M-105 敵は短期で雌雄を決したいようだ
翌日。デッキに出て前方を見ると、まだ陸地の緑は見えてこない。
会合地点への到着は昼頃になるのかもしれないな。
朝食前に士官候補生達の休憩所に行くと、ロベルが腕立て伏せをしていた。あの体は日々の鍛錬で作られたのだと感心してしまう。
「リオ閣下。おはようございます」
「おはよう。フェダーン様とハーネスト同盟軍との戦の戦術が調整できた。リバイアサンの主砲がブラウ同盟の戦艦の主砲よりも早く放たれることになったし、その後の動きもある。制御室勤務は全員朝食後に制御室に集合だ。それ以外の者は、この部屋に集まって欲しい。私が説明する」
「了解です。候補生達も誇れるでしょう0930でよろしいでしょうか?」
「0930だね。遅れたら連絡してくれよ」
ビシ! と俺に礼をしてくれたので、軽く手を上げて応えておく。
俺も軍と同じように礼をした方が良いのだろうか? 今日、フェダーン様のところに行ったら聞いてみよう。
朝食を食べながら、0930時に候補生が2カ所に集まると説明したら、カテリナさんが制御室の説明を引き受けてくれた。
「現場の方は俺が行くよ。その後に偵察に向かうけど、フレイヤは通信機の試験をして欲しい。
持って来た通信機ではなく、通信区画で制御室から行えるらしい。使えるならそっちの方が便利だからね」
「コードは艦隊の方で良いわよね。予定地点への到着時にはフェダーン様のところにも送った方が良いかしら」
「そうだね。位置を変えるよう指示があるかもしれない」
「いよいよ、ということですね」
「ああ、なるべく犠牲は出したくない。フェダーン様もその点を一番考えているようだ」
リバイアサンの指揮はエミーが行う。重責ではあるが、フレイヤとカテリナさんが支えてくれるに違いない。
食事を終えると、再びデッキに出た。対岸が見えるかと思ったんだが、リバイアサンを取り巻く霧で何も見えないんだよなぁ。
一服を終えて、兵員区画の休憩所に向かう。
休憩室に入ると、全員が胸に拳を付けて礼をしてくれる。
勢いよくやるから、休憩室にビシ! と音がこだますぐらいだ。
「リオ閣下。全員揃っております。制御室勤務の候補生達は9000時に出発しました」
「御苦労。一同座ってくれ。プロジェクターで概要を説明する」
ベンチをかなり作ったから、ここにも入っているようだ。
全員が腰を下ろしたんだけど、ロベルが座ったのはタルだった。
テーブル代わりのタルを置いてくれたので、その上にプロジェクターを乗せて、戦術の説明を始める。
「……という訳だ。謎の爆発は、監視室で視認できるだろう。測距離盤、方位盤の操作は重要だぞ。ドラゴンブレスを放つからな。間違えてブラウ同盟軍に放ったならとんでもないことになる。
追撃時の砲撃は砲塔区画の各個砲撃だ。いくら撃たれてもリバイアサンはビクともしない。互いに動いていることに注意して狙えば当たるはずだ。
以上で、説明を終える。質問はあるか?」
水を打ったように静かだが、候補生の表情は今にも嬉しさで声を出しそうにぴくぴくしている。
後をロベルに頼んで休憩室を出た途端、通路にも彼等の大声が聞こえてきた。
やる気は十分ってことだろう。
安心して駐機場に急いだ。
アリスのコクピットが一番落ち着くな。
一服できるなら更に良いのだが、生憎と飲食は禁止だ。精密機器ということなんだろう。それに、そんな時には外でアリスの手に乗せて貰えば済むことだ。
『かなり近付いています。このままなら3日は必要ありません』
「明後日には、互いの飛行機が交戦しそうだな。武装は獣機の持つ長銃と一緒らしいから、滅多に当たらないとは思うけどねぇ……」
滞空時間が30分程度が一般的だから、両者が一度すれ違いざまに銃を放って終わりってことだろう。
現在地点の座標を確認したところで、少し高度を上げて南西部を偵察する。
あれだけの艦隊だ。当然補給部隊がいるはずなんだが……。
『後方500kmの範囲に輸送船はおりませんね。数隻確認できましたが、騎士団と推測します』
アリスの言葉に頷いた。
方向が統一していないし、中型輸送船を改造したものだと直ぐに分かる。
前方に砂煙が見えるのは、自走車による偵察隊だろう。
「これで偵察を終えても良いだろう。ブラウ同盟軍の艦隊に行くぞ」
フェダーン様の乗船する巡洋艦に着艦すると、直ぐに兵士が警備を始める。いつものように士官に案内されて会議室に入ると、10人程の軍人が席に着いていた。
昨日の件があるから、減ったのかもしれないな。
「御苦労。どうであった?」
「およそ300ケム(450km)西になります。早ければ3日目には飛行機がこちらを確認すると思われます」
「3日後ということだな? 貴重な情報だ。それだけ我等は準備ができる」
「1つ、気になることが……」
ん? という表情でフェダーン様が俺に顔を向ける。
「10隻の補給船の内、4隻に飛行機を乗せているとなれば、本来の補給船は後続の6隻になります。ですが……、戦機の輸送は補給船ですよね。戦艦や巡洋艦にも搭載できますが、数を揃えられません」
「我等も戦機部隊は大型補給船を改造している。巡洋艦や戦艦に搭載した戦機は直掩機だ。……なるほど、おもしろいことに気が付いたな。ハーネスト同盟軍の戦機保有数を考えると、我等と同様に大型輸送船2隻で十分だ。出し惜しむことはあるまい。
10隻の内、飛行機を搭載した船が4隻、戦機を搭載した船が2隻。資材を積んだ輸送船は4隻ということか」
