M-102 なぜか俺だけ忙しい
フェダーン様の元から帰ろうとした時、若い士官が小さな革袋を渡してくれた。
毎日1回の偵察代としては過分の報酬だ。改めてフェダーン様に頭を下げて部屋を出る。
甲板に出ると、兵士が2重にアリスを取り囲んで外に銃口を向けて構えていた。
いたずらしないのであれば近寄るぐらいは構わないんだが……。
先導してくれた士官に礼を言うと、アリスに乗り込み巡洋艦を後にする。
まだ日暮れには程遠い。十分に夕食には間に合うんじゃないかな。
アリスに離着陸台を展開してもらい駐機場に移動する。明日もアリスと一緒だけど午前中には終わるだろう。
長い通路を歩いてプライベート区画へと向かった。
まだ誰も帰ってこないようだ。
ポットのコーヒーをカップに注いでソファーで一服を楽しむ。
ふと、テーブルに上にあった雑誌に目が行った。
手にとると、雑誌ではなくカタログのようだ。だいぶ分厚いけどあちこちに付箋が張ってあった。
調度品を選んでるのかな……。
ぱらぱらとめくっていた時に、おもしろい物を見付けてしまった。
『大人用キックボード』使えるんじゃないか!
値段は1台50デジットだからかなり安い。耐荷重は少し太えり気味でも壊れないと書いてある。
「アリス。これを頼めないかな?」
「クロネル様に通信を送っておきます。台数は?」
「フレイヤとローザに取られちゃいそうだから……、10台もあれば十分だ。外に欲しい人もいるんじゃなかな」
これなら長い通路も快適に進めそうだ。
笑みを浮かべて、カップにのこったコーヒーを飲む。
最初に戻ってきたのはマイネさん達だった。
毎日、プライベート区画のお掃除をしてくれるし、俺達の食事も整えてくれる。
本来なら、エミーの身の回りのお世話で良いんだけど、俺達と同じように見えるようになったから、余った時間をお掃除に回してくれている。
ある程度上階部分が終わったということなんだろう。今は下階の客室の方に掃除の手を伸ばしている。
「今日の夕食は少し遅れるみたいにゃ。その間はこれを食べて欲しいにゃ」
「おっ! 美味しそうですね。良いんですか?」
ロールケーキがお皿に乗せられて出てきた。
空になったコーヒーカップにもポットからコーヒーを注いでくれたからお昼抜きの俺には丁度良い。
添えられたフォークを使わずに、ロールケーキをそのまま掴んでかぶりつく。
「こっちを見るにゃ!」
ん? 何だろうと思ってマイネさんに顔を向けると、ハンカチで花の頭を拭かれてしまった。クリームが付いてたのかな?
にこりと笑みを浮かべてマイネさんが帰って行ったけど、困った男だと思われてるかも……。
全部食べ終えたところで、バンダナで顔を拭っておく。どうやらクリームが付いたのは最初だけだったようだな。
安心して少し冷めたコーヒーを飲む。
デッキに出てみると、いつの間にか星の海に入っていたようだ。
夜空と湖に映る星が一体になって輝いている。
南西方向にフェダーン様達が艦船を展開している場所だ。大きな戦にならなければ良いのだが……。
20時近くなって、フレイヤ達が帰ってきた。
直ぐに夕食が始まったけど、マリアン達は既に頂いたらしく今夜は一緒ではないようだ。
「直体制を敷いて航行してるわよ。夜間は毎時8ケム(12km)で進むことになるわ。湖の上だから邪魔するものはいないというのも良いわね」
「何かあったら、魔石通信機に連絡が入りますから、今夜は士官候補生5人で対応しています」
「俺の方は、ヴィオラによってから西に向かったよ。ハーネスト同盟の艦隊が進むところを画像に撮ってフェダーン様に提供した。
毎日画像を撮ることで、金貨10枚を頂いたんだが……。
カテリナさん。どうやら先を越されたようですよ。ハーネスト同盟軍は飛行機を戦に使う様です」
「どういうこと?」
食事の手を止めて、俺に顔を向ける。
バッグからプロジェクターを取り出してテーブルの隅に置き、壁に画像を表示した。仮想スクリーンでも良いかもしれないけど、壁に投影した方が細部が良く分かるだろう。
「これです。大型補給船が10隻。それを取り巻く艦隊。どう見ても過剰ですよね。それに補給船に2つの型があるのが分かりますか?」
フェダーン様達に説明したことを改めて繰り返した。
ワインを飲みながらうんうんと頷きながら聞いているから、俺の心配を理解してくれたに違いない。
「確かに、先を越されたわね。これだと一方的に攻撃されてしまうわ」
「飛び立ったところで、落としに行きます。……ところで、ウエリントン貴族は全員予備役だと聞いたんですが?」
「そうよ……。あれ? 説明してなかったかしら」
「ちょっと驚きましたが、先方で聞きました。招集をフェダーン様が委任されているとなれば、要望に応えねばなりません」
「そうなるけど、そんなことが過去にあったかしら? あったとしても、リオ君が応えたら、貴族の連中が騒ぎだすと思うわよ。たぶん、何らかの報酬を渡すことで王宮内の騒ぎを落ち着かせるでしょうね」
「御褒美。ということかしら?」
「お金で片付けるか、それとも王宮の宝物殿から出してくるか……。とにかく、悪いことにはならないと思うわ」
フレイヤが笑みを浮かべている。だいぶ倉庫から持ち出したんだから、それだけでも十分だと思うんだけどねぇ。
「制御室は任せているから、明日は昼頃に顔を出せば良いわね。リオ君は忙しくなりそうだけど、私達は自分の部屋をどうするか考えましょう」
俺の部屋はあのままなのかな?
