M-103 敵の飛行機は高性能
翌日。俺だけの朝食をマイネさん達が用意してくれた。
誰も起きてこないのは、問題じゃないのかな? カテリナさんの薬の副作用だとしたら問題だぞ。
「今日は、無いもないと言ってたにゃ。リオ様だけがお仕事にゃ。頑張ってくるにゃ」
「マイネさんはお掃除ですか?」
「そうにゃ。邪魔されないから楽にできるにゃ」
ミイネさんがマイネさんの言葉に頷いている。
フレイヤ達の普段の行動が目に浮かぶ。
手を振って帰って行ったから、早速始めるのだろうか? お皿はここに置いとけば良いと言ってたから、早めに食べて出掛けよう。
食後のコーヒーを、デッキで一服しながら楽しむ。
周囲は一面の湖だ。朝日が湖面に輝いている。
一服を終えたところで、軽いランニング。案外良い運動になるんじゃないかな?
エレベーターを乗り継いでアリスのところへと向かい、コクピットに納まる。
離着陸台は既に展開してある。
駐機場から離着陸台へと進み、一気に上空へと飛び立った。
「カテリナさんにも困ったものだな」
『治験はマスター達が最初ではありませんよ。3例目になります』
「最初の犠牲者は?」
『犠牲者と言い切れるかどうか……。最初はアレク様達で、2例目はベラスコ様達です』
思わず笑みがこぼれてしまった。
何となくその様子が想像できてしまう。アレクは喜んだかもしれないけど、ベラスコは戸惑ったんじゃないか?
『マスターの薬にも微量成分が含まれています。それぐらいは許容できると判断しました』
「止めた方が良いのかな?」
『継続してください。ナノマシン形成に必要な成分です。カテリナ様は重金属以外の成分比を文献調査していたようですが……』
あの媚薬のような薬の調合に関わる文献なんてあったのだろうか?
死蔵したままでいてくれた方が良かったんじゃないか。
『ハーネスト同盟艦隊まで200kmです。上空で待機ます』
「気になるから、前方に展開している飛行機の離着陸のインターバルと、輸送船を調べてみよう」
『了解しました。そろそろ見えてきます』
5千m上空からでも、艦隊の形と艦船の大きさが視認できる。
飛行機は小さいが、何とか見えるな。昨日と同じように2機を出しているようだ。
『輸送船の2隻目に注目してください。飛行機が2機甲板に出ています』
仮想スクリーンを作って2隻目の拡大像を映し出した。
なるほど、2機が甲板上に置いてある。あの大きさなら、20機ぐらいは甲板上に出せるんじゃないかな?
「画像の記録をお願いするよ」
『すでに実施しています』
10分ほど眺めていると、2機の飛行機が発信していくのが見えた。
前方に展開した飛行機の隣に位置すると、偵察をしていた飛行機が後方に下がって来る。
同じ輸送艦に着陸するのかと思っていたが、降り立ったのは一番前の輸送船だった。
着陸した飛行に兵士が集まり、甲板から張り出した位置へ移動すると、ゆっくりと下に移動していった。
やがて、飛行機が船内へと運び込まれていく。
輸送船ではなく、航空母艦ということだな。
かなり前から作られたに違いない、飛行機の移動がかなりスムーズに行われているから、2基のエレベーターを使えば1時間も経ずに甲板に飛行機が並ぶんじゃないか?