「それでは長期の対峙に問題があるように思えます。我等でさえ10隻を艦隊の後方に停泊させておりますぞ。その上で、数隻の派遣を準備中です」
「それは戦に臨む違いであろうな。我等は過去と同じように長期に対峙することになると考えていたが、相手は短期で終わらせるつもりでおったに相違ない」
「気になりましたので、後方300ケム(450km)近くを偵察しましたが、補給船の船団は見つけられませんでした」
「かなり入念に練られておる。我等にリオ殿がおらなんだら、この戦ハーネスト同盟の勝ちとなっていたであろうよ。
我等を蹴散らした後、艦隊を2手に分けてきたと南に向かうのであろう。機動要塞を手中に収め、ウエリントン王国を蹂躙することは容易いと踏んだに違いあるまい。
中々に良く考えておる。我等も飛行部隊の創設は早めねばならんな」
「軍議にて状況を知らせますか?」
「敵が短期決戦を考えていることぐらいは構わぬぞ。我等の士気が上がるであろうよ」
皆が含み笑いを漏らしている。
これだけ情報が得られたなら勝機は我等にと考えているのかもしれないけど、最後の戦は艦隊戦だからね。
「リオ殿がここを訪れるたびに新しい情報が得られる。明日が楽しみになってきたぞ」
「そうそういつもあるとは思えません。明日は、きっと位置情報だけですよ」
会議室に笑い声が上がった。
おもしろい冗談のやり取りだと思われたのかなぁ……。
コーヒーを飲みながら、雑談をしていると伝令が飛び込んできた。
北北東に霧が発生したとのことだったが、フェダーン様と俺が笑みを浮かべたのを見て伝令が戸惑っている。
「御苦労。良いことを教えてやろう。その霧こそ我等に勝利をもたらす天の印だ」
フェダーン様に慌てて騎士の礼を取って引き返して行ったけど、軍人達が噴き出しそうな表情を堪えている。
「フェダーン様。それでは、いかにも……、はははは」
笑い出してしまった。釣られて皆が笑い出す。
「良いではないか。真価が分かるまではそれでよい。敵を欺くなら味方おも……、という言葉もある」
「リバイアサンよりフェダーン様に入電。『予定位置に到着』以上です」
「うむ。『当方の合図を待て』と送信してくれぬか」
「直ぐに送信します」
「問題ないようだな。これで待つだけになる」
「どんな文面を送り付けてくるか楽しみですな」
「返事はせねばなるまい。我は欲はないぞ。艦船の半分を残すなら問題あるまい」
「妥協は2割というところですな。決裂に時間が必要に思いますが?」
「そうであった。少なくとも、2時間は言い争いを楽しむことになるであろう。任せるぞ。条件は1つ、2時間以上だ。リオ殿もそれなら十分であろう」
「例の件ですね。1時間あれば何とかなるでしょう。2時間なら十分です。それでは、そろそろ失礼いたします」
昼食を誘われたけど、急いで帰ることにした。
リバイアサンの方が貧しい食事に思えるけど、食事は仲間と一緒の方が美味しいからね。
霧の中でもアリスに任せれば何の支障もなく離着陸台に着地できる。
急いでプライベート区画に向かったんだけど、13時を過ぎていたからすでに昼食が終わっていた。
「マイネ達はお掃除に出掛けたのよ。私が作ってあげる」
カテリナさんが嬉しそうに言ってくれたんだが、どんな代物が出てくるかと心配になってきた。
やがて出てきたのは、ピーナツバターがたっぷり塗られたトーストにオレンジジュースだった。
オレンジの味がするのに色はピンクだ。怪しく思えるけど、お腹が空いているのには勝てない。結局全部飲んでしまった俺を、怪しい目付きでカテリナさんが見ている。
俺の食事をコーヒーを飲みながら見てたんだけど、笑みを浮かべて飲み込んだのは、あの薬じゃないのか?
食事を終えた俺を拉致するように寝室に連れて行く。
こんな事ならフェダーン様と一緒に昼食を食べて来るんだった……。
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「そう、こちらは通信試験までを終了したわ。フェダーンとの直通も試してあるから、後で詳細を詰めれば問題ないわけね」
「そうなんですけど……、そろそろ開放してくれるとありがたいんですが?」
「あら、夜はちゃんとフレイヤ達に譲ってるんだから、今は私で良いでしょう」
男としては嬉しい状況だけど、毎日ではねぇ……。
アリスが心配して、あの薬を処方して貰ったんだろうか?
明日はもう少し遠回りしてみようかな。
ベッドから抜け出したのは17時を過ぎていた。2人でシャワーを浴びて着替えると、広間のソファーで皆が帰るのを待つ。
のんびりと、ここで一服できたらどんなに幸せだろう。
「はい。コーヒーを入れてきたわ。砂糖3個で良かったんでしょう?」
「このマグカップだとそうなります。カテリナさんは何も入れないんですか?」
「コーヒーはブラックよ。紅茶にはミルクを入れるわ」
ブラックコーヒーは、俺が飲む薄くて甘いコーヒーだと思うんだけどなぁ……。
「導師の飛行船はまだ形にならないんでしょうか?」
「何も聞いてないわね。でも浮かぶにはリバイアサンの作るヘリウムというガスが必要なんでしょう? 何も言ってこないところをみると、色々と手を入れてるのかもしれないわよ」
湖上に停泊しているなら、ヘリウムガスの生成を始めているはずだ。可能な限りガスを充填したタンクの在庫を増やしておかねばなるまい。
ヴィオラ上空に浮かべておくだけで、周囲100km以上の魔獣の状況を知ることができるだろう。