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反省

さて、翌日。火曜日の仕事帰りは……英会話教室『ハッピーアワー』の日だ。

私は小振りな白いビルを見上げ―――それからハァ、と溜息を吐いた。


英会話教室の連絡先として登録している私用メールはパソコンで事前にチェック済み。特に連絡もないから、いつも通りアリスが教室で待っているのだろう。


やらかしちゃった事に気が付いた私は、あれから頭を抱えてベッドの上やラグの上をゴロゴロのたうち回って―――朝になって漸く少しだけ立ち直って、改めて頭を整理した。

先ずはお金! そう、お金を返さなきゃ。事務の人にアレックスの連絡先を聞いて―――こちらから連絡しようか。それかそう、アリスに言付(ことづ)けて貰えば良い。アリスはアレックスと知合いっぽい言い方をしていたし、それなら直接私がアレックスと遣り取りせずに借りだけ返す事もできるよね。……でもそう言うの、社会人としてどうよ?失礼じゃない?……って言うか、あっちの方が社会人としての礼儀を欠いているよね。じゃあ、こっちもそう言う態度で良いか? ほぼ初対面の相手に対して、日本語分からない振りして英国紳士を擬態してまで揶揄うってあり得ないよね?!

でもなぁ……アリス妊婦さんだし、アレックスと会う機会無理に捻出してうっかり無理させてまた体調悪くさせちゃったら悪いよね。うむむ……あ、そうだ。それなら事務の人に言付け頼んだらいいんじゃない? きっと他のレッスンを教える為に教室に顔を出すよね? その時渡して貰えば―――よし、そうしよう! 御礼はお金を入れた封筒の上にでも一言メモって置けばいい! そうだ、そうしよう!


私はムンッと拳を作ってみずからを励まし、教室のドアを開けた。


「こんばんは!」


殊更明るく挨拶して見せると、事務に座っているおっとりしてマイペースな事務員、田丸さんが立ち上がってニコリと笑顔を返してくれた。


「こんばんは。湯川さん、お疲れ様です」

「あの……アリスの代理で、一度講師をしていただいた先生の事なのですが」

「はい、何でしょう?」

「彼のレッスンの受け持ちって何曜日ですか?あの……私彼にお借りした物があって、出来ればそちらから渡していただきたいのですが」


田丸さんは小首を傾げて暫く記憶を探る素振りをした。


「ええと―――ああ『アレックス』ですか?」

「あ、はい」

「彼はレッスンを受け持っていないんですよ」

「え?」

「英国出身の講師がアリス以外所属していないので、あの時は彼女の知合いを紹介して貰ったんです。臨時講師として」

「―――そうなんですか?」

「連絡先は分かりますが―――アリスを通した方が良いかもしれません」

「分かりました。じゃあ、レッスンの時に直接聞いてみます」

「すいません、お手数ですがよろしくお願いします」


何だ、アレックスってここの講師じゃ無かったんだ。それじゃあ、今まで顔を合わせなくても当り前なのかもしれない。じゃあ本当にあの時、ミニシアターのカフェで偶然顔を合わせなければ……話をすることも、彼の素性を知る事も無かったと言う事なのか……。


何だろう、これって……物凄く『ツイていない』ってコトなのかな?私。

いや、一応カップル割引で八百円入場券は得した計算になるから『ツイている』とも言えるのかもなぁ。

揶揄われてお腹抱えて笑われて、周りの幸せそうなカップルに好奇の目を向けられて―――全然、そう言う気分に浸れないけど。







レッスン室をノックして、アリスと挨拶を交わす。アリスにお金の取次をお願いする事になるかもしれないって事も想像していたから、事前に聞きたい言葉は辞書やネットで調べて頭に入れて置いた。


「Alice, I’ll pay back the money I borrowed from Alex. How can I do...?(アリス、アレックスから借りたお金を返したいのだけれど、どうしたら良いかな?)」


取り合えず『お金返したい』って結論から。どうしたら良いのか教えて欲しいなぁって希望を込めて訴えると、アリスは目を丸くして驚いた表情を見せた。


「You borrowed the money from him? What happened to you?」

「Yesterday, I ran into him at the movie theater. He pay the movie tickets for me.」


『何があったの?』と尋ねられ、無難に応える。そう……『映画館で偶然会ってチケット代、彼が代わりに払ってくれた』うん、簡潔にまとめるとするなら、これが実際あった事だよね。英国紳士詐欺にあったとか、お腹抱えて爆笑された―――なんてのはアリスに言わなくて良い。英語で説明すると絶対収拾がつかなくなりそう! 微妙な心持ちを伝える英語力は私にはまだ備わっていないのだ。


