伝えたい! 【最終話】
最終話となります。
―――なんて決意したものの、まだ彼には連絡は取っていない。
三月は忙しいだろうし……仕事が決まるにしろしないにしろ、四月も半ばになれば彼の周囲も少しは落ち着くだろう。ここまで放って置いたのに大事な所で彼の気持ちを掻き乱して、集中しなければならない時期に邪魔な存在になり下がるのだけは嫌だった。せめて年上らしく、彼の環境を配慮する一線は守りたい。
ただせめて、ゴールデンウィーク前には伝えたいと思う。せっかく決意した気持ちが風化して、無かった事になってしまいそうだから。元カレの時のような情けない結末は……何としても回避したい。振られるにしろそうでないにしろ、ちゃんと。
そんな風にジリジリしていた四月の始め、職場に大卒の新人、岩田さんが入って来た。私の隣の席になったのは、ハキハキして小柄なショートカットの女の子。どことなく……アレックスの友人である彼女を思い出さないでもない。けれども眼鏡のその子は、いつもニコニコと感じが良い。
『ハルちゃん』の冷たい態度と言葉を思い出す。
あの子も相手が私じゃなければ……普通に良い子で、こんな感じだったりして?なんて想像してしまう。
「研修初日、どうだった?」
定時の少し前に部署に戻って来て、彼女は大きな封筒に入ったままの資料をバサリと机の上に置いた。両手を投げ出してフーッと溜息を吐く様子が何だか可愛らしくて、私は微笑みながらこう尋ねた。
「いや~何が何だか。とにかく人が一杯でした」
彼女は肩を竦めて、タハハ……と力無く笑った。
「大卒と短大卒の新卒採用だけで二百人はいるものね。同期って言ってもねー、結局話もしないで終わる人がほとんどだよ」
「確かに、この人数じゃそうですよね。湯川さんは同期の知合いって、いないんですか?」
「いるよ?最後の方にチーム組んで課題をこなすプログラムがあってね。その時の同期は今でも仲良く飲んだりするよ。部署が違うから、あまり頻繁には会えないけど。皆忙しいし」
「へー楽しみだな」
「あっ……でも課題は結構メンドクサイからね。楽しく話せるのは打上げ以降、研修終わってからだよ」
あのメンバーも最後の課題をこなしたチームだった。あともう一人、出向で去年から東京に行っている子もいる。だいたい五~六人のチームだったような……。
「組み分けって自分達で決められるんですか?」
思案するように眉根を寄せて、岩田さんは眼鏡の奥の瞳を細めた。
「まさか!ちゃんと講師から割り当てされるよ」
学校じゃあるまいし、と私が首を振ると彼女はホッと胸を撫で下ろした。
「良かった~。紛争勃発するかと思ってドキドキしました」
「『紛争』?」
物騒な言葉に私は思わず聞き返した。すると彼女は神妙な表情で頷いた。
「その二百人の中に、いやに目立つ男の子がいるんですよ。積極的な女の子はグイグイ話しかけるし、中にはうるさい子もいて……休憩中だけど真面目な子はそう言うの腹が立つみたいで眉を顰めて批判してますし……まあ、半分やっかみとか混じってるのかもしれませんけど。男の子達は若干引いてる感じですね、当の本人はどう思っているか分かりませんけど……騒いでいるのはほとんど相手の女の子ばかりだし」
なるほど。それくらいカッコイイって事か。その子、アレックスよりカッコイイのかなぁ……?と考えてふと可笑しくなる。
岩田さんの外見でハルちゃんを思い出したり、人気者のその男の子の話題といい、何だか今日はアレックスの事を思い出しがちだなぁ。私がそれくらい、常に気にしているってだけなのかもしれないけれど。
これはもうそろそろ、メールでも何でも連絡を取った方が良いかもしれない。『会って話したい』って伝えてそれから……あっ着拒とか、アドレス変更とかされてたらどうしよう。そうか、そう言う場合は考えていなかった。でもいざとなればコナンがいるし!彼に連絡先を聞いてそれから……。
「何せ見た目まるで西洋人ですからね。髪の毛も灰色で黒い頭の波の中で目立つ目立つ……瞳なんか透けた緑色だし。普通に日本人!って感じの日本語しゃべっているの見掛けると違和感ありまくりですよ!」
「え?」
思わず聞き返した私の意図を誤解して、岩田さんは続けた。
「吃驚しますよね?まあ、今時外国人もハーフも珍しくないですけど、大学にも留学生アチコチから来てましたしね。観光客も多いですし。だけど市役所にわざわざ入って来るって珍しいなぁって思いますよね」
「あの……その子、何て言うの?」
「え?」
「名前……その、えーと銀髪で緑色の目の新採の男の子」
キョトンと彼女は首を傾げ、それから記憶を探るように視線を上に向けた。数秒後、パンっと手を合わせてこちらを見る。
「そう、『山田君』です!」
「や……ヤマダ?」
「山田なんちゃら太郎……だったかな?」
「―――山田……アレックス太郎……」
呆然と呟く私に向かって、彼女は驚いたように目を見開いた。
「そうです!当たってます!すごい、何でですか?!」
「いや……あの、もしかして……知合いかも」
「ええ?!」
岩田さんが素っ頓狂な大声を上げたので、背後に背を向けて座っている河合主査が顔を上げて振り向いた、眉間を顰めて怖い顔で。この人はいつもイライラしているからギクッとする。わわっ……私語長いって思われたかな?でももう定時過ぎたしもうすぐ帰るし……。岩田さんに視線を戻すと、彼女もあッと言って口を押さえた。うん、勘の良い子って好きだよ?
