趣味嗜好
パソコン前に帰還しました。投稿再開します。
薄い緑色の瞳を揶揄うように細めて、アレックスは楽しそうにこう続けた。
「それにしても……ミキさんって本当に男性同士の絡みが好きだよね」
「へ?」
「この映画に出て来るの両方おじさんだけど……驚いたなぁ。年齢とか関係無いんだね、男同士の恋愛を妄想して楽しむのに」
「……は?」
今日の映画の主人公は、長年医師として活躍して来た『おじさん』と、その医師の息子である男の子が憧れる神父の『おじさん』の二人。エリート医師の『おじさん』は息子にも医師を目指して欲しかったのだが、彼は突然神父になると言い出して……。表面では賛成しつつも納得が行かない。そこでこっそりその神父を見に行く。そんなこんなで色々あって、エリート人生を歩いて来た男と悪事を重ねた人生から更生した男、二人がやがて心を通わせる楽しくてハートフルで、ちょぴっり切ない部分もある感動ストーリー……!
って言うか二人ともカッコイイから『おじさん』と言うより『紳士』って言葉の方がピッタリなのだけれど―――
『紳士』か……うん、私って見る目無い。ちょっと丁寧に対応されたら、外側だけ見て中身まで『紳士』だって受け取ってしまうなんて。あまつさえ手を握られて……ちょっとトキめいちゃったりなんかしちゃって。全くもってチョロ過ぎる。いや、オチてないよっ!あくまで節度を保った上でふれあいを好意的に受け取って楽しんだってだけで、うん!
それにしても『男同士の恋愛を妄想』って何の事を言って……んん?あっ……!
身に覚えのある記憶に行き当たった所で―――私は沸騰した。彼は私が渡したファンサイトの人の文章を見ていた。あの時はまだ途中までしか読んでなかったから、あの文章がボーイズラブ視点で補完されまくった文章だと私は理解していなかったけれど―――ネイティブ(?)の彼ならパッと目にするだけで内容を把握する事も可能だったのだろう。
「あ、あれは違っ……」
「ああいうの日本語で『腐女子』って言うんだったっけ。じゃあ男性を見ても恋愛対象じゃなくて、そう言う想像しか浮かばないのかな?」
「わ……私はノーマルよっ!ちゃんと!普通に!男の人が好きだもん……!!」
好きだもん!……だもん!……もん!……
激しく否定の気持ちを込めた過ぎた所為で、思わずエコーが掛かってしまった。(ような気がした)
「……」
はっ……!
そこで気が付いた―――醒めた緑色の瞳に晒されて、人が行きかう往来で。
今さっきこのビルでは映画が終わったばかり。その入口にシッカリ陣取ったままの私達。そして月曜日は『カップルデー』……周りは映画を観終わって語らいながら笑い合う、イイ感じのカップルばかり。
そのカップル達の視線が私達に向けられている。―――って言うか『私に』向いているっ!
仁王立ちのまま大声で『男の人が好きだもん!』と叫ぶ、如何にも仕事帰りのグレーのスーツを纏った成人女性……向かいには(黙っていれば)美しい西洋人俳優のような美男子。
「ぷっ……アハハハ!くくく……ホントに、ミキさんっておも……」
アレックスは噴き出したかと思うとゲラゲラとお腹を抱えて笑い出した。そんな私達を通り過ぎるカップル達が好奇の目を向けつつボソボソと言葉を交わしている。私は真っ赤になったまま立ち尽くし―――結局。
耐えられなくなって走り出した。
「うっくく……ん?あれ?……え、ちょっ……ミキさん?!」
アレックスが何か言っているけど、もー知らん!
羞恥心メーターがマックス振り切れてしまった私は、沸騰した頭を抱えたままその場をダッシュで逃げ出したっ……!
「……おーい……み……」
背中にアレックスの声が追い縋って来る。それを振り切るように私は最寄りの地下鉄駅まで一気に走って逃げたのだった。
そして自分の部屋に辿り着いて……人心地ついてから気が付いた。
私―――お金払ってないじゃん……!?
背中に追い縋るようなアレックスの声を思い出す。
あの時チラッと私の脳裏に浮かんだのは―――私の気分を害した事を悔いた彼が謝ろうとする場面。そうしてくれれば良いと……少しだけ期待していた。だけどでも『今更口先だけでそんな言い訳したって聞いてやるかっ!』なんて、それこそ『けっ』ってな感じで、走るスピードを緩めずに彼の声を無視して、逃げ切ったのだ。
けれども全然そう言う意味じゃないんだって、今……たった今気が付いた。
アレックスはきっと吃驚したに違いない。飲食代も、映画代も払わずに無言で逃げ出した女を引き留めようとしただけなのだ。
あぅうあぁあ~~……やってもーた!!!
ちょっと揶揄われたからって―――いや、ちょっとどころじゃないけど―――二度しか顔を合わせていない男性に……タカってしまった!!!