確か、巡洋艦クラス以上なら、飛行機が搭載できるはずだ。
ちょっと気になって戦艦の詳細を見てみる。
「やはり改修の跡があるね。戦艦の船尾砲塔が撤去されてるし、後部甲板の位置がかなり高いな」
『通常なら3機搭載できるようですが、あれなら倍は搭載できると推測します。巡洋艦はブラウ同盟軍とそれほどの相違は無さそうです。改修しても搭載数を大きくできないということでしょう』
仮に、航空母艦の搭載数を30機とすれば全部で90機ということか。後ろの輸送船は張り出し部が無いけれど、飛行機より大きな開口部を1つ甲板に持っている船が2隻ある。荷役用のマストが残っているから昨日は見落としていたけど、あれも飛行機を積んでいると考えた方が良さそうだな。
たぶん飛行機を多数搭載するために、色々と形を変えたのかもしれない。
前の2隻が最終型で、その後ろ2隻が運用試験で作ったのだろう。今回は多数の飛行機を運用するために同行させたんだろうな。
『次の飛行機が甲板に上がってきました。すでに20分経過しています』
「前方の飛行機の滞空時間を押さえといてくれよ」
まさか飛行機まで変えていないだろうな?
ジョイスティックを握り、前方の飛行機の真上に移動する。
「アリス。飛行機の形状寸法を計測してくれ。ついでに飛行高度もお願い」
『計測完了です。全長4m。翼長5.2mで高度は380m。ブラウ同盟軍よりも一回り大きいですね。……飛行機の着陸を確認。滞空時間は36分です』
性能がかなり高くなっている。
これで戦を始めたら、とんでもないことになるぞ。
「ハーネスト同盟艦隊の現在地を確認してくれ。至急、フェダーン様に報告だ」
アリスが一気に加速する。
艦隊の5千m上空に俺達がいたなんて誰も想像はできないだろう。飛行機雲を作ることなく一気にブラウ同盟艦隊に向けて飛び去った。
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フェダーン様が乗船した巡洋艦の甲板に降り立つと、直ぐに2個分隊の兵士がアリスを取り巻くようにして警備を始めた。
昨日の若い士官に出迎えられて、会議室へと向かう。
会議室に一歩足を踏み入れて、ちょっと驚いてしまった。テーブルを囲む原人の数が2倍以上に増えている。
壁際にはベンチを運び入れて座っている軍人もいるくらいだ。
「来てくれたか。昨日の報告を聞いて、集まる者が増えてしまった。これ以上にならんだろうから、コーヒーを飲んだ後で始めてくれれば良いぞ」
「了解です。昨日は俺も驚きましたので、カテリナさんの見解も確認しました。やはり俺と同じ考えのようです……」
それだけの言葉に、会議室が騒めいた。
カテリナさんの言葉というのがキーだったのかな? やはり著名人の見解というのは影響が大きいようだ。
マッドな魔導師なんだけどなぁ……。
プロジェクターの準備を終える頃に、コーヒーが運ばれてきた。いつものように砂糖2個を入れると、渡してくれた女性士官が驚いていたけど、直ぐにあちこちのカップにコーヒーを注いで回り始めた。
先ずは一口。良い香りだ。やはり俺達よりも良い豆を使ってるんだろうな。
視線を感じて横を向いたら、フェダーン様が笑みを浮かべて俺を見ている。
そう言えば、手紙を託されたんだっけ。
「フェダーン様。カテリナさんから預かりました」
「珍しいな。カテリナからの手紙等……。ふむ、ふむ……なるほど、それもおもしろそうだ」
独り言が俺に漏れてるんだけど……。
「手数が多くなったということだ。だが、戦は我等の手で進めねばならんぞ。リオ殿、そろそろ始めてくれぬか」
「それでは始めます。ハーネスト同盟軍の1055時における位置は、地図上ではこの位置になります。ここから、西に約450ケム(約680km)というところです。
昨日気になった輸送船に付いて、もう少し詳しく調査しました。
これがその画像です。甲板に2機の飛行機が確認できました。飛行機が飛び立ち、帰ってきた飛行機の画像がこれになります。
動画ですから、ゆっくりと見てください。
