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緑の目の男の子



アレックスが指定したのは私の職場のすぐそばにある時計台だった。二階のホールでは入場無料のイベントを開催していて、彼はそこで行われる大学主催の公開講義に参加しているらしい。仕事がいつ終わるか分からないと伝えると、彼から仕事が終わってから其処へ顔を出すよう提案を受けたのだ。


幾つか片付けなければならない仕事を片付けてから職場を出て―――横断歩道を渡ったところにある時計台のホールに足を踏み入れる。すると既に二人目の講師が講義を始めている所だった。五十絡みの大学教授と思しき男性が、プロジェクターのリモコン片手に昨今近郊に増えつつあるワイナリーについて難しい言葉を交えつつ解説を始めている。




薄暗いホールにはかなり多くの人がひしめいており、留学生なのか外国人風の容貌の参加者もチラホラ見受けられる。その中からアレックスに似てそうなシルエットを物色して目を細めて検分するけれども、暗がりになかなか目が慣れない。彼は何処に座っているのだろう?と、更に目を凝らして見回していると―――唐突に後ろからグイッと手を引かれた。


「ミキさん、こっち」


アレックスだ。彼は私の手を握りしめ出口の方へ歩き出した。誘導されるまま階段を降り―――時計台の入口を出た所で、立ち止まった背中がクルリと振り返った。


「お仕事終わったんだ?お疲れ様」


高い所から降って来る声に、コクリと首肯して返事に代える。

もしかして怒っているかも?とも覚悟していたが、アレックスの声音は落ち着いたものだった。ホッと胸を撫でおろす。


「あの……これ、ゴメンね。借りたままで」


と、飲食代と映画代より少しだけ多い金額を入れた封筒を差し出す。しかし薄緑色の瞳をスッと細めて、アレックスは首を振った。


「いらない」

「え、でも『金欠』だってアリスが」

「……」


眉をひそめる彼の仕草で、失言に気付く。

あっ……この言い方はマズい?年下の学生だと言っても相手は男の子だ。プライドを傷つけたのかも、と言う思いが頭に浮かんだ。


「あ、ゴメンなさ……」


するとアレックスはプッと噴き出して、しかめていた眉を緩めた。


「そんな深刻な表情かおしないでよ。金欠って言っても趣味に掛けるお金が足りないってだけで、食べるのに困っている訳じゃないから。お金はいらないよ、今日は謝りたかったんだ―――ミキさん、この間は揶揄うような事言ってゴメンなさい」


そうして再び神妙な表情になって、彼は私に向かって頭を下げた。

軽いイメージから一転して誠実な態度を見せられてしまい、私は息を飲む。と言うかお金も払わず逃げ出した私にだって責はあるのだし、頭を下げられるとは全く考えていなかったのでどう対応して良いのか戸惑ってしまい、咄嗟に言葉が出なかった。


「前にも言ったけど……別に騙すつもりじゃ無かったんだ。教室では英語で話す事になっているし―――あのミニシアターでは俺、なるべく日本語は使わないようにしているんだ」

「どうして?」

「ちょっと事情があって。だからお詫びと言ったらなんだけど、映画代とカフェ代は俺に持たせて下さい」


背の高いアレックスの顔を改めて見上げる。薄い微笑みや敬語、そして丁寧な物言いは、それ以上の追及を拒否しているようにも見える。……まあ、だとしても今日の遣り取り以降会う事も無くなるのだから敢えて突っ込む必要も無いかと思い―――首を振って溜息を吐いた。


「大学生なんでしょ?アリスが二十歳はたちだって言ってた」

「……二十一だよ」


二十だろうが二十一だろうが、学生には変わりがない。同い年か私より年上なのかと思っていたから―――あの時は『社会人としてあの態度は何だ!』と怒り心頭だったのだけれども、二十歳はたちや其処らの大学生だと思うと、ちょっと行き過ぎた悪ふざけくらいに思えて来るから不思議なものだ。子供っぽい振る舞いでは無く―――彼は社会に出る前の『子供』だったと言うだけなのだ。法律的には成人してはいるのかもしれないけれど。


「何でスーツなんか来ていたの?初めて会った時」

「社会人相手の仕事だって聞いたから、一張羅着て行ったんだ。真面まともな仕事着って持ってないから―――あれ、俺が持っている唯一の就活用スーツ」


なるほど。でもそんな話聞いたら、ますます奢られているのがいたたまれなくなる。アレックスの言い分を聞いて改めて落ち着いて考えてみると、あのイザコザは多分に私の過剰反応であったように思う。

最近仕事関係以外で生身の男性と絡むと言う状況に恵まれなかったし、物語や映画の世界以外で男性と良い雰囲気になる状況なんてここ暫く体験していなかったから……ドキドキし過ぎたのだ。だから自分の気持ちまで見透かされた上で揶揄われたのだと、思ってしまった。ちょっとだけ被害妄想?軽い男に遊ばれた……!なんて感じてしまったんだ。


私はグッと封筒を、彼の胸に押し付けた。


「だったら尚更受け取ってよ。勘違いした上に学生にタカるなんて、社会人として出来ないよ」


アレックスは押し付けられた封筒をジッと見下ろした。

それから数秒黙ってそれを見つめていたが―――大きな手で私の右手ごと包み込むように、封筒を引き離した。途端にフラッシュバックのように、映画館で手を繋いだ感覚が呼び覚まされ、私の体は反射的にカッと熱を持ってしまう。


違う違う……トキメいてなんかいない。あれは残像だよ、勘違いしていた時の……と慌てて熱を振り払う。


アレックスは真顔で私の手を封筒ごと包み込んだまま―――ニコリと笑った。




「『コンサルティング探偵シド』の特別版が映画館で観れるって知ってる?」

「え!」




ナニソレ?!知らない!


あれはつい録画しそびれて―――まだDVD化されていない筈。なのに映画化?映画館で観られるの?見たい……!


私の瞳が輝いたのを認めたのか、アレックスは今度はニンマリと口元を緩めた。あっこれ、この間『意地悪そう』……って思った表情かおと同じだ……っ!


「昨年BBCで放送されたクリスマス特別版。今『スカイシネマ』で上映してる―――ミキさん、お金はいらないから代わりにソレ、奢ってよ」

「え?」

「今週の土日、空いている時間あったら連絡して。じゃ俺、戻るから。会場の片付けしないと」


パッと私の手を離し一歩下がったと思ったら、アレックスはクルリと背中を向けて時計台の中へと大股で歩き出した。


「えっ、ちょっと!アレックス!!」


慌てて手を伸ばし声を掛けると、入口で足をピタリと止めて彼はこちらを振り返り―――手を上げて、屈託のない笑顔を見せた。




「楽しみにしてるね!」




そして私がその笑顔に呑まれてグッと詰まっている間に。アッと言う間に時計台の中へ滑り込み、跡形もなく消え去ってしまった。


私は手を伸ばしたまま暫く固まって―――時計台に群がる観光客の、不審気な視線が集まり始めた事に気が付いて、その場をそそくさと立ち去る事にした。だけど頭の中はいまだに混乱したままで。




えええ?―――これ、どういう展開?




何だか納得行くような行かないような……狐に摘ままれたような気分。

だけども取りあえず……どちらにしても特別版はこの目で確かめなければ……!と言う事だけは自分の使命としてキチンと胸に刻み込んだのだった。



またしても二~三日、パソコン前を離れます。

続きは戻ってから投稿する予定です。

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