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エンドロール

 そうか、分かった。彼は私からお金を貰うまで離れられないんだ、だから逃げちゃわないように―――傍に置いていたのかも。あれ? そう言えば映画代も私、受付で払ってない。まさか彼が払ったとか―――? いや~それは無いでしょ、何で彼が払うの?


「……」


 はっ……まさか、私やっちゃった?! 映画代支払い済みのアレックスに駆け寄ってそのままスルリと入り込んじゃって―――これ、ひょっとして無銭入場じゃない?? ひええ、捕まっちゃう! そうだ! 謝って……うん、間違えちゃったんだって伝えて受付でお金払おうっ! 直ぐに払えばきっと許して貰えるよね?!


 エンドロールはまだまだ続く。シネコンだとこの辺で皆一斉に席を立つ所なのだけれど、映画好きが通い詰めるこのミニシアターはエンドロールも最後まで鑑賞するのがお約束だ。けれどもここにいる人が一斉に席を立つ混雑時に一緒に出るより、早く出て説明しちゃった方が良いよね。そう、善は急げ! って言うかこの場合、私今『悪』になっちゃってるけど―――よし、もう出よう!


 ソロリ……と後ろの人の邪魔にならないように頭を下げて立ち上がろうとすると―――がしっと腕を掴まれてしまう。振り返るとジーっと責めるような視線を向けるアレックスが。あ、もしかして逃げようとしているって思われている?! 違うの、映画館の人にお金払ったら待っているつもりで―――カフェの飲食代は後で絶対払う!! なんてどう伝えて良いか咄嗟に言葉が出ないから……私は息を吐いて恭順を示した。仕方ない……やはり最後まで観て、上映室を出てから説明しよう。






 エンドロールが全て流れて会場が明るくなった。パラパラと座っている人が席を立って……ん?何だか今日はカップルが多いなぁ。とさっき急いで出ようとしたコトもすっかり忘れてボケっと周囲を眺めていた。混んでいる所が苦手なので、いつも人混みが薄くなってから上映室を出る事にしているのだ。気付くと目の前に掌が差し出されていた。


「?」


 その手の主を見上げると案の定、細められた緑色の瞳とかち合った。


 えーと……。


 うん、頭が回らん。きっと英国紳士はエスコートがデフォルトなんだな、英国行った事無いから知らないけど。でもさっき手、繋いじゃったし、カフェの食事代も今貸して貰っている状態だし……もう、アタフタ慌てるのも疲れてしまった。


 私は目の前の掌にポン、と自分の右手を乗せた。そしてそのままそれを支えにして立ち上がる。


 いや、嫌では無いよ?だってこんな美男(イケメン)と手を繋ぐ機会なんてなかなかないからね、むしろ『ありがたや~』って掌こすり合わせて御礼を言いたいくらい。でも文化の違いなのかなぁ……初対面と変わらない相手の手を触るのに躊躇が無いって言うのは。まあ、ハグとかビズとか挨拶だと言うしね。例えばイタリア人の男性は女性を見たら口説かないと失礼だと考えていると言うし、イギリス人の男性がレディーファーストが身についていたとしてもおかしくないのかもしれない。常識が多少違うのはあり得る話だと思った。


 本当はここでちゃんと『御親切は有難いんですが、私は日本人だから二度会ったくらいの男性と素面で手を握るのは慣れていないんですよね。貴方には普通の事かもしれませんけど、こんなこと女の子相手にしまくってたら、皆勘違いしますよ。私もうっかり勘違いしそうですしね』なんて説明しなくちゃ行けないんだろうけど……無理。うん、それに次の映画も始まるから入替えもあるし、借りた状態のお金もお支払いしなきゃだし―――あっそうだ、肝心の映画館の入場料!早く払わなきゃだし、ここで辞書と首っ引きで立ち話する訳には行かないですしね。


 うん、役得と思って受けておこう。


 なんてコチャコチャと言い訳を並べ、光の速さで自分を納得させてアレックスに引かれるまま上映室を出た。それから受付の手前で「Wait a minute!」と声を掛け手を離して貰う。


 仕事用のオーソドックスな革鞄から財布を出し、緊張しつつ受付の人に声を掛けた。


「すいません!」

「はい?」

「あのっ……私入口で支払いを忘れてしまって……」

「え?」


 受付の長い髪を三つ編みにして肩に垂らしている女性が、首をかしげて―――それから私の後ろを見た。


 ん?


 私も後ろを振り返る。わっ……随分近くに立っているな。背の高いアレックスがニコニコしながら無言で私の後ろに立っていた。すると三つ編みの女性が首を振った。


「さきほどお連れ様からいただいてますよ、カップル割引で」

「へ?!」


 カップル?……あっ……! そうか!月曜日は―――縁遠くて意識していなかったけど、『カップルサービスデー』じゃありませんか!