「I see. I’ll pass that on to Alex. Can I give him your e-mail address?(分かったわ。アレックスに伝えるわね。あなたのアドレス、彼に教えて良い?」

「あ~……うん...Yes. That would be helpful. Thank you, Alice.(助かるわ、ありがとう)」


少し迷ったが、それしか無いと頷き御礼の気持ちを述べる。


お金を借りっぱなしで逃げたのは私なのだ。私の連絡先をアリスから伝えて貰い、彼からの連絡を待つのは当然だろう。でもアリスが知っているアドレスはパソコン用なんだよな。スマホでも設定すればすぐに確認できるって分かってはいるんだけど……億劫で元々のガラケーのキャリアメールの設定しかしていない。こちらが借りている手前、連絡にすぐ対応出来ないと困るし―――結局スマホで通常使っているアドレスを伝えて貰う事にした。アドレスをメモに写して手渡すと、アリスがニコリと微笑んで頷いてくれた。


「Maybe he’ll be delighted that. He is always broke.」


んん?今アリスの言っている意味がよく分からなかったぞ。『たぶん、彼はとっても喜ぶだろう』って所は分かったんだけど……『ブローク』って『break』の過去形かな?でも『彼はいつも壊れている』……いや、『壊されている』か?


「Alice?What that mean?...He is "broke"...?(アリス? どういう意味? 彼が『壊れている』って……?)」

「Well...what I mean is that...Since he is still student, he don’t have much money...(今言ったのは……彼はまだStudentだから、あまりお金を持っていないって意味で……)」


ああ『お金が無い』……つまり『金欠』ってコト? 俗語(スラング)かな? 後で『break』の訳、辞書で確認しなきゃ―――って。……え。


え?


何か今気になる単語を聞いたような……


「A...Alice? Did you say...he is...”a student”?(ア……アリス? あなた……彼が『学生』だって言った?)」

「Yes, He is a university student.(ええ、彼は大学生よ)」

「えっ……だ、大学生?!」

「Of course! I think he is...about 20 years old.(もちろん! たぶん二十歳くらい……だった筈よ)」

「えっ……は、二十歳はたち?!」

「He is in the third years of University, probably.(たしか三年生だから)」

「だってスーツ着てた……」

「?」

「あっえっと……I’ve got it. I've understood that.(分かったわ。うん、漸く理解した)」




大学三年生……え……ってコトは―――




私、大学生の男の子に―――映画代と飲食代払わせて、尚且つ走って逃げたってコト……?!




「Micky? Are you OK?(ミッキー? 大丈夫?)」




ずーん……と机に突っ伏してしまった私の頭に、アリスの心配気な声が掛かる。うう……のたうちまわりたい。でもココ、自分ん()じゃないし!


それからアリスの柔らかな声に励まされつつ何とか持ち直し、顔を上げて力弱くだが笑って見せた。


「...OK!I'm fine!(オッケー! 私は大丈夫よ!)」

「Good!(良かった!)」


と、持ち直した所で、安堵したアリスから私の(つたな)い英会話について注意点を告げられた。


「By the way, we say “the cinema” in the U.K. “The movie theater” is used in the United States.(ところでね。イギリスでは映画館は『cinema』って言うの。『movie theater』はアメリカ英語よ)」

「I...understand.(わ……かりました)」

「And ...not “the movie”, but “the film” . We say “the film” in U.K.(そして……『movie』じゃなくて『film』ね。 イギリスでは映画は『film』って言うのよ」


それは以前も彼女から指摘を受けた表現だった。英国では映画を『film』、映画館を『cinema』と言うのだそうだ。英国英語と米国英語って結構、違うんだよね。私はコクリと頷いて『思い出いした』と言う事を彼女に伝えた。


「I remember that! You taught me before.(思い出したわ! 前にも教えてくれたよね)」


と神妙に応えて見せると、アリスは「That's good!(素晴らしい!)」と再び柔らかい笑顔を返してくれたのだった。




うん、吃驚し過ぎて今が英会話のレッスンだってコト、一瞬忘れてしまったよ。

……途中完全に日本語でしゃべっていたしね。アリス、日本語分かるから普通に返してくれたけどね。




―――まだまだだなぁ……本当。いろいろとね、人を見る目、とかね。うん。




って言うか、『アレ』で『大学生』?!……見えね―――!

外国人の年齢って―――ホント、分からん!!

あ、違うか、日本人だったっけ?

つーかとにかくアレックスって……あの人、いやあの子……何なの?! 本当に訳わかんねー!!

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