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伝わらない!  作者: ねがえり太郎
蛇足 再び、アレックス
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居酒屋で



なっちゃんに連れられて入ったのは地下鉄西28丁目駅すぐ近くにある焼き鳥屋だった。店内は割と賑わっていて、仕事帰りらしいスーツ姿のおじさんが大半を占めている。中学校の最寄駅だから看板くらいは目にした事があるけれど、地下に降りる階段に足を踏み込んだのは初めての経験だった。


「何飲む?生?」

「あ、うん」


「おーい、生二つ」と黒いTシャツ黒いバンダナのガタイの良いお兄さんに、なっちゃんが声を掛ける。注文をメモしたお兄さんはニカッと笑った。


「ナツ、いつまで居んの?」

「んー、今回はあと四日?」

「空いてる日後で連絡な、集まろうぜ」

「ん」


なっちゃんとお兄さんの気安い態度を目にして、知合いか?と推測しているとそのゴツイお兄さんが俺を見て眉を顰めた。


「おまえ……タロじゃね?」

「え?」

「いや~分かんなかった。随分シュッとしたな、ナツの知合いの外国人選手かと思ったじゃん」


えーと……あ。そう言えば彼の目元と鼻の形に見覚えがある事に気付く。俺も変わったかもしれないけれど、なっちゃんとツルんでいたその先輩も随分変わったみたいだ。中学生なのにパーマの茶髪にピアス、比較的瀟洒なマンションが多いこの地域出身の一般学生から怖がられていた、なっちゃんの友達だ。それがいつの間にかバンダナから覗く髪は真っ黒、耳にはピアスの穴さえ見当たらない、ごく普通の容貌に変化している。体格は良いから厳つく見える部分もあるけれど、あの頃いつも浮かべていた不機嫌そうな強面はすっかり影を潜め、屈託の無い笑顔には近寄り難さの欠片も無い。


「小宮山先輩?」

「ははっ、太郎お前別人だな!今何やってんの」

「えーと大学に……」

「コイツH大生よ、生意気だろ?」

「ナマイキ!でも今度から飲み会、俺の店使うなら許しちゃる」

「あ、はい。使わせていただきます」

「頼むな!」


明るくそう言って、小宮山先輩は厨房へ戻って行く。途中別のお客さんに呼び止められて愛想良く対応している様子は、既に立派な社会人だ。


「親父さんの店の一つだって。今、店長代理やってるらしい」

「へー……」

「もう二歳のガキがいるんだぜ」

「え!」


じゃあ俺の年にはもう子供がいたってことか……大人だ。ポカンとしている俺の顔を見て、なっちゃんが可笑しそうに噴き出した。






なっちゃんが「とにかく肉が食べたい」と言うと、小宮山先輩は適当にお勧めの肉料理を並べてくれた。鳥のたたき、豚串、ささみ串、レバー串、ネギポンザンギ(北海道でよく食べる味付きの鳥の唐揚げにネギとポンズを掛けたやつだった、すげー旨い)。「野菜も食えよ」なんて言ってプチトマト串、野菜たっぷりのラーメンサラダも追加して置いて行く。


「鳥のたたき、うまっ」

「だろ?新鮮だから臭みが全くない」


なっちゃんが作った訳でも選んだ訳でもないのに、何故か得意げに言われて笑ってしまう。


やっぱりなっちゃんは太陽みたいな人だな、と思う。晴れ晴れとした日に気分が明るくなるように、落ち込んでいた俺の気持ちも自然と彼の陽性の気に引っ張られて持ち上がるような気がしてくる。


くわっと大きな口で豚串に齧り付き、モグモグごっくんと飲み込んだ後、なっちゃんは本題に入った。


「で、何があった?」


アルコールの酩酊感が俺の口を強張りをいとも簡単に解してゆく。気付いたら、今までの経緯と今日彼女から拒絶された言葉を思いつくままに語ってしまっていた。しかしすっかり聞き終えた後、なっちゃんは腑に落ちない、とでも言わんばかりに首を傾げたのだった。


