるかな? ソファーでうたた寝していた方が良いのかもしれないな。
夕食を食べながら、明日には戦が始まることを告げた。
いきなりワイングラスを掲げて乾杯が始まったから、早く終わらせたいに違いない。
どんな形になろうとも、リバイアサンは無事に隠匿空間まで戻れるように努力せねばなるまい。
食後にもワインを飲んでいた時だ。壁の一角からブザーが聞こえてきた。壁の一部が赤く点滅している。
マイネさんがトコトコと歩いて行くと、点滅していた壁を叩くと、壁が横にスライドしてインターホンが現れた。
「ここはプライベート区画にゃ。んにゃ! ……伝えるにゃ」
何か驚いてたな。何かあったんだろうか?
「制御室から連絡にゃ。『ブラウ艦隊の南に広い範囲で発熱を確認。艦隊からの通信は無い』と言ってたにゃ。その後に、これで通信訓練を兼ねるって言ってたにゃ」
始めたようだな。
ニヤリと笑みを浮かべたんだろう。皆の視線が俺に集まっている。
「夜戦になるかもしれないと言ってたから、艦隊から離れた場所に焚き火を作れと教えたんだ。たぶん焚き火の温度を検知したんだと思うよ」
「偽の情報ってことになるのかしら、考えたわね。でも夜戦はどうかな? やはり目標が分からないと砲弾を落とせないでしょうし、離陸も時間が掛かりそうだわ」
「一応対策ということです。フェダーン様は夜明けと考えてましたね。それなら飛行機の運用も容易でしょう」
「いずれにせよ、今夜から明日は楽しみってことね」
ワインを飲み終えるとカテリナさんがどこかに出掛けて行った。
制御室の後ろに置いた通信機を運んでくるのかな? フェダーン様とよからぬ相談でも始めなければ良いんだけど。
早めに風呂に入り、着替えを済ます。
ソファーで横になりながらワインを飲み始めた。
そんな俺の横を、エミーとフレイヤが通り過ぎてゆく。どうやら、制御室に向かうみたいだな。装備ベルトのバッグには薄手の毛布が入っているはずだ。座り心地の良い椅子だから、背中を倒して寝ることはできるだろう。
「あら? ここにいたの」
やはりというか、カテリナさんが背中に通信機を担いで現れた。
テーブル越しのソファーに座ると、傍らに通信機を置いて電鍵を叩き始める。
メモ用紙をテーブルに置くと、相手からの通信内容を書き留めて、再び電鍵を叩き始めた。
「今のところは何もないそうよ。すでに舌戦を始めたみたいね」
「夜明けまでは続くんでしょうか?」
「向こう次第かしら。飛行機による砲弾の投下で一気に戦果を挙げるのであれば、どう考えても薄明以降になるでしょうね」
時計を見ると、22時を過ぎたところだ。
一眠りしようかな。始まるようであればカテリナさんが起こしてくれるだろう。
体を揺すられて目が覚めた。
目が覚めたのは良いのだけれど、カテリナさんが膝枕しているのはどういう訳だろう?
「フェダーンから連絡が来たわよ。交渉決裂はもう直ぐらしいわ。それに……、薄明が始まっているでしょう?」
「フェダーン様の思惑通りということですね。それじゃあ、出掛けてきます!」
体を起こして、着衣を直す。何でこんなに乱れてるんだろう?
フレイヤ並みに寝相が悪いってことなんだろうか。
装備ベルトを着けて出掛けようとした俺に、カテリナさんが軽くハグしてキスをしてくれた。おまじないってことかな?
「それでは行ってきます。くれぐれもドラゴンブレスの発射時には注意してくださいね」
互いに手を振って別れたけど、カテリナさんが制御室に向かうのはまだ先だと思うんだけどねぇ。
アリスのコクピットに納まると、一気にハーネスト同盟艦隊の頭上3千mで待機する。
「アリス。フェダーン様に連絡だ。『配置完了』と打電してくれ!」
『了解、通信中、通信終了……。返信です。「現在、交渉中。交渉決裂を待て。交渉決裂前に飛行機が飛び立つ場合は即時攻撃せよ」以上です』
偵察機はどうするんだろう?
とりあえず見逃すか。攻撃時には一斉に飛び立つはずだ。
『量艦隊の距離は約30km。リバイアサンはハーネスト同盟の艦隊側に寄っていますね。艦隊との距離は40kmもありません』
まだ霧に隠されたままだ。霧の頂点が朝焼けに染まりだし始めた。
下を見ると、艦船の形が良く分かるようになってきた。
「飛行機を並べ始めたぞ。アリスの方は準備は良いかな?」
『位置を固定します。現在地から全ての艦船の飛行甲板を狙撃可能』
「フェダーン様に連絡。『飛行甲板に飛行機が並び始めた。現在、約半数』以上だ」
『了解。通信中、通信終了……。返信です。「待機せよ!」以上です』
まだ、交渉が続いているらしい。
朝日が顔を出してきたが、両陣営ともに偵察機を飛ばしていないのが不思議に思える。