朝寝坊が出来そうだけど、昼には状況を伝えないといけないだろう。
食後に、ピルケースからカプセルを取り出して、コーヒーで流し込む。いつまで飲まないといけないのかな?
カテリナさんが、俺がカプセルを飲む姿をジッといつも見てるのが気になるところだ。
「私も飲んでおこうかな?」
「そうですね。忘れるところでした」
2人が取り出したのは普通のピルケースだし、カプセルではなく錠剤だ。
ビタミンの複合薬かな? 俗に言うサプリかもしれない。
ヴィオラでも、そんな薬を愛用している人を見たことがある。
保存食中心になってしまうらしく、サプリを愛用する騎士団員が多いとアレクが言っていたことを思い出した。
「やはりガネーシャ達を早めに呼びましょう。明日、フェダーンに合う時に手紙を渡してくれないかしら。艦隊の後方には補給艦が往復しているから、私達が帰るよりも早く伝えられるわ」
「良いですよ」と伝えて、デッキに出る。
やはり、外は良いなぁ。ここの住人達もこのデッキはお気に入りだったに違いない。
ワインでも飲もうかと、広間に入ってきた時だ。
フレイヤとエミーに腕を掴まれ、そのまま寝室へと向かう。
まだ寝るには早いと思うんだけどなぁ……。
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「どうだった?」
耳元で囁くのはカテリナさんだな?
質問に意味が分からないんだが、俺に体を寄せて来ると、再び問い掛けてきた。
「どう……って、フレイヤ達ですか?」
カテリナさんが俺のすぐ横に顔を寄せて頷いた。
「そうですねえ……、何時もより積極的というかなんというか……」
フレイヤはいつもそうだけど、エミーも同じようだったな。
「ひょっとして!」
「これで完成ね。治験結果も十分だから、リオ君にも還元してあげるわ。さあ、行きましょう。たっぷりと汗をかいたでしょう」
あの2人が飲んだのは、そういう手の薬だったということか。
体を起こすと、2人が隣でぐっすりと眠っている。このまま朝まで眠るのだろう。
手を引かれてベッドから抜け出した俺に、カテリナさんがバスローブを渡してくれた。
「さて、もう1つの方に行ってみましょう。あそこもおもしろいのよねぇ」
確かに向こうの方が広いんだが、ジャングル風呂だからなぁ。
「ほらほら、早く行かないと……」
手を引かれながら広間に出る前に、密閉容器に入れたタバコを慌ててポケットに入れておく。ついでにワインも持って行こう。
脱衣場でバスローブを脱いだカテリナさんの目がフレイヤ達と同じようにうるんでいる。あの薬を飲んでいるんだろうな。
これが王都に広まったら、かなり色々と問題が起こりそうなきもする。
ワインのボトルを持って、カテリナさんが先に入っていく。
さて、後を追うか。あんまり遅いと文句を言われそうだ。
「リオ君がいてくれて良かったわ……」
「あまり役立っていないように思えますけど?」
「リバイアサンが見つからなくとも10年以内にはハーネスト同盟との戦は起こるとフェダーンが言ってたわ。ヒルダも頷いていたから、外交的にも決裂状態だったみたい。
もし、リバイアサンがヴィオラ騎士団の手に無かったら、あの輸送船が飛行機専用の輸送船と見破ることが出来なかったら……」
ワインボトルに口を付けて代わる代わる飲んでいる。
グラスを身って来なかったからしょうがないんだが、騎士団であれば許される範囲だろう。
「たぶん、大敗北になったんじゃないかしら。王侯貴族が揃ってナルビク王国に亡命する事態となってたかも」
「今回は逆になるでしょうが、隣国に攻めこむ手伝いなら手を引きますよ」
俺に顔を向けると、笑みを浮かべて体を寄せてきた。
「そこまではしないでしょうね。制圧しても民衆の反感を買えば占領政策等意味が無くなるわ。毎日がテロのオンパレード、場合によってはブラウ同盟でもテロがあり得るでしょうね。大勝ちした後で、余裕を持って凱旋することになるんじゃないかしら」
そうなってくれれば良いんだが、戦を始めるのは簡単だが終わらせるのは難しいという言葉もあるくらいだ。
相手だって、負けを悔いて大人しくしているとも思えないんだよなぁ。
「リオ君の役目は飛行機の撃墜と、敵にリバイアサンを見せ付けてあげること、この2つで王宮から感謝されるはずよ」
「それぐらいで収まればいいんですけど……」
続けようとした言葉はカテリナさんの口で塞がれてしまった。
あの薬を王国内に広げるのはヤバくないか?
まるで理性のタガが1つ外れるように思えて仕方がない。