兵士によって昨日の用途不明の甲板部分に移動した後に、甲板から下げて船内に格納しました。
飛行甲板の大きさは、一時に20機以上の離着陸を可能としているように思えます。飛行機の大きさと船体の大きさを比べると船体のカーゴ区域を2段にして格納すれば30機以上が収容できると推測しました。
次に、輸送船の3番目と4番目です。
よく見ると、後ろの6隻と少し形状が異なります。マストの本数が減って、マスト近くに開口部があるのが分かります。これも飛行機を格納してるのではないかと推測しますが、格納数は多くても20機には達しないでしょう。
最後に戦艦です。
通常の戦艦であれば船尾にも砲塔がありますが、この4隻の船尾砲塔は撤去されていますし、船首の甲板と比べて位置が高くなっています。
これも飛行機を搭載するための工夫だと推測します。
さらに1つ追加します。
飛行機の大きさについて、ブライモス導師を交えて意見を交換したことがありました。現在の飛行機の形状はそれなりに完成しているとのことでしたが……。
ご覧ください。ハーネスト同盟の飛行機はこのように一回り大きくなっています。
滞空時間を確認したところ、36分。少なくとも45分前後は滞空できるでしょう。更に偵察高度は250スタム(375m)を維持していました。……以上です」
会議室が静まり返った。
呆然とした表情を俺に向けているけど、見てきたことを伝えただけだからね。
「さても、呆れるばかりだな。250スタム上空を100機を越える飛行機が襲ってくるということになる。その速度は時速100ケム(150km)を越えるならば、1割も落とすことはできぬ。更に、滞空時間を長くできたなら、積載量も増えているに違いない。
昨日の話では軽巡の砲弾と思っていたが、巡洋艦の砲弾を考えねばなるまい」
「やはり側面を突くべきかと。リオ男爵閣下、画像を消して頂けませんか?」
プロジェクターを切り、若い軍人の話を聞くことにした。
戦術図ということだな。20ケム(約30km)ほどの距離で互いの艦隊が対峙した状況図が壁に表示された。天井にプロジェクターがあるのだろう。昨日の報告で判明したって気艦隊の数と陣形がそのまま描かれていた。
「軽巡洋艦4隻と駆逐艦10隻で側面を突けば、敵の戦艦と巡洋艦の数はほぼ同じですから勝敗は士気と練度の違いになるものと推測します」
「その作戦の成功率は?」
『成功率0%。約千人の戦死者が発生します』
プロジェクターからのアリスの声に皆が驚いている。具申した軍人は呆気に取られてるけどやはり飛行機の恐ろしさを知らないんだろうな。
「アリスだな。やはり無理か?」
『敵艦隊の航行中の偵察機は2機ですが、対峙した状況下での偵察機は増えると推測します。艦隊に脆弱な部分があると自覚はしているでしょう。防衛は当然のごとく強化されているはずですし、戦機の運用も考えねばなりません。
さらに、飛行機が落とす砲弾の用意は複数あるはずです。側面を突こうとする部隊に砲弾を落とした後に本隊の攻撃を行うことも可能です』
「ということらしい。納得できたかな?」
「フェダーン様までも、今の得体の知れない女性の言葉に賛同するのですか!」
笑みを浮かべたフェダーン様の言葉に、若い軍人が憤慨している。
だけど、どうやら逆効果だったようだ。
「得体の知れないとは言ったものだな。私は良く知っているぞ。今の発言は彼女も聞いておるだろうが、王国を思う若手士官の思いでもあるようだ。私から謝罪することで許して欲しい。
それで、先ほどの話に戻るが、当然軽巡で指揮を執るお前は、どのように艦隊を離れて韜晦航行を行い、砲門を開いて後の行動を取るのだ?」
「それは……、軽巡の艦長の指揮の元……」
「摘まみだせ! 二度とこの場に、いや艦隊に加わることを禁じる。軍籍はく奪の上、営倉に襲込めておくがよい。王宮に返り次第、軍法会議に掛ける」
数人の男性が若い軍人を取り押さえて、会議室の外に連れ出して行った。
会議室に緊張が走る。
皆が、フェダーン様に注目し、次の言葉を待っているようだ。