「何でそれで落ち込んでいるんだ?」


心底分からない、と言う顔をされた。


「その彼女、お前の事が好きで、学生の間は付き合えないって言っているだけだろ」

「え……」


なっちゃんの台詞に、思わず思考停止する。『もう会えない』ってコトがショック過ぎて、彼女が言い募った言い訳については、俺の心を上滑りしていくばかりだったのだ。だからそんな風に受け取るなっちゃんの視点が新鮮過ぎて体になかなか馴染まない。


「女ってヤツは一人の子供を生むにも育てるのに時間も労力も掛かる。だから男と違ってちゃんと長く付き合える相手かどうか見極める為に、色んな角度から男を採点せずにはいられないんだと。食べ物をちゃんと持ってくるか、子供が育ち切るまで見捨てないで末永く家を守ってくれる相手なのか。だから石橋を叩いて叩いてから、ようやく渡るようになっている。男は出来るだけ種をたくさん撒いて、母体数を増やして遺伝子が生き延びる確率を増やすって設計になってるから、相手を見極めるのは二の次でどうしてもその場の雰囲気に流される」


急に遺伝子とか子供とか言い出すなっちゃんを俺は初めて会った相手のように、マジマジと見つめてしまう。若干戸惑いつつ俺は反論を述べた。


「あの……俺はミキさんと付き合った後すぐ別れたいとか考えている訳じゃないし、別に色んな女の子と付き合いたいと望んでいる訳じゃないんだけど」


むしろミキさん以外の女性にあまり興味を持てないと言うか。なっちゃんの台詞に極端な印象を抱く。確かに子供とか結婚とか正直そこまで先のコトについて具体的に考えていた訳ではないけれども……なっちゃんの言い分では男は皆、一人の女性を大事に出来ない移り気な性質だって言っているように聞こえてしまう。

ミキさんと結婚して一緒に暮らしていく、なんて想像すると気恥ずかしい様なくすぐったい気持ちになるし、適当に遊ぶつもりで近づいたわけじゃないんだけどな。


「お前がそうだって言ってるわけじゃねーよ。つまり俺が言いたいのは、女の脳は男のそれに比べて、より不安になるようにできているってコトだ」


驚いた。なっちゃんは感覚派だと思っていたから。


「……なっちゃんからそんな論理的な事を言われるとは」


するとなっちゃんはフッと笑ってワザとらしく髪を撫で付ける仕草をした。撫で付けるほど長い髪ないから、あくまで仕草だけなんだけど。


「俺、頭脳派だぜ?クレバーな選手って言われているの知らんかった?」

「……」


思わず目を眇めてふざけるなっちゃんを睨んでしまう。するとニヤリと嗤ってなっちゃんは俺の顔を覗き込んだ。


「お前モテねーだろ?女の心の機微っつーもんに配慮が無い。まー俺がそんな場面に遭遇したら……グッと抱き寄せて『大丈夫だ、お前の不安は俺が何とかする』くらい言ってやるけどな。女の聞きたい台詞を言ってやる―――それがモテる男ってヤツだ」


腹立たしい事に図星を突かれたような気がして、俺はうっと怯んでしまう。


「……なっちゃんはよく知っているみたいだね、女性心理。さぞかしモテるんだろうな」


嫌味のつもりだった。が、ポジティブ俺様思考のなっちゃんはさも当然、とばかりに頷いた。


「まーな。けどその所為で女心を掴み過ぎて、つい最近も修羅場になったけどな」


ハハハと明るく笑っているけど『修羅場』って……先ほど鉢合わせたなっちゃんの女友達を思い出す。友達とあんなことしていたらそりゃ揉めるだろうなぁ。女性の心の機微が分かり過ぎても、あまり良くないものらしい。俺が呆れて見ている目の前で一頻り笑った後、なっちゃんはスッと瞳を細めてこう言った。