 カップルで来ると一般千八百円が二人で二千円で入場出来るのだ。ああ、そう。そう言う事……私はカフェでの遣り取りを一瞬で思い出した。


 そうか―――あの時慌てていて生返事してしまったのは、この事だったんだ。カップル割引を使おうって提案してくれたんだね、男女で入ればほぼ半額だもん。別々に入るのは損だ、だから手を繋いだり席に並んで座ったりしたのかもしれない。


 てっきり英国紳士は初期設定でエスコートが身についているのかと……ま、そうと分かれば私も異存はない。だって半額って魅力的……! それにミニシアターに一緒に行ってくれる男性なんて周りにはいないもんね。こういう体験も良いかもしれない。


「あ、そうでした……へへ?うっかりして彼が払ってくれているの忘れていました。すいません。では……」


 とペコペコ頭を下げて後退ると、三つ編みの女性はニコリと笑って送り出してくれた。


「またのお越しをお待ちしております」

「あ、はーい。じゃあアレックス……行きますか?」


 私が問いかけると、アレックスは手を差し出して来た。


 あ……はは、演技ね。恋人風。分かりましたよ―――はい! 繋いだ!

 見上げると背の高い彼がニコリと笑顔を返し、私の手を引いて歩き出した。恋人風……と意識するとますますドキドキしてしまう。男の人と手を繋ぐってすっごい久し振りだな。って言うか最近女の子とも繋いでいないかも?

 ちょっと骨ばってて長い指に私のやや小さめの手はスッポリと収まってしまう。わー……いーな、こういうのって。


 遠距離恋愛を貫くほどの情熱も無く、大学で付き合った彼氏との関係はあっさり終わった。お互い仕事を覚えるのに忙しく新しい環境に慣れるのに手いっぱいで、マメに連絡を取っていたのは最初の二ヵ月くらい。ゴールデンウィーク空けの忙しさに紛れて徐々にメールも電話も間遠になった。『別れよう』とメールが来た時には『まだ付き合っていたって言う認識だったんだ』と逆に驚いたものだ。律儀な所がある人だったから、向こうで好きな人が出来たのかもしれない、なんて考えた。私と言えば彼に比べたらいい加減な所があった、仕事にばかり頭が行っていて恋愛気分に全くひたれなくて―――つまり彼氏との問題をほったらかしにして干からびさせてしまったんだ。


 それ以来仕事に心置きなく打ち込んで、時間が出来れば同僚や友達と飲みに行って、一人の時は映画に行ったりDVDを借りて見まくったり。そして海外ミステリーに嵌って英会話教室にまで手を伸ばした。それが今ではちょうど良い仕事の息抜きになっている。だから今はそれなりに充実した毎日を送っている。

 きっと彼が近くに就職していたら、趣味は二の次で彼との時間を優先しなきゃならなかったかもなぁ……。スポーツが趣味の彼に付き合って行く野球観戦やサッカー観戦も面白かったけど、彼は全くインドアに興味がないタイプだったから、一緒にミニシアターで映画を観るなんて機会はきっと付き合いが長引いていても訪れなかっただろう。だから私はここまで自分の趣味に没頭した生活を送っていなかったと思う。ほとんどの時間は仕事に費やして、残りは自分の好きな事ばっかりって言う生活は無理だったはず。


 だからこういう人とのふれあいは―――それ以来だった。


 疑似体験だけど、ちょっと嬉しいような楽しいような気分。

 うーん『男は当分いらないなっ!』なんて笑いながらドラマの画面に齧り付いていたけれど―――こういうトキメキもやっぱりいいよね。仕事も大分慣れて来たから心に余裕が出来たのかなぁ?そんな風に思えるようになるなんて―――ん?




 ミニシアターの入口を出て、そんな事を考えつつも階段をトントン下っていた。一階に辿り着き外に出ると―――アレックスと繋いだままの手をジッと見つめてしまう。




「アレックス―――貴方、日本語……」




 プッ……と噴き出す音が聞こえて見上げると、口元を覆ってクツクツ笑っている銀髪の男が目に入った。彼は私の日本語を理解していた、さっきの口にしたのはそれほど難しい言葉を使っていた訳ではないから、初歩的な日本語を知っていれば理解できるのかもしれないけれど―――でも、三つ編みのお姉さんとの遣り取りも、ひょっとして理解できていたんではないだろうか。


「I don't understand Japanese!」

「分かってるんでしょ……?!」

「くっアハハ……当り前じゃん、俺―――日本人だもん」

「なっ……」


 私は真っ赤になって手を振りほどいた。

 流暢……と言うより、これ完全な日本人の日本語だっ……!!

 仕草もすっかりくだけて、英国紳士と言うより『見た目がちょっと変わっているだけのその辺にいるお兄さん』に見える。


「に、日本人……?! 騙したの? だって事務の人から『英国出身』って聞いていて……」

「別に騙したわけじゃない。今現在英国籍も持っているし―――実際英国で生まれて五歳までは住んでたからね、だから出身は『イギリス』なの」




 な、なんだって―――?!





 英国籍があるっ言ったって、五歳くらいから日本に住んでいるって事は―――じゃあほぼって言うかもー完全に『日本人』じゃん!―――て言うか二重国籍ってコト?

 今まで英国紳士だと思い込んでいたから、日本文化にはまだ慣れていないんだね、仕方ないか……って自分を納得させて来たアレやコレや。

 日本人男性だと考えて改めて振り返ってみると彼の行動は―――か、軽すぎる……!


 ニコリと微笑んでいた紳士(ジェントルマン)なアレックスは何処にもいない。

 そこにはニヤニヤと如何にも愉快そうに笑う、軽くて意地悪そうな男がいるだけだった。




 えーん、詐欺だ!『英国紳士詐欺』だぁ……!! 訴えてやる……!

遠征のため、二~三日更新が滞ります<(_ _)>

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