お誘い
それから一週間、考えた。
金曜日コンちゃんに会った後、アレックスにメッセージを送る。
『月曜日、映画を観に行きませんか?』
そう言えばこちらから誘ったのは初めてだったと気付く。ミニシアターで上映しているのは以前から気になっていた映画。もしその映画がアレックスの好みじゃない場合は、シネコンの上映作品でも良い。でも彼の見たい映画が今上映されていなければ食事だけ誘って話がしたいと考えていた。勿論相手の都合が好ければ、だけど。
でもできれば―――一緒に映画を観たい。
『モチロン(^^♪行きます!じゃあミニシアターに、いつもの時間で良い?』
『OK!じゃあ月曜日にね。楽しみにしてます!』
『俺も楽しみ!』
スマホの液晶画面からウキウキが伝わって来るような気がして、思わず笑みが零れる。
「……やっぱ好きだなぁ……」
なんて本音がポロリと転げ落ちる。
いつからだろう?
もしかすると英会話教室のドアを開けた時に、もう落ちていたのかもしれない。
人間は本当に些細な切っ掛けの積み重ねで―――人を好きなるんだ。
例えば声の低さ、響き。例えば笑いのツボ。それから好きな物や嫌いな物が一緒だったり。顔を合わせる偶然が何度も重なれば、ジグソーパズルの欠けていたピースがカチリと嵌ったように運命だって感じてしまう。
それから笑う時に目尻がくしゃっとなる所とかも好ましい。アレックスはイケメンだけど、同じイケメンでも釣り目が好きとか濃い顔が好きとか、優し気な甘い顔が好きとか―――いろいろ人によって好みが違う。こうして改めて考えてみると、アレックスは私の好み、ど真ん中だったらしい。最近虚構ではない恋愛なんてトンとご無沙汰だったから、そう言う視点で男性を見るのを忘れていた。だけど、今更ながらにその事実がストンと胸に落ちる。
一所懸命に縋って泣き出してしまうような情けない所も可愛らしいって思えて来たら……それはある意味もう手遅れだ。
そう、人を好きになるのは本当に簡単だ。
だけど付き合いを続けるのは―――難しい。
別に結婚する訳じゃないんだから、ちょっと気になった人と気楽に付き合うって人もいると思う。けれども私は男の人と付き合うなら、真剣に付き合いたい。結婚とかそこまで意識している訳じゃない、その為の条件を吟味しているとかそう言う事ではなくて―――もう何となく付き合うのは嫌なんだ。前カレの事も好きだった。だけど、距離が出来たくらいで関係を放置してしまった。今度誰かと付き合う時はちゃんと大事に関係を育てていきたい。相手の気持ちはどうあれ、少なくとも私は頑張りたい。頑張れるように……言い訳を残したくない。
アレックスの事は好きだと思う。ハッキリ言って好みだし、会っていると楽しくってワクワクする。話が全然尽きないし―――笑える場面や喜べる場所が合致する。それに私が嫌だと思えるような部分と、彼が嫌だと思える部分は基本的に一緒だと思う。だから安心して付き合えるんだ。
でもアレックスは学生だ。『学生』って言う事自体が悪いんじゃない。ちょうど社会に踏み出す間にいる年代で。就職してカルチャーショックを受けて、また一歩彼は新しい人間に成長するのだと思う。だから私と付き合ったとしてもあと半年、若しくは一年できっと二人の関係に何等かの変化が生まれる。
アレックスが大人になる段階で脱皮する皮の一枚になるのが怖い。
本気で付き合って逃げ出せない程好きなった頃にアレックスに放り出される、そんな不安がある。もし前カレと同じように道外に就職する事になったら、新しい環境に揉まれて疎遠になってしまうかもしれない。そして……彼にもっとピッタリな、身近な相手に巡り会うのだろう。きっと成長したアレックスには、私では物足りなくなってしまうのじゃないだろうか。
終わりを意識しながら付き合うのは嫌だ。自分可愛さで勝手な言い分かもしれないけれども……アレックスに失望されたくない。だったら今手を離した方が良い。そうすれば『大好きだった映画好きのお姉さん』のままでいられる。
アレックスだって話した事のない私を気に入って、たまたま偶然再会したから―――気持ちが盛り上がってしまったんだと思う。長く続けようとかそう言う意識はないだろう。でも私の方は……もし次に男性と付き合うなら、一時の恋の相手じゃ足りないんだ。