「ま、お前はそう言う鈍い所が良いんだけどな」


ポン、と背中を叩かれる。


「お前の見た目で女の気持ちに理解あったら、修羅場ばかりだろ……ハルも大変だよな」

「ハル?それどういう……」


もしかして映画館のトラブルのコトを言っているのだろうか。実際ハルに手間を掛けさせた自覚のある俺は少し気まずい。何だかんだ言ってもなっちゃんは妹のハルを可愛がっているだろうから。


「いや、こっちのコト。まー初恋は実らないって諦めるのもアリだがな。それこそ世の中には星の数ほど女がいるんだ」


確かに世の中の約半分は女の人だ。『三十五億』だっけ?それは男の数だったか……。

でも俺には―――ミキさんみたいな女の人に、今後巡り合えるなんてどうしても想像出来なかった。


「『憧れのお姉さん』でいるうちは綺麗なとこしか見えねーけど、付き合ったら嫌な所もずるい所も見えて来る。案外『このまま良い想い出で終わらせて欲しい』って、あっちは考えているのかもな。盲目過ぎるお前が不安なんだろ。憧れで突っ走って熱しやすく冷めやすい典型例で失望されるのが怖いのかもな?ま……そうやって気遣われている内は男だとカウントされなくてもしょうがねぇ」

「……」


今後彼女の……嫌な所もずるい所も見えるかもしれない。


憧れのお姉さんは本当は普通の女の子で。俺が不安でただ追いかけている時、余裕に見えた彼女の中にも不安があったとしたら……少しでも俺に好かれたい、嫌われたくないって思ってくれているなら。




「俺のコト……『好きだ』って言ってた」




正確には『正直結構好きだ』……くらいだったと思うけど。少し都合良く縮めてみる。




「そうだな」

「腹が立ったんだ。俺の気持ちを無かった事にして、勝手に決めちゃうミキさんの事」




だけど




「彼女も不安だったのなら……彼女の不安要素を一つずつ潰していけたら、ひょっとして」




俺は流されたり、行き当たりばったりで。何かに執着する事なんて無かった。初めてもっと欲しい、会いたいって気持ちを持つ事が出来たんだ。だから。




もう少しだけ頑張ってみようか。




そう言う視点で見ると、彼女は俺の将来を慮ってくれたのだと言う側面にも気が付いてしまう。大事な時期にミキさんに入れあげて、就職にも失敗した子供を誰が本気で男とみるだろうか。俺の盲目さに、彼女が不安になる気持ちを初めて客観的に見る事が出来た。


「俺、ミキさんと同じトコ就職する」


きっぱりと前を見据えて言い切った俺の台詞に、今度はなっちゃんはパチクリと瞬きを繰り返した。


「は?」

「実はもう受験していたんだ。どうしようか迷っていたけど、受かってたら二次も頑張る。で、他の就活も進める。卒論も頑張るよ」

「諦めるのはどうかと思うけど……そこまで必要か?」


極端だな、と呆れたように言われて肩をすくめる。


実は試験はミキさんの事とは関係なく受けていた。だって彼女の勤務先を知ったのはついこの間だなんだ。受かるかどうか分からない。ミキさんから二度目の拒絶を告げられた時、一次受かっても二次を受けるのは止めようかって考えていたくらいだ。


だけどもしチャンスが舞い込んで来たのなら、彼女の近くに踏み込んで『俺は大丈夫なんだ』って伝えたい。


俺は傷つくのも振られるのも怖くない。だからミキさんが俺を思い遣って距離を取る必要なんか無いんだ。例え結果として彼女に振られたとしても、付き合う事が出来て、その後お互い失望するような事があって別れる事になったとしても―――大丈夫、ミキさんが一人責任を負う必要なんかない。


まぁ……俺がミキさんに更に失望される事があるにしても、俺がミキさんに失望するなんて―――多分あり得ないって気がするけど。




「うん、出来たらだけど。やってみる」




視線を向けると、俺にニカッと白い歯を見せて。




「おう、なら頑張れ」




なっちゃんはそう言って、俺の頭をガシガシ撫でてくれた。




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