「英会話の先生―――の、息子さんかも。……顔見てみないと何とも言えないけど」
「そうなんですかぁ……」
声を抑えてお互い頷き合う。それから『残業しないなら早く帰れ』と言う無言のプレッシャーがお隣の主査側からヒシヒシと漂って来て、私達は大人しく席を立ったのだった。
私は混乱していた。
まさか。まさかアレックス……同じ職場に……?
え、そんな話一度も……って言うか、採用試験受けてたってこと?!
それにアレックスの苗字って、『山田』?!何とも典型的な日本人名……それじゃ本当に往年の野球漫画そのものじゃない?!―――っと、それはどうでもいいか。つーかハルちゃん『アレックス』はミドルネームって言っていたくせに……。あっそうか、確か聞いた事がある。日本にはミドルネームが無いから、戸籍にミドルネームとファーストネームをくっつけて記載する人がいるって言う……。
でも、本当に?あのアレックスと同一人物……?
混乱しつつ上の空で新人のお喋りに相槌を打っていると、エスカレーターを降りたロビーの右端で数人の女の子に囲まれた、背の高いスーツの青年が目に入った。目の端にそれを写しつつ通り過ぎようとして―――
「ミキさん!」
背中に掛かる聞き覚えのある声。思わず立ち止まる私に気が付いた岩田さんが、振り向く。それから私の背後を凝視して、あっと声を上げた。パタパタと少し興奮気味に、私の腕を叩く。
「湯川さん、あの子ですよ!山田君!」
「あ、うん」
「やっぱ知合いだったんですね。こっち来ますよ、山田君。ああ、また女の子に囲まれて……それ振り切って歩いて来ます」
「……」
もう致し方ない。
私はギュッと掌を握り込んで振り返った。
すると思った以上に早く駆け寄って来たアレックスが―――私の目の前で立ち止まった。それから目が会うと、ホッと息を吐く。
先日教室で再会したあの時サラサラと長かった銀髪が、今ではカッチリと短く整えられている。緑色の目を眩しそうに細めて、背の高い彼が私を見下ろしている。
濃いグレーのスーツに細い水色のピンストライプのシャツに藍色のネクタイ。うん、これは争奪戦になるハズだわ……この先の研修が思いやられるな。
気を利かせたのか、岩田さんがスッと身を引いて一歩下がってくれる。私は漸く口を開く。
「アレックス……就職おめでとう」
「うん」
「その、ウチ受けてたんだ?」
何と言って良いか分からず、ソワソワと私は尋ねた。するとアレックスはその質問にシッカリと頷いて、こう言ったのだ。
「俺、もう学生じゃないよ……!」
何故か満面の笑顔で。
そのドヤ顔を見たら、呆気に取られてしまった。
それは、あれこれ思い悩んでいた事も未来の不安も全部まとめて吹き飛んでしまうくらいの破壊力で。私は苦笑いせずにはいられない。
学生とか社会人だとか、年下とか年上とか……この先すれ違ったり彼が成長して変わってしまったり。そんな事があってもどうでも良い。
完全に負けだ。心の中で白旗を上げまくってしまう―――百本でも五百本でも。
だから私も今すぐ素直に伝えようと思う。
『私も大好きです、付き合って下さい』と。
『伝わらない!・完』
一応こちらで完結となります。思いついた時にはもっとアッサリ終わる予定だったのですが、またしても長くなってしまいました。何とか終わりまで辿り着いた、と言うのが正直な感想です。
アレックス視点とかハルの顛末とか裏設定はあるのですが、話の流れでは蛇足なので省いております。いつかポロッと追加するかもしれませんが、まだ具体的に決まっていないので完結表示とさせていただきます。
最後までお読みいただき、誠に有難うございました!




