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伝わらない!  作者: ねがえり太郎
再び、ミキ
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お父さん



アレックスのお父さん、コナンは映画好きらしい。ミステリーも大好きで、特に英国出身のアガサ=クリスティやコナン=ドイルの作品は映像作品から小説まで目を通していたそうだ。ただ忙しくて最近の新しい作品はチェックしていないとの事で、だからミステリードラマを一緒に視聴してその作品について話し合うなんて『こんな楽しいレッスンは大歓迎だ!』って楽しそうに言ってくれた。


レッスンを重ねる内に徐々に打ち解けて、お互いドラマ内容に関連したプライベートの話を漏らすようになった。コナンには高校生と大学生の息子がいること。お兄ちゃんの方は卒論だ何だと忙しく、高校生の弟も受験勉強中で、最近家族で交流する時間が極端に少なくなり父親として寂しく思っている、ということ。


そのお兄ちゃんとは、アレックスの事だろう。

そう直ぐに理解したけれども、その時は顔見知りなんです、なんて言えなかった。


どうやらアレックスは父親であるコナンに、私との関わりをほとんど話していないらしい。一度代理講師をした事くらいは知っているのでは?と考えたけれども、彼からそう言った事について何も聞かれなかったので、おそらくその事さえ把握していないのかもしれない。大学生の息子と父親の関わりなんてそんなものか……?と想像してはみるけれど、男兄弟がいないから父親と息子の距離感についてあまりイメージが湧かない。


高校生になった頃からアレックスは映画に興味を持つようになったそうだ。そしてコナンと一緒に映画館に通うようになったらしい。

そう言えば彼、お父さんがミニシアターの市民株主だって言ってたな。映画好きはひょっとして遺伝なのかもしれない。


そんな家族のエピソードが時折レッスンの合間にコナンの口から漏れるたび、何だかアレックスの少年時代を覗き見しているような感覚がして、嬉しくなった。




ああ会いたいな。……そんな風に思う。




雪が降って、お正月になって。それから大通公園で雪まつりが開催されて―――アッと言う間に三月になった。


いつの間にか私の中にあった臆病な気持ちが、キュッと道端の雪みたいに踏み固められてしまっているのを感じる。自分の中にため込んでいる失敗の痛い記憶も、その時感じた後悔も消えては無くならない。だけど最初に積もった雪の上に新しい雪が降り積もって行くように、目に見える所にその後悔は顔を出さなくなっていた。すっかり新しい雪に覆われて、存在を忘れてしまうくらいに。


こうなってみると、何故あんな事を言ってしまったんだろう、臆病風なんか無視して自分の素直に感じたままを信じれば良かったのに……なんて考えがふと浮かんで来る。


アレックスくらいの年頃の男の子と接する機会があると、アレックスの方がずっと良い子だったなぁ、とか、子供だ子供だと思っていたけど改めて思い起こすと、ちゃんと良識のある大人の男の人だったなぁ、とか比べてしまう。本当に失礼極まりないんだけど。

仕事や飲み会で話す機会があった男性と一緒にいても、あんなに気の合う人はやっぱりナカナカいないなぁ……なんてボンヤリ考えたりして。別に相手は私を女性としてみている訳じゃないのに、勝手にそんな風に比べる対象にしてしまって、誠に申し訳ない限りなんだけど。


とは言っても、あの時はあの時でよくよく考えての選択だったのだから―――仕方無いよな。なんて思い直したりして。まあ、正直にその時その時出来る事をやった結果なんだからさ!と自らに言い聞かせ、喝を入れたり。


そんな内心とは裏腹に、バタバタと年度末に向けて仕事に追われ忙しく働きながら毎週火曜日は英会話レッスンに勤しみ、隙間を見つけては映画館に通った。忙しい時期だから同期で飲むなんて機会、近頃作れないけれど……落ち着いたら集結しよう!と約束してそれを励みに頑張っている。




そんなある日『ハッピーアワー』の扉を開くと、事務の女性が申し訳なさそうに眉を落としてこう言った。


「連絡が遅くなって申し訳ありません。先ほどメールしたのですが、コナンが間に合わないみたいで―――今日は代理の者に対応させていただきたいのですが、宜しいですか?」

「もしかして雪の所為ですか?」


私は地下鉄だから、多少雪が多くても通学に支障は無い。ただ今日はかなりの大雪おおゆきなので、車で通っているコナンは渋滞に巻き込まれる事もあるだろう。


「そうなんです。彼の家がすっかり雪に埋まってしまって、どうにも出て来れないようで」

「あちゃー、想像以上に大変そうですね」


家を出る段階にすら辿り着けなかったようだ。少し遠いと聞いていたけど山の方に住んでいるのかな?山側の地域は積雪量が多いのだ。気の毒に思いながら教室の扉を開け一歩踏み込んで、固まった。




其処に居たのは記憶にあるより長めに伸びた銀髪をサラリと靡かせ、薄い緑色の瞳でこちらを見つめる、コナンの息子―――アレックスだったのだ。



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